[KATARIBE 31863] [HA06N] 小説『泡白兎・7 ver. B』

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Date: Sat, 25 Oct 2008 23:50:39 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31863] [HA06N] 小説『泡白兎・7 ver.  B』
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2008年10月25日:23時50分39秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・7 ver. B』:
From:久志


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小説『泡白兎・7 ver. B』
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登場キャラクター 
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 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
  :本宮家の大黒柱、妻を亡くしている。小池の大学時代からの親友
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。

紫滲
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 目に映る、淡い紫色に溶け出していく影。
 例えば水に沈んだ砂糖が崩れて溶けていくような。
 例えば濡れた紙から染み出たインクがじわじわと広がっていくような。


 絵を描くのが好きだった。
 かといって、特に取り立てて技巧があったというわけでもなく。ただ真っ白
なスケッチブックに鉛筆を擦らせながら、陰影だけの色の無い薄汚れた風景を
描き続けていた。

「素敵な絵ですね」
 自分に最初に色を与えてくれたのは。
「あのう、美術部って。ここ……ですよね? 先輩」

 彼女だった。
 そこにいるだけで、ただ微笑んでいるだけで、満ち足りたような幸せを与え
てくれる。


「麻須美!小池くん!はやく、こっちこっち」
「ふふ、尚久さんたら、子供みたい。小池さん、行きましょう」
「はい、麻須美さん」
 伸ばされた白い手。
 白い帽子、少し淡い色の長い髪、好んできていた水色のワンピース。
 夏の日差しの下で、日差しよりも眩しいほどに可愛らしく美しかった。

 彼女は、もういない。


 年月は、流れ落ちていく命は、とめどなく。
「……ただ、あの人のことだけが、心残りなの」 
「はい」
 そっと取った彼女の白い手は冷たく。
「あの人が、壊れてしまわないように……悲しみで潰れてしまわないように」
 年月を重ねた老い。
 そして、彼女の体からさらさらと滲み出して流れていく――薄紫の影。

「……彼岸花が終わる頃には……きっと私はもういないから」

 叶わないと知っている、だが。
 時はどうして止められないのか、と。

 ――貴方の笑顔を――貴方と彼と共にありたかった。

 いつかは、彼にも。
 あの薄紫の影が現れる日が来るのだろうか。

 その時に、自分は耐えられるだろうか。
 その時に――――は、私を――――


拒絶
----

 視界に踊る白い髪。
 ここ最近、尚久や六華らの前では小池国生という初老の姿ではなく、本来の
白郎鬼としての年代の姿をとっていた。
 白い髪、深紫の目、偽らない本当の自分の姿で居られることは心地よかった。

「六華さん!」 
「六華さん、大丈夫ですか!」
 部屋の中、彼女はベッドの上で顔を覆って倒れこんでいた。眠っていたとい
う様子もなく何があったかは咄嗟には理解できなかったが、ともかく彼女に話
を聞かねばならないと、体を起こそうとして。
「っ!」
 不意に、触れた彼女の体が強張る。
「……六華さん?」 
 見開いた目が真っ直ぐにこちらを見て。

「……………来ないでっ!!」 

 突き出された手には、言葉の強さに反して力は無く。
 だが、驚くほどの拒絶の意志が感じられて。
 問いかけようとする声を遮るように、六華が声を張り上げた。
「お、おじさまも、国生さんも……近寄らないで!」

 尋常ならざる様子に、その言葉の奥に感じる予感。
 ふと、力なく座り込んだ六華の視線の向かう先に目を走らせ、息を飲んだ。

 そこにいたのは。
 きらりと光る、紅い目。

「……これは」

 兎。しかもただの兎ではなく、どこか禍々しいものを感じる。
 その目に浮かんだのは、歪な哂い。

「小池くん」 
「……離れて」 
 後ろから声を掛けてきた尚久を手で制して。

「お前は、何者かな?」
 紅く光る目が不気味にこちらを見る。
 只の兎ではない。尋常ならざる、何かを感じる――異形の者。
「…………来ないで……」 
「……六華さん、その兎は」 
 縋るように兎から引き離そうとする六華の手。

『ほう』

 人の声ともつかぬ不気味な声が響く。

「駄目!」 
 いやいやとするように頭を振る。
「六華さんっ」 
『諦めてきたもの、追わずにいたもの、お前ほどではなく、けれども積み重なっ
ている』 
 のそり、と。
 鼻をひくつかせて目の前に歩み出た姿。
 普通に兎として見るならば愛らしい姿なのかもしれない、だが。紅い目を
ぎらつかせて見上げる様は、薄気味悪い不気味な印象しか受けない。

