[KATARIBE 31675] [HA06N] 小説『時効前・6』

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Date: Sun, 15 Jun 2008 01:16:30 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31675] [HA06N] 小説『時効前・6』
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2008年06月15日:01時16分29秒
Sub:[HA06N]小説『時効前・6』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
今回、最後はひさしゃんに〆ていただきました。

……つーか無理。己には無理。<おい!

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小説『時効前・6』
=================
登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :ヤク避け相羽の異名を持つ刑事。嫁にはダダ甘だったりする。


本文
----

 足元を見て歩いた。
 ともすれば遅れそうになるたびに、ふわりと背中を押す手が足を速めさせる。
 一瞬触れる温かみに、泣きそうになった。
 その手が決して自分を責めるものではないことがわかるから。
 余計に。

            **

 ばたばたと夕食の用意をして、その間に風呂に入った相羽の前に並べる。
 頂きます、と、いつものようにぺこりと一礼して食べだすのを、真帆はぼん
やりと見やった。
「……食べないの?」
「あ、はい……」
 少しだけ眉をひそめて、けれども相羽はそれ以上何も言わず、食事に戻る。
箸をとって、椀を持って、真帆はまた一瞬放心した。

『あんたが居たら、俺が相手を殺せるだろう?』
 あの一瞬、助けるのを止めたいと思ったこと。
 実際ああやって空に落ちた時には、自分はそれを覚悟していたのではないか。
 
 なのに。

『守られることを容認出来ないなら、この仕事はきついです』
 ……どうすれば良かったかは、今ならばわかるけれども。
 次の時に、本当に自分はそう動けるだろうか。

 本当にそのように

「……真帆」
「あ」
 ごめんなさい、と、口から出てくる前に、ふっと手が伸ばされた。ぽん、と、
頭の上に載ると、わしわしと、かきまわすように撫でる。
 真帆の手が、ことり、と、食卓の上に戻った。
「…………っ」
 泣けば、全部判ってしまう。何があったか、どんなことになったか。
 けれども。
「………………ぁ……」
 ぱたぱた落ちる涙が眼鏡に溜まるほど、下を向いた。
「真帆」
「ごめんなさい、だいじょぶ」
 眼鏡を外して、乱暴に目をぬぐう。心配そうにこちらを見る目に向かって、
ことさら笑ってみせる。
「大丈夫、だから……お風呂用意してくる」
 逃げた、と、丸判りだ、と、自分でも思った。けれど、そう、と、小さく呟
く声だけが後ろから聞こえた。
 少し、安堵して。
 やりきれなくなった。
 

 先に風呂に入った相羽にお茶を用意して、お菓子を用意して。
 縹とベタ達を寝かしつけて……と、そこらはもう、いつものことだから悩む
までもなく出来るけれども。

「……あれ」
 身体を洗いながら、初めて気が付いた。左の手首に痣が出来ている。
(あのとき、か)
 相手も必死だったのだとは思う。復讐したくて、それだけで。
「……っ」
 何度もこする。手首を、そして男の触れた顎のあたりを。
(厭な……何だかとても厭な)
 被害者だとは思う。殺されて十年近く、復讐したいのは判るとも思う。
 けれど。
(そんな風に思うのは)
(そんな風に思うのは間違っているのに)
(のに)

 自棄のように、真帆は、頭の上から湯をぶちまけた。

           **

 髪の毛を梳かしながら、真帆は黙って相羽を見る。
 お茶と和菓子を横に、新聞を広げて、相羽は黙って読んでいる。

(どのくらい……判ってるのかな)
 川堀には黙っていてくれと言ったし、実際彼女から聞き出す時間だけは無かっ
たと思うのだけれども。
(でも)
 黙ったまま、何も問わずに黙っている、そのこと自体が。
(……でも)

『一ヶ月ほど、そちらに仕事を回すのは止めておきます』
 そう言った後、銀鏡は相羽を呼んだ。
 その時に、一体何を聞いたのだろうか。

(…………でも)

 役に立ちたいと思った。思ったからやってみると言った。
 けれども結局、自分のやっていることは単なる邪魔でしかないのか。
 多少は情報を得ることが出来ても、それ以上の迷惑しかかけないのか……

「……だけどっ」
 まだ湿っている髪の先を握り締めて、つい口からこぼれた言葉に。
 かさ、と、紙がこすれる音。そして。
「どうした?」
「……あ」 
 真正面から向けられた目に、真帆は慌てて両手を振った。
「あ、いや……なんでもないです」 
「……そう?」 
「うん、全然なんにもないっ、全く問題ないっ」 
 言った先から、自分でも嘘くさいなと思うくらいだから、相手が納得するわ
けはない。
「…………真帆」 
「………………はい」
 かさり、と、新聞を揃えて畳み、横に置くと、相羽はきっちりと身体の向き
を変えて真帆のほうを向いた。
「……何かあった?」 
「…………な」 
 なんでもない。だいじょぶ。
 笑って言おうとした言葉は、真帆の口元でかさかさに乾いて消えた。

「ほんとにたいしたことないんだよ」 
 静かな無表情の前に、嘘は通じない。だけれども。
(そう、ほんとに)
 目の前の相手は、それを毎日毎日繰り返して、けれども家ではそんなことを
見せないのだから。
「……ただ」
「……なに?」 
「…………死んでるからって、それが別に善良な被害者だってわけじゃないんだな、って」 
「そりゃあね」
「それを……少し見誤っただけ」 
 それでも犯罪は犯罪の筈なのに、自分はその一瞬、相手をねじ伏せることし
か考えなかった。
 結局は、川堀に迷惑をかけることになっている。
 どうしたら良かったのか、それは一応判る。けれども。

「……」
 そっと、左手を取られて、真帆は小さく息を呑んだ。
「痛む?」
 ふんわりと指先で、撫でられる。
「………そんなんじゃ、ないから」 
 実際、痛みは無い。
 けれども。
「仕事、だったし」
 だから、と、言いかける前に。
「……真帆」 
 無茶をするな、と、怒られるのか。もう仕事を辞めるようにと言われるのか。
一瞬全身で身構えた真帆にかけられた言葉は、けれども彼女の予想とは全く違
うものだった。
「被害者だからって、完全に弱者というわけじゃない、これだけは……わかっ
てて」 
「……………はい」
「死んだらいい人って、いいわけは通じないから。真帆の場合……ホントに洒
落にならないから」 
「うん……」 
 何度も何度も、手首を撫でる手は優しい。

『捕まえてないと……不安になる』

 ふっとその言葉が耳の奥によみがえる。
 多分、そのことは今も変わっていない筈なのに、それでもその手は真帆の手
を、握りしめることはしない。

「……尚吾さん」 
「ん?」 
 甘えていることは判っている。けれども、甘えてごめんなさいと言ってしま
えば、多分、互いに引くことが出来なくなるから。
「被害者がいいひとじゃないのが、わかるのに、でも犯人は居るのって」 
 もう一つの痛みに、すりかえる。
「そういうのを……嫌だなと思う自分が嫌だ」 
 一瞬の沈黙が、返事に先立った。
「……汚いとこさらうのは、俺らのはずなんだけどね」 
「……」 
 ああそうか、と真帆は思う。
 この人たちは毎日、こういうことをいつもいつも見ているのだ。
 それを仕事と言って……

「…………ごめんなさい」 
「謝らなくていいから」 
「これぐらいで、弱音吐いてたら駄目だよね」 
「でもね、辛かったらちゃんと言っていい」 
 自嘲するように言った真帆に、そうやって静かな声が返る。

「……絶対、この被害者、悪党だと思う」 
 包まれるように撫でられる左手から、ゆっくりと染み込むように安心が広が
る。
 何を言っても大丈夫だ、と。
「話したの、短い間だけだったのに、それなのに加害者のほうが気の毒になっ
たもの」 
「……うん」
 真帆に向かってあれだけ大きく出るところ。また、銀鏡の言っていた彼の犯
した罪からして……恐らくこの男は、他人を大きく傷つけようとしたのではな
いか。そういう偏見が、偏見に思えなくなるような、そんな気がするのだ。
 
「……何だか……このまま、熱出ましたーとか言って、近付かないようにした
いな、とか思ってしまうんだ」
 そうしたら、彼の事件は時効を迎えるだろう。犯人は罰せられないだろう。
もしも自分が居なければ。

 ふと、思って、真帆は気が付いた。
 本当に、自分はこの事件に関わらないほうが良かったのだ。
 何一つ、役に立っていない。

「…………思うだけ、だけど」 
 そのことに気が付いて……真帆の声は小さくなる。ぼそぼそとした声を、け
れども相羽はちゃんと聞き取ったようだった。
「それでもいいよ。本来なら……こういったことは俺らがやらなきゃいけない
ことなんだから」

 零課の仕事を手伝う、と言った時に、それはそれは反対された。
 それでも手伝いたいから、と、結局頑張って、願いを通した。

 その結果が……これなのか。

「……尚吾さんの手伝いだから、あたしは」

 突っ走って結果的に川堀に迷惑をかけて、その挙句助けなければ良かった、
などと思うばかりで。

「手伝いたいって、はじめたこと、で……」 

 けれど。
(何一つ、役に立っていない)
 寧ろやること全て、裏目に出ているだけではないのか。

「…………ごめんなさい、半端で」 
 声のどこかが裏返って、ああ、泣きそうだ、駄目だ、と、妙に冷静に判断し
た、時に。
 左手から手を離され、そのままくるりと抱き締められた。


 小さく、震えていた。
 額を押し当てた肩のあたりも、回された手も。
 
(全部)
 知っているのだろう、と、ふと真帆は思う。細かいことをどうこうではない、
誰から聞いたかも判らない。けれども。
(尚吾さん、全部……知ってるんだ)
 
『お前さ……ほっといたら、そのまま飛んでくんじゃないか、ってさあ』

 何度も何度も、背中を撫でる手。
 まるで、そこに真帆が居ることを、確認するように。

 約束する、と、真帆は言った。
 信じるから、と、相羽は言った。

(だから……?)

 だから、黙ったまま、この人はただ自分を抱き締めているのか。

「…………っ」
 必死で堪えていた涙が、こぼれた。
(……ごめんなさい)
 もうその言葉では、償えない気が、した。
(ごめんなさい、ごめんなさい)
 言葉の形にならないままのうめき声が、喉から幾度もこみ上げては溢れた。

            **

 よく、知っている。
 何のためらいもなく、必要と思えば空に落ちるのも辞さないことも。
 やると決めたら、本当にやってしまうかもしれないことも。
 思いやることが無いとか、そういうことではない。ただ、真帆というのはそ
ういう人間であるだけのこと。

 だから。
 ……けれど。

 両腕でしっかりと抱き締めた。
 呻くように泣く真帆の頭を、何度も何度も頭を撫でた。
「……」
 何かを呟くような真帆の声、それが『ごめんなさい』であることは想像に難
くない。
「泣かなくていい」
 お互いに必要で、かけがえのない存在で。
 そして誰より理解しているからこそ、相手が取るであろう行動と考えに納得
がいき。そして納得できるからこそ、怖くなる。
「泣かなくていいから……」
 震える肩を撫でて、耳元で囁く。
「分かってるから……」


時系列
------
 2008年4月〜5月

解説
----
 分かり合っているだけに、怖かったりすることもある。

*********************************************

 てなもんです。
 ひさしゃん、最後のやっかいなとこ、まわして済みませんでした。
 そして、〆て下さって、ほんとに有難うございます。

 ……でもまだちょっと続くけどな(滅)

 であであ。 
 



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