[KATARIBE 31699] [HA06N] 小説『銀兎唐草』

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Date: Wed, 30 Jul 2008 00:18:15 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31699] [HA06N] 小説『銀兎唐草』
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2008年07月30日:00時18分15秒
Sub:[HA06N]小説『銀兎唐草』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ちょと書いてみました。
そしてちょとじゃなくて微妙に長いです(滅)

*********************
小説『銀兎唐草』
===============
登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :ヤク避け相羽の異名を持つ刑事。嫁にはダダ甘だったりする。
 銀鏡 栄(しろみ・さかえ)
     :県警零課の一員。主に戦力勧誘、交渉を請け負う。


本文
----

 全国主要都市に警備の敷かれた約一週間。
 しかし、そういう時でも事件は起こるし、放置すれば事件に至るような兆し
もある。
 従って。
「あ、真帆さん?」
 県警、零課。
 クーラーを動かしてはいない筈なのに、ひんやりとした空気が満ちている部
屋に、受話器を握った少女がいる。濡れたような艶のある黒髪に黒の紗の着物。
白い顔に皮肉げな表情を浮かべた少女は、まだ幼く見える容姿とは裏腹の、大
人びた声で話しかけている。
「はい、銀鏡です……いや、大したことじゃないんですけどね。大根や胡瓜、
お好きですか?」
 受話器の向こうから、不思議そうな声が聞こえてくる。疑問符一杯の、しか
し肯定する声を聴いて、少女はにっと笑った。
「ええっとですね、そしたら……ええ、県警から暫く行って……」
 宙に図を描きながら説明する。黒い袂がひらりと揺れた。
「ええ、その先に、有機栽培の農家が出してる野菜の路上販売があるんですよ。
安いし美味しい。お勧めです」
 不思議そうな声は、けれどもそれ以上問い詰めることをしない。幾つかの挨
拶の後に、ちん、と切れた電話を見て、少女はくく、と笑った。
「……後は頼んだわ。小玄武」
 
             **

 サミット前から続く警備のせいで、尚吾さん……というより県警の皆は、い
つもとはかなり異なる時間帯で動いていた。元々超過勤務が普通だけど、それ
にしても。
 だからそんな日にかかってきた銀鏡さんからの電話は、それ自体かなり異常
であるように思えた。まだこの前の『仕事を流さない一ヶ月間』終了から数日
である。余程急ぎの仕事か何か、だと思ったのだけど。
『大根や胡瓜、お好きですか?』
 胡瓜、と聴いた途端、我が家の胡瓜大好きっ子、こと縹がぢたばたと足踏み
をはじめた。電話の時に声が聞こえたら駄目、と、本人(本竜?)も知ってい
るから声は出さないが、これはもう完全に「食べたいの食べたいの」の意思表
示である。
『お勧めです』
 二日ぶりに尚吾さんは帰ってくる。大根と胡瓜の美味しいのがあったら、サ
ラダが作れるし大根おろしだったらなんにでも合うし……と思うと、確かに電
話のお勧め話に従うしかないのだけど。
(でも、多分、それだけじゃないと思う)
 銀鏡さんの判断は信頼できると思う。もし彼女が何かを伏せているなら、伏
せていたほうがあたしに有利なのだろうとも。
 それでも。
「……虎穴だって一言言ってくれてもいいのにね」
 ついついぼやくと、足元の小さな竜が、きゅ、と小さく鳴いて首を傾げた。


 7月初め、まだ梅雨は明けていないというのに、日差しはすっかり夏のもの
に変わっている。
「ええと……ここの、郵便局から曲がって」
 籠の中には縹が居る。お留守番ね、と言ったら両手両足をばたばたさせて抵
抗されたので、連れてきてしまったのだけど。
「……暑くない、だいじょぶ?」
「きゅ」
 道を曲がると、車が一台通るのも難しそうな細い路地、灰色のブロック塀と
その上からのしかかるように伸びている木の枝。
「……ここでいいのかなあ」
 流石に暑くて、雨傘兼用の日傘を差して歩く。明るい紺の色にざくざくと花
の絵が描かれた傘は、何故か縹のお気に入りで、今日も籠の中から嬉しそうに
見上げてくる。
「暑いね」
「きゅ」
 紺の地の布越しの光は、確かに暴力的な熱をかなり和らげている。紫外線カッ
トだの何だのというのがどの程度本当だろう、と、傘の中、手を差し伸べてみ
る。
 そのせいで、気が付くのが遅れたのだ。

