[KATARIBE 31851] [HA06N] 小説『泡白兎・8』

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Date: Thu, 23 Oct 2008 01:05:32 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31851] [HA06N] 小説『泡白兎・8』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2008年10月23日:01時05分32秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・8』:
From:いー・あーる


どーも、いー・あーるです。
相変わらず、見直しなっしんぐでいっきまーす
(こんなん見直したら流せないよっ)

BGMは、KOKIAのI Bilieve で。
(ちうかそれかけっぱでかきまいた)

**********************
小説『泡白兎・8』
========================
登場人物
--------
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。


本文
----
 何故止める、と、兎が問う。
 何故止める、と、己が問う。

 境界線は既にして判然とはせず、己の思考と兎の疑問が混じっているのが、
不透明な頭でも判る。

 何故。

「あのひとは……あたしとは違うから」
 さみしさはあるだろう。かなしさもあるだろう。
 けれども彼には、ちゃんと人と手を取り、一緒に生きてきた過去がある。
「……もともと、巻き込むべき相手じゃないし」


 生きていて欲しいと思った。 
 百年、二百年と言う。が、これまでの間、六華はその四分の一しか生きては
おらず、それも途切れ途切れのひどく場当たり的な生き方であったから、独り
で居るのはむしろ当たり前だった。
 けれども、こうやって命をこちらに引き戻された。桜の咲く春も、入道雲の
広がる夏も、彼岸花の揺れる秋も、この目で見るようになった。
 そこに広がる時間は長くて。
 独りで過ごすにはあまりに長くて。
 
 だから同じように長い時を生きているひとに出会ったことは、無条件に嬉し
かった。過去に辿ってきた世界を共有し、話すことが出来ることが、これほど
ほっとすることとは思わなかった。三味の音、皆の沸いた噺、過去彼女が驚き
感動した破片を、同じ時代にやはり感動した相手と共有することは嬉しかった。

 だから。

「生きていて欲しかった」
 これだけの時を生きてきているのに、力に溢れているのに、人に秀でて綺麗
なのに。
 そのひとはきれいだった。
 歪みもひずみも、無いとは言わない。けれどもそれは普通に生きている人間
と変わらない、否、人のほうが歪んでいると見えた。

 それは羨ましいことだったけれども、同時に、そのひとを歪ませずに保ち続
けたひとびとが消えた時のことを、六華に恐れさせるに充分だった。

 だから。

「あたしはあの人に、迷惑をかけるためにここに居るんじゃない」

 彼女が亡くなる前後を、六華はこの家で過ごした。一緒に居た期間は決して
長くはないが、しかし人とあやかし、二人から深く愛された稀有な女性の、そ
の稀有である所以の欠片くらいは知った、と思う。
 最初は……そして暫くは、尚久のほうを心配していた。けれども。
(どうしても血を吸わないで頑張ってたから)
 意識していたかどうかは判らない。けれども。

 本宮麻須美という人が生きていたら、彼はそこまで血を吸うことを我慢して
いたかどうか。
 彼女の為に生きなければ、という意識があるならば。

(現に、おじさまの名前出したら生きようって気になってるし)

 だからとても自分勝手な考えなのだ。生きていて欲しい。彼女が亡くなった
この世界を、そしていつかは彼も消えてゆくこの世界を。

 だから。
 ……だから。

「あたしはあのひとに、生きて欲しいだけなんだ」

 さらさら、と、その言葉は己の胸の中に落ちる。乾いた何も抵抗の無い、細
かい粉のように。 
 
 けれど。

 ならば何故、と、兎が問う。
 ならば何故、と、己が問う。

 ならば何故、お前のかなしさが彼から起こるのか。

「かなしさ、なんて」

 彼女からも彼からも、起こることのないかなしさが。


 麻須美のことは大好きだった。
 天然のようで、でも勘が良くて、機転も効く人で。
(ねえ、お父さんを騙しちゃいましょう)
 もうそろそろ身体がきつくなってきた頃、そうやって希と六華を巻き込んで、
一見普通のご飯を作ったことがある。
 料理に見えるものがケーキやデザートで、デザートに見えるものがおかずで
あるような。
(なんだいこれは)
 目を丸くした尚久の顔に、三人で笑い崩れたことがある。
 
