[KATARIBE 31658] [OM04N] 小説『依頼』

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Date: Wed, 21 May 2008 01:09:47 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31658] [OM04N] 小説『依頼』
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小説『依頼』
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本編
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 朝から降っていた雨は既に止み、雲の隙間から夕焼けが見えていた。
 烏守望次はいつものように秦時貞の屋敷へと出向いた。丁度そのとき、門の
内側から一人の男が姿を見せ、門をくぐろうとした望次と鉢合わせになった。
二人はともに動きを止めたが、望次の方が体を横に向けて男に道を譲った。男
は望次の顔を一瞥するとかすかに眉をひそめて足早に去っていった。
 望次はその後ろ姿を見て首をかしげた。どこかで見たことがあったような気
がしたのだが、誰かは思い出せなかった。しばらく立ち止まったまま考えてい
たが、やがて時貞の屋敷に入っていった。
 相変わらず屋敷の中からは物音は聞こえてこず、従者などの姿も見えない。
 そのことに慣れてしまっている望次は屋敷の中には入らず庭の方に向かっ
た。時貞は大抵庭に面した縁側にいるからだ。しかし、望次が庭に出てみると
縁側には誰もいなかった。来客があったのだから、留守ということはないだろ
うと思い、彼はその縁側に近づいた。
 すぐ側まで来たところで、左の方から足音がしたので彼はそちらの方を向い
た。しばらく見ていたが誰も現れる気配がなかい。
 望次は顔を正面に向けた。
 そこにはいつの間に現れたのか時貞が立っている。
「わっ」
 驚いた望次を見て彼は目を細めた。
「何を驚いているのだ」
「お前、どうやって現れた」
「どうやっても何も……」
「先ほどまではいなかったではないか」
 時貞は呆れたような表情を浮かべた。
「お前が向こうを見ている間に逆の方から歩いてきただけだ。何の不思議もな
いではないか」
「じゃあ、あの足音は」
「足音?」
 時貞は首を捻った。
「お前が来る前にあちらの方から足音が聞こえたのだ」
 そう言って望次は今まで見ていた方を指差した。時貞はその先をしばらく見
ると、小さく笑った。
「空耳ではないのか」
「空耳だと?」
「ここは静かだからな。何も音がないと聞こえもしない音を己の中で作ってし
まうのかもしれんな」
 会話が途切れる。
 確かに静まりかえっていて何も聞こえてこない。
 風が吹いた。
 水気を含んだ風は庭の木々の葉を揺らす。
 カサコソと葉が鳴った。
 それを合図とするかのように望次は口を開いた。
「ところで先ほど来ていたのは誰だ?」
「ああ、会ったのか」
「すれ違っただけだがな」
「左大臣のところに仕えている武士だ」
 その左大臣の名前を聞いて望次は一人頷いた。その屋敷には何度か行ったこ
とがある。恐らく、そのときにその武士の顔を見たことがあったのだろう。
「武士がお前に何の用だ?」
「屋敷に妖しが出るのだと言ってきた」
 それを聞いて、望次は「ほう」と少し笑いを堪えるように言った。
「お前に頼むとはなあ……」
「御頭からの命令だから断るわけにもいくまい」
 御頭とは時貞が仕える陰陽寮の頭である賀茂保重のことである。
「何だ。保重様の知り合いか」
 時貞は頷いた。
「ならば、保重様に直々に頼めばいいものを。なあ?」
 時貞も一応陰陽寮に仕える陰陽師である。そのような仕事を引き受けられな
いことはないのだが、彼には他の陰陽師と決定的に違う点があった。
 彼は鬼を信じないのである。
 陰陽師といえば鬼を原因とする諸現象に対処する者である。その者が鬼を信
じないとなると使い物になりそうがないが、彼の場合は鬼を信じない、さらに
鬼が見えないというだけ(と言っても致命的な問題ではありそうだが)で、陰
陽師としての仕事はこなすことができる。
「御頭が動くと何だかんだと話になるだろうよ」
「いいではないか。自分は陰陽頭を動かせる者だと誇示できるではないか」
「だが、武士のくせに、と言われかねない」
 それを聞いて望次はしばらく黙っていたが、やがて「……なるほど」と呟
き、苦笑いを浮かべた。
 時貞はそんな彼を見ていたが、何かを思い出したように舌打ちをした。
「どうした?」
「いや、このことは誰にも言うなと言われていたのだ」
「保重様にか?」
「違う。あの男に、だ」
「なんだ」
 望次は笑った。
「体面なぞに拘らずに保重様に頼んでおけばすぐに済んだかもしれぬのにな」
 時貞がそれを聞いて眉をひそめる。
「……まるで俺が能なしみたいな言い方だな」
「お前に任せると話がややこしくなることがあるからな」
 時貞は反論しようと口を開いたが、諦めて首を横に振った。
「だが、片は付けるんだろう?」
「当たり前だ」
 そうだな、と望次は頷いた。

解説
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ちゃんと陰陽師らしい仕事もするんです。
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