[KATARIBE 31575] [HA06N] 小説『裏部室の戸を閉める』

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Date: Thu, 6 Mar 2008 23:22:02 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31575] [HA06N] 小説『裏部室の戸を閉める』
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小説『裏部室の戸を閉める』
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登場人物
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 高瀬夕樹(たかせ・ゆうき):http://kataribe.com/HA/06/C/0581/ 
  高校生で歌よみ。詩歌を読むと、怪異がおこる。

本編
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 春の姿がほんの少しだけ見えたような二月最後の日。空はいつもに比べると
遠くがかすんでいるように見え、風も柔らかく感じられた。
 卒業式もその後の最後のホームルームも終わり、校舎内は華やかな空気に包
まれている。
 夕樹は同じクラスの友人と少し話をしてから、裏部室へと向かった。
 さすがに今日は校舎内が騒がしいが、創作部のある辺りはひっそりとしてい
た。裏部室は少々不思議な空間にあるため、ざわめきはすごく遠くから聞こえ
ているように感じられる。
 夕樹は鞄を机の上に置くとカーテンを開けた。そして、体を反転させ明るく
なった部屋を見回す。
 机がいくつか置かれており、壁際には本棚がある。今までこの部屋にはその
他にコーヒーメーカーや夕樹の祖父が書いた掛け軸などがあったが、それらは
大学の前期試験が終わった次の日に家に持って帰っており、この部屋は彼が発
見した時と同じような光景が戻ってきていた。
「というわけでもない、か」
 そう言って夕樹は本棚に向かった。そこにはかつて創作部が詩歌創作部だっ
た頃に作られた文芸誌が並べられていた。その端に昨年の文化祭で作成した夕
樹の歌集が何冊か並んでいる。これはさすがに2年前と同じというわけではな
かった。創作部で唯一と言っていい彼の作品である。
 夕樹はその一冊を手にするとパラパラとめくった。紙の手触りに口元が少し
ほころぶ。
「あのときは関口君がやけにはりきっていたっけ」
 彼は夕樹と同じ大学を受けていたが、学部が違っているので試験会場で会う
ことはなかった。さすがに今日は学校にいるだろうから、この後探しに行こ
う、と夕樹は思った。
 本をそっと閉じて本棚にしまうと、今度はロッカーに向かった。それから戸
に耳を当ててみる。
 何も聞こえないのを確認して、夕樹はゆっくりと戸を開いた。このロッカー
は本来この場所に存在している創作部のロッカーに繋がっている。向こう側の
ロッカーの戸を開けると、薄暗い部屋が広がっていた。
 やはり誰もいない。
 昨年先輩達が卒業してから創作部はひっそりと静まりかえる日が多くなって
いた。もっとも、その原因の一つは夕樹が裏部室にいることが多くて表に出て
こなかったということにあるのだが。
 来年はどうなるのだろうか。このままでいけば来年、或いは再来年には創作
部は廃部である。
「ま、なるようにしかならないか」
 そう呟いて周囲を見回す。昨年の部長が作ったよく分からないものから始
まって色んな物がごちゃごちゃと置いてある。
 しばらく眺めていたが、来たときと同じようにロッカーから裏部室へと戻る
と、夕樹は机に腰掛けて一つ溜息をついた。
 まだ校舎内はざわめいているようだった。窓から外を見ると、卒業証書を
持った三年生が連れ立って歩いている。
 夕樹は本棚から日誌を取り出した。それは彼が裏部室を見つけたときから
あった詩歌創作部の日誌である。何年も前の部員達が書いた俳句や短歌、何で
もないような一言が綴ってあった。
 夕樹は新しいページを開いた。この日誌を見つけてから同じように短歌など
を書いてきたが、最後に何を書こうか、とノートをじっと見つめた。
 最後らしく特別なことを書いたらいいのだろうかと数分間悩んだところで、
そういえば今までの人たちは何を書いたんだろうと思い、これまでの日誌を本
棚から抜いて最初から探してみた。
 やはり、というか何というか、卒業式の日辺りには寄せ書きみたいな物が書
かれていた。
「一人じゃ寄せ書きにならないか」
 結局、日記のようなことを書き最後に歌を一つ加えて、夕樹はノートを閉じ
た。
 出してきた日誌を順番に並べて本棚に戻す。
 しばらくそれを見つめていると何となくしんみりとした気持ちになってしま
い、夕樹はもう一度溜息をついた。
 それから辺りを見回して、忘れ物がないのを確認すると窓のカーテンを閉じ
た。
「……今度、このカーテンが開かれるのはいつだろう?」
 そう呟いてから夕樹は鞄を手にして、裏部室を出た。
 この部屋は普通の方法では入れないし、見つけることすらできない。夕樹が
見つけたのは本当に偶然であるが、そうして見つけたこの部屋が詩歌創作部の
部室だったのは偶然ではなかったのかもしれない。
 でも、今どこの部屋を見つける人も自分と同じように詩歌が好きな人であっ
て欲しいと夕樹は思う。
 最後に戸に手をかけて、ゆっくりと閉めていく。いつもは何気なくする行為
をあえて意識して行う。
 音もなくスライドする戸が最後に一つカタンと鳴った。

時系列と舞台
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2007年度の卒業式の日。高校にて。

解説
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裏部室はひとまずこれで終わり。

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