[KATARIBE 31882] [HA06N] 小説『泡白兎・12 ver. A』

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Date: Sun,  2 Nov 2008 23:50:52 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31882] [HA06N] 小説『泡白兎・12 ver.  A』
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2008年11月02日:23時50分52秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・12 ver. A』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
少しずつ話にしてます。
小池さんばーじょんは、ひさしゃんに任せています<責任転嫁(よいしょー)

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小説『泡白兎・12 ver. A』
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登場人物
-------- 
 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。

本文
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 古い記憶が、蘇る。

(この……妖怪が!)
 怒鳴った男の、しかし怒りよりも何よりも、恐怖の勝った顔を憶えている。
(近寄るな……吾に近寄るな!)

 降りしきる雪の中、周りに散らばる男達の青白い顔、早く助けてやらなけれ
ば、多分このまま凍死でもしよう、と、どこか冷然と考えている自分の記憶。

 殺したかったのか、と問われれば、そんなことはない、と、断言できる。
 でも、では生かしたかったのか、と言われると……応、と断言できない自分
がいる。
 死んでも死なぬでも、己には関係ないと思った。
 全く何も……関係ない、と。

 そうやって、人とは異なる位置に立ってようやく、越してきた。
 この、長い長い時を。

(だから)
(だから、あたしは汚い)

 緩やかに漂いながら……ふ、と少女は涙をこぼした。

(とてもとても……とても)
(汚い)

 ほろほろ、と、こぼれる涙は、既に実体ですらなかったけれども。

              **

 どんな過去を抱えているのか。
 どんな痛みを抱えているのか。
 無論兎はそんなことは知らない。ただ、そのかなしみを消すことだけは、出
来るとの自負がある。
 消してくれ、と頼まれれば幾らでも消す。

「ひともあやかしも、不幸になるために生まれてはいないだろう」 
 振り下ろした手を、またすっと伸ばす。抉った過去の手応えが、掌に微かに
残っている。
「幸福に、と、私は願う。なのにひとは、心すら変えたくないという」 
 歯を食いしばるようにして、相手はただその痛みを堪えている。そのことが
兎には不思議でならない。
「……幸福になりたくないのか」 
「貴様にはできぬこと」 
 深紫の目が、兎を見据えている。吐き捨てるような声が勘に触った。
「ほう?やってみようか?」 
「……できるものか」 
 低く、飛んできた声が余計にしゃくに障る。
 兎の目が、ふわっと赤く光った。


 かき立てたかなしみやさびしさ。それは兎の目には赤く染まって見える。強
ければ強いほど、その赤味は増す。どろり、と、胸の辺りから垂れた赤の色を、
兎は強く呼んだ。
(来い)
 ぶるり、と、血赤珊瑚の色の塊が震え、一瞬彼の胸元から離れようとし……
(え?!)
 そしてまた、急にひゅるんと元に戻った。


 兎は舌打ちをした。
 目の前の男。その目が淡く紫に光っている。
 額にはいつの間にか尖った角。取り巻くように流れる白い髪。
「…………っ」
 小さくうめく声。
 胸元を押さえる手。
(あのかなしみはこちらに来ようとしたのに)
「……させぬ」 
 呟いた声に、兎は激昂した。
「何故、抵抗する!」 
「私は」
「ほんに判らぬ。取り返せぬ過去を、どうしてそうも慕うのだ!」 
「……取り返せぬ、手を離すこともできぬ過去……だが」 
 苦しげな声が、それでもきっぱりと言い切る。
「その過去は……私には、私達のような者には……かけがえのない、宝」 

 どうして、と、兎は余計に苛々と足を踏み鳴らす。

「手を離せ、とは言っておらんだろう!」 
 記憶そのものから、手を離せないのは知っている。大好きだった人、優しかっ
た相手、彼等を忘れろ、などと自分は一言も言っていない。
「手を離せとは言わない。忘れろとも言わぬ。ただ……そこで泣くような、その偏りを消

せといっておるのだ!」 
 最後の言葉に、白い鬼は顔を上げた。
「偏りか、貴様にはそう映るか」 
「映る」 
 寧ろ傲然としてそう言うと、兎は胸を張った。
「見てみよ。このもの、何故私に身体を渡したと思う」 
 白い鬼は無言で、ただ視線だけを動かす。その視線を受けるようにも手を広
げ、そのまま指を逸らすように広げて胸に当てる。
「過去を消せとは言わぬ。ただ偏りを消すか……身体を渡すか。消したほうが
いいと判って尚、この者は心を握っておるわ」

