[KATARIBE 31665] [HA06N] 小説『十二月の月』

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Date: Sat, 31 May 2008 23:46:07 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31665] [HA06N] 小説『十二月の月』
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2008年05月31日:23時46分06秒
Sub:[HA06N]小説『十二月の月』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
先日は、3回も同じものを送ってしまい、申し訳ありませんでした(平身低頭)

……んで。
今日は、初谷の家族の話。

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小説『十二月の月』
==================
初谷凪(はつがい・なぎ)
   :天才肌の科学者。ラケル・掛場・サッチャーの大学院時代の友人。
   :子供二人。奥さんは亡くなっている。
初谷千波(はつがい・ちなみ)
   :その息子。脳の一部に『思考する』部分を組み込まれている。
初谷千華(はつがい・ちか)
   :その娘。脳の一部と左目に、『情報を得る』為の機械を組み込まれている。


本文
----

 貴方のことは、ぱぱと言うわ。
 小さな娘は、透き通るような目をこちらに見据えてそう言った。

              **

 母親を喪った子供達は、引き取ろうと申し出た父親の言葉に素直に従った。
 これまで何年も……法的には家族であり続けてはいたものの、親らしいこと
をやったことのない父親の言葉である。無論従う必要はない、君達が他に行き
たいところがあるならそれで構わない、と……それ本気で薦めてんのか、と、
傍で聞いていた面々が突っ込みを入れるくらい淡々と言った血の父親の言葉に、
けれども二人はやはり淡々と、そちらに従おう、と言った。

 従おう。そして一緒に日本に行こう。
 
 
「最初にね、決めておこうと思って」
 子供達と一緒に帰って数日。
 家族の一人がいなくなるということは本当に大変なことで、何だかんだとや
はり用事は多くて、数日は子供達と話すことなど出来なかった。
 その夜も、同じかと思った……のだが。

 夜はまだ早かったが、さあ寝ようと凪は言った。日本に行くと決まったら、
やはりやることは沢山ある。ならば眠れる時に眠ろう。
 ……と、思ったのだが、子供達は黙って首を横に振った。大きな窓の嵌った
部屋の、その窓の近くの椅子に凪を導くと、自分達はその向かいに座る。
「まずね、貴方のことをあたしたちぱぱって言うわ」
「……え?」
 凪と呼べばいい、と言った。どれだけ贔屓目に見ても自分の振る舞いは父親
と呼べるものに相応しくは無い。妻に対しては『亭主元気で留守がいい』との
日本での標語のようなものもあるし……実際彼女に話して、椅子から転げ落ち
るほど笑われたことがある……互いに納得しての関係であったから、それなり
に問題は無かったのだが。
「あのね、アッバとは呼ばない。それは違うから」
 彼らの母親の言語で『父』を現す言葉を千華は言い、凪は頷いた。
「それにおとうさんも違うから言わない。でも貴方は、それでも、少し特別だ
から」
 椅子に座ったまましゃんと背を伸ばし、きっとこちらを見る少女は、頬の辺
りの幼い線が似合わないほどはっきりと言葉を紡ぐ。論理というものを突き詰
めるようにシステムを組み込んだのは確か息子のほうだったが、と、凪は一瞬
考え込んでしまった。
「だから、ぱぱならいい」
「それは、二人とも?」
「二人で決めたの」
 頷くと、千華はぱっと双子の兄のほうを見た。ほんのりと笑みを口元に浮か
べてこちらを見ていた少年は、少しだけ首をかしげた。
「父親という意味合いは多少は残っていますが、ぼくらの母国語じゃないから
……まあ、そういうものならば、って思います。いいですか?」
「無論だとも」

 妻となった女性。それを選んだのは性格の為でもなければ無論のこと外見の
せいでもない。あくまでこの子供達が『自分の研究に役立つ部分を欠損して生
まれてくる可能性が高い』という、それだけで選んだのだけれども。
(ぼくもこの子達も、本当に運が良かった)
 ほっと息を吐いた凪は、それでもふと目を上げた。
 二人の子供達は、じっとこちらを見ている。

