[KATARIBE 31691] [HA06N] 小説『時効前・8』

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Date: Sun,  6 Jul 2008 01:30:06 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31691] [HA06N] 小説『時効前・8』
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2008年07月06日:01時30分06秒
Sub:[HA06N]小説『時効前・8』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
何とか終わりました。
長かったです(ぐったり)

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小説『時効前・8』
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登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)


本文
----

 そして結局……結末までは早かった、と言える。
 そういう意味では新聞も役に立ったと言えるのだろうか、と、銀鏡は言った
そうである。
 流石に……苦虫を噛み潰したような顔で。

          **

「真帆!」
 鍵を開ける間ももどかしいくらいの勢いで玄関が開く。
「あ、おかえりな」
「熱があるって?!……どうして寝てないの!」
 風呂の掃除を終えて、湯を張り出したところだった真帆は、目を白黒させた。
「ほら、熱下がってないし……」
 ぎゅっと抱き締めた片腕をほどき、額に当てる。相羽は改めて顔をしかめた。
「え、何で知ってるの?」
「寝てなさいって」
「あ、でも……ご飯できてるよ」
 今ひとつ噛み合っていない会話である。
「だから、何で」
「朝も昼もご飯作らなかったから」
 はぁ、と、真帆の肩の上で溜息をついて、そのまま顔を押し付ける。首の辺
りに当たる髪の毛が、ひんやりと心地よかった。
「……食べるから、ね」
 寝ててよ、と、困ったように言う顔に頷きかけて、真帆はぐ、と動きを止め
た。
「真帆?」
「……どうなった?」
 相羽が帰ってきているということ。犯人の名前も判ったこの時点で、それが
可能だとするならば、ちゃんと犯人は捕まり、ある程度のけりがついた、とい
うことだと真帆にもわかるのだが。
「それとも……訊いたら、駄目なの?」
 はぁ、と、返事の前に、もう一度の溜息が先立った。
「ちゃんと話すから……ほら、横になってて」
「あ、でも、ご飯、よそわないと」
「それくらいはやるから、ね?」
 だからせめて横になってて、と哀願するように言われて、真帆はこくりと頷
いた。
「話すから。全部。だから」
 最後に一度頭を撫でて、ようやく彼は手を離した。

           **

 名前が判ってしまえば、話は早かったという。
「新聞、その人も読んだんだね」
「うん」

 八坂が行方不明になった時、流石に一緒に働いていた人から届出があったの
だという。悪名高いことについては定評のある相手だから、殺されたことも充
分有り得る、として、一応何人か調べられていたのだ。その中に犯人も含まれ
ていたため、当時の住所や連絡先はすぐにわかった。
 そして、ある意味、そうやって調べられたからこそ、彼はそうそうその場所
を動けなかった、とも言える。
「多分、ね。ずっと疑われるのが怖かったんだと思うよ」
「……うん」
 炊き込みご飯と玉子焼き、厚揚げと水菜の煮物、それに豆腐と茗荷の味噌汁。
久しぶりに自分でよそったそれらを食べながら、相羽はぽつぽつと話す。その
横で、毛布に包まって横になった真帆が話を聞いている。

 いきさつは八坂が語ったのとほぼ同じ。生まれたばかりの子供が難しい病に
かかったこと、そのために金が必要だったこと。返却できない金の代わりに、
妻を差し出せと言われて……咄嗟に殴ったこと。
(怖かったんです)
 遺体は、後頭部に陥没骨折の跡があった。加えて両腕が折れ、額にも打たれ
た跡があった。どうしてそこまで、と、尋ねた言葉に、男は小さく答えた。
(絶対に嫌だ、と言ったのに……こちらの都合のいい日を聞いておこう、とい
われて……だから)
 ヒマな日を調べておくかね、とノートを取り出そうとしたので、思わず後ろ
から殴った、という。
(なのに……こちらを向くから)
 生き返ったらどうしよう、死ななかったらどうしよう、それしか頭になかっ
た……と。

「……その人、どうなったの?」
「ま……動転したんだろう、けどね」
 新聞を見たのは仕事に行こうとする前、咄嗟に逃げようと思ったらしいが、
妻子には秘密のことである。仕事に行くふりをして逃げようとした時には、既
に二人……相羽と史久が家を訪ねていたらしい。
「途端に逃げようとしたもんだから……子供の前で」
 手錠をかけることになったのが、一番辛いらしいかった。

 その場で奥さんは離縁された。
 叙情酌量の余地は充分あるとは言え、人を一人殺してしまったからには、彼
も簡単には戻ってくることは出来ないだろう。

「……奥さんもね、嫌だって泣いてたけど、さ」
 子供達のことを考えろ、頼むから、と、言われて、泣きながら実家に帰って
いったという。
(私一人のことなんです)
(妻は何も知りません。何一つ感付かないように……それだけは頑張ったんで
すから)
 それだけは、男は一歩も譲らなかったという。
 


「…………何だか、余計なことだけした気がする」 
 包まっていた毛布に顔を半分埋めたまま、ぼそぼそと呟く。
「……そんなことない」 
 食べ終わって、食器を流しに運ぶ。そのまま戻ってきた相羽はぽん、と、真
帆の頭を撫でた。
「そも、お前がいなければ……真相すらさっぱりわからなかったんだから」 
「……でも、その、真相が……なんだか……」 
 人を殺したことは悪いこと。それはもう確かに。
 けれど、もし彼がそうやって手を下さなかったら、この人の奥さんはどれだ
け辛い目にあったかわからない。
 殺人犯と判っても、奥さんは離婚を嫌がったという。
 つまり……そういう、こと。

「…………ごめんなさい」 
「……謝らなくていい」 
 そう言われても、真帆にしてみれば、自分が口を出さなければ、という思い
がある。
 口を出さなければ、その家族は離散することもなかった。
「…………当分仕事、回さないって……言われたけど…………」 
「うん」
 ぽつぽつと話す真帆の頭を、ゆっくりと撫でる手がある。熱の為しくしくと
痛む頭に、その手はひどく優しかった。
「……本当に、役に立ちたかったの」 
「うん、知ってる」 
「…………なのに」 

 結局、またこの人に迷惑をかけている、と思う。
 犯人を捕まえること。そしてその時にかかる心的な圧力。ある意味自業自得
だろうと思われる被害者と、心情的には被害者である犯人。

「結果で語ってもしかたないことだよ」 
「…………ごめんなさい……でも」
「やれることをやって、結果それが最良じゃなかったとしても……それを詰る
権利なんてない」
 その言葉はやはり優しくて、けれどもやっぱり彼にとってもその結末は最良
ではなかったのだと確認できてしまって。
 真帆はぐ、と、毛布の中で唇を噛んだ。

「……尚吾さん」 
「なに?」 
 首を傾げた相手の服の袖を、しっかりと捕まえる。至極真面目な、そしてど
こかしら必死な表情を、相羽もまた真顔のまま見やった。
「あの、あたしが……危険だから、この仕事をするの、反対するんだと、思っ
てたけど」 
「……ん」 
 それを面と向かって言ったことは無い。少し言いよどんだ相羽に向かって、
真帆はその次の問いを投げかけた。
「あたしが役に立たないから……反対してた?」 
 自分の立ち居振る舞い。行ったこと。判断。
 それら全て、この人達の邪魔になっているのではないだろうか……と。
「それは違うよ」 
 一瞬きょとんとした後に、きっぱりとした否定が来た。そのまま一度躊躇う
ような間があって……そして言葉が続いた。
「……逆に、真帆しかできないことがあるから……反対してる」 
「え?」
 真帆は目を丸くした。
「……出来ないことがあるから、反対……?」 
 こくり、と、相羽は頷いた。
「……俺ではどんなに頑張っても真帆の真似はできない……俺が埋められるこ
とだったら、やりたいけれど、できないから」 
 それだけ有用なんだよ、と、小さく呟く声を聞きながら、真帆は呆然とした。

「……あたしそんなに、すごいことしてないよ……」 
 真帆にしたら、破格な褒め言葉である。怒られる、注意される……まあせい
ぜい次回にはこうしてね、とアドバイスがくるくらい、と思っていたのに。
「すごいんだよ」
 袖を握っていた手を、今度はしっかりと握り締められる。そのまま、どこか
痛むような顔を、彼はした。
「だから、上が目をつけるんだよ……真帆みたいな、特殊な人材は喉から手が
でるほど欲しがってるから」 
 咄嗟に、返す言葉が見つからないまま、真帆は黙った。

 幽霊実体化。そもそも幸久という、幽霊を見ることの出来る人間から教わっ
て初めて自覚した異能である。それまではせいぜい『おや、そこに人がいたの
か、どっからきたんだろう』と思うくらいで、全く気が付いていなかったのだ
から。
「……そんなに……特殊、なのかな」 
 えらく困った顔になって呟いた声に、相羽も一つ溜息をついた。 
「自覚がないから、なんだろうけどね……」 
 だからそれだけ無理をするんだろうね、と、言われて彼女は尚更に困った顔
になった。
 無理をしている積りも、毛頭無い。
「…………役に立ちたいだけ、なのに」 
 握り締められた手を、握り返す。
「役に立つのは大事だけど」 
 握った手を軽く揺する。まるでそれから以降の言葉に、赤線を引くかのよう
に。
「何よりも、自分自身が護られる立場っていうのをちゃんと頭に入れないと、
ダメ」 
 尚更に困ったような、どう見ても納得していない顔になった真帆に向かって
念を押す。
「それは俺の為でもあるし……川堀や県警連中の為でもあるんだから」 
「…………はい」 
 返事は、毛布の中から聞こえてきた。
 細い細い、声だった。

 役に立ってないと思った。むしろ厄介事を重ねているだけ、とも。
 なのに。

「……ほら」
 不意に、頭が持ち上げられた。そのまますとん、と降ろされた先は、相手の
膝の上。
「え……って待って待って」
「いいから」
 ぎゅ、と、押さえ込まれる。どこをどうされたのか、動きが取れなくなって
真帆はそのまま目をつぶった。
「銀鏡さんから、申し訳なかったって伝えてくれって」
「……え?」
「休みにしますって言っておいて、今朝また呼び出したから……って」
「え、でもそれは」
「とにかく……謝っておいてって言われたから、伝言」
「…………はい」
 何度も何度も、頭を撫でる手。
 沢山の迷惑しかかけていない、のに……

 おやすみ、と、小さな声が聞こえた。
 その声が、真帆にとっては、この一件の締めくくりになった。


時系列
------
 2008年4月〜5月

解説
----
 時効前の一件。終了。
*********************************************

 てなもんです。
 どうしてこう、一つ一つの話が長くなるかなあ(滅)

 であであ。

 
 


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