[KATARIBE 31812] [HA06N]小説『テトラ漂着』

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Date: Wed, 15 Oct 2008 02:09:14 +0900
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小説『テトラ漂着』
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登場人物
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立川香方
   http://kataribe.com/HA/21/C/0075/
里見ぎぐのまゐ・テトラ
   http://kataribe.com/HA/21/C/0077/

序
--
 それは湖面を漂う黒い棺だった。棺は月すら隠れる夜の中で一際黒く輝いて
いた。
 棺の中には女がいて、死ぬはずの運命を捻じ曲げられて死に損なっていた。
 彼女自身自分が何故漂っているのか、いつからこうしているのかなどもはや
わからない。
 時折、棺の中に黒い水が染み込んできた。その水はまるで生きているかのよ
うに棺の中を這い回り、彼女の唇を滑り落ちて喉を潤す。
 しかしこのままでいれば遅かれ早かれ自分は緩慢なる死を迎えるだろう。
 自分が死ぬのが先か、この棺がどこかへ流れ着くのが先か。いずれにしろ彼
女にできることは漂い続けることのみである。

 その湖の名は霞ヶ池。
 大昔に干拓され、今はもうこの吹利の何処にもないはずの池。
 そして忌むべき水が集まる地。


命の洗濯
--------
 オレの一日は風呂で終わる。ドレッシングルームでサングラスを外し、シャ
ワーでソウルスタイルであるところのリーゼントを解した俺はもう「立川香
方」じゃない。ただのオレだ。
 だがしかしオレはこの時間を愛していた。何者でもない「オレ」になれるリ
ラックスタイムだからだ。「ぶるゎーっ」と声を上げて湯船で両腕を広げる。
本当なら大の字になりたいところだが日本の住宅事情じゃこれが限界ってもん
だ。
 親父くさいなどと言うことなかれ。人生にこういう時間は必要なのだ。

 なんてことないマンションのユニットバス。
 なんてことないプラスチック製の湯船にTOTOの洗面台。
 全てはいつもどおりの風景。
 その湯船に、突然裸の女が浮いてきた。

「っ!? なっ?」

 確かに女だった。ついでに言えばガキくせえ。せいぜい高校生ってところだ
ろう。

 まさか、オレが産んじまったのか──?
 ありえなかった。オレに産めるのはメタンガスくらいのものだ。

 狭い湯船に女と二人。平常時だったら嬉しい状況かもしれないが、こんな風
に混浴して喜べる奴がいるのなら是非名乗り出てほしい。代わってやるから。
 女はうつぶせに浮いていて、髪も背中も見える範囲は真っ白だった。
 と、言いたいところだが背中にでかでかと読めない漢字が彫ってある。ヤク
ザの情婦であるとかそんなところかもしれない。気付きたくなかった。銭湯に
刺青彫った人は入っちゃいけないんですよ? 銭湯じゃないけど。

「あ、あのう、生きてますか?」

 何故か敬語になりながらオレは女の肩をつついてみる。
 反応がない。
 恐る恐るオレは女の手首を掴んでみた。
 ──脈がない。

 オレは思わず立ち上がり、女は湯船の中でゆらゆらと揺れている。
 立ち上がってみても状況は何一つ変わらず、ただ血の気が引いていくのだけ
がわかった。
 オレが何をした! リラックスタイムを返せ!
 声にならない悲鳴を上げて、俺は天を仰ぎ見た。
 ユニットバスの換気扇を仰いだって神様は答えちゃくれない。
 死体と混浴なんてして喜べる奴がいるのなら是非名乗り出てほしい。そんな
変態ぶん殴ってやる


時計の秒針が責めたてるんです
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 さっきからオレが入念に繰り返している行動。
 ソファの周囲をぐるぐるまわること。

 とりあえず服を着て女の死体をソファに寝かせた。
 目のやり場に困ったのでシーツをかけてやったらあっという間に俺の1LDKが
霊安室になった。
 もういっそオレも死にたい。

 そこまでやってどうすればいいのかわからなくなり、俺はもう20分間こうし
てソファの周囲を回り続けている。お百度参りじゃないが、一日こうして回り
続けたら生き返ってくれる宗教とかあればいいのだがなさそうだ。

 昔免許の教習でやった人工呼吸を試そうかと思ったが躊躇する。だってなん
か明らかに死んでる奴にチューとか拷問過ぎるだろう。胸だってできれば触り
たくない。何よりも意味がなさそうだ。

 そうしてもう5分程回り続けたとき、オレの携帯が着音を発する。懐かしの
ミッシェルガンエレファント、スモーキンビリー。この曲は仲間内にだけ割り
当ててあるものだ。こんな時間にかけてくるのは天海くらいのものだろう。

「悪い、今立て込んでる。あー……ものは相談なんだが、いきなり風呂に死体
が浮いたときの対処法ってなんか知ってるか? ──はいはい警察警察。って
呼べるか!」

 携帯をダストボックスに投げ込み、役に立たない友人にはさようなら。
 慣れってのは恐ろしいもんで、悩むのも馬鹿馬鹿しくなってきたオレは冷蔵
庫を開けた。まとめ買いしてあるビールの缶を取り出しプルタブを引く。もう
今日はこのまま寝ちまおう。
 喉を鳴らして一気に流し込む。

「おいしそう……一本ちょうだい」
「やるかよ、お前は大人しく寝て──」

 振り返ると、そいつは起き上がっていた。赤い目をらんらんと輝かせて物欲
しそうな目でこっちを見ている。

「……ちょうだい?」

 そんな唇尖らせられたらやらんわけにもいかないだろう。だってなんだか
断ったら殺されそうだ。

時系列
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2008年8月

解説
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とくにないです。

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