[KATARIBE 31860] [HA06N]小説『左肩の少女・第四話 -骸骨と幽霊-』 第二稿

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Date: Fri, 24 Oct 2008 23:59:19 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31860] [HA06N]小説『左肩の少女・第四話 -骸骨と幽霊-』 第二稿
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 小説『左肩の少女・第四話 -骸骨と幽霊-』
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 登場人物
 --------
 樫屋サトミ(かしや・−):深夜、市街を徘徊する骸骨の少女。
 ミハイル:サトミの胸郭内に住み着いた幽霊。サトミの通訳を務める。
 柏木甚助(かしわぎ・じんすけ):人間のフリをする化け狸。お節介焼き。
 大崎美和(おおさき・みわ):幽霊の女の子。おっとり系。
 店員:ブティックの店員さん。遅くまでお疲れ様でした。

 本文
 ----
 ――えぇいっ!
 
 サトミマンションの住人であり、動く骸骨の樫屋サトミは意を決し、ブティ
 ック入り口の自動ドアのタッチボタンに触れ、中に入ろうとする。
 が、どうしてもタッチボタンを押すことが出来ない。

 いっそそのまま帰ろうかとも思うが、ショーウインドーに飾られたコートが
 気になり、やっぱり中に入ろうかともう一度思い立ってみるものの、自動ド
 アのタッチボタンを押す手は躊躇してしまう。
 
 溜息をつきたい気分だったが、生きてはいない上に呼吸もしていないサトミ
 には溜息をつくことは出来なかった。

 「もう30分になろうとしているじゃないか。入るならとっとと入ったらどう
 だい?」
 
 見かねたミハイルがサトミの胸郭内から不機嫌そうな声を出す。
 ミハイルのお陰で喋れるようになり、久々にショッピングでもと思い立った
 ものの、骨しかない身体がバレたときのことを想像すると怖くて足が竦んで
 しまう。
 
 文字通り、魔導器によって稼動する骸骨であるサトミは、頭部こそ生前の状
 態を模して復元してあるものの、首から下は肉も皮も無い、骨だけの状態で
 ある。

 今はジャケットやシャツを重ね着し、下はプリーツスカートとレギンスを組
 み合わせ、編み上げのロングブーツでしっかりと隠しているものの、見る人
 が見れば異常に気付かれてしまうし、触られれば固い骨だけの身体であるこ
 とは即座にばれてしまう。
 
 「そんなに気にすることはないさ、私が通訳しているんだから。誰も君の足
 をじろじろ見たりしないって」
 
 でも……と、サトミはミハイルの言葉への反論を頭の中でイメージする。
 
 「でも、じゃないさ。君は気にしすぎなんだよ。そんなに見ないって」
 ミハイルはサトミの思念を読み取り、通行人に聞えないようサトミの胸郭の
 中から小さな声で反論する。
 
