[KATARIBE 31655] [HA06N] 小説『本の帝国・六畳一間』

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Date: Sat, 17 May 2008 22:15:16 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31655] [HA06N] 小説『本の帝国・六畳一間』
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2008年05月17日:22時15分15秒
Sub:[HA06N]小説『本の帝国・六畳一間』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
本の帝国……うむ、そういう気がしたよ、大学の頃。

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小説『本の帝国・六畳一間』
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登場人物
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 関口聡(せきぐち・さとし):http://kataribe.com/HA/06/C/0533/ 
  周囲安定化能力者。片目は意思と感情を色として見、片耳は異界の音を聞く。
  この春より大学生。一人暮らし開始。
 ケイト:
  蒼雅紫が生み出した毛糸のよく分からない生き物。癒し系。

本編
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 大学の門から徒歩で、全力で走ると10分、普通に歩けば15分。
 立地条件の割にえらく安い家賃の理由は、その部屋を見れば判る。平たく言
えば相当に古い。但し日当たりは良く、古いなりに掃除は行き届いていること
も良く判る。
(ここの管理人さんなら、お嬢さんの一人暮らしでも安全よー)
 そう言った、不動産屋の女性の言葉に、自然と納得するような……そういう
部屋の、窓が一つ大きく開いた。

      **

 ふう、と、小さな卓袱台の前に座って、聡が溜息をついた。
「……ようやっと、一人暮らしだなー」
 綺麗に掃除はされているものの、古い柱に古い壁、畳だけが新しい。本棚だ
けは大型のものが一つ、小さな部屋の壁をどんと占領している。
「あー……ほんと一人暮らしだなー」
 何となく語尾が笑い声になる。
 
 
 遠縁の叔母の家を、大学入学と同時に出ることになった。
「だって、ねえ」
 やあめでたいな、だから呑むぞ、あ、でもあたしだけね、と……ある意味非
常にひどいお祝いをしつつ、叔母は笑ったものだ。
「これからあんた大学生だし。そのうち朝は9時から夜は3時までとかそうい
う時間帯で動き出したりすると思うし」
「……いやそれは当分無理だと思うけど」
 一年二年の時に出来るだけ単位を稼いでおかないと、三年以降、研究等が入っ
てきたらきつい。そういう意味で言ったのだけど。
「そういうもんなの大学生って」
「……おばさんそういう大学生だった?」
「当然でしょ」
 そこは威張るところなのだろうか、と、しばし聡は悩んだものである。
「それに、友達だって遊びに来たい時があるんじゃない?あんたのとこだと」
「……僕のとこだと……って?」
「あんたの部屋なら居心地がいいだろうし」
 
 遠縁の叔母。彼女もまた一人暮らしのこの家に、聡が転がり込んだのは、彼
女のところに部屋が余っていたから……というわけではない(無論余っていな
かったらそもそも転がり込むのが無理なわけだが)。
 何より彼女が、同じ異能の持ち主であるから、である。というからには。
「ってことは、おばさんとこにもよく友人が来た?」
「来たわよ。ついでに連中ぐうぐう寝てたわよ」
「……そうだろうね」
 決して愛想はよくない、というより悪い。でもこの叔母の近くは、何となく
居心地がいい。
「まあ、それにね」
 湯呑みの冷酒をかぱかぱと空けながら、叔母は少しだけ目を細めて聡を見た。
「ここに居てもあんた一人でも、変わらないんじゃない或る意味?」

 人と人との共同生活、というには、この叔母と自分は余りにも『ぶつかると
ころが無さすぎ』なのだと聡も思う。
 自然に相手の欲するところが判り、であるが故に互いの領域に踏み込まない。
それは確かに楽ではあるが、確かに『一人暮らしでも変わらない』のも確かで。
 一番安い部屋とは言え、家の近くなのに家を出ることはないだろう、と、一
番反対しそうだった母親も、叔母の言葉には納得したのかどうか、少なくとも
黙った。
 冷蔵庫とガス台。そして本棚と卓袱台。
「……ああ、ほんとに一人だー」
 伸びをして後ろにぱたんと倒れかけたところで、上着のポケットから、もそ
もそと絡まった毛糸の塊のようなものが出てきた。てぺてぺと顔の近くに近づ
き、ぷしぷしと叩いてくる。
「ああ、そっか、ケイトちゃんも一緒だったね」
 ついつい笑って聡が起き上がり、撫でてやると、ケイトはこくこくと頷いた。
それをひょいと掬い上げて、肩の上に乗せる。弾みのように窓のほうを見やっ
て、聡はまた少し笑った。
 
 さあ、と、風が入ってくる。
 一緒に小さな花びらも入ってくる。

「……桜ももう、名残だなあ……」 

 小さい部屋に、けれども一杯に春が入ってくる。
 家族から離れ、一人になったことの、少しの頼りなさと……それ以上に肩の
荷を降ろしたような安堵。
 そんな感覚に、聡は目を細めた。

「はる、だなあ……」

 呟いた声が、ふわり、と、柔らかく解けたような気がした。


時系列
------
2008年4月はじめ

解説
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本の帝国予定地にて、のんびりとする聡とケイトちゃん。
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 てなもんで。
 であであ。
 
 


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