[KATARIBE 31508] [OM04N] 小説『狐退治 下』

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Date: Fri, 18 Jan 2008 22:47:40 +0900
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小説『狐退治 下』
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本編
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 陰陽寮に着く頃には日は既に山の向こうに姿を隠していたが、保重はまだ寮
におり戻ってきた二人を自分の部屋へと招いた。
「ご苦労だった」
 保重はそう言って二人を座らせると「で、どうだった?」と事の顛末を尋ね
た。
 説明は義直一人が行い、時貞はその横で黙っていた。
 保重は彼の話を聞き終えるとしばらく腕組みをして考え込んでいたが、やが
て苦笑いを浮かべて時貞の方を一瞥した。
「時貞がいたからかもしれんな」
 その言葉に義直も時貞の方を見た。それから「ああ」と大きく頷いた。
 二人から顔を見られ、当の時貞はむっとした表情を浮かべた。
 何故そうなのかはよく分からないのだが、時貞が近くにいると鬼などのよう
な妖かしが出てこないのだということを陰陽寮の連中は知っている。どうも彼
には鬼などといった妖かしに対してそれを抑える力を持っているのではない
か、というのが陰陽寮の人間の見識だが、本人は鬼を抑えているというような
意識は全くないのであった。
「ということは今度は一人で行ってみろ、ということになるか」
 保重の言葉に義直は嫌そうな顔をした。
「仕方あるまい。時貞に行かせても同じことになるのは目に見えているのだか
ら」
「他の者もいるではないですか」
「そうなんだが」
 と保重は言った。
「他の奴だとどうも簡単に騙されそうな気がしてな。その点、お前だったら大
丈夫だろうと思ったんだが…… まあ、もう嫌だというなら仕方ない。他の奴
に頼むとするか」
 保重は「ともかくご苦労だった」と二人に言うと立ち上がり部屋から出よう
とした。そこに後ろから声がかかる。
「もう一度行ってきますよ」
 彼が振り返ると、義直が頭に手をやりながらまんざらでもないと言った表情
を浮かべていた。
「そこまで言われちゃ行くしかないでしょう」
「おお、そうか」
 保重は微笑んだ。義直の後ろでは時貞が小さく首を振っている。少々呆れて
いるようであったが、その様子は義直からは見えていない。
「時貞はどうする?」
 保重が尋ねる。
「いかようにでも」
「そうか。なら、一応義直について行け」
 はい、と時貞が頭を下げる。保重は二人の顔を順に見てから一つ頷くと部屋
を出た。しかし、敷居を一歩またいだどころで立ち止まり、「そうそう」と振
り返った。
「義直」
「はい?」
「全く騙されないようだと狐も出てこないと思うから、騙されないように騙さ
れるんだぞ」
 保重の忠告に義直は「無茶なことを」と苦笑いを浮かべた。