 そうしてサトミが行きつ戻りつを繰り返していると
 
 「やぁ、どしたの?」
 
 唐突に声がかけられる。
 
 サトミが顔を上げて声の方を見ると、自転車を押した柏木甚助がそこにいた。

 知り合いに会う心の準備などしていなかったサトミは驚き、一歩後ずさって
 酸欠の金魚のように口をパクパクさせる。
 
 「あ?ああはいじんすけさんこんばんはいてててってててたた」
 
 咄嗟にミハイルが口の動きに合わせて声を出すが、サトミ用の声にチューニ
 ングしていなかったため、音程が不自然に上下する。
 
 けれども甚助は特に気にせず続ける。
 
 「あれ、買い物か何かかい?」
 「ええ、ちょっと、気になる服があって」

 急いでサトミ用の声にチューニングしたミハイルが、今度はちゃんとした女
 の子の声で答える。
 
 「へぇ、そうなんだ。それならもうあとちょっとで店が閉まっちゃうから早
 くしなよ」
 「あ、でも、その」
 
 言いつつ、まだ心の準備の出来ていなかったサトミの手を引いて中に入る。
 
 「ねぇ甚助さん、その人知り合いですか?」
 
 甚助の頭上から女の子の声が聞えた。
 サトミがちらりとそちらを見ると、甚助の頭上より少し左辺りにセーラー服
 を着た半透明の女の子が浮いていた。
 
 「ああ、同じマンションに住んでる人だよ」
 「ところで甚助さん、その方は」
 
 甚助の左肩の上辺りに浮いている『もう一人』に気付いたサトミが言う。
 
 「ああ、居候だよ。ちょっと前に知り合ってね」
 
 言いつつ、目だけで誰かが不審な目で見ていないかどうかを確認する。
 閉店時間が近いこともあって店内にはサトミ達以外の客はほとんど居ない
 上、背の高い商品棚や陳列物が遮蔽になって人の目は届きにくい。
 甚助は一通り、大丈夫そうなことを確認してから改めて、

 「美和ちゃん、こっちは同じマンションの樫屋さん」
 「初めましてっ。大崎美和です」

 美和を紹介する。
 美和は甚助の頭上近くから地上近くまで降りてから、ぺこりと一礼する。
 
 「こちらこそ、初めまして。樫屋サトミです」
 
 サトミもそれに答える。
 
 「それにしてもお外で一緒なんて珍しいですね。私みたいででで……」
 
 後半、またしてもミハイルの声がおかしくなる。
 どうやら何か言おうとしてサトミに窘められたようだった。
 
 「はいはい、わかりましたよちゃんとやりますよ」
 
 間をおかず、サトミの胸郭から小声で少し高めの男の声が聞えた。
 と、一行が話していると店員がフロアの向こうから滑るようにやって来て、
 サトミの隣で止まる。
 
 「何か、お探しですかぁ」
 「はう!あ、その、秋冬物を!」
 
 驚き慌てながら、サトミは答える。
 
 「何か良いのがあったらしいんですよー。ねぇ」
 「は、はい、ショーウインドウの、茶色の」
 
 甚助に促され、ショーウインドウに飾られているこげ茶のモッズコートを指
 差す。
 
 「こちらですかぁ?ちょっとあててみますぅ?」
 「あ、お願いできますか?」
 「はぁい、少々お待ちくださぁい。ストックがあるかどうか見てきますので
 ぇ」
 
 そう言うと店員は再び、滑るように店の奥に戻って行く。
 
 暇だったので魚のように天井近くを漂っていた美和は、店員が店の奥に行っ
 たまま暫く戻らないことを確認してから、再びサトミの側に降りた。
 
 「良かったですねー」
 「ええ、こういうお店久しぶりなので」
 
 表情こそ変わらないものの、美和の言葉にサトミは心底嬉しそうに返す。
 そんなサトミを見て、美和はちょっと悲しげに笑った。
 
 「いいなぁ、わたし、ずっとこの格好だから着替える必要無いし」
 「あ、ごめんなさい。そうですよね、つい、はしゃいじゃって……」
 
 サトミは少し、うなだれて美和に言葉を返す。
 
 「おーい二人とも、店の人が来たぞ」
 
 店の奥の方を見ていた甚助が二人に声をかける。
 先ほど、茶色のモッズコートの在庫を探しに店の奥に行った店員が戻って来
 た。
 ちょっとふくよかな中年の女の店員は、先ほどと同じように滑るようにして
 サトミの側まで来ると
 
 「はぁい、ごめんなさぁい、いまちょっとストック無いみたいでー、そこの
 ディスプレイの持ってきますのでぇ、もう少々お待ちくださいー」
 「あ、はい、すみません」
 
 先ほどと同じようにもったりとした口調で言うと、店先のショーウインドー
 に向かう。
 
 「明日になってたら売れてたかもな、あれ。サトミちゃん、運が良かったよ
 なぁ」
 「ですよねー」
 
 甚助と、甚助の上空にふわふわと浮かんだ美和が異口同音に言う。
 そこに再び店員が戻ってくる。
 
 茶色のモッズコート以外にも、何やら大量の衣類を両手に抱えていた。

 「お客様細いですしきっとお似合いですよぉ、試着室はあちらになりまぁす。
 こちらのニットのワンピースも合わせてみてくださぁい。えとー、これとぉ、
 これとかぁ、なかなかコーディネート的にいいかもしれませんー。あとぉ、
 こっちのパンツとかもぉ」
 
