[KATARIBE 31552] [HA06N] 小説『零課仮勤務・4』

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Date: Mon, 25 Feb 2008 23:46:36 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31552] [HA06N] 小説『零課仮勤務・4』
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2008年02月25日:23時46分36秒
Sub:[HA06N]小説『零課仮勤務・4』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
続き、です。


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小説『零課仮勤務・4』
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登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 川堀ひとみ(かわほり・−)
     :吹利県警婦警さん。22歳独身彼氏なし。サイコメトリの異能者。

本文
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「今日の、一番の難関なんです」
 眉根に皺を寄せて、川堀が言った。


 弁当を食べてから、二人は移動した。車内で川堀は、次の件について簡単に
語った。
「次は……その、医師、なんですけど」
「お医者さん?」
「ええ……産婦人科、と言えば聞こえはいいんですけど」
 前を向いたまま、川堀は頷く。ハンドルを握る、その手の関節が白い。
「……堕胎専門、だったそうです」
 唐突な言葉に、真帆が一瞬身体をこわばらせる。気配でそれを知ってか、川
堀の次の言葉は一瞬遅れた。
「その……そういう仕事ですから、水子達の霊は苦も無く集ります。それを、
複数組み込んで彼は封印を作り、自分の身を守ってるんです」
 出来るだけ淡々と言っているのだろうが、それでも声に憤りの響きが混じる。
「普通に霊感のある……霊の見える人では、その封印は解けないの?」
「解く前に、見ただけで吐き気がするそうです」
 鋭い、少しつっかかるような真帆の言葉に、川堀はやはり吐き捨てるように
応じた。
「そして、物理的な力は、その封印で拡散されて通じない」
「だから、あたしなのね」
「ええ」
 真帆はぎゅ、と、一度口を結んだ。一度目を閉じて、また開く。しかし次に
真帆が放った言葉に、川堀は一瞬進行方向から目を外して真帆を見やった。
「……ねえ、そしたら、ちょっと……薬局とスーパーに寄って下さる?」
「え?」
「子供達って、多分小さいよね……赤ちゃんばっかり?」
「……さあ……あ、でも」
 困ったような顔になって、川堀は言葉を継いだ。
「一度、観た人が……小さな……三歳くらいの子も居るって言ってました」
「三歳」
「でも、一瞬で気分が悪くなって、観るのを止めたそうですけど」
「……判った」
 こくり、と、頷くと、真帆は後ろの座席から、薄手の手提げを引き寄せた。
「やっぱり、そしたら……買い物したいものがあるの。寄ってくれる?」
「……はい」

 
 スーパーと、近くの薬局(全国チェーン店)に寄ってから、二人は件の医師
の家に向かった。
「……あそこ、です」
 路地の片隅に車を止めると、川堀は路地の突き当たりの建物を指差した。
 どこにでもあるコンクリートブロックの壁の向こうの白い壁。それは一見、
ごく普通の医院だった。
 ただし。
「この中に?」
 真帆が尋ねる。小さな窓と小さな看板、その二つともに薄汚れており、どこ
かしら廃墟に似た空気が漂っている。
「ええと……ちょっと待って下さい」
 幾つかの装備を身に付けてから、川堀は車を出る。手提げを掴んで、真帆も
その後を追う。数歩進んだところで、川堀は足を止めた。
「どうしたの?」
「……真帆、さん」
 笑っても怒っても元気一杯。そんな印象のある顔に、今は薄く汗を滲ませて
川堀は途切れ途切れに言葉を発する。
「先に……ここ、からは、さきに」
「……ええ」
 すう、と、真帆は歩を進めた。


 幽霊実体化、とその異能を真帆自身は呼んでいる。実際その通りの異能なの
で、全く問題は無いのだが。
 しかし、このように言うと、時折勘違いされることがある。
(幽霊は見えるんですか)
 そう問われると、真帆は首を横に振る。見えるどころかその手の霊感なるも
のは、これは見事に無い。幽霊が束になっている場所でも、平然として近寄る
ことが出来るし、だからこそ彼女の近くに幽霊が寄り、実体化することもあり
えるのかもしれない。
 幽霊を実体化する、というが、実際のところこの異能に真帆が気がついたの
はこの最近である。つまり、幽霊を実体化してしまってから相手に気がつくか
ら、真帆は相手が幽霊である、という区別がつかないのだ。
 霊感らしきものは皆無。しかしあやかしに好かれ、幽霊を実体化する。
(零課に居ないと、ある意味危険ですらある異能ですね)
 銀鏡が笑いもせずに言ったことがある。
 そのある意味危険な異能が、今回は幸いした。
 
 するすると。
 封印を全く意に介さぬまま真帆が進んでゆくのを、川堀は目で追った。
「……く……」
 身体中にずっしりと重い、そして腐臭漂う何かが絡み付いているような気が
する。一歩後ろに下がればそのような感覚は嘘のように消えるが、踏み込めば
そこから一歩も進むことが出来ない。
(真帆さん一人で行かせるわけには……)
 この封印を彼女が破ることは、ある意味川堀も疑っては居ない。しかし、封
印が解けた時に、一体何がどうなり、中の医師がどのように振舞うか、は、判
らない。だから。
(少しでも、近くに居ないと)
 突発時に敏捷に動くことは出来ない、と、真帆自身が笑っていたものである。
(ごめんなさいね。体育の点、あたしほんっといつも悪かったんだ)
 物理的な攻撃にはとことん弱い彼女を、もし怪我でもさせたら。
(絶対あたし、相羽さんに……大変な目にあわされるっ)
 ぎゅ、と、唇を噛み締めて川堀が一歩、足を前に出す。そして次の一歩を進
める、その前に。
 ふっと……今までの不快感が嘘のように消えた。


 どさ、と何か小さなものが複数落ちる音。一瞬の空白。
 そして。

「うぎゃあああああっ」
 複数の赤ん坊の泣き声に、真帆は跳ね上がるように門の前の段を駆け上った。
「真帆さん!」
 半ば壊れている門扉を押し開く。と、そこに5、6人の赤ん坊が『落ちて』
いる。ひっくり返っているもの、何とか座り込んでいるもの、色々である。
「ああ……いいこいいこ、泣かない泣かない」
 門扉から玄関までの、ほんの数メートルの間。飛び石上に並んだ石の上に落
ちた子はぎゃんぎゃんと泣いている。その子を抱き上げて頭を撫でてやりなが
ら、真帆はじっとこちらを見る視線に振り返った。
「……ぼく?」
 彼らの傍らをすり抜けるようにして、川堀が玄関に向かう。ドアノブを握り、
何やら2、3度手を動かす、と、扉はするりと開いた。
「…………おばさんだれ」
「おばさんは……さっきのお姉さんのお手伝い」
 半開きの扉の向こうから、驚いたような男の悲鳴と、どたん、と何か重いも
のが倒れる音が重なる。
「警察を……なめるなあああっ」
 そして、高い、川堀の声と、今度こそどたん、と、何か布袋を叩きつけたよ
うな音が続いた。
 うぎゃうぎゃと泣いていた赤ん坊は、真帆にしがみついて、何とか泣き止ん
だところだった。けれども他の赤ん坊達は、今度は自分の番だ、と言わんばか
りに競って泣き声をあげる。その、喧騒が聞こえているのかいないのか、3歳
くらいの子供は、じっと真帆のほうを見ている。
「……おなかすいてない?」
 細い顔は少し汚れており、顎がとがって見える。こぼれそうに見開いた目を、
そこで初めて少年は少し伏せた。
「…………」
「ジュースとパンあるよ?……いる?」
「……うん」
 手提げの中から、真帆が引っ張り出した紙パックのりんごジュースとクリー
ムパンを、子供は今までとはまた違った必死な目で見た。
「はい、どうぞ」
 紙パックを引っ張って開け、やはり手提げから出した紙コップに注ぐ。ビニー
ルを破ったパンを左手に、ジュースを右手に渡すと、子供は微かに手を震わせ
ながら受け取り、前につんのめる勢いで食べ始めた。
「どれ、あなた達もおなかすいてるよね」
 泣きやんだ赤ん坊をそっと座らせ……その前に地面にカーディガンを広げて
から……真帆は乳幼児用のジュースを取り出した。わんわんと顔を真っ赤にし
て泣いている赤ん坊を抱き上げて、口元に近づけると、赤ん坊は取り付くよう
にして飲み始めた。
「真帆さん、大丈夫ですかっ」
 玄関から、川堀が顔を出した。
「って、川堀さんこそ」
「ああ……あの、大丈夫です」
 照れたように川堀は、短い髪をかき回した。
「あたしも手加減聞かなくて……ぶん投げたら、気を失っちゃって……あ、ちゃ
んと手錠を手足に嵌めて、柱にくくりつけてます」
「でも、目を離したらまずいでしょ」
「ええ」
 困ったように答えた川堀は、ふと視線を動かした。いつの間にか半分に減っ
たパンと、空っぽの紙コップを持った少年は、口元に持っていったパンを齧る
ことも忘れたように、ただじっと川堀を見ている。
「……で……一旦、中に入りませんか?」
「うん。入って大丈夫?」
「ええ、応接セットみたいなのもありますから。赤ちゃんもそっちのほうがい
いと思います」
「……じゅうたんがあるなら、その上のほうがいいわ」
「あ、大丈夫ですよ」
「じゃあ……川堀さん」
「はいっ」
 泣いてはいるものの、そろそろ泣き疲れたような子供を、川堀はひょいと抱
き上げた。
「はいはいちょっと待ってね……あ、ぼく」
「うん」
 こくり、と頷いた子供は、3歳というにはあまりに大人びた表情をその細い
顔に浮かべた。
「ちょっと先に中に居て……おねえさん、赤ちゃんどんどん運ぶからね」
「うん。観てる」
「お願いね」
 手招きされて、子供はとことこと扉の向こうに消える。ぐずぐずと……折角
飲んでいたジュースを口から離されてぐずっている赤ん坊を片腕に抱き、手提
げ鞄を手に掴みながら、真帆は眉根に皺を寄せた。
「真帆さん、次の子は」
「あ、はい」
 抱き上げられた赤ん坊が、またぎゃんぎゃんと泣く。はいはいごめんね、と、
声をかけながら、また川堀は中に入った。二人目の赤ん坊を抱えた真帆が、そ
の後に続く。
 うぇ、うぇ、と、泣きすぎた赤ん坊は息を切らすようにして、それでも泣い
ている。玄関の外、まだ置き去りにされた赤ん坊が、また声を放って泣き出し
た。
「……一体、何人……」
「あと二人」
「…………ああまったく」
 言いかけた呪詛を、ぐ、と川堀が唇を噛んでせき止める。そのまま次の赤ん
坊を抱き上げて中に駆け込んでゆく姿を、真帆は黙って見やった。

時系列
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 2007年10月

解説
----
 午後の案件。非常に……なんかこう、もごもごとなる相手だったようで。

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実はこの零課のことを考え出した時に一番初めに出てきた
エピソードがこれです。
こういう相手に、真帆の異能ってのは一番強いんじゃないかな、と。

 てなわけで、あと2回くらいは続きます。
 であであ。
 
 


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