「……なんだろう?」
「訊きたかったの」

 大きな目が、まじろぎもせずに凪を見据えている。

「何だろう」
「どうして千波とあたしが、日本の、学校に行くの?」
「行きたくない?」
 訊き返した凪に、二人は揃って肩をすくめた。

「論点はそこじゃない」
 声変わり前の声は、妹とよく似ている。けれどもより穏やかな声が、たしな
めるように言った。
「行かせようと決めた理由がわからないと、ぼくらには判断する材料が少なす
ぎます」
「そうかな。そもそも学校にゆくことは悪いことじゃないだろう?」
「知識を得るというだけなら、ぱぱのところで学ぶほうが早いと思うけど」
 話を切り出すと、少し話しやすくなったのだろう。千華は少し高い椅子に座っ
て足をぷらぷらと揺らしている。
「知識の質量共に、多分学校よりは豊かだと思うし」
「それは、そうだね」
 脳の一部を機械に置き換えた子供達については、その学習速度や学習方法に
ついても、そのまま研究する題材となり得る。凪をはじめ、研究所の人々が様々
な知識を与え、彼らはそれを記憶していった。社会科や古典など、彼らの専門
ではない部分については、確かに学んでいないことも多いけれども。
「ただ、君達はまだ、人間が複数居て形作る社会ということについては、知ら
ないだろう?」
「え、でも」
「いや、ここの研究者達は別だよ?」
 先手を打つように言い、凪は笑った。
「ここの連中は、少なくとも君達の年齢の倍は年取ってる。それに君達は、ぼ
くが見る限り、そんなに我侭を言うわけじゃない。そういう場合、多分彼らは
君達とうまく折り合ってゆくと思う」
 こくん、と、二人が揃えたように頷くのを見ながら、凪は言葉を続けた。
「でもね、社会っていうのは、君達が悪くないから責められないってものじゃ
ない」
「え」
「君達が何一つ悪くなくても、ちょっとだけ普通とずれただけで、責められる
ことがある」
 凪の口元が、わずかにこわばった。まるで何か酷く苦いものを噛んでしまっ
たように。
「君達は多分、そこで自分が持たないものを自然に持っている相手から、彼等
が持っていないものを君達が持っているという理由で嫉妬され、憎まれること
もあるだろう」
 だんだんと子供達の、眉の間に縦皺が寄る。一体それはどういうことだ、と、
言いたげに見据えられて、凪はくすんと笑った。
「そういうのが、人間の、社会というものなんだ」

 全てのしがらみは、不要だと思った。
 それでもこの社会に生かされている部分を、忘れることは出来なかった。

「君達の身体は今自由に動く。その為に研究をしてきたけれど、それは、この
研究に直接関わることの無い人たちのお財布から出ている」
「……」
「そういう点から言うと、君達はこの世界の目に見えない不特定多数の人達に、
恩があると言っていいと思う」
「その、恩を返すまでは、その理不尽を我慢しろ……ってこと?」
「そういうことじゃないよ」
 どれだけ恩を返しても、多分世界は理不尽なままだ。
「恩はね、基本返せないもんだと思うしね」
 ぎゅ、と、千華が眉根に強く皺を寄せた。

「ぼくらは勝手放題に生きることが出来る」
 眉根を寄せて見上げた男は、やっぱり少し笑っていて、お前がそうだったじゃ
ないか、と言いたくなった千波の言葉を自然に封じた。
「だけど、ぼくらは確実に、この世界に恩がある」
 静かな……雨季の終わりに少し伸びた草の頭を撫でるように吹く風に似たそ
の声は、不思議と話す内容に伴う反感を抑えるように聞こえる。
「その、両方を考えながら歩くしかないんだと思う」
 
 それはここで、自分達を無条件に許す人達の中では培われない能力なのだ、
と男は言い、千波は一度目を伏せることで、賛意を示した。
 が。

「だから、君達は、あちらに居る時は、人前で接続することを出来るだけ避け
る必要がある」
 その言葉にだけは、千波も千華も、そうかと頷けなかった。


「どうして?」
 母親に良く似た柔らかな癖のある髪の毛を、後頭部で高く束ねている。それ
が問いと一緒にぴょんと跳ねた。
「どうして千波と接続するのがいけないの?」
 答える前に、彼らの一応の父親は、うーんと一つ唸った。
 父親という実感は恐らく互いにあまり無い。ただ、先生と生徒という実感な
ら結構ある。そうやって唸って顔を上げた凪は、既に父親というよりは先生だ
な、と、千華は内心呟いた。
「まず、常に禁止というわけじゃない。右目を取り出したら接続は出来るよう
になっている」
「え、でも」
「だから、右目を取り出して大丈夫なところで、互いに接続することまでは止
めないよ」
「……でも、その間、この目、使えないじゃない」
「そうなるね」

