[KATARIBE 31725] [HA14N] 小説『夢魔氾濫・外伝』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Thu,  4 Sep 2008 01:09:51 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31725] [HA14N] 小説『夢魔氾濫・外伝』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20080903160951.49CDC49DB02@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 31725

Web:	http://kataribe.com/HA/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31700/31725.html

2008年09月04日:01時09分50秒
Sub:[HA14N]小説『夢魔氾濫・外伝』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
少しも進んでませんが、多少、夢魔の特性を。
***************************
小説『夢魔氾濫・外伝』
=====================
登場人物
--------
 本宮野枝実(もとみや・のえみ)
     :影を支配し、意のままに操る影使いの力を持つ者。 
 宮部晃一(みやべ・こういち)
     :過去に人体実験をされていた強化超能力少年。
     :自分の力で歩けず言葉を話せず、常にテレパス会話している。
 鬼李(きり) 
     :野枝実の相棒の影猫。
 薔氷冴(みずたで・ひさえ)
     :小さなバー、FROZEN ROSESの女マスター、凍れる女。
 夢見鳥(ゆめみどり)
     :夢魔の一人。現在は野枝実の着物の袖の刺繍に宿る。


本文
----


「あれよ」
 細い腕、細い身体、儚げな少女が、その見かけとは裏腹な鋭い動きで指さし
て示す。その先に毒々しいほど鮮やかな赤の塊がうねっている。質感は遠目に
見てもどこか海月やグミを思わせる。つるつるとして柔らかいが、跳ね返るだ
けの弾力と芯。
「……成程」
 全体に灰色がかったこの世界に、不釣合いに見えるその色合いを、傍らの女
は見据えた。淡い色合いの目に、厳しい光を宿したまま、彼女は少女に小さく
声をかけた。
「そちらが先に出てくれる?」
「いいよ」
 軽く頷くと、少女はふわりと身体を浮かせた。


 夢魔が発生しているのだ、と、氷冴は言った。
「夢魔、ですか?」
「そうよ。全くこの寝苦しい暑い夜に、わざわざねえ」
 力の強い相手ではない、と、氷冴は言う。十日ほどすると夢から離れ、他の
夢へと移るのだ、とも。
 けれども無論、一般の人にはその十日間は身体を壊すに充分な長さである。
「どうしたらいいですか」
「夢から追い出して、これを貼って封じて欲しいの」
 手渡された呪符を見て、野枝実は一瞬顔をしかめた。
「夢の中で、じゃないんですか?」
「そうねえ、普通はそれで済むんだけど、被害が広がりつつあるから、ちょっ
と調べてみたいの。だから夢の外に出して、封じてくれない?」
「…………夢の外にって」
「夢から夢に渡る時に、どうやらそれは夢から出るらしいの。そして夢の外の
ほうが、それの力は弱い」
「それって……夢見鳥に似てませんか」
「似ているかもね」
 多分そう言ったら、彼女は大いに拗ねそうだけど、と、彼女は人懐っこい笑
顔を浮かべた。


 ふわり、と、少女が浮き上がり、手を細かく振るわせる。と同時に両手から
淡い金の粉がはらはらと湧き上がり、赤の塊へと集中して降り注いでゆく。金
の色はそのまま塊の表面に定着し、そのまま固まってゆく。
「野枝実!」
「うん」
 頷くと同時に夢の中の影を潜り、一気に間合いを詰める。夢の主らしき木製
の人体からその塊を引き剥がした。
「野枝実!もうちょっと優しく!」
「ちゃんとタイミングは計ってる」
 乾いた声が応じた時には、既に夢の主はゆっくりと覚醒し、木製の身体が元
の人間らしい身体に戻っている。夢の中と判っているのかどうか、彼はぱちぱ
ちと目を見開いた。
「……あんたらは」
「あ、気にしないで。貴方の悪夢を退治しただけだから」
 非常にその……なんだなんだというような台詞なのだが、何せ夢である。相
手もああそう、と、何となく頷いた。
「ねえ、これ、悪夢の元だと思うんだけど……今どう?しんどい?」
 妖精を思わせる、華奢な少女の問いに、男性はううむ、と、律儀に首を傾げ
た。
『今は、しんどくはないよ』
「それは良かった」
『さっきまでは、重かった。重かったよ……』
 重かった、と繰り返す度に彼の姿が薄れてゆく。夢から覚めるらしい、と悟っ
て後の二人が慌てた顔になった。
「あーあーあ、ちょっと待ってちょっと!」
『え?』
「あ、そのね……もう少し教えてよ、夢のこと」
 言いながら夢見鳥は、小さくめくばせを送る。送られた野枝実は困った顔に
なって、手の中の金褐色に変わった塊を見やった。
(夢の外で封じるって言われても)
 夢見鳥のほうは相手に矢継ぎ早に質問をしている。いつからこの夢にこれが
入ったのか、最初はどうだったのか、等々。その答えを聞いている余裕が、今
の野枝実には無い。
(……どう、したら)
 ぎゅっと固まっているのか、それともどんどんと縮んでいるのか、その大き
さは今や拳を二つ並べたくらいのものになっている。
(どうしたら)
 必死に考えた末……野枝実はぽん、と手を叩いた。
「え、どうしたの」
「思いついた。あんたはあたしより先に夢から出られるか」
「無論よ、だけどどうやって」
「……ここは、貴方の夢だから」
 明るい栗色の目でじっと見上げられて、彼のほうがたじたじとなる。それに
全く構いもせずに彼女は言い募った。
「貴方の夢の中で、人間が変形したことはある?」
「あ……ええといや、あるよ?」
 実際に、彼の手は今でも妙な具合に伸びている。どうやら赤い塊を取ろうと
して伸ばした、ようなのだが。
「じゃあ……その中でなら、あたしの身体も変化する」
 言いつつ、野枝実は目を閉じた。
(ペリカン、かな)
(いやもっとはっきりと、あたしの中に袋がある)
(外部からは隔絶した袋)
 いつの間にか野枝実の喉の付近が大きく膨れてゆく。目を丸くして見ている
男の横を、意図を飲み込んだらしい夢見鳥がふわり、と飛び立った。
「……一歩先に出て、起こすわよ。いいわね」
「ああ。それと袋と札を用意して」
「了解」
 言うなり夢見鳥は軽く宙を蹴飛ばして飛び上がった。同時に野枝実はかぱ、
と口を開いた。顎の部分は蝶番で繋がっており、そこから内部の袋にへと手の
中の夢魔の塊を放り込む。
 と、同時に、彼女の視野は黒で塗りつぶされた。

          **

『おねえちゃん、無茶だよ……』
 起きた途端その心話と同時に、チャック付のビニール袋が出てきた。上半身
を起こしてその袋を口に当てる。同時にがぼ、と厭な音を伴って金茶色の塊が
喉から出てきた。
「…………し、かたない、じゃないか」
 夢見鳥の鱗粉のせいか、その表面は全く変わらず硬く固まっているように見
える。それをごぼりと吐き出してから、野枝実は荒い息を吐きつつそう言った。
「夢から、出さないと、いけないんだから」
「時間もなかったしね」
 いつの間にか夢の外に出て、野枝実の纏っている着物の上でふわふわと浮い
ている少女が肩をすくめた。
「とりあえず、締めたら?」
「うん」
 まだ息を大きく吐きながらそこまで言った、ところで、野枝実はがふ、と大
きくむせた。慌てて口元に当てた手から、ごぼ、と赤いものがこぼれる。
「野枝実!?」
 闇をそのまま形にしたような猫が、金色の目を見開いて叫ぶ。
「なんだそれは!」
 
 ごぼ、と、指の間からこぼれた赤いものは、その一瞬、誰の目にも血液に見
えた。それが手の甲を伝う間にどんどんと色を失い、透明な液体のようになり、
そしてそのまま消えてゆくのだ。
「わ、わか……っ」
 判らない、と言いたかったのか、口を開いたところで、また野枝実がむせる。
「……ちっ」
 舌打ちをすると、猫はくるりと身を翻した。野枝実の身体の表面、上半身を
折っている為に出来る淡い色の影の中に、その姿が溶けるように消える。
 と同時に、野枝実が目を見開いた。
「……とまった」
 ほーっと、横に座っていた少年が息を吐く。
『……おねえちゃん、やっぱり……無茶だよ。大丈夫鬼李?』
「大丈夫だよ」
 先程の行程の丁度逆。するり、と彼女の影から出てきた猫は、尻尾をぴしり
と一度振った。
「中に穴があった。だから塞いだ。問題はない」
「……穴ってそれ」
「まあ、本当の穴じゃないが……そういう穴だよ」
「はあ」
 気の抜けたような声を出した野枝実の膝を、ぺしり、と、鬼李の前足が打っ
た。
「あいた」
「あいたじゃないだろう。そうやってまた晃一に心配をかける!」
『……いや鬼李、そっちじゃないんだけど』
 慌てたように晃一が声をかけたが、鬼李は全く構ふ風も無い。
「とにかく締めなさい、そのサンプルを」
「あ、うん」
 慌てて野枝実は袋のチャックを締め、その上から氷冴のくれた札を貼った。
「……早めに、氷冴さんのところに持ってゆくよ」
「そのほうがいい。それに」
『ここであったこともちゃんと説明したほうがいい』
「だね」
 畳み掛けるように全員に言われて、野枝実はふう、と一つ息を吐いた。

