[KATARIBE 31797] [HA06N] 小説『夢魔氾濫・10』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu,  9 Oct 2008 23:29:39 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31797] [HA06N] 小説『夢魔氾濫・10』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20081009142939.7A640306801@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 31797

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31700/31797.html

2008年10月09日:23時29分39秒
Sub:[HA06N]小説『夢魔氾濫・10』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ものすごくゆっくりですが、流します。

************************
小説『夢魔氾濫・10』
=====================
登場人物
--------
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :ヤク避け相羽の異名を持つ刑事。嫁にはダダ甘だったりする。
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 小玄武 (しょうげんぶ)
     :一見亀、しかしよく見ると玄武の姿の、両手に乗る程度の大きさの亀。


本文
----

 生臭い、けれどもよく知っている臭い。
 濁々と流れてくる赤い色。
(知っている)
(覚えがある)
 流れから伝わる、限りなく自分とは異なる筈の感情は、しかしどこか懐かし
い感触があった。
(知っている)
(覚えがある)

 目を、あげた。


 夜の街を歩いていったこと。
 最終電車の出た後の線路をひたすら歩いたこと。
 人の通らぬ砂漠の中の道で、仰向けに横たわった時の、白く見えるほど光る
空と伽藍とした空までの距離。

 どくどくと、流れはやってくる。
 自分が透き通れば、彼らは自分を透過してゆく。

 自分が透き通れば。
 自分が無くなれば。

 西郷隆盛がどうして人を惹きつけたか。彼の中にはおそらく2%の真空があっ
た。その、たった2%かもだけれども、真空が人を惹きつけて止まなかった。
 その本を読んだ直後、空を見て息を吐いたこと。
 その時の空の遠さ。


(知っている)
(覚えがある)

 ふと、赤の色が動いた。
 跳ねるように、波頭が現れ、またばしゃりと音を立てて崩れた。

 流れ来る紅の色の向こうに、動くものがあるような気がした。 

 透明になること。
 自分の我も心も、あの時に見た吸い込まれるような空に溶けるように。
(愛されるのうれしいけれど)
(それよりもこの夕焼けの何と美しいこと)
 ……高貴なる婦人の言葉を借りて、そんな風に語った詩人の言葉。

 たぁん、と、軽い音がした。

         **

 白いその何かを、真帆はどこかひどく呑気に見ていた記憶がある。
 何故かゆっくりと近づく白い色、避けることも忘れて見るうちに、それは近
づき、彼女の肩の辺りを掠めた。
 瞬間、沸騰するように『言葉』が伝わった。

『真帆』

 幾重にも、重なる声。
 笑いながら呼ばれた時の、ただいまと帰ってきた時の、夜中に震えながら呼
ばれた時の。
 一緒に居る時の、様々な声。たった一人から呼ばれる、その声。

 それが。

『真帆』

「…………尚吾さん!」
 目を見開いた瞬間、朱の波の向こうに、見えた顔。

 血は見るだけで苦手だ、と、言っていた。
 見ただけで吐いてしまう、と。仕事で何度も見ていて、それでも全く慣れず、
その度に吐いている、と。
 その理由も知っている。慣れない訳もわかっている。
 だから。
「来ちゃ、駄目!」
 叫んだ声は、どう、と勢いを増して流れ来る朱の波に打ち消された。

            

「あぁぁぁあっ」 
 跳ね起きた時に耳に届いたのは、悲鳴の尻尾。呆然としたまま振り向くと、
苦しげに喉を抑えてむせている相羽の姿が目に入る。
「……尚吾さん」
 げほごほ、と、何かを吐き出そうとする音が返事だった。
「尚吾さん!」
 
 けほこほ、と、その音の木霊のように小さな音が枕元からした。振り返ると
小さな青い竜が、くるりと背中を丸めてやはりけほこほと咳をしている。その
横では、三匹のベタ達が、それぞれふるふると鰭をばたつかせている。
「尚吾さん……」
 突っ伏すようにして咳き込む相羽の肩に手をかけるようにして顔を覗き込む
と、まだむせながら、相羽は口元だけで少し笑って見せた。
「……だいじょうぶ」
 全く大丈夫に見えないまま、真帆が背中をさする。その腕の下を潜るように
して、黒い亀がとことこと近付いた。
「……幻覚だよ」
 前脚を片方、すっと持ち上げて。
「現実ではない」
 たん、と、落とした足は、よく皮を張った太鼓を叩いたような音を立てた。
 まるで、夢から出た後も続く悪夢を破るように。
 そして。
「……ああ、大丈夫」 
 ぜい、と、最後に大きく息を吐いて、ようやく相羽が顔を上げた。


「…………夢に、入った、のね」
 夢から醒めるほんの少し前、この人の顔を見ている。ひどく心配そうな顔が、
一瞬嬉しそうに変わったのも。
 きゅぅ、と、小さく鳴きながら、縹が寄ってくる。それをそっと膝元に引き
寄せてやりながら、真帆は唇を噛んだ。
「……あぁ、失敗したけどね」
 吐き出すように答えて、相羽は一つ頭を振った。一度伸びた背筋が、また軽
く曲がる。
 伸ばした手で、何度も何度もその背中を撫でた。

 こうやって、夢の中に引き込んだのは初めてではない。
 この前の夢も、自分の夢の中に入った挙句、身体が端から腐ってゆくような
とんでもない目に合わせてしまっている。
 どれほどの我侭も、どれほどの無茶も、自分から飛び込むようにやってくれ
る人だから。
 
「無茶しないで……っ」 
 眼鏡をかけていない目に、見る見るうちに涙が溜まるのを見て、縹が慌てた。
きゅうきゅう、と、しきりにスカートを引っ張る仕草に、真帆の表情が泣き笑
いのそれに変わった。
「……ごめんね」
 ぱたぱたしている小さな竜を膝の上に乗せると、安心したようにしがみつい
てくる。その身体を片手で撫でてから、真帆はまた視線を上げた。
「大丈夫」
 見上げた視線の先の顔は、本気でそう言っている。
 それが判るから、余計に涙がこぼれた。
 判るから余計に、手を伸ばして肩を撫でた。

「…………どうすればいい、あの波を」 
 何度も肩の上を行き来する掌。撫でられながら、相羽は呟いた。
 それを聴いていた小玄武は、小さく頭を傾げた。
 どうしたらいいのか。その答はそう簡単には出ない。

 何度も何度も、真帆の手が肩を撫でる。
 不安や辛さの、重なる回数だけ撫でようとしているように。
 何度も何度も肩を撫でる手に、手を重ねてきゅっと握る。
「大丈夫だよ」
「……ごめんなさい……っ」 
「悪いのはお前じゃないさ、勝手に入り込んできたあの気持ち悪い赤い奴らだ」
 断言して、一度手を揺する。
「一発ぶんなぐって追い返す、そんだけだよ」 

 ぼろぼろと、真帆は泣く。
 何も言わないまま、涙だけをこぼす。

(次は、どうすればいい)
 泣きやまない真帆の頭を、ぎゅっと抱き寄せる。何も言わない理由も、何を
言いたいのかも判るから。
 思わず見やった白い蛇を巻きつけた黒い亀は、その二組の目をどちらも閉じ
ていた。彫刻のように動かない皺だらけの顔の中、相羽の視線に気が付いたよ
うに丸い黒い目がぱちりと開かれた。
 そのまま、相羽を見返した小玄武は、一つ、こくり、と頷いた。
(真帆が、落ち着いたら)
 まだ考えるべきことがあり、まだ恐らく知らない情報がある。

 こくり、と、相羽は頷き返した。

時系列
------
 2008年8月終わりごろ

解説
----
 赤の悪夢から追い出されて醒めて。
***************************************

 てなもんです。
 であであ。
 


 


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31700/31797.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage