[KATARIBE 31858] [HA06N]小説『左肩の少女・第二話 -記憶-』 第二稿

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Date: Fri, 24 Oct 2008 23:15:37 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31858] [HA06N]小説『左肩の少女・第二話 -記憶-』 第二稿
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 小説『左肩の少女・第二話 -記憶-』
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 登場人物
 --------
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ):霊視能力持ちの葬儀屋さん。
 柏木甚助(かしわぎ・じんすけ):人間のフリをする化け狸。お節介焼き。
 大崎美和(おおさき・みわ):幽霊の女の子。おっとり系。


 本文
 ----

 小池葬儀社の社員である本宮幸久が自宅であり、付近の住民から幽霊屋敷と
 して恐れられているサトミマンションに着いたのは、日もとっぷり暮れた頃
 だった。
 
 早くマンション2Fの自宅に帰り、妻と2人の娘達と一緒に夕食の席を囲もう
 と、足早に2Fに続く階段に向かおうとしたところで、ふと、見慣れない『も
 の』が目に入った。
 
 「……ん?」
 
 1Fの真中のロビー、マンションの住人や訪問者達が歓談出来るようにとソフ
 ァーやローテーブルが置かれた場所の上空1mあまりの位置を、女の子の幽霊
 がふわふわ漂っていた。
 
 年の頃は10代半ばくらいだろうか。まっすぐの髪を肩の辺りで切りそろえ、
 今となっては少しデザインの古いセーラー服に身を包んでいる。
 背はやや低く、体型は太っても痩せてもいない、ありていに言えばごく普通
 の女の子だった。
 ただ一つ、その女の子は幽霊だということを覗けば、であるが。
 
 “生者と死者の交わる家”とも呼ばれるサトミマンションには、『生きた』
 住人よりも『死んだ(幽霊やアンデッドの)』住人の方が多い。
 その上、生まれながらに常人には見えない霊を見ることの出来る幸久にとっ
 て、幽霊の存在は日常の範疇にあった。
 けれども、ロビーの上を漂う幽霊の少女は幸久にとって見覚えのある幽霊で
 はなかった。

 少女が行きつ戻りつを繰り返す真下に目をやると、背は低いががっしりとし
 た体格の若い男(確か最近引っ越して来た、柏木とか言ってたか)がローテ
 ーブルにジャケットを投げ出し、ソファーに身を横たえて大きな鼾をかいて
 いるのが見えた。
 どうやら幽霊の少女は、どうやって起こそうか思案しているようだった。

 ***

 不意に、幽霊の少女――大崎美和と幸久の目が合った。
 
 まさか自分の姿が幸久に見えているとは思っていない美和は、他に何かある
 のかと辺りをきょろきょろと見回した後、目の前にいる喪服を着た男の鋭い
 目線が、相変わらず自分の方に向いていることに気付き、思った。
 
 (もしかしてこの人、わたしの事が見えてる?)
 
 しばらく考えてから、視線の先の黒服の男に声をかけてみる。
 
 「えーと……こ、こんにちはっ」
 
 相手の鋭い目線に圧され、少々言葉に詰まるも、とりあえず挨拶をしてみる。
 その後にぺこりと会釈をする。
 これで目の前の黒服の男が普通の人なら、美和の姿は見えず、声も聞えない
 筈である。だが――
 
 「…………はい?」
 数瞬の間のあと、何だか間の抜けた声が返って来た。
 
 (え、えーと……)
 次は何を喋ろうか、逡巡しているところに
 
 「……って、ねーちゃん。新入りか?」
 「え……え?わたし、ですか?」
 喪服姿の男――幸久から質問が飛んで来た。
 「そうだよ、あんたフリーか?」
 フリー?フリーってどういう意味だろうと考えていると
 
 「ぅん……っ……ん?」
 「えーと、こっちで寝てる柏木さんに付いて来ちゃったんですけどー……あ、
 今起きました」
 美和が浮かんでいる真下で寝ていた若い男――柏木甚助が目をごしごし擦り
 ながらむっくりと起き上がる。
 
 「ふぁ……」
 だらしのない欠伸が出かけるも、目の前に人がいることに気付き
 「あれ?……あぁ、ども」
 「……おぅ」
 慌てて居住いを正す甚助に、幸久は言葉を返す。
 
 「えーとですね……」

 美和はそんな二人を交互に眺めてから、幸久に
 「柏木さん、わたしの事見えるみたいだし、付いてきても良いっていったか
 らここまで来ちゃったんですけど……ここって幽霊の方も多いんですよね」
 「ああ、まあ……ここはいろんなのが居るしなあ……」
 ここサトミマンションは死人に幽霊、化け狸に霊能者、普通の人まで何でも
 ござれである。
 
 「柏木さんに会うまで、マトモに話出来る人に会えなかったんですよー」
 ふよふよと空中を漂いながら。
 「と、まぁ、こんな感じで。ここなら話し相手になってくれそうな人も多い
 だろうしと思ったんですがね」
 甚助が言葉を続ける。
 
 「でも、おにーさんもわたしの事が見えるんですねー」
 「……まあ、俺は生まれつきだからなあ」
 「えへへ、やっぱりここに来て良かったです」

 ちゃんとコミュニケーションの取れる『見える人』に会えた事を美和は喜ぶ
 一方、甚助は
 (俺のときはオジサン呼ばわりだったのに、大して歳変わらない本宮さんは
 お兄さんかよ!?)
 別な意味でショックを受けていた。

 ***

 「まぁ、思い残したことがあるからここに居るんだろうけど」
 「その筈なんですけどねー。わたし、自分の名前以外なーんにも覚えてない
 んです。気付いたらこうなってたんですよー」

 「……ふむ」
 「思い出そうとしても思い出せないし……別に大したことじゃないのかなー、
 って思いますけどね。わたしが幽霊になった理由って」
 これはどうしたことかと思案する幸久に対し、当の本人である美和はあまり
 気にする様子を見せていない。

 「どうですかね?誰かに診せようにも除霊とかされても困るし」
 幸久と美和の間に、甚助が口を挟む。
 「まあ、おいおい思い出していくのがいいんだろうけどな……あんまりふら
 ふらしてっと迷ってへんになっちまうからなあ」
 「そうですねぇ……」
 
 「とりあえず、本人に成仏する意思がないなら、まあそれでいいんだろうけ
 どな……」
 「そうですね。特に祟ったりする子じゃなさそうですし」
 「ぶー、しませんよー」
 色々好き勝手に言う甚助に、美和が頬を膨らませて抗議する。

 「けど、何にも手がかり無いんじゃあなぁ」
 眉根を寄せ、お手上げだとばかりに言う甚助。だが幸久は
 「……そっちのねえちゃんがよければ、ちょっとなら俺が『視て』もいいん
 だがな」
 一つ、提案をした。

 「おっ?」
 「ほ、ホントですか!?何か分かるんですか!?」
 その言葉に美和は、今度こそ自分の過去が分かるとばかりに期待し、身を乗
 り出す。

 「……そんな期待すんなよ、表面的なものしか視えねえんだから」
 言いつつ幸久は美和の方に手を伸ばす。
 「お、お願いします!手がかりがあればっ!!」
 「わかった」
 指先を美和の額に軽く当て、幸久は目を瞑った。

 ***

 目を閉じた幸久の瞼の裏に映ったのは、ただの暗闇だった。
 次第に、その中に小さな点のようなものが幾つも瞬き始めていた。
 幸久は暗闇の中に浮かぶ小さな点を意識し、そこに意識を集中させてゆく。
 
 点に見えたものは全て、透き通った雨粒だった。
 (これは……雨粒、か)
 
 更に深く、意識を集中させる。
 
 降りしきる雨の奥、鮮やかな赤い液体を付着させた鋭利な刃物と思しき何か
 が、かすかな光を反射してぬらりと光るのが見えた。
 
 「……っ」
 幸久は思わず声を詰まらせる。
 
 そこに、何かの視線を感じた。
 そちらに意識を集中させると、誰かがじっとりとした気味の悪い笑みを浮か
 べ、こちらを見下ろしているのが見えた。
 何者かは更に近づき、唇を寄せて何事かを囁いたが、何を言っているのかは
 幸久には分からなかった。
 
 映像は途切れると、後には強い悲しみの念だけが残った。
 思念に近づくように意識した幸久は、それが裏切られたことへの悲しみであ
 ることを知った。

 ***

 「――本宮さん?」
 「あ、あの……」
 目を開いた幸久の目に映ったのは、自分を心配そうに見る甚助と美和の姿だ
 った。
 
 幸久は、心配ないとでも言うように小さく頷いてから、美和の目を見た。
 霊が他殺の霊か自殺の霊かを見る、幸久の霊視能力の一つである。
 これで美和が他殺によって生じた霊ならば、その白目は薄らと赤く色づいて
 見える筈である。

