[KATARIBE 31503] [OM04N] 小説『狐退治 上』

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Date: Fri, 18 Jan 2008 00:15:23 +0900
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小説『狐退治 上』
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本編
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「狐退治に行ってくれぬか」
 陰陽頭である賀茂保重は陰陽寮の一室に部下の平義直と秦時貞を呼び出す
と、彼らに向かってそう言った。
「狐、ですか」
 呆れたような表情を浮かべて義直が保重に尋ねた。その横にいる時貞は少し
眉をひそめている。
「狐ごときに我々が行かねばならぬので?」
 更に義直が言う。その台詞から馬鹿にしているような響きを感じ取って保重
は苦笑した。
「ただの狐だったらわざわざこちらに言っては来るまい」
 それを聞いて義直は「へぇ」と少し目を大きくさせた。
「化かすのですか」
 「化かす」という言葉に時貞は更に眉をひそめた。保重はそれをちらりと見
た。おおかた、化かすなんぞ馬鹿馬鹿しいと思っているのだろう、と保重は推
測して心の中で苦笑いを浮かべた。
「まあ、ただ化かすだけであってもこちらには来ないのだが」
 保重は答えた。そして、詳しい話を二人に聞かせる。
 狐が化かす、ということは実はそれほど珍しいことではなかった。夕暮れの
山道を歩いていると美女が手招きをする。のこのこと近づいて誘われるがまま
に一晩過ごして目が覚めたら森の中で落ち葉にくるまれて寝ていたなどという
ことはよく聞く話である。
 しかし、今回のは少しばかり面倒くさいことになっていた。
 都へと続くある山道に狐が出るというのである。それだけならば何の違いも
ないが、この山道を通って都に向かって進んでいくと、いつの間にか山の入り
口に戻ってしまうのである。勿論、これは都の方からその山道に入っても同じ
で、いつの間にか入り口に戻ってしまうのだという。
 その山には問題となっている道の他に山を越える手段はなかった。あまりに
も木々がうっそうと茂っており獣道と呼べるようなものすら見つけることは難
しい。もっとも、ぐるりとその山の裾を回って向こうに抜けることはできるの
で、遠回りにはなっているが完全に行けなくなっているというわけではなかっ
た。
 しかし、不便であることには変わりない。しかも、その道は都へ食料を運ぶ
のに使われているのである。いつもより時間がかかるということはその分、生
ものなどの鮮度は落ち、ものの値段は高くなってしまっている。
 はじめはあまり気にしていなかった貴族達も、それが長引くにつれてさすが
に手を打たなければならないと思ったのだろう、武士に狐を退治するように命
令したが、相変わらず山道に入っても戻ってくるばかりで狐の住処どころかそ
の姿さえ見つけることができないでいた。いくら武芸達者な者といえど、姿が
見えなければどうしようもできない。
 そういうわけで、この話が保重の元に持ってこられたのである。
「というわけでよろしく頼む。まあ、狐の住処を見つけるだけでも良いようだ
から気楽にやってくれればいい」
 保重は微笑んで言った。それに対して義直は複雑な表情を浮かべる。気楽
に、と言われても武士たちが手に負えずにこちらに回されてきた話である。そ
う言われるほど楽にはいかないだろうと思ったのだ。
 だが、陰陽頭からの命令である。義直と時貞の二人は明朝にその山に向か
う、と保重に告げて部屋を辞した。


 次の日、二人は問題の山の麓にいた。目の前には道が延びている。都との行
き来に用いられているためそれなりに幅は広く地面はしっかりと踏み固められ
ていた。
「特に変わった様子はないな」
 義直が辺りを見回しながら言った。ただ、いつもなら荷物を運ぶ馬やら行商
やらを見かけるこの道だが、狐が出だしてからさっぱり見かけなくなってい
る。
「どうする?」
 義直は時貞に尋ねた。
「ここで待っていたら狐が出てくる、というのなら話は早いんだがな」
「そうだったら俺たちまで話が回ってこないだろうよ」
 時貞は軽く腕を組んだ。
「なら、行くしかなかろう」
 そう言うと時貞は山道へと進んでいく。義直も慌てて続き、少し足を速めて
彼の隣に並んだ。
 二人は辺りを注意深く見回しながら山道を上っていく。進んでいってもやは
り彼ら以外に人の姿はない。話し声などあるはずもなく、山道には二人の足音
だけが聞こえていた。
 空は薄い雲に覆われている。太陽の姿は見えず、おかげで道を歩き続けてい
ても汗をかくというようなことはなかった。
「それにしても静かだ」
 だいぶ進んだところで義直がぼそりと呟いた。
「そうだな」
 時貞は頷いた。
 二人は更に足を進める。
 相変わらず静かで、遠くで鳴く鳥の声がやけに耳に響く。
「なあ、時貞よ」
 ふと義直が彼の方を向いた。
「何だ?」
 時貞は前を向いたままそれに応えた。
「ひょっとして俺たちはもう狐に化かされているのかもしれんぞ」
 それを聞いて時貞は「ふぅん」と少し口元を歪めた。それから、ちらりと義
直の顔を見る。
「どうした?」
 義直が訝しげな表情を浮かべた。しかし、時貞はそれを気にすることなく微
笑を浮かべたままである。
「ひょっとしたら、俺が既に狐と替わっていたりしてな」
「……なんだと?」
 義直が足を止めた。
 時貞は彼の数歩先で立ち止まり、振り返った。そして義直をじっと見る。義
直は緊張した面持ちで時貞の顔を見ていた。
 しばらく二人は動かずに互いに相手に様子を探っていたが、やがて時貞が小
さく笑った。
「そんなに真に受けられても困るんだがな」
「……冗談か」
 からかわれたのが気にくわなかったのか、義直は少しむっとして言った。
「それより、もうすぐ頂上のようだぞ」
 時貞が再び前の方を向いてその先を指差した。義直がその方を見ると、確か
に少し先で山道は見えなくなっている。
 二人はそこに到達すると足を止めた。頂上にも木々が茂っており周辺の様子
を見ることはできない。
 この山道を使う商人達もここで休憩をすることが多いのか、道の脇に太い丸
太が置かれていた。義直はそれを見つけると座ってふぅと一つ息を吐いた。
「ふう。さすがに疲れた」
 そう言って、彼は懐から竹筒を取り出すと中に入れていた水を飲んだ。
「とりあえずここまでは何も変わった様子はなかったな」
 時貞は丸太には座らず、その側に立っている木にもたれかけている。
「そうだな」
 義直は竹筒を懐にしまうと、立ち上がりあたりを調べ始めた。足跡などが残
っていればそれを追ってみることもできるのだろうが、そのようなものは見つ
からなかった。
「何もない。近くにいれば何かしら匂いもしようが、そのようなものも感じら
れない」
「ふむ…… このまま先に行ってみるか?」
 時貞が尋ねた。義直はしばらく考えていたが、やがて下っている山道に目を
やった。
「行くしかないよな」
 二人は立ち上がると、先へと進んでいった。
 下り道は上りよりも足への負担が大きい。下っていくにつれて、二人の息は
荒くなっていった。
 しばらく黙ったまま進んでいたが、義直が不意に「ああ」と声を上げた。
「どこら辺りで狐が出てくるか聞いておけば良かった……」
「そうかもしれんが、そもそも御頭から聞いた話には狐は出てこなかったでは
ないか」
「……そうだったか?」
 そうだ、と時貞は頷いた。
「山道を上っていってもいつの間にか元のところに戻ってしまう、と言ってい
たが」
「そう言われるとそうだった気がする」
 そう言って義直はがっくりと肩を落とした。
「……しかし、これで普通に向こう側に出るとそれはそれで困るよな」
 その言葉に時貞は首をかしげたが、やがて彼が何を言おうとしているのか察
して苦笑いを浮かべた。
「確かに、このまま向こう側に出るとまた山を越えなければならんな」
「難しい…… 騙されるのは癪だが、騙されぬとそれはそれで面倒だ」
 再び二人は黙々と道を歩き続ける。
 やがて二人の目の前に平らになった道が見えてきた。
「どうやら麓のようだ」
「残念ながらそのようだな」
 麓にたどり着き、辺りを見回して義直は溜息をついた。
「普通に着いてしまったな」
 隣を見ると時貞が呆れたような表情を浮かべている。
「となると、再び山越えか」
 義直が「うへぇ」と小さく声を上げた。
 帰りの山道で狐に化かされて都に戻れなかった、ということはなく帰り道も
特に何の問題もなく都側の麓に二人はたどり着いた。
 もう化かされることはないのではと思ったが、彼ら以外の人が山道に入ると
依然として元のところに戻ってしまっていた。
 何故彼らが山に入ったときには惑わされなかったのか。その理由の見当はつ
かないが、何も問題が解決していないのは事実である。しかし、さすがにもう
一度山道に入るという体力はなく、二人は陰陽寮へと戻っていった。

解説
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一応続く。

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