[KATARIBE 31878] [OM04N] 小説『鬼の泣き声 二』

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Date: Fri, 31 Oct 2008 00:45:55 +0900
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小説『鬼の泣き声 二』
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本編
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 風が吹いてきて、男は足を止めた。
 林を抜ける一本道。周囲から木々のざわめきが聞こえてくる。近くから、遠
くから、様々な音が彼に向かってくる。ずっと聞いているとそのまま音に攫わ
れてしまいそうな、そんな感じがして男は空を見上げた。
 吹いてきた風でできた葉の隙間から月の光が差し込んできて彼を照らす。
 その男、秦時貞はその光に目を細めた。
 彼は陰陽頭の賀茂保重の命により、鬼の泣き声が聞こえるという林に立って
いた。同僚の読みによるとこれから次第に風が強くなっていくらしい。恐ら
く、今夜はその鬼の泣き声とやらが聞こえるだろう、と時貞は思った。
「まあ、鬼とは限らぬがな」
 そう呟いて、彼は近くにある大きめの岩に腰を下ろした。
 供も連れておらず、明かりも持っていない。
 ふと気が付くと辺りは静寂に包まれていた。
 先ほどから吹いていた風はいつの間にか止んでいる。
 彼は再び空を見上げた。
 月の近くに浮かんでいた雲がぐんぐんと流れていく。見えていた月もあっと
いう間に雲の向こうに消えてしまい、地面に落ちていた時貞の影と木の影はや
がて一体となりぼやけていった。
 辺り一面が真っ暗になる。
 時貞は鼻を一つ鳴らした。そして、懐から一枚の符を取り出すと小さく二言
三言呟く。
 手にしていた符が青白く光り、やがてふわりと浮かぶ。それは彼の肩の辺り
まで上がるとその位置で止まった。光でできた影が彼の後ろに延びる。
 やがて再びサワサワと葉の擦れる音が聞こえてきた。
 時貞はしばらくその音に耳を澄ませていた。風は止む気配を見せず、むしろ
次第にその勢いを増していく。
「そろそろか」
 彼は立ち上がった。青白い光も彼に従って動く。
 風が時貞の衣を揺らしていくが、浮かんでいる光は風に揺らされることもな
くその場に留まっている。
 彼は耳を澄ませた。
 相変わらず葉の擦れる音は聞こえているが、それを気にせぬように頭の隅の
方へ退けていく。いつの間にか彼の耳にはその葉擦れの音は聞こえなくなって
いた。
 心持ち顎を下げ、周囲に気を配る。
 不意にボゥ、という音が聞こえたような気がして彼は顔を上げた。
 いつの間にか葉擦れの音が戻っていた。しかし、その中に混じって微かに他
の音が聞こえてくる。
 ボゥと低い、地の底から響くような音が風に乗ってくる。
 時貞は懐からもう一枚符を取り出して、呪文を唱えた。
 符に書かれた文字が青白く光る。
 その符の端を左手で摘んで前に差し出した。
 符が微かに震えだした。
 時貞はその場に立ったまま、ゆっくりと回り始める。符の震えは次第に大き
くなり、ある一点を過ぎた所で今度は小さくなっていく。
 今度は逆に回る。再び符の震えが大きくなり、少しそれが小さくなったとこ
ろで彼は動きを止めた。
「この先か」
 そう言って彼は目の前を見た。道から外れてはいるが人が通れないというほ
どではない。が、このまま進んでいくと来た道を見失いそうではある。
 時貞は空いている右手で更に懐から符を取り出す。自分の髪の毛を一本抜く
とその符を二つ折りにして抜いた髪の毛を挟み込んだ。そして、先ほどまで
座っていた岩の下に符を挟む。
「……よし」
 その符が風に飛ばされないのを確かめてから、彼は林の中に入っていった。
 途中で枝に衣が引っかかったりしながらも、左手に持った符の震えを頼りに
奥へと踏み入る。幸いなことに風は一度も止んでいない。聞こえている低い音
が段々と大きくなっていく。
 数刻ほど進んでいったところで、彼は足を止めた。
 先には周りの木々に比べて一回りほど大きな樹が立ちふさがっている。
 低い音はこの樹から聞こえているようだった。
 時貞は左手の符を懐に収めて、しばらくその樹を見つめた。
 特に変わった様子はない。
 彼は更に近づいてその幹に手を置いた。滑らかで、ところどころ瘤ができて
いる。幹を上から下まで眺めながら、その周囲を回っていく。
「これか」
 丁度、彼の頭くらいの高さの位置に洞ができていた。大きさは人の頭くら
い。音はそこから聞こえている。
 時貞は背伸びをして穴を覗き込んだ。思ったより中は深くなっている。
 ふむ、と彼はその洞から離れ腕組みをした。
 とは言え、この音を止めるには洞を埋めるくらいしか思いつかない。木を
切ってしまうという手がないわけではないが、それこそ大げさすぎる。問題は
誰が埋めるかであった。
「やるしかないか……」
 辺りを見ても当然誰もいない。時貞は溜息をついて地面から土やら落ち葉や
らを両手で掬い集めて洞へと入れ始めた。
 道具もない一人だけの作業は思ったより時間がかかり、あらかた洞が埋まっ
た頃には時貞の顔には疲れの色が見えていた。
 仕上げ、とばかりにひときわ強い風が吹いた。が、洞から音は聞こえない。
時貞はふうと溜息をついた。
 とりあえずはこれで解決はしただろう。保重は何か企んでいるようであった
が、それは時貞には今のところ関係ないことである。
 彼は土まみれの手を見て苦笑いを浮かべた。そして、大きく息を吸う。土の
匂いに混じって微かに水の匂いがした。
 空を見ても、月は全く見えない。どうやら雨が降ってきそうである。
 時貞は肩の辺りに浮かんでいる青白い光に手をかざすと小さく呪文を唱え
た。
 光がゆっくりと動き始める。この林の中に入る前に仕掛けておいた符に向
かって進んでいるのである。
 時貞は光の後ろについて、その場を離れていった。
 もう一度風が吹いたが、辺りからは葉の擦れる音しか聞こえてこなかった。

解説
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続きはネタが思いつけば。

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