[KATARIBE 31679] [HA06N] 小説『本の帝国・書を捨てて街に出よう』

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Date: Thu, 19 Jun 2008 23:50:38 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31679] [HA06N] 小説『本の帝国・書を捨てて街に出よう』
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2008年06月19日:23時50分37秒
Sub:[HA06N]小説『本の帝国・書を捨てて街に出よう』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
本の帝国シリーズ(おい)です。
ああ、ようやくこいつの話が書けるー(^0^;;)

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小説『本の帝国・書を捨てて街に出よう』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  大学生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。
 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。
  この春より大学生。一人暮らし開始。
 形埜智明(かたの・ともあき):http://kataribe.com/HA/06/C/0642/ 
  愛想無しの植物限定エンパシスト。高校、大学、と聡や夕樹の先輩にあたる。
  古書店蜜柑堂にてバイト中。
 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。

本編
----

『書を捨てて街に出よう』
 彼ら二人には、無縁のような言葉なのだが……

 ……しかし。

             **

 金曜日から土曜日にかけて、高瀬夕樹は関口聡のところにやってくる。まだ
入学して日は浅く、先輩達のサークル勧誘はまだまだ絶えない。その喧騒をす
るすると避けて、二人は途中で買い込んだ食糧と一緒に、聡の部屋にやってく
る。
(お前ら何やってんの)
 キャベツの玉や牛乳を買いながら、「しゃばけ」だの「くとぅるふ」だのと
統一感の実に無い会話をしている様を見た同じ学科の仲間から尋ねられたこと
もある。無論答えは単純だった。
(本読んで、本の話してる)
 単独で居る時も、それでいうなら二人で居る時にも必ず片手に本がある二人
である。その答えは非常に説得力があるわけだが。
(……お前らさー、そんなに本楽しい?)
 大学生なんだから少しは遊んで、と言いたかったらしいのだが、相手はこの
二人である。
(うん、すごく楽しい)
 ほこほこの笑顔で言われて……結局、何となく匙を投げられている。
『出る釘は打たれる』という諺があるが、この二人の場合は、恐らくその状態
が、より『病膏肓』の方向に至った状態なのだろう。
 つまり。
『出すぎた釘はもう打たれない』のである。


 ぴんぽん、と、玄関のチャイムが鳴った。

 玄関というが元々、台所一間に6畳一間の貸家である。チャイムを押す前に
扉の前で足音が止まったのを、聡も夕樹も聞き取っていた。
「はい?」
 従って、チャイムが鳴ったときには既に立ち上がり、扉の前に立っている。
とてとてとついてきたケイトをポケットに掬い上げてから、不思議そうな顔の
まま、聡は扉を開けた。
「よ」
 つい、と半身を差し入れたのは、聡よりも背の高い青年だった。無造作に切っ
た髪の毛に縁取られた顔は、話しながらもどこかしら無表情な印象がある。
「本出たぞ」
「うわあああっ」
 歓喜の声、と、注釈を入れたくなるくらい嬉しげな声に、夕樹は不思議そう
にそちらを見た。その視線に気が付いて、聡は受け取った本を持った手を、ぱ
たぱたと動かした。 
「あ、高瀬君高瀬君、この人、僕らの先輩で、今も先輩で、古本屋の店員の形
埜先輩」 
 本を得た喜びの余り、日本語が多少……いや、かなり崩壊している。
「は、はあ……」
 きょとん、として二人を見る夕樹に、青年はああ、と、頷いて見せた。 
「ああ……高瀬君って君か」 
「そうですけど……」
 多分聡が以前話題に出したのだろう、と、咄嗟に判るのだが、とにかく自分
は会ったことがない。不思議そうに呟いた夕樹に、青年はこくり、と、一度小
さく頭を下げた。
「形埜智明。高校、大学と、こいつの一年先輩。今、古本屋でアルバイトして
る」 
 単語を並べるような、なんとなくぶっきらぼうな口調で説明をする。
「あ、同じ高校だったんですか」 
「うん。僕が読む本読む本、先に読んでた先輩」 
 ということは、本好きなのは確かだということである。
「高瀬夕樹と言います」 
「はじめまして」 
 ぴょこ、と、彼……智明はもう一度小さく首を振る。
「こちらこそ、はじめまして」 
 ぺこり、と、これはもう少し丁寧にお辞儀をする。これで初対面の挨拶は終
了である、とばかりに、彼はひょいと靴を脱いで部屋に入ってきた。
「で、先輩、紅茶か珈琲飲みますか?」
 ポケットの中からケイトが頭を出して、ぱたぱたと腕を振る。それに小さく
手を振り返しながら、智明は頷いた。
「ん。紅茶」 
 はいはい、と、聡が立って、やかんを火にかける。小さな卓袱台の、二人が
座っていない一辺に沿って智明は座り、そしてそこに伏せてあった本……聡が
扉を開ける前においた本……を眺めた。ふぅん、と小さく呟いて、今度は夕樹
のほうを見る。
「高瀬君、どんな本読んでる」 
「『ゆめつげ』です……畠中恵の」
 ひょい、と、本を差し上げて示す。
「『ゆめつげ』……ってことは、『しゃばけ』とかも読んでる?」 
「ああ、はい。文庫に落ちたものだけですけど」 
 ふむ、と彼は一つ頷きながら、何やら考えているらしかったが、
「……宮部さんの時代物なんかも読むかな」 
一つ頷くと尋ねてきた。
「宮部さんは何か普通に人気があるんであまり読んでないんです」 
 ひねくれものー、と、やかんの前の聡が呟いたが、智明は少し首を傾げただ
けだった。
「『しゃばけ』が好きなら、あの人の、不思議時代物は面白いと思うけどな」 
「あ、そうなんですか。今度読んでみます」 
「異能者モンだと、霊験お初のシリーズ2冊か、最近文庫に落ちた『あかんべ
え』なんかがいいな。現代の異能者モノは、結構、悲惨なことが多いけど」
「へえ」
「頑張ってる少年が読みたいなら、『ぼんくら』なんかだな。現代モノなら、
『今夜は眠れない』とか『夢にも思わない』かなあ」
「先輩、宮部みゆき結構読んでるよね」
「時代モンはほぼ全部」
 聡の声に頷くと、彼はさらり、と、言葉を続けた。
「……というわけで、現在うちの店で、宮部みゆきさんの「あかんべえ」、文庫で2冊、

500円。よろしく」 
 ごくごくスムーズに宣伝に移行した会話に、夕樹が目をぱちくりさせる。一
方、紅茶を淹れたカップを手渡しながら、聡のほうは少々残念そうな顔をした。
「先輩それ、もう少し早く出て欲しかったー」 
 そしたら絶対に買ったのに、とぼやく聡に、智明は肩をすくめてみせた。
「お前、平積み時点で買ってるんだから、最初から間に合わないよ」 
 それはそうかもしれないけれども、とぶつぶつ言うのをあっさり無視して、
彼は夕樹のほうに向き直った。
「まあ、それはともかく、古書店蜜柑堂って、知ってるかな」 
「えっと……ああ、すいません。名前だけ知っていて行ったことはないです」 
 蜜柑堂。古本屋としては変わった名前である。だから一度……多分聡からそ
の名前を聞いただけで、夕樹も覚えていたのだろう。とにかく少しすまなそう
にそう言った夕樹の言葉に、智明はひょい、と腕を振り上げた。隣に座って本
に手を伸ばそうとした聡の頭を、ごちん、と一つ叩く。
「あいたーっ」
「宣伝が足りん」
 非常にシンプルな理由である。
「……ってか、僕だって知ったのは受験中だから、高瀬君を連れてったら二人
して大変なことになりそうだったんで!」 
 受験生としての自覚と良心に従ってですね、と、文句を言う聡をやっぱり綺
麗に無視してのけて、智明はにっと笑った。
「もし良かったら、来てみないか?蜜柑堂」 
「それは、是非」 
 夕樹は夕樹で、目をきらきらとさせて頷く。ケーキバイキングに誘われた乙
女のような目……と言って、恐らく反対は出ないに違いない。
「じゃ……」 
 砂糖を少し多めに入れた紅茶をぐっと干す。ついでに卓袱台の上に置いてあっ
たクッキーの袋から二枚ほどつまんで。 
「じゃ、いこうか」
 ひょいっと身軽に立ち上がる。 いそいそと、夕樹がそれに続いた。
「…………形埜先輩」
 それを、少々呆れ顔で見ていた聡が、口を開いた。
「うちに遊びにきたんじゃなかったんだ?」 
 滞在(?)時間は10分足らずである。が、智明のほうはちょっと肩をすく
めただけだった。
「本を渡しに来た。一応引っ越し祝い」 
 恐らく癖なのだろう、短いセンテンスとぶっきらぼうな口調の答えに、聡は
諦め顔になった。
「……じゃ、いこうか」
 やれやれ、といわんばかりの声に、夕樹が苦笑して頷く。それじゃ財布財布、
と勉強机の上に置いてあった財布を上着の胸ポケットに入れ……ようとしてケ
イトの反撃にあい、ジーンズのポケットに入れる。智明が持ってきた本を手に
とろうとしたところで、今度は別口から邪魔が入った。
「書を捨てて街に出よう……はい、置いていく」 
 するっと溶かしでもしたように、本が手から離れてゆく。聡は非常に恨めし
げな顔になった。
「……先輩、それ持ってないと、僕またそっちで本を買ってしまう危険が高い
んだけれども」 
 大学生、金については『無かりけり』が相場である。その相場に忠実な聡の
訴えに、しかし返答は単純かつきっぱりしたものであった。
「知ってる」 
 うあー、と、聡が呻いた。
「……高瀬君。気をつけたほうがいいよ。品揃え相当好みだと思うから」 
「ぐ……」 
 それはかなり危険な話である。大急ぎで財布の中身を確認する夕樹に向かっ
て、智明は安心させるように一つ頷いた。
「大丈夫。うちは適正価格だ」 
「……だから怖いんです!」
 金欠学生の主張に、先輩の方はあっさりと切り返した。
「法外な値段でも、欲しい本ならお前言い値で買うだろうに」
「…………」
 ぐ、と聡が絶句し、夕樹が思いっきり目を逸らす。一歩先に靴を履いて玄関
から出ていた先輩は、駄目押しの一言を放った。
「諦めろ同類」
「…………先輩に言われるかなあっ」

           

『書を捨てて街に出よう』
 彼らの場合は、このように続く。

『街で新しく出会う本を、その手に取ることが出来るように』


時系列
------
2008年4月下旬

解説
----
 書を捨てて街に出る理由、彼らなりにこういうことで。
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 てなもんです。
 形埜智明。形埜千尋の息子なんですが……性格はえらい違います。
 あの母にもまれて、すっかり言葉が短くなってしまって(ほろほろ)

 てなとこで、であであ。
 


 


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