            **

「野枝実ちゃんから直接出てきたものは、直ぐに消えたのね」
 考え込むように、氷冴が呟いた。
「ええ」
「そして、残ったのはこれだけ」
「そうなの」
 結局野枝実だけでは心配だ、と晃一が一緒に行くと言い、それならば自分も、
と鬼李が立候補し、夢の相手に質問した内容野枝実聞いてないでしょ、と主張
した夢見鳥が付いてゆく、となって、早い話あの家の全員がFrozen Rosesに居
る。まだ少し具合が良くない野枝実の代わりに、鬼李と夢見鳥が中心に何があっ
たかを述べる。夢の中で、それは案外簡単に取れたこと。夢の主からことさら
に精気を抜いたようには見えないこと。野枝実の身体を通して出てきたものは、
あっという間に消えてしまったこと。

「これは夢見鳥、貴方の鱗粉ね?」
「そうなの」
 金褐色……というかブロンズの色に近い、その塊の表皮を氷冴は考え込むよ
うに眺めたが、
「じゃ、いいわ。これを取ってくれる?」
 と言った。
「取れってなら取るけど、その前にこの御札取ってもらわないと」
「ああ、そうか……ちょっと待ってね」
 カウンターの中から、彼女はひょい、と、硝子張りの箱を取り出した。袋の
外に貼られた札を外し、塊を箱の中に入れる。
「どうぞ」
「さんきゅ」
 ひゅ、と、少女が細い指を走らせると、表面を覆っていたブロンズめいた色
合いの表皮が剥がれ、そのまま少女の傍らの蝶の文様を刺繍した着物に吸い込
まれる。同時に箱の中の塊はどろりと溶け、黒味を帯びた赤い液体に代わった。
「ありがとう」
 ぱたん、と、無造作に箱の蓋を閉めると、氷冴はにっこりと笑った。取っ付
きにくいと思われても仕方ないような年齢知らずの美貌が、その瞬間人懐っこ
いものに変わる。
「とりあえず、お疲れさま。助かったわ」
「うん」
 ようやくほっとしたように野枝実が頷き、晃一がにこりと笑う。それを等分
に見やって、氷冴はにこにこと言葉を継いだ。
「丁度良かったわね。今日くらい友久も戻ってくるし」
 恐らく、彼女にしたら、『そうなんだ間に合って良かった』くらいの台詞を
ある程度期待したのだろうと思う。そこまで行かなくても、うん、と頷くくら
いはするだろう、と。
 ……しかし。
「……え」
 眼をぱちくりさせた野枝実の表情に、氷冴のほうがきょとんとした。
「えって……野枝実ちゃん、あなた知らないの?」
「……知りません」
「連絡は?」
「全く」
 短い答えの後に、野枝実は少しだけ首を傾げた。
「……氷冴さんのところには、連絡来てるんですね」
「一応ね。今回の仕事、途中で長引くの判ったから……って」
「…………」

 ふっと表情を消したまま、無言の野枝実と。
 困ったようにそれを見上げる晃一と。
 やはり無言のまま、ただむやみにぱたんぱたんと尻尾を振る鬼李と。

「……ねえ氷冴さん!今日こっちにあたしお泊りしていいっ?!」
 何とも居心地の悪い沈黙を破ったのは夢見鳥だった。
「え、ええいいけど、でもまだ洗濯は」
「いいのいいの、ここで陰干ししといてくれたらいいの。また夢の仕事きそう
だし、その時はほら、ねえ」
 何がほらねえなんだか不明だが、氷冴はくすり、と笑った。
「いいわよ。預かるわ」
「……お願いします」
 ぺこり、と、頭を下げた野枝実の肩を、ぽん、と氷冴は叩いた。
「とりあえず、今日戻るわ。友久は」


時系列
------
 2008年7月頃

解説
----
 HA06Nの、夢魔氾濫のサイドストーリー。そして他の話に続く予定。
 夢魔の特性が、少しだけあらわになってます。

*********************************

 てなわけで。
 であであ。 
 
 



 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31700/31725.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage