[KATARIBE 31876] [HA06N] 小説『泡白兎・10』

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Date: Wed, 29 Oct 2008 00:35:16 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31876] [HA06N] 小説『泡白兎・10』
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2008年10月29日:00時35分16秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・10』:
From:久志


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小説『泡白兎・10』
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登場キャラクター 
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 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
  :本宮家の大黒柱、妻を亡くしている。小池の大学時代からの親友

定まらぬ
--------

 闇の中で手を伸ばす。
 その手は虚しく空を切り、もがく指に掴めるものは何もなく。

 一度掴んだあの暖かな手も、いずれは時を経て儚く朽ちてゆくのだろうか。
 移ろう季節のように。人は穏やかな春のように育ち、眩しい夏のように輝き、
散りゆく秋のように老いて、やがて全ての枯れゆく冬に命を終える。
 残された者はその思い出だけを胸に、いつまでもいつまでも。

 歳を経ても、いつまでも愛らしく美しかった彼女と。
 今共にある、かけがえのない親友と。

 だがいつかは、静かに降り積もる時間が覆い尽くしていくのだろうか。

 これが『さびしさ』か?
 これが『かなしさ』か?

 そうだとしたら、自分はこの寂しさと悲しさをどうしたいのだろう。
 無くしたいのか、忘れたいのか。

 或いは――この手を取ってほしいのか。

 伸ばしても、伸ばしても――闇の中。


雪兎
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 彼の顔は普段は見られぬ困惑したような思案顔だった。
「さて……少し状況を整理しよう」
 放り出されるように、書斎のソファに座らされて。
 混乱した自分が状況を把握するまでの間、彼はくるくる動き回り、ひまわり
の家への連絡と警戒連絡を済ませ、向かいの席にすとんと座った。
「あの、兎は……」
「まあ、この世のものとも思えないよね」
 さらりと、事もなく。
「ええ。あやかし、怪異――この世ならざる異界のもの」
「ふむ、少々厄介そうだけどなんとかしないといけない代物には違いないね」
「はい……」

 あの兎。
 きろりと睨んだ紅い目、そして底知れぬ薄気味悪さ。

「……寂しさを、喰らう」

 ぽつりと彼が口にした言葉。
 何故か、ずきりと胸が痛んだ。
「彼女のかなしさ、を」
「……うん」

『お前もさみしい』 

 胸に刺さる。それは自分は知っているから。
 果てない流れの中で、一人置き去りにされゆく寂しさを。
 失いたくないと望んだものがなす術も無く手をすり抜け消えてゆく悲しさを。

 悲しさを、寂しさを知りつつも、どうにも出来ずに嘆くもの。
 それが人。

 それが人なら。

 それが鬼なら――

 それが、兎なら……

「……っ」
 知らず、口を押さえていた。
「小池くん、大丈夫かい?」
 肩に触れる手、しっかりと暖かい……だが、いつかは失われていく、手。

 とん。
 音にならぬ小さな、響き。
 だがそれは確かに感じられて。

「……今のは?」
「小池くん?」
 顔を上げる、不思議そうな目でみる彼の顔を見上げ、ゆっくりと視線を巡ら
せて書斎を見回す。
 今一瞬感じた奇妙な動き、それは。

「あれは……」
「これ、は?!」
 書斎に置かれた執務机、その端に置かれていたのは、六華がいつも持ち歩い
ていたスノウドーム。その中にはちんと座った一匹の雪兎がいるはず、だった。
 いや雪兎が居るのは変わらない、ただ、違うのは。
 とことこと、小さなスノウドームの中で走り回りながら丸いガラスの表面を
白い手が叩いている。何度も何度も。
「……だして、というところ、かな」
 彼の呟きに同意の意思を示しつつ、この雪兎の希望を叶えることは出来ない。
「この兎は、六華さんと同じ。あの兎が行っていた連れて行こう、というのは」
 そこで彼は言葉を切った。

『この兎は私が連れて行こう』 

「連れて行こうとしたのは、この兎」
 そっと手に触れたスノウドームはひやりと掌を冷たく冷やして。

 彼女を連れて行く。

 ――――つまりは。

「小池くん」
 スノウドームを触れた手に重なる手。見上げた彼の目は真っ直ぐにこちらを
見て。
「尚久くん……」
「そうやって、思ったことを何でも溜め込むのは君の良くないクセだよ」
 彼よりもはるかに長く生きているはずの自分を慈しむように、見守るように、
ふわっと解けるように微笑んで。
「君は六華さんを失いたくない、そうだね?」
「…………私は」
 それは少しづつ胸の奥でわだかまっていたもの。
 生きろと言った彼女の言葉、与えてくれた血の暖かさ。
 かつて生きた長い時間を少しでも共有し、互いに辿ってきた世界の欠片を感
じさせてくれた人。
「僕に気を使うことなんて、ないんだよ」
 頬をそっと撫でる手。
 ふわりと包むように両手で頬を覆い、額のあわさる感触と、すぐ目の前に見
える彼の顔。
「僕のことは、もう心配ないんだから」
「尚久くん……」
「麻須美がこの世を去って、僕が苦しくて寂しくて何よりも辛かった時を、
君はずっと支えてくれたね?」
「それは、私が貴方と居たかったから……私も耐えられなかったから……」
「うん、お互いに寂しさと悲しさを共有して、僕らは支えあってきた。けど、
支え合って、それからはお互いに立っていかなきゃ」
「…………尚久くん」
「言っておくけど、君が必要ないなんてことじゃないからね」
 自分の先取りするように、片目をつぶってみせる。
「僕は君が大切だよ。かけがえのない親友で、誰よりも必要で、もちろん君も
そうだと信じてる」
「……はい」
「でも、僕とは違う意味で。今の君にとって六華さんは大切な存在なんじゃな
いかな?」
 真っ直ぐに、突きつけられる彼の問い。
「ここで六華さんを失いたくないということの意味を、君がしっかり理解して
なきゃいけない」
 その目は心の奥底を見透かすように澄んでいて。

 今の自分にとって彼女の存在とは。
 鬼であるより人でありたいと望んでしまった故に、人の血を吸うことを拒ん
でいた自分にその血を与えてくれた人。だが、それだけではない。

 鬼である。
 鬼だから人を喰らう、生血を喰らって生き延びる。
 何故血を飲まぬのか。
 それは人への未練であり、役立たずな矜持であり、人の血を啜らないという
誓いは、彼らとの一線を越えたくないという無意味な自己満足に過ぎない。
 笑い種だ。
 それほどまでに、恐ろしかったのだ。
 彼らと違う、己が。

『生きることに遠慮する必要はない。迷惑程度で生きられるなら堂々として
いていい』

 彼女が、与えてくれたものは――血だけではなく。

「小池くん」
「はい」
 穏やかな声にしっかりと答える。
「僕はね、君と歩いていけない」 
「……はい」
 この先、いつまで続くかわからない未来。
 彼と共にずっと歩いていくことは出来ない、それは悲しいほどに変わらぬ
事実で。
「でもね、君を道連れにしたいとも思わない」 
「……尚久くん」
「だったら、彼女にはっきり伝えなきゃ、君の言葉を」
 彼女に伝えるべき言葉。
 受け入れてもらえるかすらわからない、願いを。
「君のさびしさを、理解し合えるのは彼女だけだから」 
 手に触れれたままの冷たい感触。スノウドームの中で跳ねる雪兎。
「私は」
 見下ろした兎と目が合う。

「……彼女を、失いたくない」 

 待っていたとばかりに、彼が口を開く。
「ならば、どうする。僕を動かせるのは君の意志だけだ」
 頬に触れる手の感触。黒い瞳が真っ直ぐ射抜くように目を見る。
「あの兎の正体は知らない、だが、君が大切に想う六華さんの存在を危ぶませ
るものならば」
 口元を僅かに歪ませる。
 時にはやんちゃ坊主のように、時には冷酷無比な魔王のように、時にはした
たかな策士のように。
「僕のできること、やり方、知識の全てを使ってあれに対抗しよう、僕を誰だ
と思っている?」
「……尚久くん」
 何の根拠があって、などという言葉は愚問のような気がした。
 彼ならばやる。
 たとえどんな状況で、どんな相手であろうと。彼がひとたびやるといったの
ならば何が何でもやり通す。彼は何時だってこうと決めたことに寸分の迷いも
躊躇いもなかった。
「だが、決定を下す意志は君だ。君が躊躇するならば僕は動かない、君がやる
というなら僕は何が何でもあの兎をどうにかする、君の言葉を聞かせてくれ」

 答えを出すべきは自分。
「……わかった」
 一つ、息を飲む。
「六華さんを助ける、彼女を失いたくない。君の力を貸して欲しい」 
「了解した」 
 きっぱりと迷いのない声が何よりも心強かった。

時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
----
 一旦撤退した小池と尚久。スノウドームの異変を見て。
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以上。



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