[KATARIBE 31818] [HA06N] 小説『泡白兎・2』

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Date: Thu, 16 Oct 2008 01:04:37 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31818] [HA06N] 小説『泡白兎・2』
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2008年10月16日:01時04分36秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・2』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
なんか話が走っているので、後ろから追いかけてます。

……明日になったらかきなおしーとか言い出すかもですがそれはそれ<まてやオイ

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小説『泡白兎・2』
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登場人物
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 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。
 葉島多菜(はじま・たな)
  :ある事件により、ひまわりの家に保護された少女。発火能力の持ち主。 


本文
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 兎、兎
 なにゆえ跳ねる
 さみしかなしと
 月見て跳ねる

           **

 白い白い柔らかそうな毛に包まれた小さな塊は、その桃色の小さな鼻面を持
ち上げて、向かいに立ちすくむ少女のほうに向けていた。

『さみしい、子だね』

 声、と言っていいのだろうか。耳にではなく直接心に語りかける声は、女性
にしては低く男性にしては高い。上質の天鵞絨を思わせる声は、しかし少女の
心を抉る力を持っていた。

『さみしいこころを消してあげよう』
 紅い目は透き通ったまま少女を見ている。そこに一点の曇りも濁りも無い。
『そうすればもうさみしくは無い。さみしいのは厭だろう?』
 淡々としたその声に、少女はがたがたと震えだした。


 ひまわりの家。
 異能に絡んだ諸事情により親から引き離したほうがよい、と判断された子供
達が保護されている家。いざとなれば親という敵から子供達を護る壁ともなる
家は、それだけにしっかりとした人々に護られている。
 もし、この奇妙なモノがひまわりの家の敷地内に立ち入ろうとしたのなら、
職員の誰かが見つけ、子供達に関わる前に排除したろう。しかしここは、ぎり
ぎりだが敷地外、丁度学校から帰ってきた少女を出迎えるような格好で、ソレ
は彼女を呼び止めたのだ。
「…………」
 一瞬迷って、少女……多菜は手を伸ばしかけ……そしてまたその手を止めた。

 海の泡を集めたような、白くふわふわとした兎である。指を伸ばして触れれ
ば、柔らかな毛皮にすぽりと包まれるだろう。
 それ以上に。

 そろそろ、と、多菜は手を伸ばす。白い兎はじっとその手を見やる。
『それが兄か?……それがさみしさの由来か?』 
「……おにいちゃん……」
 その言葉に押されるように、腹違いの兄の顔が浮かぶ。母親は違うのに、他
にも妹が居るのに、兄は最初から多菜に優しかった。
 けれど。
(さみしい)
 受験、だと言う。それは多菜も知っている。けれど。
(さみしいよ)
『記憶は残る。心を消してあげよう』 
 その声は、ひどくやさしいけれども。
『そうすれば、さみしくない』 
「……さびしくない……」 
 その申し出には、心惹かれるけれども。

 でも。
「…………でも」 

 親に棄てられた子供は、けれども必死に思う。
(園長先生、みきやん、たけしくん、やすしくん、くるよちゃん、いくよちゃ
ん……きよしくん)
 優しい顔、笑う顔、喧嘩もした顔。
「……でも……みんながいる、もの」 
 言い切ろうとする、その言葉の語尾は震えていたのだけれども。
「……離れても、みんないっしょだったことは……きえないもの」 

 白い柔らかな小さな兎。
 紅い丸い目、長い耳。
 愛らしい顔が、こくり、と小さく傾き、そのままととと、と、小さく跳ねて
多菜のほうに近づいた。
「……や……いやっ!」 
『うむ。消えない。だから、さみしいのだけが残る』 
 穏やかな声は、少女の怯えにも全く揺らぐ様子さえ見せなかった。
『さみしいのは、嫌なのだろう?』
 ちょんちょん、と、小さく跳ねて近付く。柘榴の実のような赤い目は、その
透明度を保ったまま、ただ多菜を見ている。
「……いや……さみしいのはいや、でも……」 
 でも。

 何かが、おかしかった。
 記憶を残し、さみしさだけを消す、と兎は言う。しかし、それはどこか間違
えている。
 何故、兄が来ないことがさみしいのか。
 それは、彼が以前優しかった記憶があるからだ。優しくしてくれたことが、
とてもとても嬉しかった記憶があるからだ。
 その嬉しさも、優しさも、消してしまう、と。
 ……この兎は、そう言っているのではないのだろうか。
 
 それらをきちんと、このとおりに考えたわけでは無論無い。しかし、どれだ
け傷を負っていても、この兎の言葉に何かおかしいことがあることだけは判っ
た。

 足が粘るような気がする。兎の言葉に反発しながらも、しかし兎の申し出て
いることは『本当』であることは確かだったから。
 この申し出を受ければ、自分の中に確かに穏やかなしあわせが満ちるだろう、
と、判っていたから。

「いやああっ」
 半ば泣き叫んだ、その声に……救いの声が重なったのは次の瞬間である。
「……多菜ちゃん?」 
 耳に馴染んだ声は、その相手が誰かと判断する前に、安堵を運んでくる。
「どうしたの?」 
 優しい声が、不審そうな、そして同時にぴん、と鋭い響きを帯びる。その声
に、多菜は顔をくしゃくしゃにした。
「六華……さんっ!」 
「ど、どうしたのっ」
 駆けよる足音。多菜は必死にそちらに身体ごと向きを変えた。たった一つ、
今、多菜を助けてくれるだろう、その声に向けて。

