[KATARIBE 31657] [HA06N] 小説『そして唐突な依頼の電話』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Tue, 20 May 2008 23:34:12 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31657] [HA06N] 小説『そして唐突な依頼の電話』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20080520143412.3CC193067E5@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 31657

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31600/31657.html

2008年05月20日:23時34分11秒
Sub:[HA06N]小説『そして唐突な依頼の電話』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
ごんべさんとこのラケルさんの友人との会話。
……つか、これ友人というより、悪友なんじゃないかと(汗)

********************************************
小説『そして唐突な依頼の電話』
=============================
登場人物
--------

ラケル・掛場・サッチャー (らける・けば・さっちゃー)
   :セレスティアル財団所属の科学者。吹利ラボの責任者の一人らしい。
初谷凪(はつがい・なぎ)
   :ラケルの大学院時代の友人。二人の子供の父親らしい。


本文
----

 彼は底抜けに人騒がせだった。
 彼は底抜けに自分勝手だった。
 彼は底抜けに傍迷惑な奴だった。

 それでも同時に、彼は底抜けに善良であった。

        **

『ラへル!やあ元気だね!』

 一般的に、このように、名乗りもせず前置きもせず『元気だね』と言って通
用するのは、その電話の主がそれなりに……せめて数ヶ月に一度は連絡を取っ
てくる場合ではないだろうか。
「……すみませんが……」
 時期は年末、クリスマスの手前。人が連絡を取っていない友人や親戚を思い
出し易い時期だ。一体そのうちの誰だろう、と、首を傾げたラケルに、その声
は、えらく心外そうな口調で返してきた。
『何だろうその他人行儀な受け答えは。ぼくだよラヘル』

 ラケルの名を『ラヘル』とも聞こえる声で呼ぶ。真ん中の音は喉の奥から、
こすり付けられるように出る音、KとHの間のようなその発音には、確かに憶え
がある。
「…………ナギ?ナギ・ハツガイ?」
『無論凪だ。初谷凪だよラヘル!』
 得たり、とばかりに電話口の声は威張る。いや威張ることではないだろう、
と突っ込みを入れられたことは数知れず、それで懲りる相手ではなかったのも
事実である。
 それにしても。
「ナギ!……まあお久しぶり」
『お久し、はともかく、すっかり忘れられていたようだな』
 なんて冷たいんだ、と、声はぶつぶつぼやく。
「何年振りだと思っているの。貴方がそちらに行って、もう10年以上なのよ?」
 連絡はその間に、せいぜい2、3度。確かに互いに研究論文などで名前は見
ていたし、どこで活動しているかくらいは知っていたが、学会があまり重なら
ないせいもあって直接会うこともない。忘れて当然じゃないか、と思わないで
はないのだが。
『君はここ数年、ぼくのような人間を何人も見てきたの?』
 不思議そうに尋ねられて、思わず噴き出す。
「確かにそうそういないわね」

 初谷凪。
 大学院の頃に知り合った、一学年上の先輩である。
 生体に機械を組み込む、という目標を選ぶ辺りからして並ではない、と言わ
れていた先輩である。そのうち人間を巨大ロボットに変身させる積りじゃない
かとか、それじゃお前トロルキン博士だよとか、そういう莫迦な会話が何だか
彼を見ていると『いやもしかしてこいつは本気じゃないのか』という恐怖(?)
に変わるような、そういう先輩でもあった。
 そして何より。
「それで、どうしたの、一体?」
 用事無しに電話をくれるような相手ではなかった筈、なのだが。
 が。

 これは電話を切った後のことだが、ラケルはしみじみと思い出すことになる。
 彼の用事が……とっぱずしていないことなど無かったということを。

『セレスティアル財団に居るんだよね?』
「え?ええ」
『あのね、ぼくの子供達が12歳なんだ』
「え?」
 子供なんていたの、そもそも結婚してたの?と尋ねる前に。
『妻ががね、亡くなってしまって。今面倒見る人がいないんだよ』
 さらり、と言われてラケルは一瞬声を呑んだ。何と言おう、と思っている間
に、相手はどんどんと話を進める。
『それでね、霞中学に入れたいと思うんだ』
「カスミ……」
 そういえば財団の擁する、日本にある学校だっけ。
 と、思い出したか出さないうちに。
『そこに子供を入れたいんだけど、ラヘルお願いしていいよね』
「は?」

 ここで確認。
 確かにラケルは、セレスティアル財団の擁する研究施設に属している。
 しかしそもそも、彼女が現在居るのは。

「あのねナギ。私が居るのはアメリカなんだけど」
『シアトルだよね?知っているよ。こうやって電話をかけているんだから』
 ならば何でそういう依頼をしてくるのだ。
「それなら判るでしょ。カスミ中学って、名前は知っているけれども」
 実際それしか知らない、と言う前に。
『じゃあ問題ない。君のところだもの。お願いするよ』

 ひとのいうことをきけーーーっ……と。
 怒鳴れる性格なら良かったのに、とラケルは一瞬思い、またいや、と思い返
す。
 ひとのいうことをきけーと言われて、聴いているのだけど、まだ必要かな、
録音機かな、と、大真面目にテープを用意しだした前科が、電話の向こうの男
にはある。