 少女の右目が虹彩から瞳にかけて、淡い光を放った。言われなければ、そし
てその光さえなければ、それが義眼だとは普通は気がつかないだろう。
「だから、そういうことが問題にならないところでは、構わないよ」
「どうして?」
「……構ったほうがいい?」
「ううん。そうじゃなくて、逆」
 真っ直ぐに尋ねる少女に、凪は苦笑した。
「まず最初に、そういうことは普通の人には出来ない。だから、下手に目立つ
し、さっき言った……そう、嫉妬や差別の原因にもなりかねない」
「目を取らなかったらばれないと思う……」
「ばれるよそれは」
 ぶつぶつと呟いた言葉に、流石に千波が苦笑した。
「それに、接続した時に、君達は二人で向き合うばかりになる。それは決して
いいことじゃない」
「……どうして?」
「内にこもることになるから」
 千華の眉の間の縦皺は、減ることがない。凪は苦笑した。
「それがどうして悪いのかって言いたいんだよね」
「…………うん」
「そうだね、そうやって二人で、落ちてゆくだけが幸せって言う人もいるよ」
 さらりと言う内容は、ある意味では12才の子供にはふさわしくない内容で。
でも、それを聴いた子供達も話した凪も、するり、と、その言葉を流してゆく。
「ただ……それが幸福であっても相当破滅的なものだと思うし、そうならない
ほうがいいと思う」
 破滅的、の言葉に、少女がびくりと肩を竦ませる。
「社会のことを学ぶのに、二人で向かい合うばかりでは、何にも学べないよね?
だからある程度までは、ぼくは止める」
 ある意味、優秀な教師の口調で凪はそう言い、そして苦笑した。
「いいかな?」
 不承不承、ではあったが、小さな頭が二つ、ぺこりと頷いた。

「じゃ、寝ようか」
 かけた声に、少女はこっくりと、今度は大きく頷いた。ひょい、と、椅子か
ら飛び降りる。
「……ひとつ、訊いていいですか?」
 反対に、少年のほうは椅子に座ったままだった。まだ声変わりしていない声
も、そして落ち着いてこちらを見る目元も。
(凪にそっくり)
 そう言ってはころころと笑っていた女性は、もうここには居ない。
「なんだろう」
「あなたは」
 そこでふっと言葉が途切れた。
 
 少年は少し苦しそうに眉根に皺をよせる。
 まるで何かを躊躇うように、まるで何かを壊そうとするかのように。
 一瞬の逡巡。しかしその後、その、どこかむやみに透き通った視線をひたと
凪に当てて、少年はゆっくりと言葉を紡いだ。
「母さんが死んだ時……泣きましたか?」


(行け。今すぐ行け!)
 この研究所に移ってからこちら、ずっと同僚だった男の怒鳴り声。
(お前の奥さんに言われたよ。多分余裕があるならお前は必ず来てくれる。で
も余裕が無かったら来てくれない。来てくれないと思うだけで悲しいって)
 ほんの少しのエンパシー能力と、それを十全に生かす心遣い。
(だから言うなって言われたけど……行けよ、その誤解、解いて来い!)

 来ないかもしれないと思うだけで、悲しかった。
 あなたは母さんが死んだ時、泣きましたか。

 全く同じ発想から流れる、二重奏。


「……泣いたよ」
 誤解を解けと言われて、解けるものでもないことを知っている。
「泣いた。一晩」
 少年のそれに良く似た目が、やはり静かに少年を見る。
「ぼくは確かに父親としても夫としても無茶苦茶だったと思う。けれども」
 たとえどれだけ、相手に迷惑しかかけていなくても。
 それが、所謂家族愛ではなかったとしても。
「……泣いたよ」

 おおきな硝子張りの窓の向こうには、幾分か欠けた月が高く登っている。
 少年の頬は、その光に照らされて青白く輝いていた。


「……わかりました」
 ふ、と少年は椅子から滑り降りるように降りた。すとんと足を揃えて立ち上
がる。
「おやすみなさい、ぱぱ」
「……おやすみ」

 少年が伸ばした手を、当たり前のように少女が取る。手を繋いで階段を上がっ
てゆく二人を見送ってから、凪は崩れるように椅子に座った。
 手を伸ばして、近くの棚に置いてあった褐色の色の瓶と、その隣のグラスを
取る。グラスを右の手で押さえながら瓶の蓋を開けると、ふわり、と濃い酒の
香りが立ち上った。
 どくどくと、乱暴に注ぎ込んだ琥珀の酒を窓に向かって差し上げると、そこ
に丁度月が浮かんでいるようで。

(ほら、グラスの中に月が入ってる)
 薬は苦手だと泣く子に、そうやって宥めながら薬を口に入れ、そしてその水
を含ませる。
(お月様の入ったお水だから……すぐに元気になるわ。千波)

 
 水面の月は掬えない。
 水面の月は……救えなかった。

 生のままの酒を、そのまま流し込んだ。
 喉に焼け付くような痛みが、何だか月を喉につかえさせたようだ……と。
 ふと思った自分に凪は、少しだけ笑った。

時系列
------
 2008年 12月頃。
 初谷家の話です。
 恐らくこのやりとりの直後に、ラケルさんに電話かけてます。
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 てなもんです。
 であであ。 

 


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