[KATARIBE 31449] [KMN] 小説『おこたとみかんと』

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Date: Wed, 12 Dec 2007 01:04:36 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31449] [KMN] 小説『おこたとみかんと』
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2007年12月12日:01時04分34秒
Sub:[KMN]小説『おこたとみかんと』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
久しぶりに書いてみました。

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小説『おこたとみかんと』
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登場人物
 --------
   坂梨美晴(さかなし・みはる)
    :記憶の無い幽霊。ある意味あやかし未満。
   おやみ(おやみ)
    :人蛇の、蛇体状態の場合の名前。男性らしい。

本文
----

 どんどん寒くなるねとおやみが言った。
 そうなのかな、と首をひねった。

「動くのが辛いよ」
 そう言いながら、おやみはこたつの中に潜っている。押入れの中の平べった
いこたつの箱を出して組み立てのは、流石におやみではない。
(ああ全く、こういうことは全部あたしに来る)
 ぶつぶつ言いながら組み立てていためやみを、こちらもただぼんやりと見て
いただけなので、結局何の役にも立っていないのだけれど。

「おやみは、冬眠するの?」
「……しないねえ」
 こたつの中を覗くと、ぐるぐると太いとぐろが巻いてある。そこから首……
というのか上半身の一部というのか……を出して、頭をちょんとこたつの板の
上に乗せている。そこでみかんでもぱっくり食べたらとても似合う気がするけ
れども、一度そう言ったら苦笑された。
(嫌い?)
(嫌いというより、もともと食べないものだからねえ)
 それでもおこたの上には籠が用意され、その中にはみかんが積み上げられて
いる。実はめやみがみかん好きで、コップ酒を呑みながらぷしぷしとみかんの
皮を剥いて食べていたりする。

「この前、そこの公園にお母さん達と子供達が来ていてね」
 おこたの上にとんと頭を乗せたまま、おやみはのんびりと口を開く。
「最初はお母さん三人に子供三人、お母さん一人に子供一人だ。それが暫くし
たら、二人が買い物に行く、というので、うち一人のお母さんだけが残って、
子供達を見ていたのだよ」
「ふぅん……」
 神社の横の小さな公園は、そのさび付いたジャングルジムにも関わらず、そ
れなりに人が来るのだという。小学生がボールを使って遊ぶには小さすぎる為、
その年齢の子供達はあまり来ない。従ってそれより小さい……幼稚園くらいの
子供達がよく来るのだ。小さい癖に立派な木々……一本は大きな銀杏の木……
があるし、他の遊具は壊れかけでも砂場の砂が白くで子供達に好かれているら
しい。それに狭いけれども日当たりが抜群で、丁度お母さんと子供3人くらい
なら悠々と座れる、それだけは新しいベンチがある。
(あれくらいの小さな子供達なら、見つかっても問題にはならないからね)
 小学生くらいになると誤魔化すのも大変なのだよ、とはおやみの弁で、成程
それでベンチだけが綺麗なのか、と、あたしは妙に感心した覚えがある。
「そしたら遊んだ後に、三人が並んでベンチに座ったろう。お母さんが手を拭
いてやって、ひとつずつみかんを手渡したのだよ」
「子供達に?」
「そう」
 おかしそうにおやみは喉を鳴らす。
「何歳くらいの……ってか、みかんの皮剥けたの?」
「そこなのだよ」
 くつくつと笑いながらおやみは言葉を継ぐ。
「一人、一番小さい子はそのみかんを受け取って、えい、と皮を剥き出したよ。
まあ、小さい子だから皮はぽとぽと足元に落ちてたけどね」
「一人ってことは、後の子は?」
「それが食べないのだね。お母さんは『みかん嫌い?』と尋ねたけれど、二人
とも首をふるばかりで」
 内心、推測をしてみる。つまりその、みかんの皮をむき出したのが、子供の
番に残ったお母さんの子供なのだろう。
「それで、お母さんが後の二人のみかんの皮を剥いてやったのだよ。剥いて、
幾つかに割って、そして真ん中の筋を取ってやる。と、もう一人がもくもく食
べだしてね」
 どうも、おこたの布団から板の上に乗せた頭の部分までの、首もしくは上半
身だけは寒いのか、おやみはくるり、と頭を板の上から下ろし、そのままくる
り、とこたつの中に頭を突っ込んだ。おやおやと見ていると、その頭はこたつ
布団を押しやってこちら側に出てきた。
「もう一人はまだ食べないの?」
「うん。お母さんは首をひねるし、私も見ていておかしいなと思うし、本当に
みかんが嫌いなのかと思ったが、子供はじっとみかんを見ていて、嫌いってい
う風じゃないし」
「じゃ、何だったの」
「それがね」
 こたつ布団から、流石に頭だけはぴょこりと覗かせて、おやみが笑う。
「お母さんも一所懸命考えて、そしてとうとう思いついて子供のみかんをとり
あげて、薄皮まで全部剥いてやったよ」
「そしたら?」
「ようやっとばっくりと、その子もみかんにかぶりついたんだが、その頃には
最初の子は一個目のみかんを食べて、次、次、と騒いでいたよ」
「うわあ」
「帰ってきたお母さん達にそのお母さんが笑いながら話してね。最後まで食べ
なかった子のお母さんが悲鳴をあげてたよ」

 大きな……マフラーほどに太く、それに見合うほど長い蛇がおやみである。
結構子供好きで、出来ればああいう子達と遊びたいねえ、と言うのだが、やは
りそれは多少……というか多々……無理がある。だけどそれだけに、彼は子供
達が大好きで、公園の近くの草むらから黙って覗いていることが多い。
「ほとんど同い年くらいで、遊ぶ時も一緒で、きゃあきゃあやってる子達が、
みかんだけは全く違う食べ方だろう。何となく可笑しくてね」
 そんな理由で子供達を見ていて……挙句すっかり冷え切って、家に戻るなり
こたつのスイッチを入れて。
 で、この状態なのである。

「美晴はみかんは好きかね?」
「ええと……今は食べられないけど」
「いや、昔」
「うーん……うん、多分」

 昔のことは殆ど覚えていない、とは言うけれども、文字を読むことや話し言
葉を理解することは自然に出来る。どうやら個人を特定するような記憶だけが
削られているのだろう、とおやみは言う。だから水が冷たいことや雲が厚くな
ると雨の前触れだと判るようなことは、忘れていないのだろう、と。
 だから、みかんのこともそう。
 好きか嫌いか、くらいは覚えている。

 おこたの上の籠の中のみかんに手を伸ばす。
 ふんわりと、身と皮の間に空気を含んだ山吹色の小さな玉。少し平たいそれ
をひっくり返して、後ろの中心から爪を立てる。ぷしり、と爪がめり込むと、
同時に皮から黄色い汁が飛んで

「……あれ?」
「ん?」

 一瞬。
 わあ、と声を聞いたような気がする。あたしの声ではない、もっと……多分
あたしよりも少し年上の、男の子の。
 そして、あらら、と、やっぱりあたしの声ではない、声。

「……どうしたね?」
 気がつくとおやみの顔が目の前にあった。こたつから体を出し、丁度あたし
の真正面に顔を据えている。
「え?」
「思い出したかね、何か?」
「……かも、しれない」

 ずっとあたしの記憶は無い。
 三年前におやみとめやみに出会ってからこちらの記憶はある。けれども、あ
たしがこんな姿になる前の記憶はどこにもない。

「無理はしなくとも良いよ」
 静かな声が、ぼんやりとしていたあたしの考えを軽く遮った。
「三年、殆ど何も思い出せなかったんだ。焦ってその記憶を逃すよりも、ゆっ
くり……思い出せることを思い出せるまで待ったほうが良いよ」
「……うん」

 
 多分、あの声はあたしの家族達だったのだろう。
 多分、そういう人達だったのだろう。
 そのことは案外容易に思いつく。けれどもそのことが少しも自分に実感とし
て帰ってこない。

 仕方がないのかと思う。
 仕方が無いことなのか、と……

「ああやっぱり背中が寒いね」
 おやみが呟いて、またおこたの中に引っ込んだ。


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 本当に、蛇の上半身って何て言うんだろうね。

 であであ。
 
 



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