「だから……確かに同じ財団の系列だけれど、私は日本の中学のことなんか詳
しくないのよ。まして」
 入学の条件なんて、と、言葉を継ごうとするのを、相手はひったくる。
『ラヘル。ぼくら互いに友人歴長いよね?』
「……ええ」
 10年後に唐突に会っても、やっぱり友人として話せる相手。なかなか居そ
うで居ない相手だが、彼の場合それが見事に当てはまる。
『それなら判るじゃないか』
 男性の声としては、少しだけ高めかもしれない。自分と同じ世代にしては、
やたらに若々しい声は、さも理の当然、とばかりに言ってのけた。
『入学手続きとか日付とか、ぼくがそういうことを期日までに忘れることなく
出来ると思うかい?』
「…………」

 出来ない。
 絶対出来ない。
 そりゃもう、彼を知る面々が全員一致して太鼓判押したついでに、その判子
を実印として登録しても問題ないくらいに。
 絶対無理である。

「タトゥーにして仕込んでも、見ないでしょうしね」 
 一般的には酷い台詞なのだが、凪のほうは全く動じなかった。
『タトゥ?そんなの見るのを忘れたらそれまでじゃないか!どこに入れたかな
んてどうして覚えてられるんだか、そっちのほうがぼくは不思議だよ』 
 刺青を入れたことを忘れられるという神経は凄まじいが、そう言われて『確
かにこいつならそうだよなあ』とすんなり思われる奴である、というのが。
(……本当にどうやって結婚したのかしら)
 受話器を肩で押さえながら、ブラウザを立ち上げて財団のページを開く。各
地の学校、そして霞中学、と辿りながら、ラケルは溜息をついた。
「その調子じゃ、子供さんのことも忘れかねないわね」

 流石にこれは冗談に受け取ってもらえるだろう、と思ったが、戻ってきたの
は一瞬の沈黙である。まさか『あ、忘れたことある』と言い出すのか、と、ラ
ケルが身構えた時に。

『ラヘル。日本にはとても良い言葉があってね』
「と、いうと?」
『ええと、『親は無くても子は育つ』というんだけど』
「ええ」
 彼女の祖父も、そう呟いていたことがある。
『でもね、日本の著名な文筆家は言ったそうだよ。『親があっても子は育つ』』
 かち、とサイトを辿って、霞中学のホームページに行き着く。はあ、と、も
う一度溜息がこぼれる。
「……その親が自分のことだと言いたいわけ?」 
『無論!』 

 言いたいことは山ほどあるが、とにもかくにも初谷凪というのはそういう奴
なんである。

「……電話を切ったら至急今から言うものをメールで送ってちょうだい」
『おお、無論だよ!忘れないうちに送るよ!』
 頼んどいて忘れるな、などと言うのはこの際彼には通用しない。相手も自覚
している辺り……末期症状というべきか。
「じゃあ、ね」
 読み上げるリストを、電話の向こうも復唱し、同時に打ち込んでいるらしい
かたかたという音がする。
『この書類は……取り寄せるのに時間がかかりそうかな』
「ええ。忘れないでよ?」
『うん、そうしておくよ』
 どうしても処理しないといけないことを忘れないよう、専用のプログラムを
組んでいる、という。とにかく処理を完了するまで、二時間に一度、画面にそ
の案件の箇条書きが浮かび上がってくるように作ってあるらしい。
「研究の邪魔じゃない?」
『邪魔されないと忘れるじゃないか』
 当然、とばかりに言われて、ラケルのほうも思わずそうね、と、頷いてしまっ
た。

 じゃあ集めてくるね、と電話口の声が言う。
「あ、その前に」
『はい?』
「子供さんの名前って、何か聞いていいかしら?」
『ああ、言ってなかったっけ?』
「言ってないわ」
 あーまた忘れてた、と凪は笑った。
『息子が千波。娘が千華』
「チナミ、と、チカ?」
『うん』
 ふっと声が柔らかく響いた。
『千の波揺れ、千の華揺れる』
 詩の一節のような言葉を、すらりと綴って。
『そういう名前を日本語でつけてくれって、頼まれたから』

 自分の研究が一番役立つのはこちらだろう、と、彼は中近東の研究所へ行っ
た。正直、同期の中でも優秀であると折り紙つきであったから、他にもっと有
名な研究所に行くつてはあったのだが。
(ぼくの研究が人の役に立たないなら、それは危険だと思うんだ)
 えらくかっとんだ性格と裏腹に、その顔立ちは繊細で。そこに生真面目な表
情をのせて、彼は研究所を選んだ理由を告げた。
(耳の聞こえない人が補聴器を使うように、この技術を使えるようにしたい。
だけど)

 その後を、なんと続けたかは、ラケルも憶えていない。


 ああやっぱりラケルに頼んで良かった。宜しくね、と、近くに居たら拳骨の
一つもくれてやりたいくらいにあっさりと言って、電話が切れる。
「……日本に、ねえ」
 
 人に。人との関係に。
 囚われることを彼は昔から非常に嫌がった。
(ぼくは研究のほうが楽しいし、もしこれから一生、人の顔を見ないで本だけ
読んでいるのと、本を見ずに人だけ見ているのと選べって言われたら、速攻で
前者を選ぶんだ。だから)
 
 人からの好意を重いと思ってしまうから、人には近づかない。
 軽やかに、人の上を跳ねるように渡ってゆく。
 

 あれから……生まれた子供が12歳というなら、15年足らずになる。
 余程変わったろうか、と、ラケルは考え、すぐに一つ頭を揺らして笑った。

 多分相変わらず年齢不詳のまま、からから笑っているだろうと、容易に予想
がついてしまったので。


時系列
------
 2007年12月、年末ごろ。

解説
----
 ラケル・掛場・サッチャーの旧友、こと初谷凪からの電話。

**********************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 




 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31600/31657.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage