[KATARIBE 31684] [HA06N] 小説『距離・ 0 』

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Date: Fri, 27 Jun 2008 01:25:07 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31684] [HA06N] 小説『距離・ 0 』
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2008年06月27日:01時25分06秒
Sub:[HA06N]小説『距離・0』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
ログから起こした話です。
なんとなく、三人称だけど先輩視点。

************************************
小説『距離・0』
===============
登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :ヤク避け相羽の異名を持つ刑事。嫁にはダダ甘だったりする。


本文
----


 毎日すぐ近くで見る顔がある。
 笑っている顔。泣いている顔。そのどれも誰にも渡したくないような。
 そんな、顔。

              **

 気が付くと、そこは何となくつるりとした印象のある廊下だった。周りは白
く塗られた壁、そして幾つも繋がる窓。
 ざわざわと、ノイズ。

 少女が数歩前を歩いている。
 首の右側で長い髪を一つにまとめ、それを長い三つ編みにしている。半袖の
白いブラウスと紺の長いプリーツスカート、そして肩からかけた重そうな鞄。
恐らくは高校生くらいの。
 少女は少しうつむきながら歩いている。その、少し首を曲げた具合に、妙に
馴染みがあった。
(?)
 と、その女生徒がくるっと振り向いた。少し驚いたような顔が、ぱっと笑顔
になる。
 毎日毎日、自分の傍らに見出す顔。
 けれども出会うよりもずっと前の顔。
 まだ少女の顔の真帆が、笑いながら少し首を傾げた。
「あ、相羽君。今日図書係だよね?本の修理するからよろしくねー」 

 目を瞬く。反応を数瞬忘れているうちに、高校生の真帆の顔がふっと近付い
た。
「……忘れてた?」
 眼鏡越しにじっと、こちらを見る目は、何一つ不思議なことが無いと思って
いる者のそれだった。
「……あ……あれ」 
 今まで自分はどこに居たのだろうか。それに……そもそもどうして。
 全く見知らぬ過去に。
「……真帆?」 
 思わず呼んだ声に、真帆はちょっと目を見開いたが、すぐくすりと笑った。
「こら、先輩を名前で呼ぶとは何事かいな」
「……え」 
 ぽしぽし、と、手に持った文庫本で、頭を軽くはたかれる。思わず周りを見
回して、そして彼は窓硝子に映った自分の姿を見た。
 白いシャツ。そして高校生の頃の自分。

「だからね?中間終わったから、本の修理をやろうねって言ってたよね?忘れ
てた?それとも忘れてたかった?」 
 さっきはたいた本を片手に持ち替えながら、真帆は苦笑している。
「……忘れてた、かも」 
「そんなにテストに必死だったかー。それはそれでえらいけど」 
 何とか話をあわせた彼の頭を、また本で、今度はこしこしとこする。撫でて
いる積りかもしれない。
「だけど、本の修理せんと、ちょっと色々古い本も入ってきてるし……いいね?」 
「あ、うん……」 
 一体今は何時で、どこなのか。理屈に合うとか常識的にという枠を外すとし
て。
 考えながら、何とか頷くと、真帆はまたにこっと笑った。
「ではゆくぞー、本の帝国に!」 
 てこてこ、と、歩いてゆく真帆の後を、やっぱり付いてゆきながら、彼は周
囲を何度も見やる。
 真帆の様子から、また自分の様子からも、ここは高校であるらしい。しかし、
ここは自分の知らない高校である。
(と、いうことは……)
「……ってかね、実際は……うちのクラスの奴も、今日は逃げちゃってね」 
 考え込んでいる彼に構わず、やっぱり先に歩く真帆が溜息混じりに呟く。階
段を上がって廊下の突き当たり、薄暗い一角に進む。扉を開けたところで、真
帆はもう一度溜息をついた。
「……ほら誰も居ない。相羽君捕まえられて良かったよ」
「はぁ」
 鞄を、貸し出しカウンターの後ろに降ろして、カウンターの横手に積んであ
る本を抱える。そっちで作業しようよ、と言われて、彼は素直に従った。
「じゃあ……ええとね、こちらは寄贈本なんだけど、まず、状態を調べてくれ
る?汚れてないかとか、ページ破れてないか、とか」
「はい」
「ページに、読むのの邪魔になるようなところがあったら、付箋つけて」
「はい」
 素直に受け取って、ページを丁寧にめくる。少し暑いね、と言いながら、大
きめの教室のような図書室の窓を、真帆は開けていった。
「……」
 膝を越して長いスカートの丈は、今の高校生のものではない。スカートのひ
だも、自分の学校のそれは、もっと多かったと思う。
 窓の外の風景も、この図書室自体も、やはり見たことがない。
(単純な、夢とは、また違う?)
 窓を開けた真帆は戻ってきて、彼の斜め向かいに座った。本を一冊取り上げ、
ティッシュで軽く本の表紙を払って、透明なビニールシートを貼り付けてゆく。
ひどく真面目な顔が、いつもの真帆の顔に重なる。
「……ん?なんかあった?」 
 じっと見ていた、その視線に気が付いたのか、真帆は顔を上げた。
「いえ……なんでも」 
 夢、程度のことではない。何か奇妙なことが起こっていることだけは判る。
それでもここで彼が何を出来るわけでもない。 
「ふむ」 
 また、透明なビニールシートを取り上げながら、真帆は一つ頷いたが、
「あ、そうだ。もし何か、ほんとに用事があるなら……帰っていいからね?」 
 やっぱり小首を傾げて言う。三つ編みが肩から前へとこぼれた。
「何か、結局連行しちゃったからなー」
 あはは、と、笑いながら、でも、目は真面目である。 
「いえ、大丈夫です」
 本当に大丈夫かどうかは知らないが、とにかくここから出てゆく積りはない。
彼がきっぱりと言うと、真帆はほっとした顔になった。 
「それにしても、みんな、暑いとか雨降りそうとか言って、サボるんだから」 
 やれやれ、と、肩をすくめる。 
「……雨、降りますかね」 
「この調子だと、多分ね」 
 ぽつん、と、問いかけた声に、真帆は先刻自分で開いた窓の外を見やりなが
ら言った。
 確かに空は、少し紅色を帯びたような奇妙に明るい灰色の雲に埋め尽くされ
ている。その色が見ている間にも、どんどん暗くなっていく。
「って、え、相羽君、傘持ってきてない?だいじょぶ?」 
 急に慌てたような声で問いかけられて、彼は首を傾げた。 
「どうだろ……多分無い、かも」
 彼自身の過去であるなら、傘は持って来ていない。
 ろくに持ち歩かず、雨に降られて困っていると、大概『どうして予報で降るっ
て言ってるのに持ってこないんですか』と誰かがかさを貸してくれていた。 
 考えているうちに、真帆は、透明シートの筒を持ったまま、うむ、と一つ頷
いた。
「判った。帰りがけはあたしの傘貸しちゃるから、安心せえ」 
「はい」
 やっぱり素直に答えつつ、ああ、真帆だなぁと思う。
 会ったばかりの頃の、不思議なほど女性の匂いのしない印象が、やはり目の
前の彼女にはある。
 多分、弟分達の前の真帆。
「あ、そうだ、本の汚れね。小さいのは消しゴムで消してね」 
「はい」
 おおきな消しゴムを、ころんと手渡してくる相手に、こっくりと頷く。
 そしてそのまま、二人は黙って作業に戻った。

 白い、全く飾りの無いブラウスと紺のスカート。三つ編みにした髪が時々邪
魔なのか、片手で背中に払う仕草。一心に手元を見て、作業に没頭している顔。
(可愛いなあ)
 見慣れた顔の、時を遡った顔。だいたい化粧をしていないから、そんなに劇
的な変化はないが、それにしても。
(やっぱり可愛い)
 確信している間に、ゆっくりと窓の外は暗くなる。手元が見づらいな、と思っ
た矢先に、水滴の落ちる重い音がした。音はすぐにざああ、と、連続した音に
なる。

「あ、いけねっ」 
「……あ」 
 慌てて立ち上がると、真帆は風上にある窓のほうに走った。大慌てで閉める。
彼女の走るのと逆の方向の窓を、彼は立ち上がり、閉めにいった。
 窓は、結構重い。
「……大丈夫だね」
 鈍色の窓硝子に、蛍光灯の細長い灯りが写る。よいしょ、と、閉め終わって
真帆はほっとしたように笑った。
「さて……もう少し頑張りますか」 
「……そですね」 
 真帆と二人で、 図書室で本の修理。
(……悪くないな)
 むしろ、大変いい。

「……あ、そだ、相羽君」 
「え、はい」 
 手を出すように身振りで示されて、ひょいと手を出す。
 その手に、ころん、と、飴玉が転がった。
「ほんとは禁止だけどね。……このくらいは眠気覚ましに」 
「いただきます」 
 真帆と二人きりで。
 手の上には飴玉。
(なんかちょっと嬉しい、ね)
 かさかさと包み紙をむいて、真帆がぽん、と飴を口の中に放り込む。
 指先が白い残像のように残った。

「……しかし誰も来ないなあ」 
 どうも、今日は何かあったようで、図書室には係は勿論、本を借りにくる生
徒も居ない。
 二人っきりの図書室。少女漫画なんかでは、確実にフラグが立ちそうな場所
なのだが。
「……労働力が足らーんっ」 
 どうやら今の自分にとっては先輩のこの少女、やっぱり高校の頃からこの調
子であったらしい。
「二人、ですしね」 
 むしろその方が彼としてはラッキーなんで問題は全く無い、のだが。
「今日、やるって言ってたのになあ……」 
 確かに、目の前に積み上がった本の数から考えると、二人では足りない。
「どうせ雨だし、できるとこまでやっちゃうのはどうっすか」 
「……まあ、そだね」
 ほぅ、と、溜息をついた真帆は、ぺこん、と、頭を下げた。
「相羽君、ごめんね。なんか面倒な作業になっちゃったね」 
「いいっすよ」 
 彼としては、二人っきりの作業なんて、内心嬉しくて仕方ない。無論それを
表に出すわけはなかったが。
(運がいいね)
 ページをめくりながら、自然に口元がゆるむ。

「そろそろ、終わりかな」
 何冊かの本を確認した頃に、真帆が呟いた。
「そんな時間ですか」
「うん。なんだけど」
 とんとん、と、本を揃えながら、真帆は溜息をつく。
「……なんか雨がやまないねー」 
「……ですね」 
 だんだん暗くなってきた窓の外を見て、頷く。
 雨音は、まだ止まない。
「……ええっと、相羽君は途中まで一緒だよね」 
 中の本をビニール袋に入れて、鞄の蓋をきっちり閉めながら真帆が言った。
「そこまでは一緒に行こうよ」  
 ね、と、傘を示される。
(相合傘かぁ)
 今だってそうそう度々は出来ない。それを。
(高校生の、真帆と)
 内心それはそれはわくわくしているのを、それでも出来るだけ隠して、彼は
頷いた。
「はい」

「それじゃ、先生、帰りますのでー」 
 図書の控え室で書き物をしている先生に声をかけてから、帰る。
 鈍い灰色の空を眺めながら、真帆は大きめの傘を差した。
「ほら、ちゃんと傘に入る」
 見たことの無い学校、見たことの無い街。
 ただ、それでも、「こちらに帰るんだな」というのは、何となく判る。周り
をそれとなく見ていたら、声がかかった。
「はい」 
 彼のほうに傘を差し出しているから、どうしても本人からは少し傘が離れて
いる。傘から出た肩が濡れて、薄いブラウスが少し透けていた。
「先輩、濡れますよ」
 本当なら手を出したい。もっとこっちに、と、引き寄せてやりたいけれど。
(手が出せないってのは辛いなー)
「干しゃ乾くと言うではないか」 
 そんなことを思っている彼の内心には全く気が付いた様子もなく、雨降りお
月さんの節回しで言うと、にっと笑う。
「それに、本は濡れないよーにしてるから大丈夫」 
「先輩らしい」 
「図書委員の心得さ」 
 思わずくくっと笑って言うと、得意そうに返される。
 それが、いつもの顔に重なる。
 ざあ、と、雨は降り続けている。

「……ふむ」
 ゆっくりと歩いているうちに、ふと、真帆が立ち止まった。
「こっから相羽君は、あっちだよね?」 
「あ、ああ……そうすね」 
 何となくその言葉に頷く。本当のところは無論わからないが、それで正しい
のだろう、という気はした。
「……よし」 
 そう呟くと、真帆はえらく真面目な顔になった。 
「……相羽君。先輩の言葉はそれなりに重いものだよね?」 
「え?」 
「……そっちの手」 
 鞄を持ってないほうの手を出しなさい、と、言外に告げる声に。 
「え?はい」 
 素直に従った手に、さっと傘の柄が押し付けられる。
「じゃねっ」 
 丁度青になった信号を見て、横断歩道を渡ってゆく。
「濡れないうちに帰りなよー」 
 渡った通りの向こうから、手を振ってよこす。そのまま真帆は軒伝いに走っ
てゆく。
「ちょ」 
 追いかけようとした時には、もう真帆の後姿は小さくなっている。
(……困ったね)
 自分はここからどこに行ったらいいのか。そもそも自分は誰だったのか。
 渡された傘を、何となく見上げた、時に。

「……っ」

 ぐらり、と、灰色の空が揺れた。
 灰色の空と、そこに幾つも並ぶアパート群。
 ぐらり、と。それが全て……

「……先輩!」
 そして。
「ああ、良かった」
 開いた目の前には、やっぱりこれも見慣れた、後輩の顔があった。

              **

 濃いお茶を飲みながら、ゆっくりと問いかけてゆく。
「……んー……そういうことあったかなあ」
 倒れかけたことは言わなかった。だから真帆は洗濯物を畳みながら、呑気に
問いに答えている。
「うん、高校では図書委員だったけど……傘を……ああ!」
「そういうこと、あった?」
 高校の頃、図書委員じゃなかったか。
 そして、傘を貸したことはなかったか。
 ゆっくりと問いを重ねてゆく。不思議そうに答えていた真帆が、不意にぽん、
と手を打ち合わせた。
「あったあった。一学年下の、藤木君」
「……ふぅん」
「懐かしいなあ。よく図書室に引っ張ってったから」
「そっか……」 
 にこにこ笑いながら言う真帆。
 それが何となく……面白くない。
「なんかねー、すごく付き合いのいい後輩だったから、結構図書の仕事をやら
せちゃってね」 
「……結構楽しんでたんじゃないかな、そいつ」 
 何となく……判る。
 二人きりで図書室に居た、その後輩は、多分嬉しかったのだろう、と。
 それは相羽の感情だけではなく……その彼の感情でもあったのだろう、と。
 それにだいたい。
(図書室で二人で作業してたってのが、ね)
 なんか妬けるな、とか思いつつ、彼はお茶をまた飲む。
「あー……まあ、図書の仕事は、嵌る人は嵌るから」 
 そういう意味では全くそういう感情に疎い彼女は、あはは、と笑った。
「でも……何で、唐突に?」 
 たたみ終わった洗濯物を、ぽんぽん、と叩いた真帆は、不思議そうに尋ねた。
「いや……なんとなくね……」 
「?」 
 夢なのか幻なのか。けれどもそれを口に出すと、倒れていたことまで言うこ
とになる。だから。
「……ちょっと、うらやましいね、その後輩」 
 手を伸ばして、頭を撫でた。
「へ?」
 ぱちくり、と、目を瞬いて、真帆が彼のほうを見る。
「……ええと、あたしにとっつかまって、図書の仕事を遅くまでやるのって、
羨ましいかなあ」 
「真帆と一緒なら……俺だったら、楽しいと思うね」 
 真顔で言うと、目の前の顔がふわあっと赤くなった。
「……しょ、尚吾さんはちょっと特殊例過ぎなんで!」 
「なんで?……ホント、うらやましいんだけど」 
 にっと笑いかけると、真帆は小さくうう、と唸った。
「ってか……なんかねえ、図書室行こうとするとよく会ってたから、ついつい
一緒に連れてって、仕事させてたから」
 図書室のある場所は廊下の突き当たり。決して人が多くは行かない場所。
 そこに毎度毎度行こうとしていた、ということは。

 恋愛ではなかったろう。というか、肝心の真帆が気が付いていなかったのだ
から、恋愛になりようがない。
 けれど。

「貧乏くじ引いたなーとか思われたかも」 
 笑っていう真帆は、やっぱり気が付いていないのだろうけど。

「……尚吾さん?」 
 ふと気が付くと、目の前に真帆の顔があった。
 丁度、後輩にしたように、顔を近づけてじっとこちらを見ている。
「ん」
 見たことも無い少年に、でも真帆はこうやって顔を見ていた。
 そう思うと。 
「……妬けるな、やっぱ」 
 手を伸ばして頬を撫でる。
「はい?」 
 丸く見開いた目。きょとんとした顔。
 この顔を近くから見ていた誰かが居ると思うと。
「理屈じゃなくて、ね」 
 手に少し力を篭めて、引き寄せる。目の前の、掌を広げたくらいの距離が、
縮まると同時に、真帆は思わず、というように目を閉じた。
(それでも)
 この顔は自分だけのものだと思う。
 近くで見た奴は居るかもしれない、けれど。
(距離の無い顔は、ね)
 小さく喉の奥で、彼は笑った。

時系列
------
 2008年6月

解説
----
 ちょっと不思議な風景。
*********************************************

 てなわけで。
問題あったらよろしくです>ひさしゃ

 であであー
 
 


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