[KATARIBE 31599] [HA21N] 小説『トミノの花地獄』

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Date: Mon,  7 Apr 2008 23:51:00 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31599] [HA21N] 小説『トミノの花地獄』
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2008年04月07日:23時50分59秒
Sub:[HA21N]小説『トミノの花地獄』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
久しぶりにこいつ書いてます。

***********************************
小説『トミノの花地獄』
=========================
登場人物
--------
  軽部片帆(かるべ・かたほ) 
   :壊れてしまった者。竜に心を移す異能が顕現。
  金平糖(こんぺいとう)
   :竜の子の脱皮した皮に、片帆の心を一部移したもの。片帆と一緒に居る。
  平塚花澄(ひらつか・かすみ)
   :鬼海の家在住。四大に護られる血筋の持ち主。
  平塚英一(ひらつか・えいいち)
   :鬼海の家在住。花澄の兄。異能以上に常識面で鬼海の家に寄与(恐らく)。


本文
----


――姉は血を吐く、妹は火吐く、可愛いトミノは宝玉を吐く

             **

 引き千切るように切り捨てた四肢は、決して伸びることは無いけれども、引
き千切るように切り捨てた心は、少しずつ元に戻ろうとするのかもしれない。
 ふと、そんなことを考えたことに気がついて、花澄は苦笑を漏らした。

 月待坂を上った行き止まり、鬼海の家の庭は広いことは充分に広い。そこに
一本だけ植えられた桜の木、煙るように開く花の下に、惚けたように立つ人影
がある。厚手のトレーナーにジーンズの上からでも、肩や腕、足の肉がげっそ
りと落ちているのが分かるほどに痩せた姿は、片帆……花澄の親友の妹のもの
である。
 彼女を引き取って、もう、かなりの時が経つ。その間彼女は人に話し掛ける
ことも、人を視野に入れることもない。人に関わろうとする部分を、根こそぎ
切り取ってしまったような状態は、今に至るまであまり変わっていないように
も見えるのだが。
(桜好きなんだよね)
 日本より飛行機ですら一日がかり、遥かな異国で過ごしていた時に、その姉
が何度も繰り返していたのを思い出す。小さい頃から桜の時分には妹をおんぶ
して、夜の桜を見に行った、とも。
 母親よりも慕っていた姉のことも、彼女はやはり忘れたように見える。何度
か花澄がその名前を出しても、片帆の表情は微塵も変化しなかった。
 ……それでも。

「義姉さん」
「あ、はい?」
「ちょっと電話……なんですけど」
「あ、はいはい」
 兄嫁……正確に言えば『義妹』と呼ばれる立場なのだが、相手よりも10歳以
上離れているので『義姉』と呼ばれる……からの声に、花澄は返事をして縁側
から家に入ろうとした。但し、その一歩前で振り返ると虚空に一つ声を放った。
「……彼女に気をつけていて」
『了解』
 肯うような、それでいてからかうような声を背中に聴きつつ、花澄は電話を
取りに戻った。

 そして。


――ひとり地獄に落ちゆくトミノ、地獄くらやみ花も無き


 ふらりふらり、と、片帆は歩いてゆく。
「……きぅる……きぅる!」
 肩からかけた、大きめのトートバッグから、丁度水晶をぶつけ合うような透
明な声が聞こえた。同時にほんのりと淡い桜色に染まった小さな竜の頭が突き
出している。
「きぅる……きぅるるん!」
 頭だけではない、小さな前足を出して、片帆の袖を一所懸命に引っ張ろうと
する。揺れる中、それなりにその試みは成功したようなのだが、何にせよ片帆
が全く相手にしていない。
「きぅるうう!」
 高い声をあげる竜の子の頭を、ぽんぽん、と、片帆が軽く叩く。手つきはそ
れなりに優しげではあるが、相変わらず視線は惚けたように遠くを向いている。
「きうぅる!」
 ぷん、と、竜の子は一つ頭を振ると、トートバッグの縁を掴んでいた手を離
し、そのままどん、と、バッグの底に座り込んだ。

 ぼんやりと歩いている痩せこけた娘と、竜の子。相当目立つ筈の姿を見て驚
く者は、ここにはいない。というか、彼女達以外の人気は無い。庭を出ても、
しばらく続く荒れ野原(少し進むと荒れ放題の雑木林)が鬼海の家の私有地だ
から、というのが第一の理由だが、だいたいこの辺り、人が滅多に『来よう』
と思わない場所であるというのも原因の一つである。一応鬼海の家の横手から
道があり、別に立ち入り禁止とも書いていないのだが、だらだら坂の上の、そ
れも見る限りススキや萩くらいしかなさそうな土地に入り込もうとする物好き
はそうそう居ないのである。もし、それでも入ろうとする者がいるとしたら、
そのかなりが鬼海の家に対して、隔意なり敵意なりを持っている場合が多く……
そういう輩に対しては、この家の周囲の結界は相当に有効となる。結果として
彼等は滅多なことではここに入ることが出来ず、自然この道を通る人が居なく
なる、ということになる。
 脱線するが、坂を下って、或る程度人の通る道に出るまで、それなりの距離
があり、そこから街の中心にかけてもある程度の距離があるので、この家で育っ
た花澄の従弟妹達は、揃って持久走に強くなる傾向がある。逃げ足は鍛えられ
るからいいのかな、と、暢気に首を傾げていた一番下の従弟も、もう大学を卒
業してしまった。
 そんなことは全くお構いなしに、片帆はふわふわと歩いてゆく。細く尖った
ススキの枯葉をかきわけ、あちらこちらに立つ木々の細い枝にぴしぴしと腕や
頬をかすられながら進んでゆき……しばらくした後。
「きうぅる!!」
 焦りまくった小さな竜の子の声を他所に、彼女は腰まである柵を乗り越えた。


――鞭で叩くはトミノの姉か、鞭の朱総が気にかかる
――叩けや叩けやれ叩かずとても、無間地獄はひとつみち


「だからどうして、そうやって自分勝手に決めるのよ!」
『大丈夫だと言っているだろう』
 傍から見れば相当滑稽な状態なのだが、花澄は構う様子もない。つっかけを
履きかけて、慌てて靴に履き替えながら、何も無い虚空に向けて声を放つ。
「片帆ちゃんを、そのままにしておいても治らないってのは……まあ、そうい
うことはあるかもだけど!」
『じゃあ』
「だからってねえ、わざわざあの蛟の元に連れていきますか!」
『大丈夫だ』
 ざあ、と、荒い櫛で梳くように、風が花澄の髪を揺らして過ぎた。
「……根拠は?」
『あの蛟とあの娘は似ている』
 静かに響く声の、しかしその内容がざらりと心をこするようで、花澄はぐっ
と唇を噛んだ。


「暗い地獄へ案内をたのむ、金の羊に、鶯に。
皮の嚢にゃいくらほど入れよ、無間地獄の旅支度」
 その道の両側には、ほろり、ほろり、と桜の花が舞っていた。
 ずっと植えられた街路樹は、まさかその全てが桜の木ではない。しかし、道
を満たす淡い霧をやはり淡い紅で染めるくらいには、その木々は並んでいる。
 ほろり、ほろり、と花片は舞う。
 ほろり、ほろり、と片帆は歩く。
 ぼんやりと開いた唇から、やはりほろり、ほろり、と、詩の一句が紡ぎ出さ
れる。霧の中、その言葉は血の赤の色に塗れて、落ちてゆくようにも聞こえた。

「春が来て候 林に谿に、くらい地獄谷七曲り。
籠にや鶯、車にゃ羊、可愛いトミノの眼にや涙」
  

 都市伝説、というものがある。
 特に近年、インターネットが発達するにつれて、例えば『このメールを読ん
だら死ぬ』だの、『この絵を見たら呪われる』だのという噂は……無論半ば冗
談混じりにではあるものの……あっという間にあちらこちらに広がる。そのう
ちの一つが、この詩を主題としたものである。
 曰く。

『ただ黙読するだけなら問題はないが、声に出して読むと人が死ぬ詩がある。
 その詩の名は……「トミノの地獄」』


「啼けよ、鶯、林の雨に 妹恋しと声かぎり」
 硝子のように透明な声、という形容詞は良くある。が、彼女の声を形容する
には、その言葉はあまりふさわしくない。よく響く、澄んだ声ではあるのだが、
その響きのどこかに、名人が鍛えた日本刀の凛とした鋼の色に似た印象がある。
その声が、だんだんとはっきりと、その詩を暗誦してゆく。

「啼けば反響が地獄にひびき、狐牡丹の花がさく」

 本当か嘘かはさておいて、そういう不気味な伝説の基になった詩を、彼女の
声はどこかしら凛として読み上げてゆく。淡い紅の桜霧を、その声は時に鋭く
切り開いているようにも見える。

「地獄七山七谿めぐる、可愛いトミノのひとり旅」

 放った声が消える前に、片帆は静かに足を止めた。


 蛟、と、それは呼ばれている。
 年がら年中消えることのない霧の塊。それは確かに時に蠕動を繰り返し、時
には淡い鱗を互いに鳴らしているようにも見える。
 長い身体の先、顔にあたる部分は、まだその輪郭がはっきりとしていない。
しかしそれでも、顔の半分が欠けており、残った半分もどこかまだ完全ではな
いことが見て取れる。
 その顔が、ぐるり、と、大きくうねって片帆のほうを見た。

「きぅるう!!」
 細い水晶をぶつけ合うような声と一緒に、トートバッグから小さな桜色の塊
が飛び出した。くるり、と回って立ち上がり、ぴょい、と片帆の前に立ちふさ
がる。
「きぅる!」
 内容こそ分からないが、小さな小さなその竜が、背後の痩せこけた娘を庇う
気でいることだけはとてもよく分かる。ぼんやりとした輪郭の蛟のほうも、そ
の勢い……というか、その無謀さにか……す、と動きを止めて、そして。

 白く濁った片方の目が、真っ直ぐに片帆の目を見据えた。


『啼けよ、鶯、林の雨に』

 霧の中に消えた筈の言葉が、その白い目から流れ込む。
 
『妹恋しと声かぎり」

 いつのまにか片帆の唇から、その言葉は流れ出す。まるで蛟の心をそのまま
写してしまったかのように……否。

 移して、しまったかのように。

「『啼けば反響が地獄にひびき、狐牡丹の花がさく。
地獄七山七谿めぐる、可愛いトミノのひとり旅』」

 白濁した目は、鏡のように片帆の顔を映す。

「……ィ……」

 濁った鏡の中の貌が……大きくゆがんだ。

「……ぃゃぁあああああああっ!!」


   姉ハ血ヲ吐ク、妹ハ火吐ク、可愛イとみのハ宝玉ヲ吐ク。

   ヒトリ地獄に落チユクとみの、地獄クラヤミ花モ無キ。

   鞭デ叩クハとみのノ姉カ、鞭ノ朱総ガ気ニカカル。

   叩ケヤ叩キヤレ叩カズトテモ、無間地獄ハヒトツミチ…………



「片帆ちゃん!」
 ぐらり、と細い身体が揺れて、そのまま倒れる。
 内心、四大達を思いっきり罵りながら、花澄は駆け寄った。
「片帆ちゃん!……何があったの、金平糖!?」
 きぅる、きぅる、と、高く鳴く小さな竜が、足元で跳ねる。すがるような視
線のまま、花澄は手を伸ばして、片帆の半身を引き起こした。
 そして……手を止めた。

「籠にや鶯、車にゃ羊、可愛いトミノの眼にや涙」

 その目は白く濁っていた。
 大きく見開かれたまま濁っていた。

「啼けよ、鶯、林の雨に 妹恋しと声かぎり」

 かすれるような声のどこかに、チェロの低音を思わせる響きが混じっていた。

「……片帆、ちゃん……」

 ゆるゆるとその手が上がり、淡い桜の花を指差した。

「啼けば反響が地獄にひびき、狐牡丹の花がさく。
地獄七山七谿めぐる、可愛いトミノのひとり旅」

 ふう、と伸ばされた指から力が抜ける。
 そのまま、黙るかと見えた、途端。
 片帆の身体は、まるで何かに殴られたように跳ね上がった。

「地獄ござらばもて来てたもれ、針の御山の留針を」

 鋼の強靭さ、鋼の鋭さ。
 チェロの音と絡み合うような声は、そのまま淡い桜色の闇を切り開き、目に
も鮮やかな色を放った。
 放たれた色は……そのまま鮮やかな血の色をしていた。

「赤い留針だてにはささぬ、可愛いトミノのめじるしに」

 
 それは一瞬のまぼろし。
 凛と放たれた赤の声。
 その血の赤の声の先に、ぽつりと佇む少女の姿。
 黒い髪、大きな目、白く細い首と細いあご。

 ……今宮タカ、という少女に、その顔はぎょっとするほどよく似た顔。


「……きぅる!」
 水晶が砕ける、高い高い音に似たその声に、花澄ははっと目を見開いた。
「片帆ちゃん……片帆ちゃん!」
 白く濁っていた筈の目は、今まで通り虚ろに透き通っている。ぼんやりと開
いていた目を、片帆はそのまま閉じた。
 淡く桜の色に染まった霧の中、ゆっくりと赤の色が揺らぎ、拡散してゆく。
同時に花澄の腕に片帆の上半身の重みがゆっくりとかかる。細い身体を抱えな
おしながら、花澄はぐっと唇を噛んだ。

            **

「…………説明してもらいたい」
 片帆はそのまま、眠りについた。風に手伝わせて家まで運び……無論、頑と
して離れなかった金平糖ごと……布団に入れて。
「俺もそれは聞きたいな」
 盆の上には二つの湯飲み、横には一升瓶。その横には沢庵の薄切り。どこの
大学生の呑み会だ、と言いたくなるような風景なのだが、そこに座る二人の表
情はひどく硬い。
『判らないか』
 風の言葉は、そのままでは英一には通じない。いつもならば花澄が通訳する
ところだが、本日不機嫌極まりないところまで行っている花澄は、それを拒否
した。『自分でちゃんと伝えられるようにして』との言葉に、今、二人の横に
空いてる座布団の上には小さな風が渦巻いている。その中心から、多少聞き取
りにくいものの、声が聞こえる。
「判りませんとも」
 くく、と、乾いた葉のこすりあわされるような笑い声がした。
「あのねえ!」
「……待てよ花澄」
 片手に冷酒入りの湯呑みを持った英一が止めた。
「この前から、あんたらは片帆さんに何かをやらせようとしている。蛟につい
て、何かを企んでいる。それは確かだな?」
『まあ、それはそのとおり』
「それが何かって聞いているのに!」
 親友の妹である。
 どれだけ連絡を入れなくとも、友人と言い切れる……そして多分相手も、友
人と自分のことを言い切るだろう相手の、とても大事な妹である。どうしても
彼女の言葉は苛立ち荒いものになる。それをもう一度片手で押しとどめてから、
英一は口を開いた。
 
「それは……片帆さんの虚ろの中に、蛟を入れるということか?」

 何だって、と叫んだのは花澄、おおいいところを突いている、と喜んだのは
風である。とりあえず数秒の混乱の後、風は笑いを収めた。

『失恋で心が壊れるくらいは、そう珍しいことでもない。あれくらい徹底して
ぶっ壊れるのは少数かもしれないが、まあ、例が無いわけじゃない』
 英一が頷く。花澄は黙ったまま、手酌で冷酒を湯呑みに注いでいる。えらい
勢いで傾けた瓶から、なみなみと酒が注がれた。
『だが、その時に、千切った心を竜の……幼い竜の子の抜け殻にとはいえ、入
れてしまうのは並じゃない。ついでに、それを竜の抜け殻が受け入れて、一つ
の生物として今成り立っているのは……これは一種の奇跡だよ』
「…………それが、何なの」
『だから……だ』
 風は、人ならば居住まいを正すような気配とともに、声をよりはっきりとし
たものに変えた。
『あの娘は、竜と……蛟と相性が良い。蛟の心の、一部ならば受け入れ、呑み
込むことも可能なくらいに』
「……だけど!」
「可能っていうのは、どの程度片帆さんにダメージを負わせる予定で言ってる
んだ?」
 花澄の機先を制して放たれた問いに、風は少し不思議そうな声で応じた。
『ダメージとは?』
「……あのね、蛟の意識なんて心に淹れたら、片帆ちゃんの人としての意識が
壊れる可能性は高いのよ?」
『だってもう壊れているじゃないか』
「……修復不能なまでに壊す積りか!」
 花澄の声は、その真剣度に比例する勢いで低くなる。決して大きくはない、
けれども低く鋭い声に、英一もまた風のほうを見た。
『考えてみろ。今のままであの娘が治ると思うか』
「……それは、時間を置けば」
『置けば置くほど、今、竜の子の中に入っているあの娘の意識だったものは変
質し、拡大する。一つにするのは尚更に難しくなるぞ』
「だけど……だけど、今、一つにしようとしたら」
『壊れるだろうな。それこそ修復不能だ』
 ぐ、と、花澄が口をつぐみ、英一が湯呑みの酒を一口呑む。流石にこの言葉
に下手に逆らうほど、この二人はわかっていないわけでもない。
「……で、蛟の心と一緒にしたら治るというの?」
『蛟の心全てじゃない』
 心外だ、と言いたげな声で風は言い返した。
『蛟の……心の痛みだけだ』
「……痛み『だけ』とは恐れ入る」
 瞬く間に湯呑みを空にした英一が、ぼそりと呟いた。
『無論それだけではないさ』
「では?」
 これ以上言い返すと、単なる言い合いになるだけだ、と、自覚して花澄は黙っ
ている。しかし次の風の言葉は、その花澄が息を呑むだけの……ある意味では
意外なものだった。
『その代わりに、片帆の心の痛みを蛟に渡すんだ』
「……はあ?!」
『蛟の心の痛みと、片帆のそれ。共通項は多いが、交換してしまえば所詮は他
人の痛みだ。自分の痛みを掴んでいるよりは余程越しやすい筈だ』
「………………」
 あっさりと……まるで小学生の算数の教科書を説明しているかの如き口調に、
英一は頭を抱え、花澄は無言になった。
「……それで?」
『今日のは試しだ』
「ためし?」
『痛みの一部が、娘の中が写った』
「……って、待ってよ!」
 湯呑みを盆の上に戻してから花澄が声をあげた。
「写った……って、起きたら」
『うん、残ってる』
「あの、ねえ!」
『私達がやったわけじゃないぞ』
 堂々と、人ならばふんぞり返る勢いで風が言う。
『どうやって写したらいいか判らなかったが、自分から行って自分から写され
てるんだ。あれはやっぱり相性が良い』
「じゃ、なくって……起きたらどうなるのよ!」
『そりゃ……蛟の悲しさが残ってるだろうなあ』
「……っ!」
 四大……地水火風……は、鬼海の家を守り、その血族を護る。そのことは何
があっても変わらない。但し、その護り方は人の考える方法を軽く飛び越すこ
とが多い。
 蛟のことについてもそうである。
 蛟の存在は鬼海の家にとって、決して良いものではない。であるから早く何
とかしたほうがいい。ここまでは意見が一致するのだが、その為にどうするか、
になると、かなりの確率で彼らの発想は『目的のために手段を選ばない』にな
るのである。その際に手段として選ばれた相手のことは『まあ多少の犠牲はあ
るってことで』で片付けかねないところがある。否。
(そうやって、片付ける可能性は高い)

 花澄は、立ち上がった。
「どうした?」
「……安西君に連絡取る」
「え?」
「蛟の心を片帆ちゃんに入れるかどうかは、とにかく反対はしたいけど今はお
いとく。今、そうやって写った部分が、彼女の中でどういう形になるかのほう
が、今は心配!」

 一年近くの間、彼女は人に対する心を切り取り引き裂いてきた。全くそのよ
うなものの入らない静謐を作り上げ、その中で暮らしてきた。
 その彼女の中に、蛟のかなしみが入り込んだとしたら。

「でも、何で安西君なんだ」
「彼は、解し屋だから」
「……ほぐし、や?」
「片帆ちゃんの中で、もし蛟の心がもつれるなら、解してもらう。多分彼はそ
れが出来る筈」

 ぐっと冷酒を呑み干すと、花澄はきっぱりと言い切った。

「蛟なら、あと30年くらい、あたしが面倒見る。それよりも今は片帆ちゃんが
大事。……判ったわね?」

 一瞬の間。
 そして……どうもしぶしぶ、といった空気と共に。

『承知』
 と、声が聞こえた。


            **

 夢を、見ていた。
 闇の中に、朱い硝子の頭のついたまち針が、てん、てん、と突き刺さってい
る。手を伸ばすとそれだけで、針は指を鋭く刺した。

――赤い留針だてにはささぬ、可愛いトミノのめじるしに

 嘲るような声だ、と、思った。
 それがその夜の、片帆の最後の記憶だった。


解説
----
 桜の時期に現れた、片帆の異能の片鱗とその事件。ことはじめ。

時系列
------
 2008年3月末くらい?

**************************

 まあ、これだけかいといて、またもや長のわらじを履きそうなんですが。
(引越し前だしなー)

 てなわけで、一応、はりにゃに予約だけしておこう(えうえう)

であであ。
 


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