「……で、でてって」
「六華さん……」
 その声は掠れていて、掴んだ腕も力なく、彼女が震えているのがわかった。
「……一体」 
「出て行ってえぇっ!!」 
 押し出された手は、それでも悲しいくらい力はなく。

『さみしさだ、さみしさだ!』 
 歓喜にはしゃぐ子供のように白い兎が跳ね回る。
『お前からは得られぬが、あの御仁は旨そうだ』 
 赤い目がこちらを見ている。

『さみしさだ、さみしさだ』
 知っているぞとでも言わんばかりに。
 しかし、内心どこか見透かされたような。

「……なに、を」
『極上の、さみしさだ……!』


獲物
----

「……っぁああっ」
 悲鳴と共に六華の姿が後ろに倒れ。同時に飛び跳ねる兎の姿が消えた。
 いや、正確には。

「……要因は君のようだね」
 伏せたごみ箱の底を片手で押さえたまま、穏やかな声が響く。
「尚久くん……」
「大丈夫かい?」
 いつものようにいたずら小僧のように笑いながら、その手はしっかりと中で
暴れる兎を抑えている。
「……随分、元気のいい兎だね」
 呆れたように、だがその手は決して緩めずに。
「一体、これは……」
 ぐったりと倒れた六華を抱えたまま膝をついた。しかし収束もつかの間で、
一息つく間もなく再び六華が声を上げた。

「だ、駄目ええっ!!」 
 さっきまでの拒絶ともまた違う、悲鳴のような叫び。
「六華さん……これは」 
「……ひまわりの、いえに、れんらくを」
 彼女の口から飛び出したのは思いも寄らない単語。
 人の世で、その枠に収まれなかった子供達の保護された場所。
「兎を近付けたら、だめ!!」
 彼女の叫びの意味。
 この不吉な者を近づけてはいけない。
「わかりました」
「小池くん、早く」

『喰らえ、吾が同族達!』
 哂いを含んだような声。
『あの子供等のさみしさを!あの子供等のかなしさを!』

 かなしさを喰らう。
 兎の同族達が子供達を狙っている。

「駄目!」 
 振り払われた手、彼女の体がベッドへと倒れそのまま床へと倒れこむ。
「六華さん?!」
 床に倒れて、それでも這いずって兎を閉じ込めたごみ箱を掴む。
「その子達は、駄目!」 
 その声にぴたりと動きが止まった。
「さびしいなら、あたしが行くから……」
 ふと。

「あたしを連れて行きなさいっ!」 
 さあっと心が、冷えた。
『来るか。きてくれるか』 
 彼女も共に行く、その意味は。
『お前も兎、私も兎……兎を放て!』 
 彼女が消える。
「黙らないか」
 尚久の鋭い声にもまるで応えた風も無く。
『さみしさを抱え、泣くばかりの声を響かせ、そのくせそのさみしさを後生大
事に抱え込んで動きもせず』 
 ちくりちくりと刺さる声。
『それが人なら、兎は兎』 

『この兎は私が連れて行こう』 

「…………やめなさい」 
『……ほお』 
 心の奥を見透かされるような紅い目がきろり、と。

『お前もさみしい』 

 見開いた目の奥、記憶の中で。
 積み重ねられた記憶に埋もれた。
 どうしようもなくすり抜けていった。
 決して手には残らなかった。
 いくつもの。
 いくつもの。

 望んで、恋うて、願って、欲して。
 そして、諦めて、失っていった多くの想いが。
 積み重ねられていった、諦めと。

 諦め切れなかったが故の――さびしさが。

「小池くん?」 
 そして、今現在、失われそうになっている――彼女が。

「出て行け!!」 
 立ちふさがったのは。
 体を震わせながら、精一杯に立ち尽くす六華の姿。
「……っ」
 思わず伸ばそうとした手を掴まれる。
「な、尚久くん?」 
「……今は、出直しましょう」 
 低い落ち着いた声が響いた。恐らくはこの状況で最も冷静に判断できている
のはきっと彼で。だからこそ、彼がここに居るべきではないとしたのはきっと
意味があることで。
 だが。
「尚久くん?六華さん……?!」 
「……出て行けええっ!!」 

 届かない手。
 彼女の姿は閉ざされたドアの向こうに消えた。


時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
----
 姿を現した兎、その狙いは。
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



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