「わ」
「あ、す、すみませんっ」
 ぶつかりはしなかったものの、目の前の少女は、慌てて枉げていた上半身を
伸ばした。
「いえ、こちらも、探し物してたので」
 まだ10代、多分高校生。丁度膝丈の袖なしのワンピースがよく似合ってい
る。
「探し物、ですか?」
「あ、はい、飾りピン落としちゃって」
 ワンピースの肩の、細い紐の付け根辺りを示す。レース地なのでぱっと見に
は判らなかったが、そうやって示されると、確かにピンが刺さっていたような
穴が二つ並んでいる。
「どんなのですか?」
「あの……銀の兎と唐草に、翡翠がくっついてるんですけど」
「翡翠ってことは……緑の」
「あ、はい」
 全体に白っぽいこの路地なら、そういう色はよく目立つと思うのだけど。
「落としたの、ここら辺なんですか?」
「あ、はい……ほんとどこにいっちゃったんだろ」
 困った顔のまま、彼女は一所懸命その飾りピンを探している。
「おばあちゃんに見せるのに……」
「今からお出かけなんですか?」
「はい。おばあちゃんから貰ったピンだから、付けて見せようって思ったのに、
どうしたんだろう、ほんとに……」
 半泣きの顔でそう言われると、探すのを手伝わないわけにはいかない。本腰
を入れて探そう、とした矢先に。
「……え」
 足元に黒く落ちた影の中に、影の色をした亀が居る。丁度両手を合わせた上
に乗っかるくらいの大きさの黒っぽい甲羅には、白い、少し太めの縄のような
ものが絡み付いている。首はベージュ色、幾重にも皺が刻み込まれている。
 そしてその口元に、銀と翠があった。

 何となく、ああそうかと思った。
 元々銀鏡さんからの依頼だ。元々何かがあるだろうとは思っていたので、慌
てはしなかったけど。
 手を伸ばして、亀の口元に差し出す。亀はぱかっと口を開いて、銀と翠の飾
りピンを手の上に落とした。
「あの、すみません」
「はい?」
「これですか、ピンって」
 手の上に乗ったピンは細長い。身体を伸ばした兎を唐草模様が囲んでいる。
兎の目と唐草の要所要所にはめ込まれた翡翠は、小粒だが如何にも良質の翠色
を示している。
「そう、これなんです!うわあ、ありがとうございます!」
 嬉しそうにしながら、少女はピンを胸元に留める。
「ああよかったあ」
 嬉しそうににこにこ笑う彼女の視線は、ごく普通にあたしに向かう。
 その視線で気が付いた。
 彼女には、あたしの足元の亀は見えていない。

「有難うございます!」
「いえ、良かったです見つかって。古い……骨董品なんじゃないですか、それ」
「ええ。おばあちゃんのお母さんが、若い時に貰ったんだって。今じゃ無いデ
ザインなんだよって自慢されました」
 確かに、兎と唐草の全体的なデザインは、欧州のアンティークのブローチを
思わせたが、兎の顔や唐草の印象は、完全に和風である。
「ああ、じゃ、ほんとに良かった」
「ほんとに良かったあ」
 あはは、と、少女は笑うと、もう一度ぺこり、と勢い良く頭を下げた。
「ありがとうございましたっ!」
 そのまま生成りのドレスの裾を翻すようにして走ってゆく。二歩、三歩。
はじけるように白い陽光の中で、その動きは不思議にゆっくりとして見えた。
 そして四歩目に、彼女はふっと溶けるように消えた。


 予期は、していたと思う。
 それでも後頭部を殴られるような感覚は消えるものじゃない。

「……やっぱり、そうだったんだ」
「そうなるね」
 穏やかな男性の声は、足元から聞こえた。
「貴方は、銀鏡さんの関係者?」
「関係者……まあ、関係はあるね」
 黒っぽい甲羅と、その周りの白い縄のようなもの。日傘を地面に置いて手を
差し出すと、その亀はゆっくりとその上に乗っかった。
「はじめまして」
 こくり、と首を大きく振って頷きながら言う。
「……ええと、はじめまして……あの?」
「小玄武、と栄は呼んでいるよ」
 さかえ……と言われて、そういえば銀鏡さんの名前が栄さんだっけ、と、思
い出す。栄と呼ばれると、えらく印象が違うけど。
「玄武、ですか」
「そう」
 頷くのと同時に、甲羅の周りの白い縄の先もゆらゆらと揺れる。よく見ると
それは紅い目を持つ蛇の頭で、こちらを見ながらこくこくと頷いているのだ。
「あ……成程」
 思わず呟くと、紅い蛇の目と黒い亀の目が、同時に細められた。

「それで……これだけで良かったんでしょうか」
「いや、これからなんだ」
「へ?」
 両手で捧げ持っている小玄武の言葉に首を傾げていると、不意に二本の首が
動いた。
 あたしの後方、斜め左のほうを見る。
 小さな溜息。そしてその溜息に反応したように、尖った声が聞こえた。

「……なぜあの子に渡したのです」
「まだ、許せませんかな」
 
 振り返った先に居たのは、地味な色合いの着物を着た女性だった。
 地味なんだけど、布の質感が凄い。多分かなり上質のものだ、と、見ただけ
でよく判る。化粧はしているけど今のものじゃないし、髪型も完全に着物用の
ものというか、何ていうんだろうこの髪型……って。

「あれは、私のものであるべきなのです」
 美人か美人で無いかといえば、今の時代の美人からは少し外れていると思う。
ただ、何よりも上品というか、育ちが良いのだろう、そういう雰囲気が溢れて
いる。年齢は確実にあたしよりも上、恨めしげな目をしつつ、それでも声も表
情も美しかった。

「貴方のご主人が買ったものを、誰にあげようが勝手でしょう」
「あれだけの品を、妻に渡さない宅がおかしいのです」
 それはまあ、確かに自分じゃなくて他の女性にあげたら、それは嫌かもしれ
ない、とは思ったけれども。
「子供よりも若い娘に渡すなど……何故私にではなく!」
「そりゃあそうでしょう」
 呆れたような声が紡いだ次の言葉に、思わずこちらの目が点になった。
「貴方の息子の嫁にあげたんじゃないですか」

 ……いやちょっと待ってくれ。
 要するにそれって……嫁いびり?

「それでもあれだけの品を、わが家の女主人以外に渡す。そのこと自体がおか
しいのです」
 きりっとした白い顔。知らないうちは凛として見えた顔が、すっかりと狂っ
たように見えてきた。
「おかしいというなら貴方こそおかしい」
 手の上の玄武は、淡々と言う。責めるというよりも単なる事実を告げるよう
に。
「そのせいで貴方は息子夫婦とすっかり折り合いが悪くなり、優秀だった彼は
家族ごと帝都に出て行ったのでしょう」
「……息子は」
「貴方はずっと許さなかった。あの品が世に出ていない……隠されているうち
は、それ以上のことはしなかったようだが、あれを身に着けた途端」
「許せないからです」
 淡々とした声が、微かに震えた。

 何となく、自分がここに呼ばれた理由がわかった気がした。
 彼女はもう、かなり悪質な霊になっているのではないだろうか。

「流石の貴方も、孫娘が使っている間は祟ろうとはしなかったようだが」
「当たり前です」
 声が落ち着いたものになった。
「あの孫はわが家の血筋。確かに半分はあの女の血ですが、あとの半分は我が
息子のもの。それならば」
 まだ許す、とでも言うように、彼女はすっと顔を上げた。
 そこに。
「……先程の少女は、その孫なんだが」
 ぼそり、と、水に石を投げるようなその声に。
 彼女は、ぴたりと動きを止めた。


「貴方の孫のその孫。祖母……貴方の孫に飾りピンを貰って、それを飾って見
せようと出かけた時に」
「あれはわたくしのものです」
「貴方の孫も、確かに母親が亡くなった時に付けていたものだとは言え、自分
の時には全く害が無かったのだもの、それは疑うわけがない」
「あれはわたくしのものです」
 白く、凍ったような表情の中、唯一紅で彩られた唇が動いて、言葉を紡ぐ。
 辛くなるほど……哀しい言葉だった。