「……たすけて!」 

          **

 足元はおぼつかなげに、しかし全身で必死に逃げてきた小さな少女を抱きと
めて背中に廻す。しっかりと背中に縋らせて、転ばないと確認してから……六
華は多菜が怯えた相手を見た。
「……兎?」 

 ふわふわとした白い毛は、柔らかな秋の光に照らされて、尚更に柔らかく暖
かそうに見える。赤い目は丸く、邪気一つ無いまま多菜を、そしてそこに立ち
ふさがった六華を見ている。
『……これは面白い』 
 赤い目がちかちかと瞬いた。
『さみしさが一体幾層に重なっているのだろうね、お前は』 
「…………」 
 こわい、と小さく呟く多菜の頭をそっと撫でる。出来るだけ優しく、そして
出来るだけの確信を篭めて。
「……もう、大丈夫。この兎は、あたしが連れて帰るから」 
 こくこく、と、小さく頷く、その頭の動きがそのまま背中に伝わった。

 詳しいことは判らない。けれど。
(さみしさが一体幾層に重なっているのだろうね、お前は)
 そう言って、嬉しそうにしているようなモノを、この子の傍には置けない。
多菜だけではない、ひまわりの家の子供達に、このようなモノは絶対に良くな
いものなのだ。
 だから。
「あたしが助けてあげる。大丈夫」 
 笑いさえも含んで、発せられた言葉に、多菜の小さな身体からほっと力が抜
けたのが伝わった。
「…………はい」 
 
 白いふわふわとしたその愛らしい塊は、ひどく嬉しそうに見えた。
 ひくひくとピンク色の鼻先を動かしては六華のほうを見上げている、その得
体の知れないモノから、六華は少しだけ目をそらした。
「そしたら……ああ、この本、皆のところにもってってくれるかな」
 そもそもはこの本を持ってきてくれ、と、頼まれたのである。よくぞ頼んで
くれた、と、この場合蜜柑堂の店主に感謝しながら、六華は重い本を袋ごと多
菜に渡した。
「……はい……」
 その本をしっかり両手で抱えて、少女は何度も頷く。青褪めてはいたが、そ
の表情はさっきまでのそれとは違い、しっかりと力のあるものとなっている。
「じゃ……先生達に、宜しくね」
 言うなり手を伸ばして白い兎を抱き上げる。頼りないほど柔らかな身体は、
六華の腕の中でふわふわと暖かかった。
「六華さん……」
「大丈夫……早く!」
 言った時には既に走り出している。はい、と、高い声を六華は背中で聞いた。

              **

 お帰りなさい、と、僅かに不審そうな声を背中に聴いて、六華は自分の部屋
に走りこむ。有難いことに尚久は仕事でこの時間は居ない。

「……お前、は」
 せいせい、と、息を吐きながら、ベッドの上に放った兎に向かう。ふんふん
と匂いを嗅いでいた兎は、きょとっと丸い目を六華に向けた。
『私は既に述べたようなもの』
「既にって……」
『さみしさを、私は食らう』
 ベッドの端に座り込んだ六華の、腕をふんふんと嗅ぎながら、赤い目は揺ら
ぐことなく彼女を見上げている。
「さみしさを?」
『さみしい、さみしい、と人は泣く。その声はひどく耳に痛い』
 ことん、と小さく頭を傾げて兎は言う。
『だから、私はそれを食らう』

 説明が無くても、それが何かおかしいことはわかる。
「……つまり。さみしさを食らうってことは」
『さみしかった、その心を食らう』
「…………それじゃあ、一番大切なものが無くなるじゃない!」
『大切?』
 ひどく意外なことを聴いた、といわんばかりに、兎はその長い耳を立てた。
『大切ならば、どうして人は泣く?いたいいたい、つらいつらいとどうして?』
「どうしてって……」
『私は聴きたくない。だからさみしさを食う。そして平穏を代わりに渡す』

 何を、と、言い返しかけて、六華は黙った。
 小さな白いふわふわの兎。その身体から確かに、それが差し出しているとこ
ろの『平穏』が伝わってきたから。

 それが、本当に……掛け値なしの平穏であることが判った、から。

「……でもね。人は、そういうことは望まないものよ?それを」
『人は、そう』
 たん、と、ベッドの上で兎は後ろ足を大きく踏み込んで、真正面から六華を
見上げた。その目の中の、狂喜に近い色に、六華は背筋がぞっと震えるのを感
じた。

『人ならば』
 
 勝負というのは一目、一瞬で決まる、と、言う人がいる。もしその言葉が正
しいなら、六華が『負けた』のはこの一瞬だったろう。勝ち誇ったような響き
が、その天鵞絨の声に混じった。

『お前は、兎だろう?』

 ぐらり、と、六華の目の前が廻った。

『さびしければ生きているも辛い、と、跳ねて泣く』
 ぱたぱた、と、兎は跳ねる。嬉しそうに全身を震わせて。
『お前もまた、私の同類である』

 言霊、というならばその言葉に。
 縛られ……捕らえられる。

『お前は私の同類だから』
 柘榴の目が、六華を見据えた。

『私はお前を離れない』



時系列
------
 2008年10月付近

解説
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 得体の知れない兎と、雪兎の成れの果ての六華の出会い。
*******************************

 てなもんです。
 ほんっとひとふでがき的に。

 であであ。
 
 


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