[KATARIBE 31834] [HA06N] 小説『泡白兎・5』

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Date: Sun, 19 Oct 2008 01:39:11 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31834] [HA06N] 小説『泡白兎・5』
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2008年10月19日:01時39分10秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・5』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
一体何度話を書いてんだよ、それなら一つにまとめろよ!と言われそうですが。
なんか、書いちゃったので……すんませんすんませんorz

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小説『泡白兎・5』
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登場人物
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 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。

本文
----

 それはどれほど昔のことだろうか、六華も憶えてはいない。


 美貌を売るような商売しかしたことの無い女が、春をひさぐことなく生きる
ことは難しい。それも冬の三、四ヶ月だけ現れ、そこで仕事を辞めるような身
分では、真っ当に稼ぐことは夢のまた夢となる。
 六華にしてみれば、住処も要らず衣服も雪より作ることが出来たから何とか
やっていけたわけだが、流石に金を使わずに、一年のうち四ヶ月を過ごすこと
は難しい。

 だから。

「そんなあんた、寒い姿で……」
 流しの三味線弾き。腕は良かったから、それなりに食べてはいけたけれども、
確かに傍から見て寒々しい格好だったろうとは思う。
「どうかね、うちは大した金は出せないけど……え、春まで?うん、それでも
いいよ。丁度今、うちも働いてた娘が出てってねえ」
 確かに貰える金は少なかったし、六華の美貌を目当てに客が来るのを見込ん
で声をかけたのは確かなのだろうけど。
「ちょっと!うちの店はそういう場所じゃないんだからね!」
 客がちょっかいを出すたびに、必ずそう言って追い払ってくれた。
「女が欲しいなら、すぐそこに白首伸ばして待ってる連中が居るだろ。うちの
娘に手を出すんじゃないよ」
「だけどよう、あっちにも居ねえような上玉だぜ?何でここで働いてんだよ」
「だからね。金にならないの知ってて、でもうちで働いてくれてんだよ。手を
出してみな、ただじゃ置かないよ!」
 
 その言葉は、とても嬉しかった。
 とてもとても、嬉しかった。
 仕事は忙しかったが、おかみのこの気風のよさが、何よりも有難かったし、
それに。

「……なんだよお袋、何でたたき出すんだよ!」
「莫迦言うんじゃないよ、うちの娘に手を出すなと言っただろうがよ!」

 それが息子であっても、彼女は容赦をしなかった。
 そのことが……嬉しかった。

 だけど。

「出て行くって……あんたそんな」
 春になれば出て行く。そのことは何度も言っていた筈なのに、いざとなると
やはりおかみは嫌がった。
 息子を叩き出してでも護ってくれたような相手が頼むのを、断るのも確かに
辛かったのだけれど。
「でも、おかみさん……」
「どうして、どうしてだい?!」

 春手前の、最後の雪の日だった。
 申し訳ありません、と、頭を下げる六華を、おかみは身を震わせながら見て
いた。
「……その、着物」
「え?」
「着物。それはうちのだよっ」
 言った瞬間、おかみは確かに、ひどく自分を恥じるような顔になった。言う
のではなかった、これはひどい、と、泣きそうな顔に。

 だから。

「…………それはそれは」
 ふわり、と、手を動かして着物を脱ぐ。ああ、そんな、と、声をあげるおか
みに、六華は酷薄にも見える笑みを浮かべてみせた。
「それならば、かまわぬ」
 やめておくれ、冗談だよ、うそだよ、と、泣き声を上げる相手を置いて、六
華はふわりと引き戸を開けた。
 吹き付ける雪は、一瞬にして白い着物と化した。

「……あ、あんた……」

 諦めさせる積りだった。いい人だったから。とてもとてもいい人だったから。
 でも。

「…………来年もおいでよ!」
 雪の衣を纏い、そのまま出て行こうとした、六華の後ろから。
 その、声。

 思わず振り返った視線の先で、おかみは泣き笑いの顔になっていた。
「だからそんなに綺麗だったんだね……だから冬だけなんだね」
 だから、と、小さく涙をぬぐって。
「来年もおいで。待ってるよ」

 そのまま、雪の中へと走り出したから、彼女のことはもう判らない。
 その次の年は、全く別の場所で目覚めたので、彼女の元にはいけずに終わっ
た。何年か彼女のことも忘れていたけれども。

(あの店のおかみかい。うん、2年ほど前に亡くなったよ)
(冬にねえ……雪の日にね、窓を開けて酒を呑んでてね)
 詳しく、と、頼まれた男は、へらへらと笑いながら言った。
(一度、酒を呑んでたら言ってたよ)
(あたしは冬の子に、ひどいことをしたんだよ……ってねえ)

           **

「…………ぅぁあっ……」
 夢の中で、実際にはあげることの出来なかった悲鳴をあげた。その、喉を突
き破って声が出る感触に、六華ははっと目を覚ました。
「……ゆ、夢……」
 そういえば、昼食を食べた後……流石に眠くなって布団に入ったのだった。
 一瞬、息を大きく吐きかけて、六華はその息を呑んだ。
 目の前に、あの柘榴の目がある。

『思い出したな』
「……お、お前っ……」
『思い出したな、過去を』

 もし自分が冬にしか戻らぬこのような身ではなかったら、彼女をずっと手伝
えていたら。
 それは一緒に働いてた、短い間に何度も思ったこと。そこを離れ……やはり
彼女を忘れられず、結局男達を騙すようにして暮らした数年の間も。
 でも無理だった。
 多分、その冬に戻ったとしたら、やっぱりおかみは……最後には自分を邪魔
と思ったろう。三ヶ月、長くても四ヶ月しか仕事の出来ぬ娘、彼女が居る時は
いい、が、居ない時に人を雇ったとして、その誰かがずっと続けて働いていた
ら。
 何より、自分の正体を知ってしまった彼女が、いつまで自分をうとましく思
わずに過ごせるか、と。

『さみしさだ』
 何度も考え、何度も悩み、何度も泣いたことを思い出し、泣きそうになって
いた六華は、はっと目を上げた。

『かなしさだ』

 柘榴の目は、ゆっくりと視界一杯に広がる。

『さみしさだ』

 赤の色が自分を包み、柔らかく宥めるように満たす。
(駄目。隠して……ああどうしたら)
 忘れよう、意識からそらそう、とすればするほど、あの時の記憶は戻る。笑っ
た顔、悲しそうな顔、最後にこちらを向いて叫んだ顔。
 それらが柔らかく、紅の色に染まって…………

『……もうさみしくない』
  
 ふっと……その色の全てが消えた。


 笑い顔を覚えている。
 酔った兄さん達に、ぱんぱんと言い返している声を覚えている。
 小気味いいと思ったこと。有難さに泣いたこと。
 全てを憶えている、のに。

 思い出しても……そこにあるのは

 平穏。


「……あ……………」

 先刻まで、思い出しただけできりきりと、切り込まれるように痛んだその記
憶が。
 懐かしく、有難く思う……ただ、でもそれだけの。

 それだけの、記憶に。

『もうさびしくない』
 ちょん、と目の前に座った兎の、嬉しそうな声を聞いた時に、ぷつり、と、
六華の心のどこかが……ほころびた。

「ぁああああああああああっ」

 
 先程まで、泣けて泣けてならなかった記憶が、有難い懐かしいものに変わっ
た衝撃。その悔しさ。
 けれども六華が悲鳴を上げたのはそのせいではない。

(どうして)
(この、平穏は)

 安堵。何にも心を乱されない、有難さや懐かしさも、もう自分の心を揺らが
せない。その安堵。

(……そんなっ……っ!!)

 柘榴の目を、欲する自分がいる。
 何もかもそこに呑みこまれれば、楽になると思う自分がある。

「ああああああああっ!!」

 がちゃん、と、何か、扉の開く音を。
 六華は夢のように聞いた。


時系列
------
 2008年10月付近

解説
----
 兎の異能発動。六華の過去の記憶に介入。
*******************************

 ちうわけです。
 であであーーー
  


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