[KATARIBE 31816] [HA06N] 小説『泡白兎・1』

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Date: Thu, 16 Oct 2008 00:21:00 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31816] [HA06N] 小説『泡白兎・1』
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2008年10月16日:00時21分00秒
Sub:[HA06N]小説『泡白兎・1』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
話が走るうちは全速力で走れ!

というわけで、時系列無茶苦茶ですが。

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小説『泡白兎・1』
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登場人物
--------

 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。
 本宮尚久(もとみや・なおひさ)
  :本宮家の大黒柱、妻を先に無くしている。小池の大学時代からの親友

本文
----

 泡から生まれた白兎
 漂い流れて浮かんで浮いて
 寂しさつのれば微塵に砕け
 元に戻るは海の泡

              **

「…………おじさま」 
「ん?」
 本宮家。かつては夫婦と息子四人の家族が住んでいた家には、今は3人が暮
らしているのみである。一人は本宮家の家長、もう一人はメイド、そしてもう
一人がここに居る娘である。三男の友人であり、やたら酒に強い彼女は実は見
かけに因らぬ存在である、と、彼はもう理解している。
「これ」
「なんだい?」
 それでも普段の口調は彼の子供の年代のものだったし、彼女の振る舞いも大
体そのくらいのものである。同居して既に一年以上が経つ今となっては、丁度
親戚の子供くらいの気安さで会話が成り立っている。
 それにしても。
 書斎の入り口で、彼女が持っているのは硝子製の、柔らかな曲線を描く覆い
のようなものだった。夕食後、彼女が酒瓶とグラスを持ってやってくることは度々
あったし、それはまた楽しみでもあったが。
(さて、何だろう?)
 覆いの中は透明な水で満たされており、その中には小さな雪兎が入っている。
赤い目と濃い緑の耳。南天の実と葉の色をそのまま写したような色合いが目に
付いた。
「ああ、これは」 
 スノウドームだね、と、言いかけたのを遮るように。
「これは、私です」 
 ふわり、と、娘が微笑んだ。

 六華、と名乗った娘は姓を持たない。幸久と知り合う前は、どのような生活
をしていたか、もあまりよく判っていない。ただ、彼女がかつて花魁であった
こと、その時一度死に、冬にのみ現れる存在として蘇ったのだ、ということは
かつて彼女から直接聞いたことがある。
 だから、雪兎を指して自分だ、ということは……おかしいことではないのか
もしれない。
 しれない、のだが。

「これを割れば、私は消えます」 
 かつて花魁であったという言葉にも納得がゆく、人を惹きつける笑みと共に、
しかし彼女が告げた言葉はそれなりに重いものだった。
「……お預けします」 
 両の手の上に載せて、すっと差し出されたそれを、尚久は見やり、そして視
線を六華の顔へと移した。
 
 スノウドームが彼女の生命線であることは、わかる。
 それを預ける、と言われていることもわかる。
 その意図こそが……判らない。

「貴方の覚悟、ですか」 
 気に喰わなければ割れ、とでも言いたいのだろうか。ゆっくりと言葉を選び
ながら問うた尚久の言葉に、六華はにこり、と笑った。
「……今まで、おじさまと国……小池さんは、対だったと思います」 
 明るい笑みは、やはり揺らがない。
「……そうだね」 
 その言葉に、尚久は直感的に六華の意図を察した。


 尚久の親友である白鬼と六華は、同じほどの長い時間を生き続けている。そ
の気安さからか、彼女の気性の故か、この二人は最近良く一緒に過ごしている。
 人と異なる長い時を生きる者として、その差を深く見て感じて生きてきたが
故に、分かりあえる尚久とは違う絆。
 正直、尚久は理解しているものの、ほんの僅かに引っかかる感情――有体に
言うと嫉妬のようなものを感じている。
 長く生きる者達にとっては、人はどれだけ心を移しても先に消えてしまう相
手である。想いが深ければ深いほど、人に馴染めば馴染むほど、その別れは辛
いものだろう……と、そのこともよく判る。

(おじさまが居なくなったら、あの人どうするのかな……って)
 
 長く生きる者は決して多くない。同じ境遇にある者としては、無条件に心配
になるのだ、と、六華は言う。
(……だから、今、あたしはその用意をしてます)
(愚痴を話せるようになる、準備かなって……思うんですけど)