 愚かしい、と、何より本人が思っている。身体を渡せば兎が返すわけもない、
そのことも理解している。それに、その想いを消すべきだ、と、彼女は信じて
いるのだ。
 それでも心を手放すのは嫌だ、想いを消すのは嫌だ、と。
(愚かしい……ほんとうに人間は愚かしい)
「……まだ、心は渡していない、と」 
 内心呟いていた兎は、その声にはっと顔を上げた。
 上げた先で、白い鬼は少しだけ優しい顔をしていた。
 安堵したような……それもまた意味不明な。
 しゃくに、障った。

「だから!渡せと私は言っていない!」 
 どうして、と兎は思う。
 どうしてこの人間もどきたちは、自分の言うことを信じてくれないのか。
 渡せなどと誰が言った。彼等を不幸にするとだれが言った。
 悔しさに一度足を踏み鳴らした兎を、鬼は冷ややかな目で見た。
「黙れ」
 鞭を一つ振るうような声だった。
「詭弁だ、兎」 
 深紫の目は、柘榴の目を見据えて離れない。その目の力に、兎は一瞬気おさ
れた。
「っ……何が、詭弁だ」
 その一瞬が悔しくて、殊更に荒々しい口調で兎はいい募る。
「時間が経てば忘れるものを、その忘れるさえ嫌だというて、自分を不幸に貶
める。それが偏りでなくてなんだ!」 
 ざん、と手を振る。
 どろりと胸元からこぼれる赤の色は……しかし今度は揺らぐことも無かった。

「時の流れも、置き去りにされゆく想いも……それを苦しむことも真実」 
 さらり、と、兎の言葉を肯定しながら、深紫の目は真っ向から切り結ぶ。
「だが、それこそが、その矛盾を抱えてこそ……人であり人であらぬ者だ」 
「……はッ」 
 その視線を受け止めて、兎は高く笑った。
「ひとで『あらぬ』者を入れたは正しいな……そうだな。死んだ者は、既にひとの世を離

れておる」 
 揶揄するような言葉を、しかし白い鬼は一蹴した。
「貴様の言葉の正しさなどどうでもいいのだ、私にとっての……理由は」
 一瞬、躊躇ったか、途切れた言葉は、しかし次の瞬間はっきりと言い放たれ
た。
「彼女だ」 

 きょとん、と、兎は目を見張った。 
「彼女?……この兎?」 
 またなんで、というのが正直なところである。
(だってこの兎は)

『……忘れたほうがいい』
 そう、頑なに呟いていたではないか。
『あのひとはとてもとても大切な人達が居るから』
 奇跡のような三角形。それが既に成り立たない今ですら、その形を歪めたい
と、思うだけでも許せない、と。
『だから……忘れたほうがいい、のに』
 忘れるのは厭、と。

 なんだこの矛盾は。
(愚かしい)
 ふっと笑いかけた、瞬間。

「っ?!」

 内奥に、石を投げられたような振動があった。

「……ぐうっ」
 唇を噛み締めて、兎はよろめきかけた足に力を込めた。

           **

『六華さん』

 澄んだ水の中を、とん、と、響いて届いた音のような声。

(……え?)
 抱き締めた過去の、そのどこにも無い声。
 いや……過去のあちこちで、そう呼ばれていた、のだけれども。

『六華さん』

 心配そうな、ちょっと気がかりそうに覗き込む顔。
 その表情……そのままに。

           **

 ぐらり、と揺れた身体を立て直して、それでも兎はにっと笑った。
「……ほらみい」
 ひどく得意げな声に、白い鬼が不思議そうな顔になる。兎は笑った。
「ひとは……ひとに近いものは、こんなに簡単に不幸になるだろうが」 
「それは、不幸か?……ああ、私はむごいのかもしれない」 
「うむ、むごいともむごいとも」 
 相手の言葉を、殊更に表面上のものとして捉えて見せて、兎は笑った。
「なあ」
 細い指を広げ、掌でそっと胸を抑える。
「この兎が、何を庇っていると思う」 
 紫の目が眉根を寄せるのが、かえっておかしい。
(わからぬのか)
(これだけ、近くに居て)
(それでもなお)

 簡単なことだ。互いに一言口にし、確かめれば終わること。
 それを……二人ともしなかった。

 人間というものは、そうやって簡単に不幸になり、その結果を抱き締める。
 なんと……狂ったものであるか。
 
 おかしくて滑稽で。
 くつくつ笑いながら、兎はもう一度、胸に当てた手を広げる。

「お前の記憶だ」 


時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
----
 兎vs白鬼。過去を抉る兎と、それに勝つ白鬼。
***********************************

 てなわけです。
 であであ。
 
 


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