[KATARIBE 31660] [HA06N] 小説『本の帝国・大使到着』

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Date: Sat, 24 May 2008 23:48:41 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31660] [HA06N] 小説『本の帝国・大使到着』
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2008年05月24日:23時48分41秒
Sub:[HA06N]小説『本の帝国・大使到着』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
六畳一間で、本の帝国は言いすぎじゃーという意見はありますが。
ごーだごー。

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小説『本の帝国・大使到着』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  大学生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。
 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。
  この春より大学生。一人暮らし開始。
 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。


本編
----
 珈琲と紅茶(大概インスタント、お茶っ葉だけは時折普通の)は飲み放題、
但しミルク等入れたい場合は持ってくること。ある場合はお菓子も食べて良し。
 本は読み放題、但し来る時には出来るだけこちらが未読の本を持ってくるこ
と。

 この条件で釣れない本の虫は、まず居るまい。

                                **

「うん。これがこの前買った、『ドゥームズデイ』と『グローリーシーズン』」 
 それぞれ二冊組、それなりの厚さのある4冊の本を、どんっと聡は卓袱台に
置く。
「さーどうぞっ」
「へぇ……」
 言葉は平凡だが、目はケーキバイキングにやって来たダイエット中の女の子
の如く、きらきらと輝いて本を見ている。早速手を伸ばした相手に、聡のほう
もわくわくとした顔になって声をかけた。
「で、森見登美彦の本はっ!」 
「はい『夜は短し歩けよ乙女』、と『きつねのはなし』」 
「やったーーっ!」

 ……一体何事か、と思わず突っ込みを入れたくなるようなノリの良さである。
 
 というか、彼らの大学の知り合いが見たら驚くに違いない。新歓コンパにも
せいぜい自己紹介の間しかおらず、無論サークルにも入る様子が無い、生真面
目に一時限目の授業からやってきて、真面目にノートを取っている……そうい
う、ちょっと希少価値かもしれない大学生をやっているこの二人が、それこそ
うきうきと会話をしているのである。

 ……その対象が、本であるところが、もうどうしようもなくこの二人らしい
わけだが。


 インスタントコーヒーとティーパックが卓袱台の上に乗っかっている。一緒
に置かれたポットは古いもので、中は硝子張り。要するに電源に繋がなくても
暫くあったかい、という奴である。
「コーヒーもらっていい?」
「どうぞどうぞ」
 問う声も返す声も、相当に空ろで……つまり二人とも、既に相当本に呑まれ
ている状態である。
 かちゃり、と瓶から直接カップにインスタント珈琲をぶち込む音。そして熱
湯を注ぐ音。
 それさえも、恐らくは、読んでいる本の情景に合致するならばその背景音に、
合わないならば綺麗さっぱりと知覚されていないのだろう。


 金曜日の、午後……というより夕刻である。
 新入生が、まだ落ち着いてない頃。怒涛のように先輩達が、この純情(?)
なる若人達を正しい大学生として奈落の底に引き摺り下ろす時期である。
 そこを、真面目に真っ当に……本読みに費やすあたりがこの二人である。
 が。

 ぐい。
 ぐいぐい。

「ん?」
 一時間ほど読んで、一冊目がほぼ終わりかけたところで、聡は目を丸くした。
本の上。さあ、あとはあとがきだ、という辺りに、毛糸が縺れまくったような
物体がぴょこっと乗ってきたのだ。
「あ……あれ、ケイトちゃん?」
 うんうん、と、毛糸の塊が頷く。
「あれ……本読んじゃった?」
 何せ音声による意思疎通が出来ないので、そこらはあやふやではあるのだが、
どうやら文字は読める、と判断したのは暫く前である。実際、書置きをしてお
いたら、ちゃんとその通りに反応するので、今回も『じゃあこれ、ケイトちゃ
ん用だから』と、本を用意したし、確かにそれに取り掛かっていたのだが。
「退屈だった?」
 うんうん、と、ケイトが頷く。
「じゃ、ちょっと……あ」

 少し離れたところに置いてあった目覚まし時計を見て、聡は声をあげた。
「え?」
「あ、いや、もうこんな時間だったんだ」
 時計の針は既に7時から8時へと動いている。
「今日、泊まってって大丈夫だったよね?」
「うん、本読めるなら」
「そっちは問題ないんだけど、夕ご飯食べるよね?」
「あ」

