[KATARIBE 31710] [HA06N] 小説『夏夜金魚』

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Date: Mon, 11 Aug 2008 00:08:07 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31710] [HA06N] 小説『夏夜金魚』
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2008年08月11日:00時08分07秒
Sub:[HA06N]小説『夏夜金魚』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
夏の風物詩……なのかこれ?
という気はしますが、とりあえずログから。
先輩に捧ぐ、なのかなあこの場合。

************************************
小説『夏夜金魚』
===============
登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :ヤク避け相羽の異名を持つ刑事。嫁にはダダ甘だったりする。

本文
----

 幸田文子さん。その生涯、極自然に着物で通した人。
 その娘さんの青木玉さんが、その着物についてのエッセイを書いている。夏
の絽や紗は、薄いから長襦袢が要る。だから家に帰ったら速攻で浴衣に着替え
る、と。
 その文庫本を読み返したら、何となく着てみたくなって。

「あれ」
 お帰りなさい、と、玄関まで出て行ったら、尚吾さんが目を丸くした。
「今日、なんかあったの?」
「え?ううん。ただ着てみただけだけど……変?」
「ううん、似あうよ」
 そう言ってふわっと笑ってる顔に、妙に安心した。


 昔の人は偉大だったなあ、と、こういう着物を着る度に思う。
 何といっても袖が邪魔。大した料理じゃないけど、お皿によそって出すまで
に手間がかかる。鮭の焼き浸し(というには味付けは南蛮漬け風なんだけど)
や蒸し茄子は、よそうのにそんなに大変じゃないからいいけれども、余った腰
紐でたすきがけしてようやく、皿洗いまで完了した。
「はい……冷たいお茶でいい?」
「うん」
 水羊羹と冷たくした緑茶。少しだけ砂糖を入れて冷やしたお茶は小さい頃に
よく母親が作っていたもので、今の時期ついつい作りたくなる。
「……なに?」
「うん、似あうよ」
 何だかずっとにこにこ見ているから……何というか、間が持たないというか、
もじもじしてしまうというか。
 とにかく何か、何か……ええと。
 あ。

「これね、身八つ口ってあるでしょ」 
 腕を上げて、脇のあたりを示す。小さい頃、どうしてここに穴があるんだろ
う、と、不思議だったけれど、実際に着てみるとこれが襟を直したり固定した
りするのに非常に役に立つ穴だったりする(長襦袢と重ねると、穴としては見
えなくなるし)。
「以前……なんか小説読んでて、そういう風に言うのかって思ったことがある」
「ふむ」 
「あのね、父と娘の会話なんだけど、お父さんが、娘に、その着物の身八つ口っ
て何の為にあるのかって言ったんだって」
 何時読んだ話だろう。もしかしたら小説ではなく、エッセイだったかもしれ
ない。
「娘は、無論、襟を直すため、自分の手が入るようにって言ったのね」 
 実際のところ、それを読んで、『ああその為にあの穴開いてるのかー』と思っ
たってのが本当だけど、しかし続きのほうがあってこそ、このことも憶えてい
るのかもしれない。
「そしたら父親が、『自分の手が入るなら、人の手も入る。お前はきっちり着
ているけれど、その手が入るように着る時も来る』って」 

 全体に、読み手は娘の立場で読む形になる文章だったし、自分も中学の頃、
つまり親と、そういう話が結びつかない時期に読んだせいもあるかもしれない
けれど、とにかくその一文はひどく生々しく見えた。

「……娘もすごくショックを受けたんだけど、読んでるあたしもショックだっ
たなあ」 
「へぇ」 
「……そういうもんなのかなあって……ね……」 

 今でも思い出すと、考えてしまう。
 父親の話し方が否定的だったり、気をつけなさいっていうならまだ判ったろ
うけど、どちらかというと『入る手を容認する娘を、やはり容認する』ように
読めたから。
 同じ男性として、尚吾さんはどう思うのかな、と思ったんだけど。

「まあ、いずれ誰かに取られる娘を思って、ってやつかな」 
 ふむ、と、考え込んだように言われた言葉。
「…………そう、なのかなあ」
 やっぱりそうなのかな、とは思うけど。
 
「……尚吾さんは、やっぱりわかる?」
 竜とはいえ、女の子の縹を、うんとこさ可愛がっている人だから、どうなの
かなあと思ったんだけど……返事はちょっとばっかり方向の違うところから戻っ
てきた。
「んー、どうかなあ、手いれてみたいなとか思うけどね」 

 …………ちょっとまて。

「…………あたしが中に入ってない時ならどうぞ」 
「……ちぇ」
「ちぇ、じゃなくってえ!」
 浴衣の袂を掴んで、ぱたぱた叩く。
「ごめんごめん」
 言いながら、まだ笑ってるんですけど……この人は。
「……男性がそういうこと思うのは、よっく判りましたけどっ」
 袂から手を離して、手を止める。くつくつ笑っていた尚吾さんは、小さく咳
払いをして……ふっと表情を変えた。
「だけど」
「はい?」
 急に真顔になるから、思わずこちらも身構えた……ら。
「……駄目?」
 ………………。
「だっ………」  
 尚吾さんはこちらを見ている。
「だ……だ、だめ……っとは」 
 駄目って言ったらって、思う。
 この人は本当にどんな顔するのかな、って。

 この人には駄目って言わないって、そう思ったのはいつからか判らない。で
も、もしそう言ってしまったら、この人は今みたいな顔をして『駄目?』って
訊かなくなる気がする。
 駄目って尋ねる時に、どこかで本当に『駄目とは言わない』って知っている
目。拒否しない、拒否されないって知ってる顔。
 今だって……

「…………何でそんな顔するんですかーっ」 
「え、ほら、いいじゃん」 
 そんな風に、笑いながら言うのが……妙にかなしくて。
「よくない、ですっ」 
 この人とずっと一緒に居る。
 いいじゃん、と言われるのも、確かに判るのだけど。
 だけど……

「ああ」
 ふ、と、手が頭に載った。
「ごめんごめん」 
 困ったような声で言われて初めて、自分が泣いていたことに気が付いた。
「言わないから、もう」
 ね、と、覗き込むようにこちらを見る顔は、声と同様困りきった顔で。
「真帆」
 引き寄せられて、肩口に額を押し付ける。
 尚更に涙がこぼれた。


 ずっと一緒に居る。
 何度も何度も抱きしめられている。
 慣れない自分が変だとも思う。おかしいんだろうとも思う。
 でも思いながら、慣れていいのかとどこかで思う。慣れてしまったら甘えに
なる、甘えたら申し訳ない、とやっぱりどこかで。
 そう思う自分がおかしいのか、駄目なのか。
 だけど

「真帆、ほんとごめん」
 困りきった声に顔を上げた。
「…………ごめんなさい」
「謝らなくていいって」
 何度も何度も頭を撫でる手。
「もう言わないから、ね」
 その言い方が、本当に困ってますって声で、何だかおかしくなって。
「……はい」
 つい笑ったら、尚吾さんはやっとほっとしたような顔になった。

「ねえ、真帆」
「…はい?」
「俺の浴衣どこだっけ」
「……え」
「一緒に外、散歩しない?」
「あ、はい……ええと」
 緩んだ手の中から立ち上がって、引き出しのところに行く。自分の浴衣を出
したついでに、尚吾さんのもどこにあるのかは確認していたから。
「はい、これ」
 うん、と頷くと、尚吾さんはにっと笑った。


 考えてみたら、今日は別に花火大会でもお祭りでもない。そういう日に二人
揃って浴衣って、確かにそれは目立つと思う、けど。
 コンビニの前、何人かの女の子が笑いながら何か歌っている。この曲は知っ
てる、と思う間もなく、そのうちの一人がこちらを見た。途端にきゃあ、とい
う声が聞こえる。流石にその内容まではわからないけれども、視線がどちらに
向いているかが判るから。
「……どしたん?」
「え、ううん」
 改めてこの人を見てみる。
 ざっと着た浴衣が様になってる。
(知ってるけど)
 ほんとに……女性にもてる人だよなあ。
「神社のほうに行こうか?」
「あ、はい……そっちのほうが涼しそうだよね」
「うん」
 外では手を繋がない。その約束を大概尚吾さんは守ってくれる。今も少しだ
け肩を押して、神社へ向かうようにしただけで。
 とん、と触れた手に……おかしいけれどもほっとした。
 
 細い坂を上った途中に、その神社はある。
 そんなに風があるとは思わないのに、ここに来るとざあ、と、木々が揺れる
音がする気がする。多分夜目にも密集しているのが判る木々のせいじゃないか
と思うけど。
 鳥居から一歩二歩、と入ったところで止まる。灯りの無いその中で、少し夜
に目を慣らす。さらさらと木々が動く気配。

「……あれ」 
 着物の袖の、肘の辺りに、ひらりと何かが翻った。
「ん?」
 尚吾さんが反応する、ということは。
「……じゃ、見間違いじゃないんだ」
 ひらりひらり、と、幾つもの小さなものが翻る。
 よくよく見ると、それは小さな紅い金魚みたいな魚で、それが浴衣の袖の辺
りを突付いては離れてゆく。
 小さな金魚は、ほんわりと金色の光を纏っている。

「……なんか今日は、夏祭りっぽいね」
 光魚。何度も何度も見たことのあるこの魚たちは、大概は青味を帯びた色合
いをしている。魚自体もっと大きい。
 丁度金魚すくいの紅い金魚くらいのその光魚を、袂の裾を摘んでくるみこむ。
 袖の藍の色の中で、紅い金魚はゆらゆらと留まった。
「こうしてみてる分には……華やかかもしれないね」 
「うん」
 泳いでくる金魚たちのほうに、尚吾さんは手を伸ばす。その指の間から、す
るりと金魚たちが逃げた。
「ほら」 
 そっと袂を開く。それでも手の上に乗せた袖のまたその上で、金魚はふよふ
よと漂っている。
「……ホント好かれるよね、真帆は」 
「あー……確かに、こういう子達には好かれるかも」 
 何といってもベタ達で慣れているし。
 そろっと袖を引っ張り、手の上から落とす。それでも紅い金魚は手の上の少
し上に、ふよふよと漂っている。
「俺はこいつらにはあんま好かれてないね」 
 苦笑して、尚吾さんが言う。けど。
「そうかなあ……そう?」 
 紅い金魚の乗った手を、そろっと尚吾さんの手の上へと動かす。
「大丈夫じゃないかな」
 その手をそっと引くと、金魚だけが尚吾さんの手の上で、ゆらゆらと尾びれ
を動かしている。思ったとおり金魚はそのまま動かなかった。
「ね」
 少しだけ笑って、尚吾さんは手の上を見ている。

 気が付くとさっき通り過ぎたと見えた金魚たちが戻ってきている。紺の浴衣
の周りに金魚の群れがいつの間にか泳いでいて。
 まるで。
「ほんとに、模様みたい」 
「うん」 
 じっと見ていた掌の上の金魚から目を逸らして、そして尚吾さんは周りを漂
う金魚達に気が付いたように、少し笑った。
「綺麗だね」 
 丁度手の辺りに来た金魚をまた手に受けて、そのまま空へと放つ。
 紅い小さな色が、つい、と空に向けて流れてゆく。
「花みたい」 
「……そうだね」 
 視線を上げて見送る尚吾さんを見て、ふと、気が付いた。
 この人は相変わらず。
「……尚吾さんって」
 全くこういう不思議には縁がなさそう、なのに。
「驚かない、よね」 
「そうだね」   
 まるで今気が付いた、とでも言いたげな顔で、尚吾さんが応える。

 最初にベタ達が出てきた時も、この人は驚かなかったような記憶がある。
 そもそも最初に光魚を見た時も、空に落ちた時も。

「なんだろうね、驚いてはいるんだけど……適応力高いのかね」
 自分でも不思議そうに言うから、少しおかしかったけど。 
「でも、驚かない人で、ほんと良かった」 
 さらさらと小さな金魚達が周りを泳いでゆく。
「驚く人なら、そもそも」 
「そうだね、こうして一緒にいなかった」 
 言いかけた言葉を引き取ってそう言うと、尚吾さんは笑った。
「そう考えると……すごい不思議」 
 本当に。
 この人が驚かない人でよかったと思う。
 何一つ、この人の前で隠さなくて良かったと思う。

 ふと気が付くと、金魚達は広い境内の中に一面散らばっている。暗闇の中、
それでも小さな魚達は柔らかな金粉のような光を放っていて、それがとても綺
麗に見えた。

 ふと、思い出す。
 昔、はつみに言ったこと。いつかあたしが流れを起こす、と。いつか光魚を
進ませる、その流れを作ってみせる、と。
 そんなことは今でも……出来てないかもしれないけど。
 でも。
 
 目を閉じて、念じてみる。
 あちこちに散った小さな金魚達。
(集れ)
 脳内に淡い輝点が浮かぶ。
(こちらに集れ)
 輝点はすう、と滑らかに集ってくる。

 うわ、と、小さく呟く声に目を開くと、金魚達が戻ってきていた。袖の辺り、
絞りの模様をなぞるように浮かび上がっては、花火のように跳ね上がる。
「わあっ」
 呼んだら来てくれる。こういのは初めてだったから思わず手を打った。
「……魚花火」 
「あ、ほんとだ、似てる」 
 袖の辺りがほわほわと光っているから、余計に。

 ゆらゆらと金魚達が泳ぐ。
 微かに光っている。
 その光はほんのりと、全身を包んでゆくように見える。
 闇の中、その光は不思議と懐かしい気がした。

「………真帆」 
 ふっと、指先に何かが触れた。
「はい?」
 触れた手を少し開いて、伸びてきた手を包む。多分、手を繋がないって約束
を、この人は守ろうとしてくれているから。
「……ん、なんとなく……真帆が遠くにいきそうな気がしたから」 

 ほんの少し怯えたような目が、こちらを見ている。
 だから。

「どこにもいかないよ」 
 魚は異界の象徴のように思う。少なくともあたしにとっては、異界はこの小
さな魚達と一緒に現れる。
 だから。
「大丈夫です」 
 もう一度手を広げて、できるだけしっかりと手を繋ぐ。
「うん」 

 多分、もし、あたしが本当にあちらの世界に引き込まれたら、多分この人は
ついてきてくれるだろう。
 だからこそ、あたしはここに留まる。
 この人の居る、この世界にこそ留まる。


 袂から打ち上がる音の無い花火のように、紅金の金魚達がふわりと宙に舞う。
 手を繋いだまま、二人でそれを見ている。

 ざわさわと木々が鳴る。
 いつの間にかあたし達まで、柔らかな粉のような光にまみれている。

 繋いだ手に、力が篭められる。
 あたしをこの世に留める、たった一つの手。



時系列
------
 2008年7月末から8月初め

解説
----
 相羽家に於ける夏の風物詩……と言っちゃっていいかどうか……。

***************************************

 てなわけで。
 であであ。


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