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Date: Tue, 8 Apr 2008 21:40:56 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31600] [HA06N] 小説『原罪〜光郎』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <20080408124056.C65233067E3@www.mahoroba.ne.jp>
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Web: http://kataribe.com/HA/06/N/
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2008年04月08日:21時40分56秒
Sub:[HA06N]小説『原罪〜光郎』:
From:いー・あーる
というわけで、いー・あーるです。
色々聞いてたら書きたくなったので。
祝・コニー・ウィリス『我が愛しき娘達』復刊!(買った!)
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小説『原罪〜光郎』
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登場人物
--------
薬袋光郎(みない・みつろう)
:薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
薬袋隆(みない・たかし)
:過去を操る異能持ち。薬袋の一族の、本家現当主。
本文
----
貴女は原罪というものを知らない、と、その少女は言った。
本当に残酷であること、本当の悪というもの。
多分、淡蒲萄はそのことを知らないのだろう……と、時折光郎は思う。
自分の中にある悪というものを、彼女が本当に知った場合。
彼女は、自分を看取るというあの約束を、それでも果たそうとしてくれるだ
ろうか……
**
他人の過去を見、過去を呑み、過去を相手の中に投影する。
それらを一人の人物が同時に行える場合、それは非常に……時に恐ろしい異
能となる。
白い薄物をしどけなく着た少女は、ベッドの上にぺたりと座っていた。
手を伸べて、その顎に当てる。そっと上向かせた顔は、大きな少し釣り上が
り気味の目が確かに姉に似ていた。
「僕を……覚えている?」
問いに、少女は一瞬息を呑んで……そしてこくり、と頷いた。
「……じゃ、君は誰?」
ゆっくりと放たれた声に、少女はゆっくりと口を開いた。
「私は……紗弓」
薄い唇が、一度ぎゅっと閉じられて。
「貴方の、姉……よ。隆」
くっきりと線を描く鎖骨、色白の肌。その特徴だけは本当によく紗弓を捉え
ている、と、隆の頭の隅、冷静な部分がそう言う。
惑いも無くこちらを見上げる目。その惑いの無さは、自分が与えたものだ。
けれど。
(……違う)
目の微妙な形。透き通るような肌の質感。鼻の微妙な形。目尻の小さなほく
ろ。
(違う、違う)
無論違う。血の繋がりも係累も無い相手。しかし写真で見せた紗弓の特徴を、
なんとは無しに持っている少女。
その少女を買い……無論方法は合法的なものにしたが、それにしたって実質
は買っているのに違いはない……彼女の中に、紗弓の過去の歴史を投影する。
だから彼女は、昔からの自分の歴史に加えて、それ以上に強烈な『紗弓の歴史』
をその内奥に持っているのだ。
貴方の姉、と言い切る確信。その強さ。
……けれども。
「……違う」
薄物一枚隔てても、胸元の薄い肉の加減はよく判る。触れたことも無い姉の
胸の形と、やはり全く違う、と、隆は唇を噛む。
「違う、違う……違う!」
「だ、だけど!」
声も、その言葉の癖も。
似ている。けれども全然違う。
異なる、けれどもどこか似た少女を基に、姉の記憶を被せ、そして擬似の姉
を『造る』。確かにそうしよう、と思うくらいにはこの少女は姉に、そしてタ
カに似ていたし……またそうでなければ、隆もこんな真似はする気にならなかっ
たろう。
姉を己が物としたい、と思う感情。
姪を……まだ12歳の姪を、力づくででも自分のモノにしたいと思う感情。
出来れば回避するべきものだ、と、流石に彼の頭のどこかでは思っている。
だから。
「違うさ。あんたは姉さんじゃない」
否定し尽くされて、少女が言葉を失う。細い首に両手をかけて、隆はそのま
ま、彼女をゆっくりと倒した。
「姉さんならば……僕を止められる」
鼻と鼻が触れそうな位置。怯えきった少女の目を見据えながら、寧ろおかし
そうに隆は言葉を継いだ。
「姉さんならば、こうやったって本当には怯えない。ぼくがどれだけ近づいて
も、きつい冗談ね、で笑ってやり過ごしてしまうんだあの人は」
現在形と過去形が混濁する。そのことに気づいて、隆は尚更に唇を噛み締め
た。
「君は僕を恐れている」
細い細い首に、指がゆっくりと食い込んでゆく。少女の怯えが、ゆっくりと
……本当にゆっくりと、恐怖へと移り変わってゆく。
「姉は、僕が彼女を殺そうと……本当に殺してでも自分のものにしようと思っ
ていることなんて、信じても居なかった」
その過去を、この少女に植え込んだ積りだったのに、と、隆は思う。そうい
う風に教えたのに、と。
「どうして怯える?どうして怖がる?」
掌の下で、せいせいと息が震えるのが判る。その重みが余計に恐怖になるの
だ、と。
けれども。
「紗弓は、僕が彼女を傷つけることなど、信じたことはなかった。思ったこと
も無かった」
少女の目が大きく見開かれ、口が空気を求めて開く。
たかし、と、その口が動いた。
その動きだけが、ひどく紗弓を思い出させて。
「……畜生……っ」
力を篭めた手の先で、薄物が高い音を残して破れた。
**
『わが愛しき娘たちよ』というSFがある。
もともと光郎がこの話を探したのは、その話のきっかけがロバート・ブラウ
ニングの妻である、エリザベス・バレットにあると聞いたからだった。この二
人は、エリザベスの父の反対を押し切り、駆け落ち同然に結婚したのだ……と、
そこまでは彼も知っていたが、どうやらこの父親、子供の結婚にひどく反対し
たらしく、彼女が居なくなった時には、彼女の可愛がっていた犬をも殺そうと
した、という。
コニー・ウィリスは記す。
エリザベスは、犬は連れて行った、と。
けれども……彼女の二人の妹は、残していってしまった、と。
主人公は蓮っ葉な女の子。今の日本で言えば、それなりに遊んでいる女子高
生。酷いことも、無茶なことも、色々やってはいるけれども、ほんとうに残酷
なことはしない。
彼女のルームメイトに入ってきた少女は、ある意味彼女の対極に居る。大人
しく、親の言いつけを守り、規律正しく生きている子。
けれども、彼女は。
それまで抑え付けられていた自分の代わりに今度は父親から迫害を受け、生
きながら押しつぶされそうな自分の妹の為に、ある、とてもひどいことをする。
『原罪、ということを貴方はわかっていない』
そう言って……彼女は自分の罪深さを認めながら、それでも妹達が生き延び
る為に手を汚す。
淡蒲萄はどう言うだろう、とふと光郎は思う。
タカを片桐の元に逃がした。母親が亡くなってから一年の間、この世界から
一歩も二歩も離れていた少女は、戻ってきたこの現実の中、今もまだ成長する
ことを無意識のまま拒否し続けている。
頭を撫でられること。安心して膝の上で眠ること。
一歩外せば彼女からは、その一年の間に溜め込まれた歪みが、雪崩をうって
零れ落ちてくるだろう。まして隆の元に戻してしまっては。
少女を、少しでもいいから、安心したところに置きたかった。
護って……やりたかった。
だが。
一族に良く似た顔立ちの少女を見つけることは、それなりに容易であった。
薬袋の一族の情報網は、何といってもその古さ、歴史から、まだまだ十分に
役に立つものである。無論その情報をより早く得られるのは隆のほうだが、そ
の情報網を構築している人々と、光郎は知り合いなのだ。
だから、その情報網を利用して調べた。
身寄りの無い、かつ薬袋一族に似た顔立ちの少女。そして彼女の存在を隆に
知らせること。同時に不安を吹き込むこと。
『君は、紗弓の過去を持っているのだろう?』
隆は相手の過去を探る。それを読み、時に意識の中に写し、そして他人へと
放射する。但し、そうやって蓄える過去の量は決して無限大ではない。
『そのままではその過去は、消えるかもしれないね……』
よく似た少女の中に、紗弓の過去を流し込み、変質しないように封じる。無
論彼女には彼女の過去があり意思がある。故に彼女も圧倒される他者の記憶に
逆らった、のだが。
(薬袋の一族の長に、そうそうかなうものか)
実行したのは、隆である。
しかし、その少女を見出し、彼の目の前に誘導し……そして、その少女の使
い方を示唆したのは、自分である。
そのことが、彼にばれているとは思わない。幾重にも自分の正体を伏せ、本
当に偶然の会話の中の、ほんの一文だけを誘導することで、彼はこの目論見を
成功させたのだから。
だが。
あの少女は、もう元には戻らないだろう。
精神の全て、そして肉体にも多くの損傷を負って……そして……
彼女の精神が本当に紗弓に染め替えられた時に。
多分彼女は壊されるだろう、と、光郎は思う。
それなりに良く出来たイミテーション。作り上げるまではその甲斐があるだ
ろうが、作り上げてしまえばそのまま、もう目を掛ける必要も無い。せいぜい
紗弓の過去をそのまま凍結させるのに使われるくらいのもの。
それらを予期しつつ……光郎は彼女を、隆に引き渡した。
『原罪、ということを貴方はわかっていない』
断言し……自らその言葉をぶつけた少女と、自分。
薬袋の一族の異能者達の中で、最も年若い者はタカである。
この一族の異能は、かなり特殊な状況下で顕現するため、その人数はどんど
ん減っている。その淀みの中、何年か振りに生まれた、一族の源流のような異
能を持つ少女。
血族婚。その中に起こる歪み。それは遺伝子そのものに起こる以上に、一族
の意識を捻じ曲げている。紗弓が逃げ出したのはある意味では奇跡に近い。
その歪みの中からタカが自由になり、先に進むこと。彼にとってはそのこと
が、この一族が無為に生まれたのではなく、また不幸のまま終わるのではない
ことの証明のようにさえ思える。そのように思うこと自体が、彼女を縛ること
になるのではないか……と、そのことさえも悟りつつ。
それでも。
悲鳴が、聞こえる。
長い距離を飛び越して、その声は彼の耳に届く。
隆が少女を壊してゆく、その無残さを心の声として聴きながらもなお、光郎
はここに立ち続けている。
『原罪、ということを貴方はわかっていない』
高く耳元に響く悲鳴を聴きながら……光郎はかすかに。
笑った。
時系列
------
2008年の初めくらいか
解説
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誰かを救う為に誰かを生き地獄へ落とす。
光郎の原罪の風景。
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てなもんです。
であであ。
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