[KATARIBE 31828] [HA06N] 小説『泡白兎・3』

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Date: Sat, 18 Oct 2008 22:17:03 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31828] [HA06N] 小説『泡白兎・3』
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2008年10月18日:22時17分03秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・3』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
走ってますので書いてます。

******************************
小説『泡白兎・3』
=================
登場人物
--------

 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。

本文
----


『……六華の正体?』
 真帆と過ごした1ヶ月ほど。そしてその後も……真帆が相羽と暮らしだして
からも、六華は相羽が留守の時に、よく真帆のところに行った。
『うん。あたし、兎なのかな、それとも人なのかな』
『…………その、兎ってのどこから来たの』
 頬杖をつきながら呆れたように言った真帆に、説明をしたことがある。元々
自分は雪兎を乗っ取ったのだから……と。
『それはそれでも、でも六華は、以前の記憶があるんでしょ?雪野だった頃の』
『うん』
『それが答えよ』
 つまみが無くなったね、ちょっと待ってね、と、台所に立った真帆の背中か
ら、それでも尋ねたことがある。本当に自分は何なのか、と。
『……六華』
 とんとん、と台所でなにやら刻みながら、あっさりと答えられた。
『え?』
『だーから。六華は六華』
 全く揺らぐことなくそういうと、真帆はやっぱり何でもなげに、六華に皿を
渡した。
『うさぎとか雪野さんとか、そういうの知らない。でもあたしの前に居るのが、
六華で、それは変わらないんじゃない?』
 ふわり、と、それはとても自然で、そのくせ確信を帯びた声で。

              **

『さみしいのは苦しい』
 白い兎は、紅い目を見開いて六華を見ている。柘榴に喩えたくなる透明な目
は、相変わらず六華のほうをじっと見ている。
『おまえもさみしい』
「……もう一度訊くけど、一体お前は何なの」
『私は兎』
 ベッドの上の白いふわふわとした塊は、そう断言した。
「そうじゃなくて……」
『私は兎』
 判っているのかいないのか、単調な声で繰り返す白い兎を目の前にして、六
華は思わず頭を抱えた。
 見上げてくる鮮紅色の目は、己の寄り代である雪の兎を否が応でも思い出さ
せる。
 人にあらざる、人の手に拠る、知識も何も持たぬモノ。

「どうしてあそこに?」
『さみしい者達が、沢山居たから』
 先程見せた狂喜の様を忘れたように、兎はどこか機械めいた声で淡々と語る。
『さみしさは、私を痛める』
「近付かなければいいじゃない、それなら」
『私はさみしさを喰らうから』
 何度やっても同じところをぐるぐると廻るその会話に、六華は思わず溜息を
ついた。
「つまり、お前は、他人がさみしいのも嫌なのね?」
『さみしいことは私を痛める』
「……なのにそれを食べる?」
『食べれば痛みは減る』
 理に叶っているようで、どこか根本がおかしい、と、流石に六華も思うのだ
が。
「でも、さみしさを食べるってどういうこと?」
 小さな兎はぴん、と、耳を立てた。或る意味、おなじところをぐるぐると廻
る会話は、兎にしてもちょっと飽きていたのかもしれない。
『私は記憶を奪うわけではない』
 その言葉に嘘は無い。
『ただ、そこにあるかなしみを喰らう』
「……ちょっと待ってよ」
 片手をちょっと上げて、六華は相手の言葉を止めた。
「貴方は、その、食べた相手のかなしみを食べるのよね?」
『うん』
「どうしてそれで、記憶を消さないと言えるの」
『記憶は消さないから』
 どうしてそこを疑われるのか、と、言いたげに、兎は不思議そうに首を傾げ
た。
『そう、例えばあの子ならば……兄との記憶は絶対に消さない』
 あの子、というのは多菜のことだ、と六華は咄嗟に理解した。
『だが、あの子は兄が来てくれないとさみしがっていた。嘆いていた』
 そのことについては、少しだけは聞いたことがある。兄という人は今年が受
験、とても親切な兄だ、と、多菜からも聞いてはいるが、それにしてもやはり
どうしても受験を重視し、結果として腹違いの妹にかける時間が減ることもあ
るだろう……と。
「それはでも……多分、お兄さんが学校に受かったら、また来てくれるように
なると思うし」
『でもあの子はその間ずっと、さみしいさみしいと思うのだ』
 人だったらば口を尖らせて主張したろう。それくらいの強さで兎は言う。
『だから。彼女の記憶の、さみしいと思う部分を削る。愛されたことは憶えて
いる、だけど過剰に思い期待したくなる、その心を削る』
「……こころ、を?」
『そう』
 軽やかに答えると、兎はベッドの上で何度か跳ねた。

『ひとは本当に不合理だ』
 兎としても、そう大きなほうではないだろう。柔らかな身体は、その中に骨
があるだろうか、と、少し不安になるほどである。その白い身体が、とんとん、
と、小さく上下する。
『考えても見るがいい。人が生きるに必要なものは何だ?』
「一般に衣食住というわね。それと……」
 それと、多分、人とのつながりと。言う前に兎のほうが先手を取った。
『それに互いのつながりとかいうものだろう。無論だ。我々もそれを必要とす
る。しかし』
「しかし?」
『人間は、何故、傾き歪みいびつになるまで求める』
 たんとん、と、片方ずつの、後ろの足を踏み変えて。
『あの少女もそうだ。兄が忘れた、とは、あの少女も思っていない。嫌ってい
るとも信じていない。それなのにあの子は、ただたださみしいと思っていた。
呆れるほど大量に』
 綺麗な柘榴の目はそれ自体何の変化も無いように見えながら、しかし確実に
憤然とした気配を含んでいた。
『何故さみしいと思う。もしさみしいなら何故兄のところに行かぬ。足があり、
声があるというのに……地の果てに住むでもない兄のところに』
「……それは……」
 色々都合があるから、とか、お兄さんだって忙しいんだから、とか。
 もし同じ問いを人がしたのなら、それはそれで答える術があったと思う。し
かし、このどこか機構めいたあやかしは、そのような人の側の誤魔化しを認め
るとは思えなかった。
『それは?』
「それは……手を伸ばすことで、喪うこともあるからよ」

 放たれた言葉に、愕然としたのは、多分兎ではなく六華自身だったと思う。

             **

 手を伸ばさぬことは、何よりも力のいることだったと思う。
(真帆サン……なんで)
 それでも彼女はとてもとても幸せそうに見えるから。
(なんであんな)
 もしもその言葉を言っても……多分、彼女は怒らない。ほんと仲が悪いよね、
と、笑うことで全てを溶かしてしまうだろうと思うけれど。

『手を伸ばせば喪うこともある、それはわかる』
 やはり兎は、とんとんと足を踏み鳴らしている。
『では何故、手を離すことを悔やむ』
 どうして、どうして、と、兎は言い募る。
 どうして、どうして、と、その柘榴の目で問いかける。

 どうして。

 ……どうして。

「どうしてと……いうて」
 たん、と、少女は足を踏み鳴らした。
「それが……ひとというもの」
 矛盾し苦しみ、それでも人に手を伸ばし、同時に伸ばした手を握り締める。
「それがひとというものではないのですか」

 透明な目は、しかし、やはり透明な柘榴の目にぶつかった。

『ひとにとっては正しい。しかし』
 まるで、動かぬ岩のように。
『お前は兎、兎のあやかし……私と同じ』
 まるでそれが、事実以外の何者でもないかのように。
『お前はひとではない』

 その一言が、六華を……あやかしとして立つ少女を切り裂いた。

            **

「六華さんは?」
「何だか……少し具合が悪いから、ご飯はいい、と」
「……おや」

(人ではありません)
(小池さんとおなじような、ものですから)

 心配だと思う。人ではない者が、もしも病に陥るなら。

「大丈夫だろうか」
「ええ……たいしたことはないんだって。熱も測ってもらったんですけど、別
に無いって」

 メイドの鑑のような希が、そうはっきり言えるなら、本当に大したことは無
い、のかもしれないが。

「さっき、お粥だけは一応持っていきました」
「それなら……大丈夫だね」
 
 希は本当に、彼女の出来るだけのことをしてくれたのだと判る。
 だから、尚久は笑って頷いた。

「今日の夕ご飯は何かな?」

              **

 留まれ、と言った。
『お前のかなしみを食べてはいけないのにか』
「……ちょっと待ってくれてもいいでしょう」
 自分の手元から離せば、この兎は多分、ひまわりの家に行くだろう。かなし
い過去を持った、あの優しい子供達のところに。
 どう考えても、それよりは自分のところに置いたほうがいい。
「貴方は確かに、一つの論理を持っている。しかしそれは人のものとはずれが
ある。それはいいわね?」
『了承した』
「そして、私も……人ではない無い、って言うけど、それでも人に近いの。貴
方の論理を今すぐ飲み込んで過去を全部処理しろ、と言われても」
『困るか』
「無理というの」
 ひょい、と足を伸ばして、兎は耳をかいた。判っているのかいないのか、不
安になるような表情だった。
『腹がすくまでは待つ』
「……無制限ではないってことね」
『無制限は、逃げの一形態だと思っている』
「……言ってくれる」

 言い捨てて、六華は一つ大きく息を吐く。
 ひどく……辛かった。

(人間は、何故、傾き歪みいびつになるまで求める)

 多分、あの、相羽も……歪みいびつになるまで求めたのだ。今までの形が変
わり、一つでは成り立たないまでに。
 楕円から半円になるくらいの、それは大きな形の変化。
 でも、その半円にはあとの半分が存在していて。

 その半分は自分のものにはならない、と、痛感していたから。
 その手をどうして伸ばさないのだ、と言われても。
(伸ばしたって絶対手が届かないのだもの)

 その反面、相手から伸びた手を振り払ったこともある。
(達大さんも……今は奥さんがいて幸せだから、何よりだけど)
 火狐からその話を聞いた時には、本当にほっとした。どれだけ理由をつけて
も自分が突き放した相手、それを幸せにすることは……償うことすら自分には
不可能であったから。
 それに。
(あ……ああ、そっか)
 こうやって突き詰められる時に、自分は確実に、真帆を達大の前に置く。そ
りゃ振った相手なのだから、そうなるのは当たり前かもしれないけれども。
(兎も食わない記憶になってる)
 そのことがおかしくて、くすくす、と、笑った時に。
 ふっと、浮かんだ……思念。

「――――っ!」

 ぴん、と、耳を立てて兎が振り返った。
『それは』
「……関係ない」
『かなしみだ。かなしみ』
「…………違う!!」

 叫んで……そして六華はふ、と、唇を噛んだ。

「……いや、そうかもしれない」
『かなしみだ、かなしみだ』
「そう。……かなしみを持っている人だ」

 途端に兎は、ぴた、と、足を止めた。

「……でも、人に……あたしよりもっと近い。それに彼は」
『そうじゃない』
「今は、一つ、手に持っている」
『……そうじゃない、そのかなしみじゃない』
「うるさい」

 ふわり、と、一度背中に髪の毛を払う。ベッドの上で片胡坐をかいて、六華
は立てた片膝の上に組んだ腕を乗せた。

(おじさまは……大丈夫だろう)
 例えば相羽という人が絶対に揺らがないように、尚久もまた揺らがないだろ
う。一番大切なものを手にしてきている、それを死によって手放したのは事実
だが。
(それは……おじさまのせいじゃない)

 だが。

 組んでいた右手を伸ばしてみる。
 伸ばす、その掌を握り締める。
(開いてはいけない、つかんではいけない)
 
 握り締めることで必死になって、時に忘れる。伸ばして掴むことが目標だっ
たこと、そしてそれは大変な力が要ること。
 伸ばした手を握り締め続ける。それは大変に力はいるけれど。
(開いてはいけない、掴んではいけない)
(……届いてはいけない)

 そこに生まれる、うまれてしまう……

『かなしさだ』
 ひたり、と、柘榴の目が見上げる。
『かなしさだ』

 言い返す気力も無いまま、六華は黙って兎を見た。



時系列
------
 2008年10月付近

解説
----
 兎のあやかしと、六華の会話。あやかしの食べたいと言う『かなしみ』とは。
*******************************

 というわけです。
 しかし、兎の正体、困ってたんですが。
 チャットの翌日、仕事場に行こうとして、ああ真昼の月、と連想した途端
(いや、月見えてなかったけど)
 どどどどどっと空から降ってきました。

 ……がんばるぞーおー<てけとうな奴
 であであ。
 


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