[KATARIBE 31859] [HA06N]小説『左肩の少女・第三話 -既視観-』 第三稿

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Date: Fri, 24 Oct 2008 23:36:30 +0900
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 小説『左肩の少女・第三話 -既視観-』
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 登場人物
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 相羽真帆(あいば・まほ):幽霊や怪異を実体化する異能を持つ女性。
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ):霊視能力持ちの葬儀屋さん。
 柏木甚助(かしわぎ・じんすけ):人間のフリをする化け狸。お節介焼き。
 大崎美和(おおさき・みわ):幽霊の女の子。おっとり系。


 本文
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 ――ずしり。

 甚助は自分の左肩にかかる重みが急激に増すのを感じた。

 「――え?」

 左肩に目をやると、幽霊の半透明ではない、普通の人間と変わりなく見える
 美和の姿があった。
 
 「あ、あわわわわわわ……」

 美和は甚助の左肩に不安定な姿勢で乗っかり、両手をぱたぱた振り回してバ
 ランスを取ろうとしている。
 
 「ちょ、美和ちゃん、落ち着い……」

 甚助は今にも転げ落ちそうな美和を支えようと、注意深く左腕を上げる。が、

 「きゃあっ!?」
 
 美和はバランスを崩して甚助の左肩から落ち、甚助は肩から落ちる美和を
 とか受け止めようと咄嗟に左手を伸ばすも間に合わず、ついでに身を乗り出
 しすぎてバランスを崩してよろめく。

 これを見た真帆は回れ右をし、小走りに甚助と美和から離れる。
 真帆が離れたことで周囲の怪異や幽霊を無差別に具現化させる異能の効果範
 囲から外れると、美和の身体は再び重さの無い幽霊の身体に戻る。

 が、時は既に遅く、バランスを崩した甚助は芝生の上にどっと倒れた。

 「あいててて……」

 甚助がぶつけた箇所をさすりながら涙目で立ち上がると、頭上に心配そうに
 眺めながら浮かぶ美和の姿が見えた。

 「大丈夫、ですか?」
 「大丈夫。これでも割と頑丈に出来てるから」
 「あー……説明して……なかった、っけ?」

 その向こうで幸久が、半ば呆れたような、半ば済まなそうな表情でこちらを
 見ていた。

 ***

 「ええとですね、私に近寄るときには注意してくださいね。生き返るから」
 幽霊を見ることのできない真帆は、おそらくは美和が浮かんでいるであろう
 辺りに向かって言った。

 彼女、相羽真帆の持つ異能『怪異具現化』は、真帆の半径5m以内に存在する
 実体の無い幽霊や怪異の類を、彼女の意思とは関係なく無差別に実体化させ
 る。
 今しがた、美和がいきなり実体化し、その後で再び幽霊の身体に戻ったのも
 真帆の異能によるものだった。

 「もう大丈夫?準備出来たらそっち行きますよー!」

 「あ、ちょい待ち!ほら、美和、もっとこう……地面に足を付けるような感
 じで。そう、そう。そんで、まだちっと離れられないだろうから片手は柏木
 の肩に乗せて……」

 真帆の言葉に反応し、幸久が慌てて美和に色々と指示を送るが、幽霊の姿を
 見ることも声を聞くことも出来ない真帆から見ると、甚助が所在無さげに立
 っている斜め後ろで、幸久がパントマイムか何かのように動きながら、1人
 で喋っているようにしか見えない。

 その様子が何となくおかしく、つい笑いそうになるが、本人達は至って真面
 目なことを思い出して自重する。
 
 「あ、真帆さーん、もう良いですよー!」
 今度は甚助が言う。
 「じゃ、そっち行きますよー!」

 そう3人に告げ、真帆はふたたび甚助と幸久、それから美和がいるであろう場
 所に向かって進み始める。

 1歩、2歩、3歩、4歩……。
 真帆が歩みを進めて行くと

 「――あっ」

 突然、甚助の左斜め後ろ辺りから女の子の声が上がり、今まで何も無かった
 空間に、1人の少女が出現する。

 まっすぐの髪を肩の辺りで切り揃え、今となっては少々型の古い(何となく、
 自分が高校時代に着ていた制服に似てると真帆は思った)制服に身を包んだ
 少女――大崎美和が実体化した。