 それから数日後。問題の山道の入り口に義直と時貞は立っていた。
「また山登りか……」
 山道を見上げて義直は情けない口調で言った。それから大きく息を吐き、顔
を引き締める。
「じゃあ、行ってくる」
「ちょっと待て」
 山道へ一歩踏み出した義直を時貞が呼び止めた。
「ん?」
 振り返って首をかしげる義直。
「髪を一本渡せ」
 時貞はそう言って手を彼の方に出した。義直は初めは訳が分からないといっ
た表情でその手のひらを見ていたが、
「……ああ、なるほど」
 と、彼のしようとしていることに気がつき、自分の頭から毛を一本抜いて手
渡した。
「じゃあ」
「ああ、気をつけろよ」
 改めて義直は山道の方を向き、奥へと進んでいった。時貞はその後ろ姿を見
ていたが、やがて道が曲がり角に差し掛かり義直の姿が見えなくなると、手に
した彼の髪の毛に視線を落とした。
「念のためだ」
 時貞は空いているもう片方の手を袖の中に入れると、そこから一枚の紙を取
り出した。それは大の字になった人の形に切り取られており、頭に当たる部分
に小さな穴が開いていた。彼は義直の髪の毛をその穴に通すと毛の両端をく
くってその人型の紙から外れないようにした。
 それを終えると他にすることもなく、時貞は麓でぼんやりと待っていたが、
日が頭上近くに昇っても義直が戻ってくる気配はない。今回は行けたとしても
山の向こうまでは行かずに頂上で折り返してくることにしていたのだが、それ
にしては戻ってくるのが遅すぎると彼は思った。
「仕方ない。行くか……」
 そう呟くと時貞は人型の紙を左手の手のひらに乗せた。それから口の中で呪
文を唱え、その紙に軽く息を吹きかける。紙は手のひらから飛ばされ、左右に
揺れながらゆっくりと舞い降りる。
 やがて地面に落ちると、その紙は独りでに動き出し足に当たる部分を地に付
けて立ち上がった。そして、山道へと進んでいく。
 時貞はそれを見て一つ頷くとその後について山道へと入っていった。
 しばらく山道に沿って歩いていた紙だったが、あるところで立ち止まると頭
に当たる部分を左右に捻り、まるで辺りを見回すような仕草をした。
 少し迷っているようだったが、方向を変えると山道をそれて林へと向かって
いく。
「ほう」
 紙が進んでいく方向は確かに木々が生えていたがよく見るとかろうじて人が
一人通れそうな幅の道のようなものが続いている。紙はその間を歩んでいた。
 時折、木の枝に袖を引っかけながらも前を進む紙を見失わないようについて
行くと、やがて林は消え小さな広場に出た。
 その周りには高い木が伸びており、太陽の光もほとんど届かず昼間だという
のに薄暗い。
 紙は広場の真ん中へと向かっていた。それを目で追っていくと、その視線の
先には一人の男が立っていた。
 だいぶ前に山道に入っていった義直である。彼はじっと前方を見つめてい
た。
 時貞が彼の見ている先に目をやるとそこには一匹の狐がいた。
 狐を見かけることは珍しいことではなかったが、その狐は普通の狐に比べて
体が二回りほど大きいように思える。
 狐は時貞に気づいたようで、彼の方に顔を向けた。それから小さく鳴いたが
彼が何の反応も示さないのを見ると首をかしげて再び義直の方に向いた。
「おい」
 時貞は狐の様子を気にするそぶりも見せず、義直に声をかけた。
「ん、ああ、時貞か」
 義直が時貞の方を向いた。彼は顎で狐を指して言った。
「なあ、あの人、何に見える?」
 その言葉に時貞は「何?」と尋ねた。「何を当たり前のことを聞くのだ」と
言おうとしたが、その前に義直が狐を指して「あの人」と呼んでいたことに気
づいて、彼に違うことを尋ねた。
「お前には人に見えるのか?」
「俺の目の前にはきれいな女性が一人立っている」
「ほう。俺には狐にしか見えんがな」
 それを聞いた義直は口元を歪めて狐を睨んだ。
「だそうだ」
 と狐に向かって言う。
「こいつにはお前が狐に見えるらしい」
 すると狐は人の言葉が分かるかのように、それに答えるように何度か鳴い
た。
「なるほど。確かにそういうことも考えられるな」
 どうやら義直と狐の間では会話が成立しているようであある。しかし、時貞
には狐は単に鳴いているとしか思えず、それに向かって話しかけている義直が
滑稽に見えた。
「何を話しているのだ?」
「お前が狐が化けているのだとよ」
「何を馬鹿なことを」
 時貞は鼻で笑った。
「狐が化けて人になるわけがないだろうが」
 それを聞いて、義直は少し苦笑いを浮かべ「それでこそ時貞だ」と呟いた。
「お前には悪いが、残念だがこれは正真正銘の時貞だ。例え姿形はそっくりに
化けられてもお前らにはこいつのような変な考えはとうていできまい」
 自慢げに狐に言い放つ義直を時貞は睨んだ。
「なんだその言いぐさは。まるで俺が変な奴みたいではないか」
「何を今更」
 それからわざとらしく一つ溜息をつくと、義直は狐に向かって言った。
「まあ、こちらも別に取って食おうというつもりはないのだ。ただ迷惑さえか
けてくれなければいいのだ」
 彼の言葉に狐は首を横に振っていくつか鳴いた。
「そうか。断るというのか」
 残念そうに義直はうつむくと、体の力を抜き腕を下げると袖を軽く振った。
 グルルルとどこからか低いうなり声が響く。それを聞いた狐はびくりと体を
縮こまらせて腰を浮かせた。
「別に脅す気はないのだがな」
 顔を上げて狐の方を見る。それから腕を狐の方に突き出した。
 もう一度低いうなり声が聞こえる。それは突き出された義直の袖の中から聞
こえてきた。そして、袖口から犬が顔をのぞかせる。
 義直の式神である。
 いつもは小さくなって彼の袖の中に潜んでいるのだが、一度義直が声をかけ
ると元の大きさに戻って相手に飛びかかることができる。
 それを見た狐は飛び上がり、数歩後ずさった。
「もう一度頼むのだが、このまま山奥に引っ込んでくれんか?」
 義直の言葉に狐は今度は何度も首を縦に振った。
「いやあ、話が分かる相手で良かった」
 義直は腕を下ろしにこやかに微笑んだ。
「もう迷惑をかけるなよ。もし何かあったら…… 分かるな?」
 狐は最後に大きく頷くと、身を翻して山の奥へと消えていった。
 義直と時貞はそれを見ていたが、姿が見えなくなると義直は振り返って言っ
た。
「いやあ、話し合いで済んで良かった」
「……十分脅しに見えたが」
「まさか。ひょっとして狐に騙されたんじゃないのか?」
 義直はそう言ってふふんと笑い、時貞は彼の笑顔を見て溜息をついた。

解説
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一応終わり。
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