[KATARIBE 31885] [HA06N] 小説『泡白兎・13 ver. A』

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Date: Tue,  4 Nov 2008 00:44:42 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31885] [HA06N] 小説『泡白兎・13 ver.  A』
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2008年11月04日:00時44分42秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・13 ver. A』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
こちらも続けまする。

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小説『泡白兎・13 ver. A』
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登場人物
-------- 
 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。


本文
----

 倒れかけ、己の本性を晒すまで血を吸わない。
 それだけ人で居たかったのか。
 それだけ自分が怖かったのか。

 どちらとも判らない。でも。

 その覚悟は六華の目には……ひどく綺麗なものに映った。
 凛と張った糸のように、もろくも綺麗なものに。

           **

 ぎゅっと眉を寄せてこちらを見ている鬼の、その驚きようが可笑しくて。
 にやりと笑いながら兎は言葉を続けた。

「記憶は消さぬ。でもその記憶がさみしさやかなしさを産むというなら、その
さみしさだけを消そう、と言ったら」
 握り拳を突き出して、ふわり、とその手を広げてみせる。 
「心を握って、身体を手放した」 

 愚かだ、と思う。
 忘れたほうがいい、などと多分この鬼は思っていない。互いに一言そう言え
ば済むのに、それさえせずに。
(そして私に身体を取られる)

 なんと……愚かな。

「……ひとのこころ、ひとのうごきなぞその程度よ!」 
 吐き捨てるように言い放った兎に、鬼は顔を上げた。
「まことならば、尚更に」 
 すう、と、手を払う。
「……彼女は貴様に渡せない」 
「はッ」 
 鼻で哂った兎を、しかし深紫の目は見据えたまま外さない。
「私を生かしてくれたその血、生きることを肯定してくれた……貴方を」 
 一度引き結んだ唇を、噛み締めるようにして彼は言葉を吐き出す。
「私は、諦めない」 
 
 兎は目を細める。
 細めた目に、彼の過去がふわりと浮き上がって見える。
 くるくると、幾多の色に彩られ、廻る過去の断片。

 赤の色。哀しさや諦めや……その堆積の中に。
 ふわり、と。

(そうか)
 兎の唇が、いびつな三日月の形に捻じ曲がった。

「……諦めずに手に入ったものが、あるだろう」 
 記憶の中、蛍のような優しい光に彩られた断片。優しい笑みと明るい光、そっ
と両手で包みたくなるような、その明るい記憶。
「泣かずに思い出せるもの。握り締めても構わぬものがあるだろう」 
「…………ええ」 

 それさえあれば、お前は生きていけるだろう。
 それだけ抱えて、お前は過ごしていけるだろう。

「……この者には、無い」 
 身体を得、その記憶を飲み込み、探る。その中で悟った。
 この兎は、そも手を伸ばして何かを掴もうとしたことが無いのかもしれない。

「長い長い間、冬の間のみ起き上がり、その度に縁を繋ぎ、そして切る……そ
の繰り返しだ」 
 もし、単に長く生きるだけならば、もう少し別の縁を紡げたかもしれない。
けれども長らく、冬しか存在しなかった少女の記憶は、別ればかりが重なって
いる。
 くるくると、それでも縁を繋ごうとする儚い紅の光。
 初めから諦めながら。
「なあ。これほど惨いことがあるかね?」 
「……ええ、知ってます」 
 哂いながら言った兎の視線の先で、鬼は辛そうに目を伏せた。
「それがどれほど惨いことかも」 

 ふ、と、兎が笑いを収めた。
「そうやって、心だけ痛めて生きるのが……それがあやかしなのか」 
 知っている、と男は言った。
 それは本当だ、と判る。言葉だけの同情ではなく、彼は確かにそういう思い
を重ねてきたこともある、のだと。
 その過去から判る、のに。
「それでも諦めるな、とでも?」 
「ええ、言います。わが身は鬼、惨かろうと」 
 深紫の目が、ゆらりと光を放つ。
「諦めるな、と」 
 ……何という愚かさだ。
「……ちいっ」 
 舌打ちをして兎は手を握る。
 見える過去。それを、揺さぶろうとして……