 後から思った。あれは、メイドという立場の希と、下宿人という立場の六華
の間のなんとはない隙間を、綺麗に塞ぐ効果があった、と。

 そういう……ひとだった。

 
 尚久のことも大好きだ、と、六華は思う。
(絶対あたしより、年上に思えるけど)
 悪戯っ子のようで、欲しいものは全部欲しがって、本当に欲しがったものは
手に入れてしまう。けれどもそれが羨望にはなっても嫉妬にはならないような。
 そして、一番欲しいものから……それでも手を離す、それだけの強さを持つ、
そういう人間であること。


(おじさま)
 一度だけ。まだ麻須美が生きている時に、申し出たことがある。
(奥様の命運を、私のそれと……取り替えましょうか?)

 残酷な問いだとその時も思ったし、今も思う。それでも。

(万人が枯れて欲しくないと願う花を、保とうと思うことは……私にしても、
犠牲ではございませぬよ)

 スノウドームに入った雪兎。そこにもし彼女のこころを映したら、自分の代
わりに生きることは可能だったと思う。
 けれども。

(……きっと、彼女は……そうまでして咲き続けることをよしとしないから)
(……最後の最後まで、あの人らしく……咲いていて欲しい)

 稀有な、一輪の花。
 全身全霊を持ってでも護りたいに違いないその花を、しかしその花の望むが
ままにさせる。
 その決断は、ある意味では予期したものではあったけれど。
 だからといって、その決断をした彼への尊敬と賛嘆は、減るものではない。

 
「二人とも……だいすき」
 そう、口にしてみて思う。
 確かに痛みもかなしみもなく、そう自分は言いきれる。嘘もまやかしも、こ
こには微塵も無い。


 微笑んだ六華の、腹の底から、ふわりと一つの泡のように問いが浮かんだ。
 

 ――――彼は?


 ぷしん、と、その問いは、弾けて広がった。


(……そうですね)
 笑った顔を覚えている。ほっとしたように息を吐いて、グラスを空けた姿も、
その時にきらきらと揺れた白い髪の毛も。
(……自分を出せる相手、というのは……よいものですね)
 
 三味線の音。撥を持つ手。
 奏でられる節を、静かに聴いている、その時の肩から背中の線。

(ありがとうございます)
(……すみません)
 笑った顔も困った顔もよく知っているのに。
 泣いた顔も怒った顔も知らない。

 せめて愚痴が聞けるように。
 せめて泣いている隣に座ることを許されるように。
 そう願って……そうやって過ごした時間は、人間の感覚から言っても大した
長さではない。

 だから。

「……あのひと、は」

 だいすき、と、言おうとして言いかけて。
 その言葉が……止まる。

 嫌っているわけではない。多分、嫌われているわけでもない、と思う。
(あたし、小池さん好きですよ)
 そう笑って言って、笑って受けられる自信はある。

 ……けれど。

「………………あのひとは…………」


 それが。

『さみしさだ』
 深い深い海の底から、浮かび上がる透明な泡のように。
『かなしさだ』
 柘榴の目は、非難も侮蔑もせず、ただ、六華を見ている。

『それが、おまえの』
『おまえの』

(聴きたくない……っ)

 耳を塞ごうとして……手が動かないことに気が付いた。
 閉じようとした目は、やはり視線を動かすことも出来なかった。

『お前の、そのかなしさをあけわたすか』
『お前の、身体をあけわたすか』

 白いふわふわとした毛の塊は、静かに告げる。

『どちらかはお前も防げる。けれど、両方は防ぐことはできまいよ』

 消えてしまったほうがよいかなしさと。
 この兎を留める為には、取り返したほうが良いこの身体と。

 悩むことなどない筈なのに。
 なのに。

『……さみしさを、選ぶのだね』

 手放せばいい。否、手放すべきだ、と。
 思っているのに。判っているのに。

『かわいそうに』

 多分、兎は本当にそう思っているのだろう。
 そう、六華は確信し……


 そして、ふつりとその思考は絶えた。


時系列
------
 2008年10月付近

解説
----
 六華、兎にのっとられる。
******************************* 

 てなわけで。
 であであ。
 


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