 あれはわたくしのものです
 あれはわたくしのものです
 あれはわたくしのもノデス
 あれはわたくしノモノデス
 あれはわタクシノモノデス
 あレハワ

「貴方が、殺したんだね」
 手の上の小さな玄武の言葉が、壊れたように繰り返されるその言葉を止めた。

 何の表情も、その白い顔には浮かんでいなかった。
 悪霊と成る、そのこと自体、何かが壊れたせいだと思う。だけど今、彼女の
中の、その壊れたまま彼女を保たせていた何かが、ぼきっと折れた……そんな
感じがした。

「これが、欲しかったのだろう」
 よいしょ、と、あたしの手の上で、小玄武はちょっとだけ身をずらす。腹の
下から、先程女の子が持っていったと同じ、翠と銀の細い飾りピンが現れた。
「これが、貴方は欲しかったのだろう」
 取りなさい、と促す言葉に、女はそれでも動かなかった。
「どうしても、欲しかったのだろう」
 黒い亀の目と紅い蛇の目。その二つがしんとして女を見据えている。
「欲しかったのだろう……貴方の玄孫よりも」
 かすれるような音がした。
 一瞬、蛇か何かが這っているのかと思った。そんな音だった。
 次の瞬間、その音は悲鳴へと変わった。

 それはやっぱり人の声から少し離れたような音だった。
 銀の呼子笛を思い切り吹いたら、最後に音が割れてしまったような音だった。

 あれはわたくしのものです
 あれはわたくしのものです
 あれはわたくしのもノデス
 あれはわたくしノモノデス
 あれはわタクシノモノデス 

 高く一本調子な声は、通りを白茶けた色に彩る陽光によく似ていた。


(真帆さん)
 ふと、声が届いた。耳にではない、頭の中に直接。
(私は彼女を捕らえるから)
 皺だらけの前足を少し前に突き出し、手から飛び降りるように亀の頭を伸ば
している。紅い蛇の目と、その頭が、甲羅の後ろからすう、と伸びた。
(私が彼女を捕らえたら、貴方は彼女から離れて欲しい)
 穏やかな黒い眼がこちらを見、一つ頷いた。
 そしてそのまま、手の上の亀は、手から飛び降りた。

 スローモーションのように、その光景ははっきりと見えた。
 甲羅の上に茎のように……それでも30cmくらいの……首が、すう、と幾
重にも分かれて伸びた。空中を落ちるというより風に滑るように乗っていた彼
は、そのまま女へと、分かれた首を伸ばした。
 まるで、網か何かのように。

 蜘蛛の巣が包むように小玄武が彼女を包んだ瞬間、一歩後ろに下がった。
 そのまま彼女は網の中で、透き通ってゆく。
 笛のような高い声が、本当に壊れた笛のように、単一の音になって。

 そして。

 とん、と、小さな玄武が地上に降りた。
 そこにはもう、何も見えなかった。

              **

 黒い甲羅を取り巻く白い蛇体が、奇妙に光っている。
「このピンは……どうしますか」
 一体どこをどうやったのか、彼(だと思う)が手から離れた後には、さっき
女の子が持っていった筈の飾りピンが残っていた。
「ああ、それ。差し上げますよ」
 ……ってこら。
「あんな悪質っぽい人に祟られているものをですか?」
「あの人はもう、封じましたからね。それに」
 白い蛇体の、紅い目は今は閉じられている。代わりに黒い亀の目がこちらを
見上げてきろりと動いた。
「貴方なら、彼女が出てきたところで……所詮は貴方より力の弱い、女性でし
かないでしょう?」
 ……なんかそういう問題ではないと思うのはあたしだけだろうか。

 動けないと言うから、あたしは彼を手の上に乗せた。
「もしかして、それもあるから私を呼んだんですか?」
「栄にしたらそうかもしれない」
 しれっと言われると、なんかこう、むっとするんですが。
「貴方は、銀鏡さんの……どういう関係者なんですか」
 早く帰らないと、と言うと、まず野菜を買ってきなさいと言う。籠の中でお
となしく(多少怖かったのだろうとは思う)縹が、ちたぱたと足踏みをするの
で見やると、足踏みと一緒にうんうんと頷いている。とりあえず両手で彼を持っ
ていては日傘も差せないので、縹と一緒に籠の中に入ってもらうことにする。
縹のほうは非常に不満げな顔をしたが、非常事態であることは判ったらしく、
しぶしぶ頷いた。
「そう……彼女の一部といえば一部、他人といえば他人かね」
「煙に巻くような答えですね」
「そういう意図は無いんだが」
 そうなるのかな、と、籠の中から笑い声が聞える。
「……まあ……いいですけど」
 仕事を貰う。それだけの相手なのだ。
「いいのかね」
「……詳しく知ると、何だか仕事が増加しそうで」
 くくく、と、喉の奥で転がるような笑い声が聞えた。
「その判断はかなり近いよ」
「あ、やっぱり」
「貴方のような異能は、珍しいからね」
「……改めて言われると、ちょっと滅入りますね」
 
(真帆しかできないことがあるから……反対してる)
 そう、言われたのはつい最近のことだ。

「一般の霊能者だと、本人だけに作用する場合が多いんでね」
 籠の中から、穏やかな声が告げる。
「他人にも見えるってのは相当変わっている」
「はあ」
「ついでに、悪霊が元の人間に戻るってのが、かなり味噌だし」
「…………今回は、それを見込まれましたね」
「そのとおり」
 その答えに溜息をつきながら、角を曲がる。教えてもらった道筋どおり、歩
いたその角のところに。
 ベニヤ板を適当に打ちつけて、作ったテーブルと、その上に乗っかった野菜。
 そしてその横に、にっこりと笑って立っている……着物姿の少女。


 漆黒の絽の着物。
 絽の布は、半ば透けるように薄い。だから一般にその下にきちんと長襦袢な
り何なりをつけている。つまりがとこ、普通の夏の洋服より格段に暑い。
 が、お河童の髪の少女は、微塵もそんな風に見えなかった。白い顔は、何か
塗ってるのかってくらい白いし、額にも首筋にも、汗の気配すら無い。
「小玄武を、ありがとうございました」
 つい、と伸ばした手も、やっぱり白くて細い。
「いえ」
 籠から取り出して手渡すと、少女はくくっと笑った。少し釣り上がり気味の
目も、紅を塗っていないのに紅い口元も、まるで本当に、極上の人形が動いて
いるように見える。
 共通点は、そんなにはない。
 だけど。
「……あの」
「はい?」
 ベニヤ板のテーブルの上に小玄武を置いて、少女はテーブルの上の胡瓜やト
マトを集めている。視線がそちらに向いていたからこそ、訊けたことかもしれ
ない。
「あの、銀鏡さんですか」
 語尾が質問になっていなかったのは、多少自覚している。

           **

 大根に胡瓜、そして取れたてのトマト。さやいんげんに茄子。
 どさっと入った上に、縹が鎮座している。

(はい、そうなんです)
 少し釣りあがり目の漆黒の目を細めて。
(お仕事、有難うございました)
 紅を刷いたような唇をにっと曲げて。
(お給料出せないので、せめてこちらでと思って)
 良く熟れた野菜を差し出して。

 
 つまり。
 最初に出会った少女は、事故で亡くなったのだという。
 その原因は、彼女が胸につけていた飾りピン。原因を探っていた零課の人が
頭を抱えるほどの怨念。
 その背景については、小玄武が言ったとおり。但し、ここで問題が起きた。
 そうやって亡くなった少女もまた、その飾りピンを探し出した、というのだ。