 ぐらり、と、兎の視界が揺れた。

             **

『六華さん』
 その声の相手は、目の前に居る。
 自分の中に同居するモノが、手を伸ばすのがわかる。
 その手が何を成し得るかも……

 だから

(させない)

 難しいことではない。大変でもない。
 兎の視点を少しゆがめる。それだけでこの異能は有効に作用しなくなる。

(身体は渡した)
(だけど)

 記憶を護る為に掲げた腕を少しだけ緩める。その瞬間流れ込む兎の意識、そ
れ自体が攻撃となるのを一瞬堪えながら、六華はふわりと笑った。

(……護る)

             **

 内心舌打ちをして、兎は改めて鬼に向かい合う。

「私は……」 
 引っ張ろうとした過去は、とろりと赤く光る。
「私も……諦めていた、そうするべきだと想っていた……だが」 
 振り払うように、断言する。
「私は諦めない」 
 過去の痛みの赤が、ふっと途切れた。

「……むごいなあ」
 憶えず笑いが浮かぶ。くくっと小さく喉を鳴らすように笑いながら、兎は鬼
を見返した。 
「私なら言わんよ。そこまでむごい世界に」 
 赤の色が途切れた男は、それでも黙ってこちらを見ている。
「……盾すら持たず、残れ、とは」 
 哀れだと思う。共にこの身体に在って判る、この兎の今までの記憶は、泡白
兎の予測以上のものだったから。
(ひとりでは、さびしい)
(ひとりでは、越えられない)
 だから
(だから、私が)

「盾になろうなどと、思いあがりはしません」 
 その言葉は兎の思念を、ふつりと絶った。
「ならば……」 
 どういう意味だ、と、片目を細めた兎の、もう片方の目から覗き込むように、
白い鬼はこちらを見る。
(何を)
 一瞬身構えた兎に……否、その中のもう一人のあやかしに向けて、鬼は言葉
を放った。
 
「共に、耐えて生きましょう。このむごい世界の中を」 

 その言葉と同時に。
 兎の意識が……今度こそ暗転した。

            **

 綺麗な綺麗な三角形。
 その光を消したくないと思った。
 その思いを歪めるものかと思った。

 なのに。

(何を莫迦なことを……!)

 この身体は兎のもの。記憶だけは護って、ここに居るけれどもそれ以上では
無い。その相手になんてことを言うのだ。
 いや、そうでなくとも。

(私は)

 護りたいと思った。
 儚い奇跡のような、その綺麗なものを。

(なのに)

             **

 赤の光がすう、と溶けるように消え、元の黒い目に戻る。
 小さくあえぐように息を吸い込むと、その表情ははっきりと変化した。言葉
では説明し切れない、しかし確かに、兎から六華へ、と。

「……莫迦なこと言うもんじゃないっ!」 
 そして憤然とした言葉が、唇から放たれた。

「何故に」 
「貴方は諦めなかったから、その手に持つものがある!」 
 平然と、問い返す顔に腹が立った。
「共に、というけれど……あたしには何もない。貴方と並べるわけもない」 

 手に届かないひかりを持つひと。
 ひかりを紡ぎ、見せてくれた相手。
 だから護りたいと思った。長い時間を生きつつ、それでもこの光を紡げるほ
どに綺麗で在り続ける相手を。
 なのに、どうだ。

「あたしは……あたしは貴方を巻き込む為に、ここに居るんじゃないっ!」 
 
 言い放って息をつく。兎の声は聞こえない。
(多分……同じことを思ってるよね)
 大きく吐いた息の下で思う。でなければこうやって、勝手に言葉を発するこ
とを、あの兎が許すはずも無い。
(ある意味で、兎も……人を幸福にしたいのだから)
 そのやり方がひどくまずいのは、確かにしても。
 
 ならば、と、国生が六華を見る。
「私が貴方の理由になれませんか」 
 さらり、と放たれた言葉の意味は……意味は?
「思い上がりだろうと、それでも言いますよ」
 一瞬、わけがわからない。否。
 わけがわかることが恐ろしいのだ……と。
 六華は悟った。

「あなたは、にぎったものが、ある」 
 それは兎の意識だったか、六華の声だったか。
 ゆらりゆらりと、身体の中の二つのこころが放つ言葉。しかし彼は首を横に
振った。
「いいえ、私達は知っている。いずれ失いゆくものを」 
 ゆっくりと、伸ばされる、手。
「六華さん」 
 その、声。

「この、長くも不安定な道を……むごい世界を」 
 深紫の目の中にある、その長い長い記憶。
 彼が渡ってきた、茨の道。それを越えて尚、差し出される手。
「……ゆっくり歩いていきましょう、共に」
 雪明りのような、優しい光と共に。


「………………ァ……」 
 記憶。
 赤く染まった畳。跳ね返った血の跡。

 記憶。
 酔いに染まった男の歪んだ顔。伸ばされる手の先から紫に染まる。

 記憶。
 泣きながら笑う女の顔。優しい声。

 記憶。
 あねさま、あねさま、と、慕うように嬉しげにかかる声。

 記憶。
 記憶。
 記憶。
 記憶。


「……六華さん」 

 一斉に降り注ぐ花吹雪のような記憶の中、前後も判らなくなっていた六華の
手を、何かが捉えた。 
 しっかりと。

「……ァア」 

 辛いこと。辛いこと。辛いこと。辛いこと。
 数え切れないほどの越えてきた冬。
 
(六華)
 食卓に頬杖をついてこちらを眺めている真帆の微笑んだ顔。
(六華さん)
 別れを告げた、達大のそれでも少し笑った顔。

 記憶。


「生きることに遠慮する必要はない……貴方の言葉です」 
「……でも、でも……」 


 記憶は抉る。
 記憶はさらけ出す。

 己の醜さ。己の利己主義。己の身勝手。
 唾棄すべき……この醜悪さ。

(生きている甲斐があるのか)
 突きつけられる。自分自身から、自分自身に。
(このような、汚れたモノが……!)


「だから」 
 掌を掴む手が、ぐ、と強く六華を引きつける。
 混乱し氾濫する過去。その堆積の中、その竜巻の中。

 鋭い光のように、その声が。

「とっとと生きなさい!」 

 六華と兎を……切り裂いた。



「ァァァアアアアあああっ!!」 
 ふたつのものがひとつに。そしてまたふたつに。
 切り裂かれる痛みに、眼から血の涙がこぼれる。その生臭い匂い。
(いたいいたいいたいいたい)
 握った手に爪を立てる。そうでもなければこのいたみは。

「兎は月に、月は水面に」 
 静かな声が響く。静かな……しかし力ある声。
「その身はお前の身に在らず、月に還れ」
 確信に満ちた声は、文字通り。
 六華から兎を剥ぎ取った。


「ぅああああああっ」 
 背中の一点が弾ける。その痛みが脳髄を貫き……そしてそれが貫き続ける。
永遠に近い長さの間、白熱する痛みだけが脳髄を埋める。

 その、中で。

(あ)
 見開いた眼に見える、その、光景。
 
 泡立つ波。その中に入ってゆく白い足。ポケットに詰めた重さ。
(わかった)
 かなしさ、さみしさ。
(お前は……兎は)

 それは――――


時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
----
 兎と六華、そして白鬼。その最後。
***********************************

 てなもんで。
 次は……結、ですが。
 さてはて一回で終わるかどうか(滅)

 であであ。
 
 


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