 果たして、幸久を心配そうに見つめる美和の目は、泣き腫らしたかのように
 薄らと赤く染まっていた。

 「…………なるほど」
 思わず、呟く。
 
 「どうしたんですか?」
 「何か、分かったんですか?」
 「いや、断片的すぎてどうにも……」
 口々に問う甚助と美和に、しかし幸久は答えることを避けた。
 
 「そう、ですか……」
 見えなかったという答えに、美和はがっくりと肩を落とした。
 そんな美和に幸久は
 「だが、暗い……夜のイメージと雨……これくらいしか」
 血腥いイメージを避け、やんわりと伝える。

 「夜で、雨、ですか……」
 雨の夜なら、幽霊になった今までも何度もあった。
 幽霊だから風邪を引くことこそ無いけれども、たった1人、寂しくて暗くて冷
 たくて、大嫌いだった。
 けれど、この家で皆と暮らしていれば、そんな想いはしなくて良いと思えば
 少しだけ心が軽くなった。

 「まあ、無理に思い出すよりも、時間をかけて引き出すってほうがいいかも
 しれねえな」
 言いつつ、幸久は指先で甚助に何やら合図を送る。

 (え、俺?)
 何やら合図され、何のことだろうと思って幸久を見ていると
 「まあ、憑いたまんまだと不便なこともあるかもしれねえし、へんなのに引
 かれないようにしとくのも必要だし」
 幸久は美和に向かって手を伸ばす。

 「ちょっとだけ、手貸しな」
 「あ、はい」
 言われて、美和は幸久の掌に自分の手を重ねる。
 すると
 「――!!」
 手を重ねた瞬間、ふわりと身体が軽くなった気がして、その後、何だか凄く
 落ち着いた気分になった。

 「……あ、あれ?」
 何が起こったのかと、自分の身体のあちこちを確かめる。
 「一時的にこの場所に縛った、まあ、そこらの札や経で祓われたり、妙なの
 にひっぱられたりはしねえだろ」
 「それなら安心なんですが……縛ったって事は、このアパートから動けなく?」

 どうなのかと問う甚助に、幸久は
 「縛った先はあんただ。まあ、でも安定したからマンション内くらいならあ
 んたから離れて行動しても平気だ」
 「俺?……って言うと、ずっと憑きっぱなしって事っすか?」
 流石に自縛霊のよりどころになるとは思っていなかったようで、ちょっとシ
 ョックを受ける。
 「……まあ、拾った責任だろ」
 「……まぁ、そりゃそーっすね。確かに」
 このマンション内で離れられるのなら、自分にとっても美和にとっても、そ
 れほど不自由は無いだろう。
 「わーい、改めてよろしくお願いしまーす♪」
 顔中に笑みを浮かべ、美和は部屋中をぴょんぴょん跳ね回る。

 「それに、仲間も多いし退屈はしねーだろ。それから……」
 幸久は一旦言葉を切り、一呼吸置いてから
 「……あとでちょっと話がある」
 甚助の耳元に顔を近づけ、小さな声で早口で言葉を続けた。
 
 美和に聞かれたくない何かがあるのだろうと悟り、
 「美和ちゃん、マンションの中なら動けるみたいだし、あっちこっち見てき
 たらどうかな?」
 「じゃあ、そうしますねー!」
 美和は高く浮かび上がったかと思うと、1Fの天井をすり抜けて行った。

 「……さて」
 美和が1Fから居なくなったことを見届け、甚助は改めて口を開く。
 「その、さっきの話ですが」
 と、そこに
 「忘れてましたーっ!!」
 「うぉぅ!?」
 けたたましく戻って来た美和に、思わずのけぞる甚助。

 「……えーと、な、何?」
 「どうした?」
 「おにーさんの名前、聞くの忘れてました。わたし、大崎美和って言います」
 「ああ、俺か。本宮幸久」
 「本宮さん……うん、覚えました。ありがとうございました。じゃ、こんど
 こそ行ってきますねー!」
 「おう」
 再びふわふわと浮上する美和を、幸久は手を振って見送る。

***

  美和の気配が、今度こそ完全に遠のいたのを確認してから
  
 「…………あんた、柏木さんだっけか」
 「ええ、406号室の。……それで、話ってのは」
 幸久の顔からはつい先ほどまでの笑みは消え、打って変わって真剣な表情に
 なっていた。
 
 「さっき、俺が視た内容のことだ」
 じっと、甚助を見据えて。
 幸久が視た物の内容の重さを想像し、甚助はごくり、と唾を飲み込んだ。
 「それで……何を視たんですか?」
 
 「見えたのは断片的なもの……これは確かだ、だが」
 鼓動が早まっているように感じた。
 いつの間にか、手にじっとりとかいていた汗は、寝汗では無いだろう。
 甚助はズボンの腿の辺りでゴシゴシと乱暴に手を拭い、幸久の言葉の続きを
 待つ。

 「……見えたのは、暗闇、そして雨」
 幸久は一旦言葉を切り、目を瞑り、息を深く吸って、そして吐いて、また吸
 って――
 
 「……刃物」
 一息で、告げた。
 
 「――!?」
 やっぱり、と頭のどこかで思いつつも、甚助は幸久が視た光景の壮絶さを思
 い、絶句する。
 
 「あと、顔までは分からないが薄気味悪い笑み」
 呼吸を整えつつ

 「……そして、念だ。『裏切られた』……と」
 幸久は言葉を続け

 「…………あいつは、何者かに殺された」
 そう、断定した。

 「……一体、誰が……」
 「そこまでは俺も視えねえ……だが、ここに留まってるってことは、その念
 が晴らされてないってことだ」
 甚助の問いに、しかし幸久はがりがりと頭をかきつつそれだけを答えた。

 「記憶がないっつーのも、まあ自己防衛みたいなもんだろうな。あったら……
 下手すりゃ悪霊化だ」
 「あの娘、美和ちゃんには内緒にしますよ、この事は……」
 
 「ああ、だからあの嬢ちゃんをあんたに繋いでおいた」
 「無闇やたらに歩き回って、思い出したりしないように、っすね……気をつ
 けないと」
 「それだけじゃない。他の誰かにちょっかい出されて思い出されたり探られ
 たりされねぇように、ってのもある」
 「ふーむ……」
 肺に溜まった空気が重く感じて、甚助は深く息を吐いた。

 窓の外を見る。
 サー、という静かな音が聞えた。
 今日の吹利県では朝から午後にかけては晴れ間が覗きますが、夕方からは天
 気が崩れるでしょう――。
 久々に、今朝の天気予報は当たったようだ。
 きっと明日からはまた、寒くなるだろう。

***

 「ああ、事件とかそういう系なら」

 ややあって。
 「ちっと俺も探りいれとくわ」
 吹利県警にいる兄の史久と弟の和久に聞けば、何か進展があるかもしれない。

 「お願いします。俺は人間社会の方のコネはあんまり無いんで何も出来ませ
 んし」
 マンションの管理人の坂本麻依子には、入居時に既に自分の本性を明かして
 いる。
 目の前にいる幸久も異能を使ったのだし、もう隠す必要は無いと思い、それ
 となく、自分が人間ではないことを告げてみる。
 
 だが、幸久は甚助の言葉をただの世間知らずという風にでも捉えたのか、そ
 れに関しては特に何も言わず
 「あんたはあの嬢ちゃんについててやれ……多分、記憶が無いままですまな
 い気がするしな」
 とだけ、言った。
 
 「分かりました。……ああ、厄介なことになったもんだ」
 甚助は呟き、どさりとソファーにもたれ掛かって天井を眺める。
 豪奢な天井にはところどころシミが浮き出ていて、そのいくつかは人間の顔
 のようにも見えた。
 
 「まぁ……拾っちまったもんはしゃあねえだろ、関わっちまったらほっとけ
 ねーし」
 「そうっすね。とりあえず、俺も出来ることはやります。また色々お願いす
 るかもしれませんが、その時はよろしくお願いします」
 「おう」
 甚助は再び身体を起こし、幸久をまっすぐに見て、言った。



 時系列と舞台
 ------------
 2008年9月半ば頃の夕方〜夜にかけて。
 『左肩の少女』と同じ日の夜。

解説
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 甚助の肩に乗っかった幽霊の女の子が、霊感葬儀屋の本宮幸久氏と出会う話

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