[KATARIBE 31850] 小説『泡白兎・6』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Wed, 22 Oct 2008 01:14:56 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31850] 小説『泡白兎・6』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20081021161456.BE99449DB02@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 31850

Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31800/31850.html

2008年10月22日:01時14分56秒
Sub:小説『泡白兎・6』:
From:久志


-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-= 
小説『泡白兎・6』
==================

登場キャラクター 
---------------- 
 小池国生(こいけ・くにお)
  :尚久の親友、正体は血を喰らう白鬼。六華に近しいものを感じている。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
  :本宮家の大黒柱、妻を亡くしている。小池の大学時代からの親友

歩いた重み
----------

 人生の長さと、その者の積み重ねた深みというものは、決して正比例する
ものではないのだろうと思う。
 特に、長い時を生きるものであればあるほど。
 波乱と変化に満ちた数十年と、虚しさと諦めを胸にただ傍観しながら生き延
びた数百年の差と、その重み――比べるまでも無く。

 記憶を辿っても。
 彼女と彼と出会う前と、出会った後とで。

 過ごした時間こそは一人でいた頃のほうははるかに長い時だったはずだとい
うのに。彼ら出会う以前は、まるで色の無い風景のように寂寥とした世界に佇
んでいたのではないかと錯覚する。

 ただ一人、この世に一人、そんな自分を、彼らが。
 麻須美が、尚久が、救ってくれた。

 しかし。


「小池くん」
「……ああ、尚久くん」
「すまないね、待ったかい?」
 朗らかに笑って、ふっと強くなった風からかばうようにファーフエルトの
ソフト帽を片手で抑える。
「いえ、私も来たばかりでしたから」
「そうかい、じゃあ行こうか。今日は少し冷えるから」
 帰り道の大通り。吹きつける風は大分冷たくなってきている。
 黒コートの襟元を少し寄せつつ、年寄り若々しい足取りの彼に並んで歩く。

「寒くなってきたね」
「ええ、もう」

 芯まで染み入るように、沁みこんでくる、寒さが。
 冬へと。

 ふいに手をつかまれる。
「ほら、信号が赤になる。急ごう」
「は、はい」
 握り返した手は、少し節くれだった暖かい手。


あの頃の君
----------

 長い年月を生きて。
 人の世に紛れる手段として、変わらぬ己の姿そのまま住まう場を転々とする
のでなく、ある程度一つところに身を置いて周囲にあわせて己の見た目の歳を
偽って、人々の記憶が薄れた頃を見計らって代替りするように若い己に戻る、
というやり方を憶えた。
 これは思ったよりもずっと過ごしやすく、ひとつの地に留まることで自らの
安定した生活の場を確保することもできた。
 同時に。
 移り変わる人の命の儚さと、薄れゆく記憶の無常さを知ることにもなったの
だけれど。
 ほんの数十年。瞬きのような時間の中で、人も風景も次第に姿を変えていき、
そして、また繰り返す。川の流れ残された石のように傍観者として――
 そんな時間が、続くはずだった。
 彼らに出会うまでは。

 学生という身分は案外世間から身を隠すには、案外良い隠れ蓑でもあった。
紅雀院大学の二回生として学校生活を送りながら、かつての自分を知る世間の
ほとぼりが冷めるのを待つ。
 傷を癒し万病を癒す白鬼の血肉。その価値を知る者を恐れて埋もれるように
時を過ごす。しかし月日は、自分が思っているよりも早く、あやかしや小さき
神々を奉る人々の風習や生活を洗い流していった。
 色の無い世界に取り残されたのは、偽りの姿でただ生きる自分だけ。


「ごめん、ちょっと匿って」
「え?」
 彼と出会ったのは新芽が伸び始めた春の半ば。
 キャンパスで佇んでいた自分の前に、唐突に現れた真っ直ぐな目をした青年。
「追われてるんだ、頼むよ」
「は、はい」
 そのまま即座に背後に回りこむと茂みに半分埋もれるようにその姿を隠す。
背中越しに彼が息を潜めて何かを待ち受けているような、緊張感。
 程なく、彼を追ってきたと思われる同じ歳ほどの青年が息を切らせて駆けて
くる。
「すみません、今ここに一年の子が通りかかりませんでしたか?」
「いえ、見ていませんが……」
「そうですか……やはり向こうか」
 あたりを見回して駆けてゆく青年を呆然と見送って、その姿が消えたのを見
計らってから背後に声をかける。
「もういいですよ」
「行った?」
「……はい」
「ふぅ、助かった」
 わさわさと茂みをかき分けて、にこりと笑う。
「ありがとうございます、先輩」
「いえ、でも今の人は……」
「まあなんというか、護衛とかお付とかそんなところです」
 服についた葉を片手で払いながら事も無げに答える姿は堂々としていて。
「ああ自己紹介してなかった。僕は本宮尚久、今年入学した一回生です」
「……本宮」
 その名を聞いてピンとくる。
「もしや、君は……あの本宮家の」
「ははは、まあ、ぶっちゃけるとその通りです」
 少し困ったような顔をして肩を竦める。
 吹利で本宮家といえば、多少その地に馴染んだ者ならばこの近辺の古くから
の地主であり、現在でも相当の有力者であることは大抵知っている。
「せめて大学でくらいは、羽を伸ばしたかったんだけど」
 ちろりと舌を出して笑う姿は名家のお坊ちゃまというよりは、やんちゃ者の
ガキ大将のような印象で。
「ところで、映画研究会の部室はどこかわかるかな?」
 即座にくるくると表情を変えて、小池の隣にすとんと腰を下ろす。
「え、ええ……このすぐ裏に。ああ、君は入会希望でしたか、歓迎しますよ」
「と、いうことは。なるほど君が……うん、なるほど。噂に違わず」
 ちょい、と、後ろの建物を指差して見せて。しかし彼は建物ではなくこちら
の顔をまじまじと見て。
「噂? 私が……何か?」
 真っ直ぐな黒い瞳に顔を覗き込まれて一瞬たじろぐ。
「噂で聞いてたんだ、紅雀院映研にはすごい美人さんが居るって」
 はい?
「どうせサークルもまともに参加させてもらえないなら、どうぜならとびきり
の美人が居るところがいいと思ってたし」
「びじ……いえ、それは違うと、思いますが……」
「なんで? そりゃあ美女なら当てはまらないけど、美人というなら充分すぎ
る程当てはまってると思うけど」
「……ありがとうございます」
 あまりに正直な物言いに、一瞬答えに困ってしまう。
「あははは、うん、控えめなところもまたそれらしいね。よろしく美人さん」
 朗らかに笑う姿は、記憶の中で何時までも眩しくて。


異変
----

 変わらないものなどない。
 だが、たとえ変わっても、その魅力は寸分も損なわれない。

 彼はそんな人だ。
 だが――

 変われない。
 共に流れる時を生きられない。

 あやかしとして生きる身にとっては、留めることの出来ない。
 指の隙間からすり抜けていくような、命の長さを。

 失いたくないと願った。
 いつまでも咲き続けて欲しいと願った人はもう居ない。
 麻須美の居ない空虚感を、彼と共に共有し、縋りあって。

 いつかは、彼もこの手からすり抜けて失われてしまうのだろうか。


 その時、自分はどうなってしまうのだろう。

 ――て、くれるだろうか。

 ――共に――

 ――――――彼女は


「ただいま。あれ、希さんは買い物かな?」
 玄関で革靴を脱いで薄手のコートを脱ぎながら、静まり返った廊下で首をか
しげる。
「……六華さんは、お部屋に?」
「ええ、そのはずです」

 沈黙は、不意に破られた。
「ぁああああああああああっ」
 身を震わせるような、絶叫が。

「これは……」
 隣で息を飲む声。
「六華さん!!」

 重なる声と同時に、走り出していた。


時系列 
------ 
 2008年10月付近
解説 
----
 尚久と共に本宮家に向かう小池、想うのは。そして……
-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=
以上。



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31800/31850.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage