[KATARIBE 31811] [HA06N] 小説『華白鬼:起』

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Date: Wed, 15 Oct 2008 00:39:24 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31811] [HA06N] 小説『華白鬼:起』
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2008年10月15日:00時39分24秒
Sub:[HA06N]小説『華白鬼:起』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
とりあえず、書いてみました。

****************************
小説『華白鬼:起』
=================
登場人物
--------
 小池国生(こいけ・くにお)
  :小池葬儀社社長。正体は人の血を喰らう白郎鬼。
 六華(りっか)
  :現世に戻った冬女。本宮尚久宅にて下宿中。


本文
----

 最初に会った時から、互いに『正体』があることくらいは勘付いていた。
 互いに、真っ当な人間ではないことくらいは、判っていたように思う。

            **

 とんとんと足早に歩きながら、六華は何を言おうかと考える。
 ひまわりの家。そこに居る子供達がかなり特殊な生い立ちを持ち、その上で
あそこに……まるで逃げるように集っていることは、数度訪れた時になんとな
く判っている。そして、周囲の大人達がその子供達を必死で守っていることも。
 けれど。

 長い袖からはみだした細い腕に、幾つも重なるひきつれた傷。
 髪の生え際の、生気の無い白。

 そして何より。
 見知った……恐らくはあやかしと、よく似た空気。

 もともと六華がひまわりの家と係わるようになった原因は、彼にある。
 従って、彼が、くるよのことを知らないわけがない。
 ……だから。

 見知った通りを抜けて、どんどんと歩いて。
 やっぱり見知った門口から、玄関へと渡って。

 そして六華は、ドアのベルを押した。

         **

 正体は不明。
 どんな異能なのかも不明。
 一体どのような過去を背負ってきた、なんてことはそれ以上に不明。

 けれども、奇妙なことに互いに『正体』がある、と、そういうことは何故か
判ったし、それを追求しないことが親切だとも思った。
 人の世に棲むあやかしとして、それが普通だと……思った。

         **

 ベルを鳴らす。数秒のラグの後、インターホンから良く知った声で、小池で
す、と返事があった。
「あ、小池さん、申し訳ありません、六華ですけれども」 
 どこか、警戒したような、緊張したような、そして躊躇しながら名乗る感触
を敢えて気が付かぬようにして、返事をする。
「……ああ、六華さんでしたか」
 微かな雑音交じりの声は、それでも露骨なほどに安堵の色を含んでいた。
「少々お待ちください」
 その声が消えると同時に、中で誰かが動いている気配がある。扉の向こうで、
恐らく複数のロックを外している音。
(何を一体そんなに警戒しているのやら)
 思わず知らず、目を細めて考え込んだ六華の目の前で、ゆっくりと扉が開い
た。
 そして。
「いらっしゃい、六華さん」 
 そう言った相手の風貌に、流石に六華は一瞬沈黙した。

 少し長めの白い髪。扉から差し込む陽光の元で、微かに紫の色に見える目。
何よりも、そこに居るのは六華の家主たる尚久と同年輩にはとても見えない。
寧ろその息子の幸久あたりと大して年齢が変わらないように見える。
 とは、いえ。
「……何か、狙われておいでですか」 
『正体』を隠していることは判っていたので、この場合それが明らかになった、
程度の驚きしか六華には無い。今も年齢の変化以上に、全体の顔色の悪さ、白
い髪の毛が妙にやつれて見えることのほうが目に付いた。
「…………お気づきになりましたか」 
 疑問符というより確認の為に放たれた言葉に、小池はほっと小さく溜息をつ
いて、六華を通した。
「これで私、あやかしですから」 
 しかしそうすると、あの子供のことを相談するのは無茶かもしれない……し、
問題は同じ根から伸びているのかもしれない。
「困ったなァ」 
「……はい?」 
「いえ、ひまわりの家の、くるよちゃんって女の子をご存知ですか?貴方に似
た空気のお嬢さん」

 名前を聞いた途端に跳ね上がった相手の視線に、ああ、これは後者だと六華
は見当をつけた。

「先日、ひまわりの家に行きましたが……」 
「…………彼女ですか」 
 ふぅ、と息をついてソファに座る。途端、肩が落ちるのが、相当弱っている
らしいことを示していた。 
「やっぱり、何かしら関係がおありですね?」 
 それでも何とか笑顔を作って示した向かいの椅子に、六華は腰をかけた。そ
のまま促すように小首を傾げる。
 溜息を押し出すように、小池が口を開いた。

「……白鬼、という……異界の鬼を、ご存知ですか?」 
「鬼なるモノ達は、何人か知っておりますが、白鬼、となると」 
 存じません、と、長い髪をゆらりと流しながら六華が首を横に振る。さもあ
りなん、というように小池は小さく頷いた。
「それが?」 
 問いかける声に、やはりひどく疲れたような声で、小池は応じた。
「それは鬼、というより……吸血鬼に近い、生ける者の精気や生血を吸って生
きる者」
 淡々と語るように見えて、その言葉は突き放すように響いた。
「……霊力を秘めた白髪と深紫の魔眼を持ち、その血を飲めばどんな深手の傷
も癒し、その肉喰らわば死の病をも治すという」 
 微かに細めた目を、六華はもう一度見やる。
 一瞬見ただけでは恐らく黒に見える、けれども光の加減では、淡く紫の残像
のような色を含む目。
 何よりも、混じりけの無い白い髪。
「そんなにおいしそうには見えませんのにね」 
 きゅっと一度眉根に皺を寄せての発言に、小池は疲れたように笑った。
「全くですね」

「で、その白鬼が小池さんなのはわかるのですが、くるよちゃんもですの?」 
 椅子に座ったまま、足を組んで、その膝の上にひょいと肘をつく。正直あま
り良い行儀ではないが、六華はそのまま相手を見据えた。直球な質問に、しか
し小池は直接は返事をしなかった。
「一つ、白鬼の肉には落とし穴があるのです」 
「?」 
「白鬼の肉喰らうもの、白鬼の呪いを受ける」 
「呪い?」 
「白鬼の肉を食べた者は、同じく白鬼と同じ治癒の血肉を得る」 
「……ま、妥当ですわね」 
 その程度は、と、内心六華としては思う。鬼とは言え、見たところ人と全く
異ならない相手を喰らう、という真似をするならば、その程度のことは当たり
前だろう、と。
 しかし。
「しかし、鬼と違いて人の身であり……また血肉を狙う者に付けねらわれる」 
「……つまり、それが、彼女?」 
 こんこん、と、無意識のうちに六華の指が椅子の木の部分をノックしている。
苛々をそのまま現すような仕草と音に、小池は頷いた。
「……彼女は、実の両親に白鬼の肉を食べさせられ、その身に呪いを受けた」 
「…………」 
 沈黙は、つまりそのまま怒りの表現である。流石の六華も、その直接の加害
者ではあり得ない相手に向かって、『こンの、腐れ外道!』と罵るのは気が引
けたらしかった。
「両親は、来世教という新興宗教を立ち上げ……生神として娘を祭り上げた」 
「で。彼女は今、ひまわりの家に保護されている、というわけですか」 
 ひまわりの家、という場所の特殊性を、多少ながら六華も理解している。一
人一人、一冊の本になりそうな重い過去や事情を持っている子供達が暮らして
いること、従ってそれを守ろうとしている人々は、それなりの能力と危機感を
持ってそれらの仕事に従事しているということ。
「まーさーか、と思うんですけど」 
「……ええ、六華さんがご想像の通りです」 
 くるよの身元に関しては、その想像の通り、と言いたかったのだろうが、六
華は違う、とでも言いたげに、大きく頭を振った。
「あたしが今想像しているのは、そうやって保護されたくるよちゃんの代わり
に、小池さんが狙われているんじゃないかってことなんですけど」 
 組んだ足をぽん、と、蹴上げる。他人事ながら相当むっとしていることを示
している仕草。
「……流石に、人に遅れはとりません……私を狙っているといっても、早々直
接目の前には現れないでしょう」 
 言いながら、小池としても詭弁であることを認めざるを得ない。確かにそう
簡単には彼らは目の前に現れることはないだろうが、現実、今、じわじわと追
い詰められている現状がある。
 そして、六華もその言葉に安心するほどのお人好しでは無かった。
「じゃ、その、顔色の悪さと、化けるほどの体力のなさは一体何事ですの」 
「…………手厳しいですね」 
 ぴしぴしと飛ぶ言葉に、溜息しか返せない。
 
「原因は?」
「……これまでに、何度か襲撃を受けました」 
 ぼそぼそ、と、低い声で返事がある。
「……なんとか切り抜けましたが……またいつなんとき狙うかもわかりません」
 真っ直ぐに見据える六華の視線の先で、白い髪の青年は、居心地悪げに身じ
ろぎをした。
「…………何よりも」 
「……」

 何よりも。
 自分が弱っている原因はよく判っている。けれどもそれを、自分から言うの
は辛い。けれども。
(欲しい)
 目の前の小柄な、それでも一つ一つの動きに生気の溢れている娘の。
 その。

「…………ご飯食べてませんね」 
 ぴしり、と、鋭く突き刺すような言葉を、否定することも誤魔化すことも出
来ない。
「………………ええ」 
「先程仰ったように、鬼の主食ってのは人間の精気か……血」 
「…………」
 流石に、小池は口をつぐんだ。

 
(ああもう)
 苛々、と、六華は指先を動かした。
 彼はあやかしであり、人からエネルギーを取らなければ生きていけない。そ
れは確かに本人には辛いことではあるだろうが。
 しかし。
(おじさまだって……事情を知ったらゆっきーさんだって、この人に血くらい
与えて文句ないでしょうに)
 それが、赤の他人の自分にすらわかるのに……
……何でここまで追い詰められた状態で、まだ遠慮をしているのだ。
「で。何をそんなに遠慮されてるんです?」 
 づけづけと尋ねる。青白い顔の青年は、尚更に困った顔になった。
「……何故と問われると……自分でもうまく説明できませんが」 
「相手を殺したくないから?……そうじゃないでしょ?」 
 血を吸う、精気を吸う、というのが真っ直ぐに相手の殺害に繋がるわけでは
なさそうである。それならば、と、六華としては思うのだが。
「私は鬼であり、人である……」 
「……人だって、今の時代、人を体内に取り込みますわよ」 
 内臓の移植によって、これまでならば死ぬ筈だった人間が生き延びるように
なって久しい。それよりは余程気楽じゃないか、と、言う前に。 
「…………人は鬼より恐ろしい……私は人の生血を喰らうことが出来なくなっ
てしまった」 

 出来なくなってしまった、という。
 つまり自らを、鬼というより人に近い、と、定義したのか……と、その一瞬、
そこまで明確に六華が考えたわけではない。ただ、その言葉の裏にある抜け道
がその言葉ではっきりとしただけである。

「……じゃ、人じゃなかったら?」 
「…………え?」 
「私が人に見えますか」 
 鼻で笑って言い切ると、小池はたじろいだようにまた口をつぐんだ。

 単なる血液ならば、入手することは出来る。それでもある程度は渇きを抑え
ることが出来る。
 しかし、生きた人間の、その血を喰らうことは、それとは全く別のこと。
 舌上を流れる味も、そしてそこから得られる力も……その時の紛れも無い快
楽の感覚も。

(楽になれる)
(なのに……苦しい)

 つぐんだ口の下、喉をぎゅっと抑える手に、とうとう六華は……切れた。

「…………ああもう、腹立つなああっ!」 
「六華さん……?」 
 目の前に浮かぶのは、数年前から知り合った女性の顔、呑気で気を使わない
かに見えて、まず第一に自分の生命を無駄遣いする癖のある相手。
 どん、と、テーブルを叩かれて、小池が目を丸くする。その顔を六華は睨み
付けた。
「あのねえ!貴方が今一番考えないといけないのは、本宮のおじさまのことで
しょうが!」 
 虚を衝かれたように、小池が息を呑む。喉元からゆっくりと手が離れる。
「……尚久くんの」 
「麻須美さんの後追いでもしたいんですか」 
「……それは」 
 そんなことは出来ない。互いに自明のことを、しかし六華は容赦なく言い募
る。
「そしておじさまを、今度こそ奈落の底に落とす積りですか、ええ?!」

 目の前で、青褪めていた青年の頬の辺りに血が上る。諦めを凌駕する感情の
現出を確認して、六華は言い放った。
「私は人ではない」 
 それは本当である、と、互いに知っているからこそ。
「貴方に多少血を採られて、死ぬようなモノではございませんよ」 
 鼻で笑って告げた言葉に、すう、と、青年が顔を上げた。
「…………私は、死ねない」 
 小刻みに震える手を見ると、六華はすっと立ち上がった。近くの棚の上に置
かれた文房具入れ。その中からカッターを取り出す。
「じゃ、いい加減に覚悟決めなさい」 
 言葉と同時に、尖った刃が掌を裂く。
「……六華さん、すみません……私は」
「すみませんなんぞ要りません」

 掌に刺さった銀の色、そこから零れるどろりとした朱の色。盛り上がり、掌
を流れ、指へと伝う、その。
(血が)
 
「……私は」 
 落ち窪んでいた目が深紫色に光る。唇の間から牙が伸びた。 
「とっとと生きなさい!」 
 傲然と言い切る娘と、突き出される手。
 頭の芯まで痺れるような……快楽の記憶。

「……私はっ」 
 何を言おうとしたのか、何を弁解しようと望んだのか。
 牙が深く噛み裂いた感触と共に、それらは全て押し流されて消えた。


 流れる血潮。
 こぼれることもなく、まるで吸い寄せられることが自然のことであるかのよ
うに、傷口に触れた唇の奥へと吸い込まれていく。
(……この人は、全く)
 左手首の感覚が無くなり、痺れが腕全体に広がる。少々洒落にならない状況
の中、しかし六華の思考は呑気といえば呑気なものである。
(何でここまで、我慢するかなあ)
『ここまで』には、この場合二つの意味がある。まずはこの状態に至るまで、
血を吸おうとしなかったこと。そしてもうひとつは。
(それでも、血を吸う場所を……考えているあたりが)
 切り裂いた掌から、手首へ。これだけの飢えの中、彼は一瞬躊躇するように
見えた。まるで痛みが無いかどうか、確認するように。
(……ほんと莫迦だなあ)
 目の前、手の先に見える白い髪の毛は、手の感覚が無くなるのと並行するよ
うにふわりと燐光のような光を放ちだしている。
(まるでしおれた花に水をやったみたいね)
 そう思うと、何故か少しおかしかった。


 ずぶ、と、薄い皮膚の間を何かが抜けてゆく感覚。そして大きく吐いた息。
支えられた手には、まだ感覚が無い。
「…………六華さん、ありがとうございます」 
 それでも視覚には、左手を宝物のように捧げ持つ相手の姿は映っているわけ
であり……それから考えると、六華の第一声は、かなりひどいといえばひどい
ものだった。
「……貴方莫迦ですか」 
 口元にまだ血の跡の残っている相手は、目を大きく見開いた。
「そうやって我慢するから、一気に血を吸うことになるでしょう。そのほうが
こっちだってダメージ大きいんですよっ」
 言い募る間に、ふっと視野が曇る。気が付くと身体が斜めに傾いていた。
「……すみません」 
 慌てたように手が伸びて支える。
「…………なんでこう、真帆サンみたいな人ばっかり」 
「……すみません、六華さん」 
 愚痴の意味がどの程度通じたのか……真帆、といわれて相手も困ったかもし
れない……深く頭を下げる。それを半ば伏せた目で見ながら、六華はきっぱり
と言った。
「…………15分」
 それだけは横にならせて、と、言う前にふわりと身体が持ち上げられた。そ
のままソファの上に横たえられる。
「ありがとうございます……」
 静かな声が、耳に届いた。

(……なんだって、こう……)
 かつて花魁、それも一流の店の御職を張った彼女は、とりあえず見てくれだ
けは平均以上に出来上がっている。それが静かに目を閉じている状態は、黙っ
ていればそれなりに見栄えのよいものではあったのだが。
(なんでこう、あたしの周りの人は、おじさまみたいな極端か真帆サンみたい
な下手に向こう見ずばっかなんだかっ)
 内心が見えないというのは、本人にとっても周囲にも、良かったなあ、と言
われそうな勢いで内心があがあ怒鳴っている六華の、しかし実際に発した声は
細く小さなものだった。
「……次はここまで飢える前に言って頂きたい」 
 精気、といった意味が今ならば判る。血を吸われたのもそうだが、それ以上
に気力、精気を吸われている。
「ほんとにもう……」 
「……はい」 
 しょんぼりとした声に、はぁ、と、六華は溜息をついた。
「ああ、そうだ。私は死にませんから、そういう気遣いは無縁です」 
(なんでこう、真帆サンみたいにめんどくさいかなあ)
 ぼそぼそと言うと、ようやく感覚の戻ってきた掌に、ふわり、と、細い糸の
束がかかったような感覚があった。
 多分、頭を下げたのだろう、と、小さく溜息をついたところで六華の意識は
暗転した。

          **

(考えてみたら、おじさま今、長期出張中だったわ)
 せめて水分補給をしてください、と、グラス一杯の野菜ジュースを貰いなが
ら六華は考えている。大きなグラスは手からすり抜けかけ、そのせいで小池は
尚更に申し訳なさそうな顔になったが、『大丈夫ですよ』と愛想を振るほどの
気力は流石に無い。

「……それで。一応無駄だろうなーと思いつつお尋ねしますけど」 
 は、と、小池の動きが止まる。生気を取り戻したと同時に、満開の夜桜に似
た艶やかな空気がこの青年の周りを彩っていた。
「本宮のおじさまは、当然この事態を、知らな……いんですよね?」 
「…………ええ」 
 後ろめたそうな顔で、それでも一応頷いたのに、六華は一つ息を吐いた。
「知らせない場合、どの程度の勝算があります?」
 人間と白鬼、それだけ考えれば勝算は無論後者にある。しかし普通の人間と
しての足場を持つ場合、人間、その集団が持つ社会的圧力は莫迦にならないも
のがある。
「と、いいますかね。この場合、おじさまに言わないと、あたし多分とっても
恨まれると思うんです」
「……」
 そこで下手に抗弁しないあたり、彼もよく判っているというべきだろうか。
「で」
「……はあ」
「連絡は御自分でなさいます?それとも私からしましょうか?」 
「…………」 
 かつての花魁が、客を『落とす』時そのままに笑いかける。相手はがっくり
と肩を落とした。
「……私から、連絡します」 
「宜しい」
 にっと笑うと、グラスを空にする。そして六華はゆっくりと立ち上がった。
「さて、じゃあ、私帰りますけど、くるよちゃんのこと、こちらに何かできる
ことがあれば、お知らせください」 
「はい……本当に、ありがとうございました」
 微光を放つような髪。血色の戻った肌の色。艶やか、と言っていいような青
年が頭を下げるのに、六華はふと振り返ると、びしっと額に指を突きつけた。
「はいっ」
「次にありがとうを言う時は、もうちょっとうまく立ち回ってからにして下さ
いましね」
 表情こそ笑っているが目は笑ってない。
「…………わかりました」 
「それと」
 指差した手をすっと返して、小池の口元にやる。細い指が、一瞬のけぞりか
けた相手の口元をさっと拭った。 
「血がついてる」 
 恐らくそれで気おされる、相手の心情もわかった上での行動なのだろう。にっ
こりと、花が開くような笑みと一緒に、六華はぺこりと頭を下げた。
「……では、失礼致しました」
「…………はい」
 深々と頭を下げた小池のほうをもう一度だけ見ると、六華はそのまま踵を返
した。



(もーほんと、冗談じゃないわよーっ!) 
 血を抜かれた状態で、出来る限りの速さで歩きながら、六華は内心ぶつぶつ
と呟いている。
(真帆サンんとこ行けば、相羽なる人にやっかまれるし……これでおじさまに
までとか言ったら、あたしはやですからねっ) 
  それでも、それを口に出して言わない辺りは『だから六華は人がいいんだよ』
と、真帆あたりに言われそうなわけだが。
(それでも、まあ)
 ひまわりの家で見た少女のことを、六華は思い出す。傷だらけの腕と、どこ
かかさかさとした肌の質感。
(……くるよちゃんは、大丈夫、だろうな)
 自分が何をしたわけではないけれども。

 ほんの少しだけ、そのことだけは報われた気がして。
 六華は、ほんのりと笑った。


時系列
------
 2008年8月半ば頃。

解説
----
 ひまわりの家の子供のことをきっかけに、小池宅に向かった六華と、
それをきっかけとしたあやかし達の交流のはじめ。
************************

 てなもんです。
 ああ、この二人も、ログが溜まっている(がくっ)
 
 であであ。
 
 


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