[KATARIBE 31687] [HA06N] 小説『本の帝国 外伝・べにくじら』

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Date: Sun, 29 Jun 2008 00:16:38 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31687] [HA06N] 小説『本の帝国 外伝・べにくじら』
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 「外伝」の使い方を間違っているような気がしてきました。

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小説『本の帝国 外伝・べにくじら』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  大学生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。
 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞
  く。この春より大学生。一人暮らし開始。
 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。

本編
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 六月も終わりに近づいたある日。聡の部屋ではいつものように夕樹と聡がそ
れぞれ本を読んでいた。聡は机に片肘をついて椅子に座り、夕樹は彼の足下で
卓袱台の上に本を置いている。聡はイヤホンを付けて音楽を聴いていた。時
折、聴いている曲に合わせているのか片方の足先を上下に動かしていた。それ
ぞれの側にはティーカップとマグカップがあるが、中身は既に冷めてしまって
いる。
 窓の外からは雨音が聞こえている。それにページを繰る音が混じる。
 ふと聡が本から顔を上げて片方のイヤホンを外した。
「イル&クラムジーを読むたび、Perfumeの曲を思い出すんだよね」
 開いているページにしおりを挟み、ぱたんと閉じる。
「……全然違うのになあ」
 そう言って溜息をついた。
 夕樹は開いている本を手で押さえると、彼の方を向いて首をかしげた。
「Perfumeに…… って、分かる?」
「聞いたことはないけど、名前だけなら」
 テクノポップっていうジャンルの女性3人組で、他に『マカロニ』とか歌っ
ているんだけど、と聡が一応説明を加える。
「で、そのPerfumeに『Baby cruising love』っていう曲があってね。途中
で「べにくじら」って聞こえる箇所があるんだ」
「べにくじら?」
「そう」
 「ベイビィ、クルージング、ラヴ」と「べにくじら」。音的には当たらずと
も遠からずといった感じか。しかし、意味は当然全く異なる。
「一度、そう聞こえちゃうと中々元に戻らないよね」
 夕樹の言葉に聡は力なく頷く。彼はまさに今、その状況に嵌っているのだ。
「そういえば、空耳って洋楽だと「かーちゃん、ゆるしてー」ってのが結構有
名かな」
「ああ、Tears for Fears」
「そう」
 ちなみに80年代のバンドである。なんでそんな曲をこの2人が知っているの
かはさておくとして。
「でも、洋楽で日本語の空耳だったら空耳だって気づきやすいけど、邦楽で日
本語の空耳だったら間違ってるかどうか気づきづらいよね」
「ああ、あるある。調べるまでそういう歌詞なんだーって思ったままになっ
ちゃうし」
 そう言って聡は冷めた紅茶を一口飲んだ。
「……でも、『Baby cruising love』が、紅鯨になっちゃったら」
 そこで言葉を切って、しばらく黙った。視線は少し斜め上を向いている。
「……あーーーー」
 急に頭を抱えた。一体何を想像しているのか。
「何か自滅してるなぁ」
 端から見ている夕樹が苦笑する。
「……あの曲を聞いて、サビになると、綺麗な紅色の鯨が僕の頭の中をのたの
た動くんだよー」
 夕樹もそんな色をした鯨を思い浮かべてみる。荘厳、と言われれば一瞬納得
しそうになるが、何にせよ紅色である。
「でも、紅鯨ってよくよく考えるとかなり派手だよ」
「……確かに」
 どちらかというと、グロテスクなのかもしれない。か、或いはやけにおめで
たいか。まあ、奇妙な光景ではあることは確かだ。
 二人とも黙っている。聡は少し眉をひそめ、なにやら難しい顔をしていた
が、やがて顔を上げると
「老人と紅鯨」
と、ぼそっと呟いた。それから、何を連想したのか急に頭に手をやって
「あー」と呻いた。かなりどつぼにはまっているようだ。
「それって『老人と海』と『白鯨』が混じってない?」
 冷静に突っ込んできた夕樹を聡はきっと睨むと、椅子から立ち上がった。
「高瀬君」
「な、何?」
 聡の声の調子が急に変わり、夕樹は少しうろたえた。聡はまだはめていたも
う片方のイヤホンを外すと両手で持って夕樹に近づいた。
「……僕の苦悩を分け与えよう!」
 半ば強引にそのイヤホンを夕樹の耳にはめて、パソコンの音量を上げた。
 夕樹は仕方なく言われるがままに曲を聴く。
「歌詞もよーく味わって欲しいな」
 しばらく動かずに曲を聞いている夕樹を聡はニコニコと微笑んで見ている。
 やがて問題の部分が過ぎ、夕樹は「……ああ、なるほど」と呟いてイヤホン
を外すと、聡に返した。
「確かに、「べにくじら」て言っている、と言われればそう聞こえるね」
「……そこに、『宇宙鯨』の名手の大原まり子さんの話なんぞ読んだ日には」
 イヤホンを受け取った聡はそれを机の上に置くと、椅子に座り直した。
「もう「べにくじら」と歌ってるんだと開き直れば?」
 夕樹が言う。
「そんなん納得したら、自宅に無い、イル&クラムジーの本を集めちゃうじゃ
ないかーーっ」
 それはきっと関口君だけだよ、と夕樹は思ったが言わないでおく。日常のふ
としたことで自分の持っていない本が気になりだすと、それを欲しくなってし
まうというのは彼とて同じであったからだ。
「……………とりあえず、今日は、マカロニサラダだからねっ」
 聡は夕樹を睨んだ。どうやら今日の夕飯のメニューが決定したらしい。なぜ
マカロニなのか、と夕樹は考えたが、すぐにPerfume繋がりと理解した。
「ああ、この流れだったらそうなるのか……」
 夕樹は頷く。
「他にやりようがないもの…… じゃあ、買い物いってくるー」
 そう言うと聡は緩慢とした動作で起きあがると、財布を片方のポケットに、
ケイトをもう片方のポケットに突っ込んで部屋のドアを開けた。
「あ、止んでる」
 空を見上げて呟く。
 その声に夕樹も外に出てみる。
「ほんとだ」
 西の空にはほんの少しできた雲の切れ間から夕焼けが姿を覗かせている。辺
りはひんやりとした空気に包まれ、吹いてくる風がかすかに甘く匂った。

時系列と舞台
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2008年6月。本の帝国(聡の部屋)にて。

解説
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あなたには、耳に残る空耳がありますか?

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