 「あ、わ、ふ」

 もったりとしたスローな口調で言いながら、服の束を手早くサトミに渡す。
 前が見えなくなるほどの服の束を渡されて、サトミは困惑する。
 
 「っと、ちょっと持つよ。貸して」
 甚助が服の束の上三分の二ばかりを取って持つと、ようやく前が見えるよう
 になった。
 
 「はぁい、試着室はこちらでございますー」
 
 滑るように歩く店員に案内され、試着室の方まで歩く。

 「それじゃ、甚助さん、ちょっと行ってきます」
 「おぅ」

 サトミは甚助から服の束の残りを受け取り、試着室に入った。

 試着室のカーテンをしっかり閉めたことを確認してから、着ていたジャケッ
 トとタートルネックのシャツ、スカートを脱いで備え付けのハンガーにかけ
 る。

 サトミの体を覆っていたものがなくなり、文字通りに骨だけの体が露になる。
 胸の辺り、かつて心臓があった筈の場所には魔導器が心臓の鼓動のように、
 赤く不気味に明滅していた。
 鏡に映る明らかに人間ではなくなった自分の体を見て、サトミは溜息をつき
 たい気分になった。
 そこに

 「さぁさぁ、早く早く」
 
 胸郭の内側から、ミハイルが小さな声で急かした。
 
 「とりあえずそのニットのワンピースなんか良いんじゃないかね?」

 服の束から店員がお勧めしてくれた一枚を取り出し、着てみる。
 
 あ、結構似合うかも。
 
 ファッションショーのモデルみたいに軽く腰に手を当ててポーズを取ってみ
 た辺りで、胸郭のミハイルが声を噛み殺し、生きていれば呼吸困難でご臨終
 しそうな勢いで大爆笑しているのに気付いてやめた。
 
 とりあえず次はこのスキニージーンズに挑戦してみようか、それともこっち
 のショートパンツ、いやそれとも……。
 
 服の束と睨めっこし、色々考えていると、カーテンの外から店員と甚助の声
 が聞えた。
 
 「彼氏さんですかぁ?今日はおつきあいでぇ?」
 「へ?か、彼氏?」

 素っ頓狂な声で応じる甚助同様、これにはサトミも驚いた。
 無い筈の心臓までがドキドキ早鐘を打っているような気がしたが、よくよく
 聞いてみるとミハイルの口真似だった。
 
 店員の声は続く。

 「違いましたかぁ、失礼しましたぁ、仲よろしそうでしたのでぇ。お兄様で
 すかぁ?」
 「いや、なんつーか、その、知り合いの近所の女の子ってだけでー……あ、
 まぁ、そんな所っすね」
 
 店員の言葉に、なんとも歯切れの悪い口調で答える甚助。
 サトミはホッとしたのと同時にちょっとガッカリした気分になり、さっきま
 でとは別の理由で溜息をつきたくなった。

 ***

 さあ、次はどれにしようかとサトミが思案していると、カーテン越しに声が
 かかった。

 「開けてもよろしいですかぁ?お見立てしますよぉ?」

 目を向けるとカーテン全面をふくよかなシルエットが占拠しているのが見え、
 咄嗟に答える。

 「あ、あ、いえ、だ、大丈夫です」
 「そうですかぁ」

 店員は一歩後ろに下がったようで、試着室のカーテンに映るシルエットがち
 ょっとだけ小さくなった。
 
 「あ、彼女、恥ずかしがりなもんで」
 「そうなんですかぁ、なるほどぉ」

 カーテンの向こうで、甚助がフォローを入れると、店員もそれに納得したよ
 うで、ふくよかなシルエットが大きくうなずくのが見えた。
 
 一通り試着を終えた後、サトミは大急ぎで元の服を身につけると、試着室か
 ら出た。
 
 「いかがでしたかぁ」
 「あ、ええ、さっきのコート、ちょっと、大きいかもです」
 肝心のこげ茶のモッズコートは思ったよりもダボダボだったことを伝えると、
 店員は

 「ちょっとダボダボ感を出して着こなしてみるのもぉ、いいかと思いますよ
 ぉ。ちょっと羽織って見せてくださいよぉ」
 「あ、あの、は、はい」

 店員に促され、ジャケットの上からコートを羽織る。

 「へぇ、中々良いじゃん」
 「そ、そうですか?ありがとうございます」

 甚助に言われ、サトミはちょっと照れたようにもじもじとした仕草をする。
 「キャー、お似合いですよぉ、こちらのスカートなんかも合わせてみたりし
 てもぉ」
 
 店員は服の束からスカートの一枚を取って屈み、サトミの足に当てようとす
 る。
 が、骨だけしかないことがバレては大変と、サトミはスカートを抑えて後ろ
 に下がる。
 
 「あ、店員さん、ちょっとちょっと。彼女、知らない人に触られるのが凄く
 苦手なんですよ」
 「あらぁ、そうなんですかぁ、失礼しましたぁ。どうされますかぁ?」
 
 サトミは暫く逡巡する。
 
 「あ、いえ、確かに良い色なんですけど、今回はちょっと……。でも、コー
 トとこのワンピースは頂きます」
 
 「ありがとうございますぅ。レジにご案内致しますねぇ」

 店員に促されて、レジまで行く。

 「えーと、カードカード……」
 甚助はポケットから財布を出し、クレジットカードを探す。そんな甚助を見
 て、サトミは慌てる。
 
 「あ、私自分で払いますから、付き合ってもらった上に悪いですよ、そんな」
 「良いって良いって……お、あったあった」

 免許証やら銀行のカード、それに図書館の貸し出しカードの中から探し出し
 て取り出す。
 
 「あ、あの、すみません、有難うございます……」
 「いや、大したことじゃないって」
 
 少しばかり、否、かなり得意げになる甚助だった。が

 「32000円になりますぅ」
 (げげっ!!)
 
 値段を聞いて、思わず心が折れそうになる。
 普段、あまり高い服を着ない甚助にとっては想像の範囲外の値段だった。
 
 (ど、どうする、どうする俺!?)
 一瞬、自問自答する。
 
 「お支払いはカードで?現金で?」
 
 とりあえず財布の中には3000円しかない。

 「か、カードでお願いします」
 こめかみから頬の辺りに、冷や汗が流れるのを感じた。

 「かしこまりましたぁ、ではこちらにサインをぉ」
 (えぇい男に二言は無い!!)

ムリヤリ自分に言い聞かせ

 「あ、はいはいっと」
 証明書の書名欄に走り書きでサインする。
 
 「あの、ホントに良いんですか……?」
 「いや、良いって良いって」
 
 心配そうに問うサトミに、甚助は余裕の笑みを浮かべて返す。
 ……頬がちょっと引きつっていたのを見られていませんように。
 心の中で、そう誰かにお願いした。

 ***

 「ありがとうございましたぁ」

 店員に送り出され、サトミと甚助は店を出た。
 本来の閉店時間よりもう30分もオーバーしていて、店員の笑顔もちょっぴり
 引きつっていた気がするけれど、見なかったことにしようと心に決めた。
 
 お見送りの言葉の中に、またのご来店をぉ、のくだりが無かったのもあんま
 り気にしないようにしよう。
 
 「はい、それじゃコレ」
 甚助はコートやらワンピースやらの入った紙袋をサトミに渡す。

 「なんか、すみません。甚助さん。有難うございます。大事にします」
 「そう言って貰えると嬉しいよ」
 大事そうに紙袋を持つサトミを見て、甚助は満足げに笑う。
 それを美和はちょっと羨ましそうに、けれども嬉しそうに眺める。

 「じゃあ、俺達そろそろ帰るけど、サトミちゃんはどうする?」
 「あ、はい、私も今日はそろそろ帰ります」
 「そっか、じゃ、一緒に帰ろうか」
 サトミと甚助は歩き出し、それに美和がふわふわと後に付いて行く。

 空には月が大きく懸かっていた。
 赤く錆びた、サトミを動かす魔導器の光の色にそっくりの月だった。


 時系列と舞台
 ------------
 2008年10月初め頃の晩、とあるブティックにて。

 解説
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 ミハイルの通訳のおかげで喋れるようになったサトミがブティックに行き、
 その途中で甚助と美和に会う話。

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