 そこで二人してかなり忘れていたらしい。
 ケイトがむーとして二人を見ている。

「あ」
「え?」
 ぽん、と手を打った夕樹に、聡が首を傾げる。それに、えらく真剣な顔で、
夕樹が尋ねた。
「……ちゃんとご飯食べてる?」 
「え?うん。ご飯はちゃんと炊いてるし、近くの八百屋さんで100円野菜買って
きてるし」 
「おお。ちゃんと自炊してるんだ」 
「あと、ここの近くでおから、ビニール袋一杯で50円で買えるんだよ」 
 これくらいの、と、聡は手で示してみせる。
 確かにかなりの量である。
「以前さ、おばが作ってくれたことがあるんで、おからサラダの作り方訊いて、
作って食べてるよ」
 あれ結構美味しかったから、と言う聡に、夕樹はますます目を丸くした。
「……すごいなあ」 
「化学反応みたいだから楽しいよ」
 真顔で言うと、聡は、ああそうだ、と立ち上がった。
「ちょっと作ってみたから、食べてみる?」
 冷蔵庫から、ジッパーつきの少し分厚いビニール袋を出す。
 中には、白っぽい、ちょっとポテトサラダに似たものがぎっしりと入ってい
る。
「うわー……」 
 いやそこで、ビニール袋じゃなくて、他の皿か何かに出してから渡すように、
と、もし彼の叔母なり母親なりが居たら注意するだろうが、そこらは全く構っ
ていない。
 まあ、差し出されたほうもそこらには全く構っていないようだったが。
「すごいなあ……一人暮らしをして、ちゃんと自炊もできて……」 
「結構、こういうの面白いよ……ちょっと食べてみる?」
 要は、作ったものの味を聞いてみたかったってのが実際なのだろうが、聡は
一所懸命に薦めた。
「じゃあ、いただきます」
 ああそうだ、と、ようやっと出てきた皿に、スプーンでサラダを盛り、その
スプーンごと夕樹に渡す。真面目くさった顔で、夕樹はぱくりとサラダを食べ
た。
「…………」
「…………」
 もくもく、と、口を動かしている夕樹を、聡がじーっと見ている。言ってみ
れば小学生の家庭科の時間に、先生に持ってった子供が、その感想を聞こうと
するのに似ている……というと聡からは苦情が来るだろうが。
「……あ、おいしい」
「やった!」
 口を空にして、うん、と頷いた夕樹の言葉に、聡が万歳をし、横でケイトが
真似をしてばんじゃーいとやる。

「じゃあ、あとは……パンと、なんか買って来ようよ。あと……牛乳が尽きた」
「ああ、ほんとだ」
「じゃ」
 勉強机の上から財布を取り上げ、掬い上げるように取り上げた上着のポケッ
トに放り込む。読んでいた本を丁寧に卓袱台の上に置き、ぱたぱたとしていた
ケイトを、ひょい、とポケットに入れると、準備完了である。

「高瀬君のうちだと、野菜ってどう食べてる?」
「うち?」
「うん。野菜って、どう料理したらいいんだか、なんか困ってて」
「……野菜炒め、じゃないかなあ」
「…………やっぱりそれか」
 がっくし、と、聡は肩を落とす。
「え、何で」
「……野菜炒めか、サラダしか思いつかなくて、なんか最近どうしたらいいか
困ってるんだ」
「あー……あ、そうだ、きんぴらごぼうとか」
「あ、それいいや。一緒にニンジン入れて」
 ポケットの中で、ぴょこたことケイトが跳ねる。
「ケイトちゃんも賛成?」
 うんうん、と、頷く感触に、聡は笑った。
「じゃ、行こうか」
「うん」
 手早く上着を羽織った夕樹と肩を並べるようにして、部屋を出、鍵をかける。
「……あれ、関口君」
「?」
「背、伸びた?」
「…………あれ」

 いつの間にか。
 並んだ時に、肩の位置が揃う。

「うわー、びっくりした」
「って本人気が付いてなかったのかっ」
「全然……うわあ、受験って背が伸びるのか!」
「それは、かなり違うと思うよ……」

 莫迦なことを言いながら、歩き出す。
 本の帝国を後にして。

時系列
------
2008年4月はじめ

解説
----
本の帝国に、本を担いだ大使(=夕樹君)がやってきました。
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 てなもんで。
 まだお酒が入らない、健全な夕ご飯ですね。

 であであ。
 
 


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