 尚久にとっても、その心遣いは嬉しい。子供達は既に伴侶を得、それぞれ残
してゆくことに、大きな心配は無い。しかし小池だけはその正体を誰も知らず、
今のままでは独り、残されてしまう……と、そのことは彼自身も心配していた
ことであったので。

 ……だが、しかし。
 同じあやかしであるせいか、同じような生活習慣を持った時代を過ごしてい
たせいか、二人は実際気が合うようであり、よく一緒に過ごしているようでも
ある。
 それが、やはり。
(いや、わかっているのだけど、ね……)
 無論それは、互いに笑いながら口に出来る程度でしか、ないのだけれども。
(おじさま、そうやって妬かない)
 冗談めかした言葉は、それだけに本音でもあったのだろうと思う。


「そこに私が居ることは……私もお二人の為になりたいとは思うけど、どこか
で……私が思い上がってしまうかもしれない」 
 かつて男どもを手玉に取っていたとは思えないような、どこか少女めいた笑
みを浮かべて、六華はゆっくりと言葉を紡ぐ。ぽつ、ぽつ、と、そこまで告げ
て、彼女はにっこりと、大輪の華に似た笑顔を浮かべた。
「そのときには、割って下さいまし。悔いはございません」 
 差し出されたスノウドームを、尚久はそっと手に取った。

「僕はね、自分で思っている以上にわがままで欲張りなんなんだ……でも」 
 何と続ける積りだったのか。
 一瞬言葉を切った、その沈黙に。
「……私は人ではございませんから」 
 ぽつり、と。
 小さく呟いた声に、尚久はふと目を見開き……そして柔らかな笑みを浮かべ
た。
 昔に聞いた親友の言葉そのままに。
「……君は小池君と同じ事をいうから」
「え?」
「だから、少しだけ妬いてしまうんだね」 
 意外と思ったか心外と取ったか。目をぱちくりさせる六華に向かって、尚久
は微笑んだまま言葉を継いだ。
「鬼の子の中で人の子は……また違う者なんだよ」 
 ますます訳がわからない、と言いたげに眉根を寄せる。もの問いたげに見上
げる顔に向かって、尚久は、一つ頷いた。
「僕と麻須美と彼と……彼は君と同じようなことを言っていたから」


(二人の為になりたいけれど、僕は人ではないから)
 異性にも同性にも、もてはやされる容貌の持ち主であった彼は、しかし人と
の付き合いについては相当に晩生であり……また自分の心を抑える傾向があっ
たように思う。
(君達二人の為に必要な存在でありたいけど、思い上がりたくはない)
 記憶の中のその言葉は、今告げられた言葉と、笑ってしまうほどに相似形で。

 鬼である、からか。
 鬼と言い、怖れるべきモノと言う。しかし彼らは人より余程、己の願いを押
し隠し押し殺しているのではないだろうか。
 そして、それはある意味彼女も同じく。
 自らを斬り捨てる覚悟――斬り捨てることで、己の願いを押し殺しているの
ではないか、と。
 まるで似通わない二人の姿が、妙に重なるのが少し可笑しい。


「……私、あの方ほどお人好しとは思ってませんけど」
 憮然とした声に、記憶から視線を今へと戻す。声につりあった憮然とした表
情に、尚久はついつい笑ってしまい……結果六華は余計に仏頂面になった。
「でも」
 手に受けたスノウドームを、両手で囲う。
「これが六華さんのケジメというならば、預かります」 
 出来るだけ柔らかい笑みと一緒にそう告げると、娘の表情も、それにつられ
るように柔らかなものになった。
「……はい」 
 にっこりと笑った娘に、一度頷くと、彼はひょいと本棚の辺りから濃い色合
いの瓶を抜き出した。
「そういえば、この前、貰ってきたブランデーだけど、どうやら一人で飲むに
は勿体ない銘柄なんで」
 どうだろう、と、言うと、嬉しそうな返事が戻ってくる。グラスを二つ取っ
てきますね、と、身を翻して台所のほうに向かった姿を見送って、尚久は手の
中のスノウドームを、机の上にそっと置いた。

 ぴんと張り詰めたようでいて、どこか危うい儚さを感じる。
 普段見ている姿よりも幼い子のように思えて、尚久は六華に気づかれぬよう
小さく微笑んだ。


時系列
------
 2008年10月付近

解説
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 鼎の三つの足、それぞれの関係が全て一般的ではない中に。
 起こるひとつのできごとのはじまり。
************************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


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