「そのまま放っておけば、多分あの子も地縛霊となるかもしれない。今なら、
彼女が現れるのは、その亡くなった日だけ。……なんですけど」
「今年はサミットのせいで、他に手を貸せる人が居なかった」
「はい正解」
 頭が痛いです。
「それに、もともとの……その元凶の奥様のほうも、かなり凶悪だったんで、
出来れば人間に戻って説得を受け入れて欲しいなあと思いまして」
「……そっちは説得されたというか何と言うか」
「いえ、今回、小玄武がちゃんと言えたでしょう。あの子は貴方の玄孫だって。
そこまで言う前に、毎度暴発してたみたいですから」
「うわあ」
 にこっと笑うと、少女は胡瓜を袋に入れた。
「あ、飾りピン。これ」
「ああ、それ」
 少女は目をぱちくりさせて、手に乗せた飾りピンを見たが、
「貰っといて下さい」
 とあっさり言った。
「……あの、危険じゃないんですか」
「危険は無いですよ」
「だって、その……大本の悪霊の女性はともかく、お孫さんのお孫さんも探し
てたんでしょう?」
「あれ、小玄武は渡しましたでしょ?」
「……あれ、一体何なんです?」
 まあ、話の流れからすれば当たり前の問いかけだったと思うのだけれど、返
事はなかなかこなかった。
「…………うーん、何ていったらいいのか」
 説明したくない、というより、純粋に説明に困っている顔で、少女は首を傾
げた。
「何というか……モノって、死んだ時に、たとえ墓に入れても持ってゆけるも
のじゃないでしょ?」
「それはそうですね」
「でも、彼女は何かを受け取って、満足して消えた。そういう……モノの中に
ある、彼女の思い入れやおばあさんへの愛情みたいなものが形になったもので
すよ」
「……つまり、モノに宿ってる想いのようなもの?」
「ええ。だから、そこには、少なくとも彼女の念は残ってません」
「…………」
「それにね」
 くすり、と笑うと、少女は少し釣り上がり気味の目を細めた。
「大本のあの人も、流石に少しは懲りたと思うから……もう出ませんよ」
「だけど」
「貴方が持っていてくれたほうが、有難いんです。安全だし」
「……そうかなあ」
「ええ」
 恐らく何か山ほど隠しているものがありそうだな、と思う口調では、あった
けれども。
「…………判りました」
 何となく、彼女は信頼できると思ったから。
 頷くと、少女はにっこりと笑った。
「じゃ、あとはこの野菜……中の雨の竜さんは大丈夫ですか?」
「え?」
「小玄武が一緒に居たんですから、判りますよ」
 きゅ、と、その声に応じるように、ぽわぽわの頭の上の鬣が籠の縁から見え
た。
「綺麗な青い竜ですね」
 笑うと、少女は残っていた胡瓜をぽきっと折って、小さいほうを縹に手渡し
た。
「また宜しく」
「きゅ」
 意味が判っているのか何なのか、両手で胡瓜を掴んだ縹は、えらく厳粛な顔
をして頷いた。

             **

 それだけの、ことだったのだけど。
「…………」
 サミットの警護が終わり、一休みの日の、午後。
 尚吾さんは新聞を読んでいる。
 頭の上には、赤と青のベタ。

 単純に。
 あたしが仕事を請け負ったと聴くと、この人はとてもとても心配するだろう
と思う。それも、ある意味では銀鏡さんの『正式ではない仕事』なんだし……
何というか、多分、内容がどうこう以前に、そこにひっかかって怒りそうで。
 でも……あの飾りピンのことがあるし。見つかったらやっぱり理由を言わな
いと、下手に嘘ついても絶対ばれるし。

 尚吾さんは、のんびりと新聞を読んでいる。
 傍らに置いた麦茶のグラスは、すっかり汗をかいている。

「…………尚吾さん」 
「ん?」 
 とりあえず呼びかけると、尚吾さんは新聞から目をあげないまま、それでも
律儀に返事を返してきた。
「……あ……んと」 
 ……ええと、まあ、銀鏡さんからの話というのは除いて話したほうが良さそ
うだと判断。
「あ、いや、この前……多分、また、幽霊みたいな子と会っちゃった」
「え?」 
 反応は、あたしの予想以上だった。
 がさり、と、手をかけていた新聞が鳴る。こちらを向いた顔は、ちょっと驚
くくらい真剣な表情をしていた。
「あ、いや、多分凄く嬉しそうにして行っちゃったから大丈夫」 
 いや、反応があるとは思ってたけど……ここまで激烈だとは思わなかったか
ら、思わずうろたえてしまったけど。
「……そう、なら、いいけど」 
 新聞から手を離し、尚吾さんの手が伸びる。ぎゅ、と、あたしの片手を捉え
た。
「…………え?」 
「……何もなかったなら……いいけど」
「全然!……いや、通りがかったら、飾りピン探してる子が居て、それを渡し
たら喜んで行っちゃった」 
 物凄く心配です、と、顔中に書いてある気がしたから慌ててそれだけ言って、
あ、これじゃちゃんとした説明になってないかもしれない、と思った。
「そんで……多分、彼女が持っていったのは、その、ピンの……何ていうか、
想いみたいなものらしくて」
 それで残ったのが、これ、と示すと、尚吾さんは暫くじっと睨むようにピン
を見ていた。
「……大丈夫なの?」
「うん、それは」
 この場合、銀鏡さんの言葉を信頼するしかないけど、彼女は嘘をついてない
と思うし。
「そっか」
 ふわん、と手が伸びて、頬を撫でる。
「それならいい」
 片手はあたしの手を握ったまま。何時の間にかすぐ傍に顔があって。
「……そ、そんなに心配しなくても……」 
「だって心配だよ、こないだみたいな件があったからさ」 
 それを言われると、困るけど。
「それはそうなんだけど……多分、相手も、蘇ってるって気が付いてなかったっ
ぽいし」 
「うん」 
「多分、あたしが気が付いてないと、大概相手も自分が生き返ってることに気
が付いてないんじゃないかな」 
「それなら、うん、心配なさそうだけど」 
 この前のことを言われると、胸が痛い。
 手伝うと言っておきながら、結局心配と迷惑しかかけていなかった気がする。
 そして今回も……もし、この人、全部のことを知ったらやっぱり心配するよ
うな気がする。
 だから。
「……心配かけて、ごめんなさい」 
「いいよ」 
 頬を撫でていた手が、顎に廻る。
「……大丈夫なら、ね」
 ふわり、と、頬に触れた感触。

             **

「良かったのかね」
「仕方ないわ。本当に手が足りなかったのだもの」
 ふん、と、鼻を鳴らして少女が言い切る。
「あの彼女は、まだ自分の命日にしか出てこないし、あれを逃すと、また一年
待つことになるし、そうすると」
「ああ判ってる判ってる」
 どうやら一旦封じた女性を、他に移したらしい。蛇の紅い目が一度まばたき
をした。
「そうじゃなくて、あの飾りピンだよ」
「まあ、全く何もないだろう、と断言するのは難しいけど」
「……おい」
「まあでも、かなり『何にも無い』に近いと思うわよ?」
「何だか玉虫色の返答で」
「なんにせよ、こちらで下手に保管するより、彼女が持っていたほうが浄化さ
れるわよ」
 お河童の髪の毛を振りたてて言い切った少女に、今度は亀の目が不思議そう
に細められた。
「彼女にはそんな異能もあったっけ?」
「厳密には無いけど、どうしてか真帆さんは、あやかし達に好かれるから」

 本当は、三重に危険だったのだ。
 本家の妻の、あのどうしようもないほどの執着と。
 まだ若かった少女の、無邪気ながらやはり危険な執着と。
 そして……あの飾りピン自体が変化する可能性。

「器物百年、凝ってあやかしとなる……じゃないけど、それなりに危険だった
し、そういう意味ではろくでもない先達がくっついていたようなものじゃない。
それよりか、真帆さんの近くに居た方がどれだけいいか」
「……それはそうかもしれないが」
 現在既に、悪しきモノになっていたらどうする。そう言いたげな小玄武のほ
うを見ると、彼女はからからと笑った。
「大丈夫大丈夫。真帆さんには最大の守護者が居るじゃない」
「…………諸刃の剣だと思うぞ。特にあんたには」
「ま、それくらいならね」

 あでやかに笑った少女は、白い指をひらひらと動かした。

「何とでもなるわ」

 ふん、と、二つの頭が同時に鼻を鳴らした。


時系列
------
 2008年7月上旬

解説
----
 サミット前、あちこちで手薄になった時の、零課の行動。

*********************************************

 てなもんです。

 兎については、こういうデザインの、どっかで見た覚えがあるんですが
唐草は無かったよなあ……

 というわけで。であであ。
 
 



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