[KATARIBE 31804] [HA06N] 小説『夢魔氾濫・10』

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Date: Mon, 13 Oct 2008 22:56:07 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31804] [HA06N] 小説『夢魔氾濫・10』
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2008年10月13日:22時56分07秒
Sub:[HA06N]小説『夢魔氾濫・10』:
From:いー・あーる


いー・あーるです。
のてのてと、続き書いてます。

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小説『夢魔氾濫・10』
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登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :ヤク避け相羽の異名を持つ刑事。嫁にはダダ甘だったりする。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 銀鏡 栄(しろみ・さかえ)
     :県警零課の一員。主に戦力勧誘、交渉を請け負う。
 黄木 美津代(おうき・みつよ)
     :古書店『蜜柑堂』の女主人。無生物の『復元』を行う。 

本文
----


 宇宙人と交信する目的で、電波を宇宙に放つ実験などが企画される度に、巻
き起こる論争がある。大概は『それは金の無駄じゃないか』となるわけで、そ
の点に於いては『結果が出てみないと何とも言えないよ』というのが返答にな
るしかないのだが。

 しかし、反対意見の中にはこういうものもある。
『彼ら……もしかしたら地球人達よりも進んだ文明を持つ宇宙人が、地球人を
見つけて攻撃してきたらどうする』
 まだ見ぬ宇宙人が、地球人ほどに残酷で闘争本能溢れているというのだろう
か……みたいなことを、或る有名なSF作家が書いていたが、確かに、相手が
こちらに害を与えることを目的としてやってくる、というのは短絡的であると
思う。
 しかし。

 もし、宇宙人に出会うことがあるとして、彼らが地球人に対して害をなす場
合、理由としては少なくとも二つ考えられる。一つは上記のように彼らが地球
人に対して害をなそう、という意思がある場合。そしてもうひとつは。
 
 彼らが害をなそうとは微塵も思っていないが、あまりの文化の差異により、
結果害することになる場合、である。

             **

 黒無地の振袖に、真紅の帯揚げ。袖口から出た手が青白くすら見える色彩に
身を包んだ少女は、テーブルの上に置かれた奇妙なモノを眺めて暫し無言だっ
た。
 置いたほうの人物は初老の女、灰色のブラウスに黒のスカート、ただ羽織っ
たショールだけは柔らかな若緑色をしている。
 白いタオルで手を拭きながら、彼女もまた黙ってそれを見ている。

 テーブルの上に置かれているのは……一番近いのは、赤く染められた海月だ
ろうか。びらびらと薄い膜のようなものが、ゆるく固まったゼリー状態の塊の
間をかろうじて繋いでいる。

「で、これが?」
「復元した。私ではここまで」
 しっかりと後ろでひっつめた髪の毛はかなりが白く変わっている。穏やかそ
うな顔立ちとは裏腹に、口調はどこかしら鋭い響きを残している。
「これは、何だと思われます?」
「貴方の話が本当であるなら、向こう側のあやかしの……一部、なんだろうね」
「生き物かしら」
「一応。ここから先には幾らやってみても『戻らない』ってことは、ここから
先は『生物』ということだと思うから」

 手を拭っていたタオルを離して、初老の女はきっぱりと言い切る。
 タオルには薄赤く、こすれたような跡が残っている。

「悪意は、無いと思うんですよ」
 さらりとこぼした髪の毛は濡れ羽色、囲まれた顔の、目元は鋭い。見かけの
年齢よりは数段上の口調で、少女は言った。
「そりゃあ、悪意は無いだろうけれど……でも、言わせて貰えば、その、真帆
さんだっけ?彼女の髪の毛が長くて良かったと思うよ。それでなかったら、彼
女の頭は今頃裂けていたかもしれない」
「それは私も考えました」
「で、彼女は?」
「今のところ、家に帰してます。相羽君には小玄武をつけて」

 悪意は無い。現に、悪夢が直接人を傷つける、ということはなかった。けれ
ども実際に異界のモノたちが人体を通してこちらに来ようとする場合、その接
点にあたる人間はそれなりの被害を受ける。

「どうする積り」
「追い返す、でしょうかね、目標は」
「どうやって」
「……今のところ、向こうも平和主義らしいので、一旦痛い目に遭ってもらお
うかと」
「それで引っ込むかしら」
「引っ込んで貰いましょう」
 ふうん、と、初老の女性は肩をすくめた。
「銀鏡にしては、穏やかな行きかたを選ぶこと」
「嫌ですね、私はいつだって穏やかですよ」
 恐らく聴いた相手は、十中十まで嘘だ、と思うような台詞だが、何せ本人が
にやにやと笑っているから、その言葉の意味合いも自然半減するというもので
ある。
「余程役に立つの、その彼女は」
「立ちますね。あちら側をこちら側に引きずり込んで、何故か相手を和ませる」
 
 彼女の周り半径5mでは、毎度地獄の釜が開く。
 自分ですら気が付かないまま、彼女は幽霊達を実体化させる。また、あやか
し達も彼女の周りを『居心地のいい場所』と捉えているらしい。
 
「よくまあ、無自覚に今まで来たこと」
「自覚は、してたのかもしれませんね。本人はしてないって言うけど」
「……というと?」
「あの人、歩きながら本を読むんですよ」

 世界をそうやって制限する。
 5m先に忽然と現れる人間が居る、という事実を、彼女はそうやって回避し
てきたのかもしれない。

「今のところは、害より利のほうが確実に大きい」
「そう、なるのかねえ」
「うちの部署は、あちら側に関わった被害者をこちらに引き戻して何ぼなんで」

 それを自動的にやってのける異能ならば、首に縄をつけてでも置いておきた
い。それが本音。

「だけど、そういう人は、案外こちら側に未練なくあちらに行くものじゃない
かね」
 普段は古書店の店主である彼女は、無生物に限って『復元』をすることが出
来る。その腕を慕って古びた本が、もう一度読み手に読んでもらえる姿になろ
うと彼女の古書店にやってくる、という。ことさらに異形達を相手にしている
わけではないというが、そういう連中に付き合うことで、そういった異能者達
については経験則からの知識がある。
「それについては大丈夫」
 にんまり、と、少女は笑った。薄い唇が綺麗な紅色の弧を描く。
「彼女には足かせが嵌っている。世界の何を置いても、この世に留まりたいく
らいの足かせがね」
「おやまあ」
 矛盾した人だねえ、と、女が呟く。矛盾してなんぼでしょうよ、と、少女が
嘯く。

「で、どうなると思う?これ」
「最初に薔氏のところからやってきた資料と、タオルに染み付いた液体を比べ
たところ、どうやら後者のほうが濃度の高い状態になっているようです」
 つい、と、少女の指が、書類の山から一枚を抜き取る。
「この噂が立ちだしての日数から数えても、どうやらここのところ変化は大き
くなっている。そう考えると」
「そろそろ、液体ではなくなる?」
「ええ。そのときは」
 くす、と、笑って少女は言った。
「傷つけることが、可能になるんですよ」

              **

「……尚吾さん」
 細い声に、呼ばれたほうは振り返る。小首を傾げた顔に向かって、『地獄の
釜の蓋は開きっぱなし』と称された女は小さな声で続けた。
「ほんとに、これ、尚吾さんが関わらないほうがいいんじゃないかな」 
「いや、だめだよ」 
 悪意は無くともダメージはある。眠っても眠っても、憶えていなくとも、そ
の夢は相手からの通い路と化す。眠りたくないと思っても、眠気はゆらゆらと、
真帆の元に押し寄せる。
 せめて横になっていなさい、と、押し込まれたベッドの上で、真帆は困った
顔になった。
「だって尚吾さん……血に、弱いでしょう?」 
「弱いよ」 
 心配そうな声を、あっさりと肯定する。
「……だから」 
「でも血じゃない」 
「でも、血に見えた」 
 髪を包むリボン状の布で、今は封じられているものの、やはり夢を見ている
最中は少しずつ血のようなものは漏れてくる。それは決して相羽にとって、平
気で扱えるものではない。
「……だから、やっぱり、あたしの近くに居ないほうがいいんじゃないかな」 
 ぽそぽそとした言葉を、相羽は一切考慮に入れる積りが無い、とばかりに聞
き流した。
「……血ではない何かだよ、それは真帆のそばでなら実体化して俺でも見るこ
とができる」 
「でも」
 寝ていては確実にこの勝負分が無い。もそもそと起き上がって尚も言い募ろ
うとした真帆の言葉を抑えるように、彼は重ねて言葉を続けた。
「俺は、真帆みたいに実体化することも葬儀屋のにーちゃんみたいに見ること
もできないからさ」 
「……見ないほうが、いいのに」 
 鼻腔を一杯にする鉄錆めいた、どろりとした臭い。自分でもあれを思い出す
と辛い。まして血に弱い相手はどれだけ……と、思ったのだが。
「見なければいいで見ないなんて、できないよ」 
 ぴしり、と、言い切ってすぐ、相羽は苦笑して真帆に近付いた。
「俺が今までどんだけ血を見てきたと思ってる?」 
 それを言われると、真帆は黙るしかない。
 刑事という職業、それも麻薬等の捜査の第一線で動く限り、血を見るのは自
明の理であり、実際それで彼はこれまで働いてきたのだ。
「それはそうかもしれないけどっ……」 
「……俺は、大丈夫だから」 
 笑う顔は、けれども青褪めて見える。
「だから、信じてくれ。お前のことも信じるから」 
 手を伸ばして肩に置く。その言葉に真帆はぐっと唇を噛んだ。

 夢の中の記憶がある。
 放たれた白い弾丸。それが自分を掠めるまで。

 自分が望んでいたのは、透き通り無くなることではなかったか。

(貴方はあたしを信じてくれると言う)
(あたしは貴方の、信じるという言葉に値するのか)

 誰が信じても、自分だけは自分を信じられないのに。
 そんな危険な相手を。

「……っ」
 抱え込んだ頭は、淡く熱を放っていた。
 静かな呼吸音だけが、耳に聞こえる。
「……無茶はしないで」 
「わかってる」 
 背中に廻された手が暖かかった。
「ルーキーだからね、色んな連中の手借りてでも、なんとかしてみせるよ」

 今まで選べた道はもう選べない。
 自分がどれだけ無意味だと思っても、どれだけ不要だと思っても。
 
(このひとがいなければあたしは多分消えていたろう)
 そのほうがあの流れを確実に食い止められる。そのことは真帆にも判る。
 けれど。

「……絶対に」
「え?」

 問い返す声に、真帆は答えなかった。

(絶対に、死ねない)
(絶対に、その道は選べない)

 唇を噛み締める真帆の背中を、何度も大きな手が撫でた。


 時系列
------
 2008年8月終わりごろ

解説
----
 赤の夢魔の正体を探る二人と、地獄の釜の蓋の開いた上の二人と。
***************************************

 てなもんです。
 であであ。

 
 


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