 「わぁ……」

 実体化した自分の体を、何度も矯めつ眇めつする少女に向かって

 「改めて……はじめまして、大崎美和さん。私は相羽真帆といいます。宜し
 く」
 「あ、はい。真帆さん、はじめましてっ」

 真帆が微笑み、真帆に向き直った美和も釣られて笑った。

 そこに、冷たい秋の風が一行の頬を撫でて通り過ぎ、久々に生身で感じた風
 の冷たさに美和は思わず声を上げた。

 「うわぁ、風ってこんなに冷たかったんですね。……ずっと忘れてました」
 「ああ、もう9月も終わりだからな」
 「つい1週間前まではかなり暑かったけどね」

 美和の言葉に、幸久と甚助が答える。

 幽霊の体の状態では視覚や聴覚は残っていても、温度の感覚や嗅覚など、生
 身の体に備わっている多くの感覚は失われている場合が少なくない。
 美和もその例から漏れていなかったようで、久しく忘れていた感覚を楽しん
 でいた。

 「あ、金木犀」
 「ホントに。どこからだろ」

 風に乗って、どこからか金木犀の花の香りが飛んできていた。
 美和の言葉に真帆も周囲を見回すが、近くにオレンジの花を鈴なりに付けた
 ダークグリーンの葉の木は見当たらなかった。
 きっと近くの家の庭かどこかで咲いているのだろう。

 「どこか近くで咲いてるかもですねー」
 「あ、美和ちゃん、ちょっと待って」

 きょろきょろと辺りを見回しながら、美和は歩き出そうとするも、真帆が慌
 ててそれを静止する。

 「あんまりあたしから離れないでね。また元の体に戻っちゃうから」
 「あ、はーい……うーん、どこで咲いているんでしょう?見たかったです」

 「それなら、後で皆で探しに行きましょう。先にケーキとお茶でゆっくりし
 たからって、金木犀の木は逃げたりしないし」

 金木犀の花が見たかったと名残惜しげに戻って来る美和を、真帆が宥める。
 
 「そうだよー、早くケーキ食べようぜ。俺、腹減ったよー」

 甚助の言葉に、真帆と幸久、美和の三人は顔を見合わせ、プッと吹き出す。

 「ええと柏木さん、今日の主役は美和ちゃんなんだと思うんだけど?」
 「いやいや、忘れてませんってば。ただ腹減ったなーって思っただけで!」

 苦笑を浮かべつつ窘める真帆の言葉に、大慌てで反論する。

 「まぁ、そろそろ頼もうか。時間も丁度良いし」

 既にガーデンテーブルの前に座っていた幸久に促され、真帆と甚助、それに
 美和も席に着いた。

 ***

 本宮幸久、相羽真帆、柏木甚助、それに大崎美和の4人は、吹利市内のケーキ
 屋の老舗であり、実は市原の魔女と呼ばれる魔女の一族が経営しているケー
 キのイチハラに来ていた。
 
 何日か前、ケーキを食べてみたいと言っていたのを甚助が耳にし、同じサト
 ミマンションの住人であり、理解者である本宮幸久に何か良い手は無いかと
 相談したところ、幸久は知り合いであり、怪異具現化能力を持つ相羽真帆を
 紹介してくれたのだった。
 
 現在、一行はケーキのイチハラの店舗の裏庭に出ていた。
 異能や怪奇現象の類に理解のあるオーナーに理由を話し、庭を借りて美和の
 実体化を試しているところだった。
 
 「じゃあ、何頼む?」
 「むー、色々あって迷います」

 幽霊になってからずっとケーキなど食べておらず、次にいつ食べられるのか
 分からない美和は真剣にテーブルの上に置かれたメニュー表と睨めっこする
 も、どれも美味しそうでなかなか決められない。
 
 「色々あって迷うわよね。あ、それなら皆で違う物を頼んでちょっとずつ分
 けっこしない?」
「おぉ、それ良いな。そうしよう」

 結局、皆でそれぞれ違う物を頼んで、ちょっとずつ分け合って食べることに
 なった。

 「あ、俺、ザッハトルテと紅茶、で、紅茶はミルクもレモンもなしで」

 真っ先に決めたのは幸久だった。
 キリッとした鋭い風貌に似合わず、甘い物は大好きなようで、嬉々として頼
 む。

 「じゃ、私は……洋梨のタルトかな。紅茶で……」
 「えーと、俺はそれじゃモンブランと紅茶で。紅茶にミルク入れてください」

 続いて真帆と甚助が頼む。

 「え、えーと、それじゃ私は……」
 「違うの選んだらいいよ。みんなの食べられるから」

 美和はまだ決めかねているようで、メニューとの睨めっこを続けている。
 そんな美和を見て、真帆は笑って言った。

 「それじゃあ、わたしは…………あ……」

 不意に、美和が動きを止め、ぼんやりと虚空を眺め始める。

 「あれ、どうしたの?」
 「?」
 「どした?」

 甚助と真帆、幸久が口々に声をかける。

 「……何となく、懐かしい気がしたんです」

 ぽつりと、美和が漏らす。

 「前にも、ずっと前にもこうやって……友達とケーキ屋に行って違うケーキ
 頼んで」
 「……好きなの頼めよ。な?」

 途切れ途切れに話す美和に、幸久はいつもよりちょっとだけ優しい声で語り
 かける。
 
 「えと、それじゃあ……」

 真っ白なクリームの上に、真っ赤なイチゴの乗ったケーキの写真が目に入り

 「イチゴのショートケーキにします」

 それに決めた。

 「という訳で、お願いします」
 「はい、かしこまりました」

 後ろで注文を聞いていた店員が、伝票に注文を書き付けて店の中に戻ってい
 った。
 それから程無くして、店員が4人分のケーキと紅茶を持って、戻って来た。

 ***

 「これうまいな。チョコ濃くて。美和、少し喰ってみるか?
 「はい、いただきま……あれ」

 幸久からチョコレートをふんだんに使ったザッハトルテをちょっと分けて貰
 おうとしたとき、美和の視界は不意に歪んだ。
 
 「……あれ?」

 涙が一筋、頬を伝ってぽろりとこぼれ落ちた。

 「これも……どしたの?」

 真帆も洋梨のタルトを分けようとして、美和がおかしいことに気付き

 「どうした?具合でも悪いのか?」

 甚助も慌てる。

 「おかしいです。凄く嬉しくて、楽しいのに……なんで涙が出ちゃうんでし
 ょう……」

 洟をすすり、ぽろぽろと涙をこぼしながら美和は答えた。
 真帆はバッグからハンカチを取り出し、美和の手の上にそっと置いた。

 ふと、甚助が視線を幸久の方に移すと、幸久は先ほどまでとはうって変わっ
 て少しばかり険しい表情で美和を見ていた。
 
 一週間ほど前の夕方、マンションのロビーで幸久から言われた言葉が脳裏を
 過ぎる。
 美和から読み取ったイメージを反芻しているのだろうと甚助は考えた。
 
 (裏切られて、殺された……一体、誰に?)

 答えの出ない問いだった。
 少なくとも、今はまだ。
 いずれ分かるのかもしれない。けれども

 (今は、笑っていよう)

 思い出させないようにするには、それが一番だと思った。

 「あ、ありがとうございま、す……」

 真帆の渡してくれたハンカチを手に取り、後から後からこぼれてくる涙を拭
 いながら、美和は言った。
 
 美和がひとしきり泣き止むまで皆で待って、それからお茶会を再開した。
 美和は、皆からケーキを少しずつ分けてもらって食べた。
 久しぶりに食べたケーキはとっても美味しかったけれども、どれもちょっと
 しょっぱい味がした。

 ***

 「美味しかったですねー」
 「良かったなぁ」

 ケーキを食べ終え、店から出たとき、満足げに笑いながら美和は満足げに笑
 い、それに甚助も笑みを浮かべて頷いた。

 「あ、美和ちゃん、美和ちゃん」
 「なんですか?」

 真帆の呼びかけに振り向いて

 「あたしいくらでも付き合うから、また声かけてね」
 「はい!またよろしくお願いします」

 元気に答えた。

 「おう、またケーキでもパフェでも」

 そんな美和を見て、満足げに頷きながら幸久も言う。

 「幾らでもゆっきーさんがおごってくれるそうだし」
 「ちょ!」

 冗談めかして言う真帆に、思わず焦る幸久。

 「いやー、そりゃ大助かりっすよ」

 そこに甚助も悪乗りする。

 「あれ、こんな可愛い子女子高生にご馳走するなら本望じゃね?」

 にまにまと笑いながら、今度は甚助の方を向いて真帆が言う。

 「えー、そりゃ勿論そうっすけどねー」

 それに笑いながら答える。

 「んじゃ、金木犀だっけ?美和ちゃん、さっきどっちから匂いが来たか覚え
 てるかい?」
 「え?……えーと、確かさっきはこっちの方だったかなぁ」

 甚助の問いに美和は暫し考え、金木犀の花の香りが漂って来た方角を指差す。

 「ちょっと行ってみようよ」
 「あ、はい」

 真帆が美和の手を引いて歩き出す。
 幸久と甚助も、どこかに金木犀の木が無いか見ながら歩き始めた。

 ***

 「ねぇ、美和ちゃん」

 真帆は並んで歩く美和に、微笑んみつつ声をかける。

 「何ですか?真帆さん」
 「楽しいこと、重ねましょう。これからも……ね?」

 「はい!」

 花が綻ぶような笑顔で、美和は答えた。


 時系列と舞台
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 2008年9月下旬頃の休日の昼下がり。

 解説
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 相羽真帆、本宮幸久、相羽真帆、大崎美和の4人がケーキを食べる話。

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