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Date: Thu, 22 Nov 2007 23:07:58 +0900
From: Subject: [KATARIBE 31432] [OM04N] 小説『式神返し』
To: kataribe-ml@trpg.net
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タイトル間違っていたので再送。ご迷惑おかけしました。
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小説『式神返し』
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本編
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遠くに見える山は赤や黄色の衣に包まれていた。
左大臣をはじめとして何人かの貴族がある貴族の屋敷に集まって宴を開いて
いた。その中に陰陽頭である賀茂保重の姿があった。
彼らが座っている縁台の横に大きな紅葉の樹が立っている。伸びている枝が
縁台を覆い、時折彼らの元に葉を落としていた。
「立派なものだな」
樹を見上げて、左大臣が言った。
「俺の屋敷でもこれほど立派な紅葉はないぞ」
褒められた屋敷の主は嬉しそうに頭を下げる。
ほどなくして酒が運ばれ宴が始まった。
初めのうちは紅葉を見ながら語り合っていたが、やがて酒も進んでくると、
一人が立ち上がって舞を舞い始めた。
それを見た一人が「ならば笛もなくてはな」と言い、懐から笛を取り出して
涼やかな音を奏でる。
左大臣はそれを眺め面白そうに微笑んでいた。
すると、どこからやってきたのか、大きな一匹の黒い蝶が彼らの側まで舞い
込んできた。
舞っていた貴族がそれに気づき、踊りをやめる。
「こんな時期に蝶とは珍しい」
「うむ。どうやらお主の舞に釣られて出てきたらしいぞ」
蝶は彼らの周りをくるくると飛んでいる。季節外れに現れたにしてはその羽
ばたきは力強い。一つ羽ばたくたびにその黒い艶やかな羽根から鱗粉がこぼれ
落ちる。それが陽に反射してきらめく。
貴族達は溜息をついて蝶の飛ぶ様子を眺めていた。
保重も蝶を見ていたが、それは見つめているというよりは睨んでいる、とい
うような感じであった。
「これほど見事な蝶は今まで見たことがないな」
左大臣の言葉に保重を除く他の者が頷いた。
蝶はやがて彼らの輪の中に入り、今度は左大臣の周りを回り始めた。
「どうやら、蝶に好かれたらしいですな」
貴族の一人が言い、左大臣もまんざらでもないような表情を浮かべる。
それを見て、保重は立ち上がった。
「どうした?」
左大臣が声をかける。保重は彼に微笑みを返した。
「一匹だけでは蝶も寂しいと思いまして……」
そう言って彼は紅葉の枝に手を伸ばす。それから屋敷の主に顔を向けた。
「紅葉の葉をいくつかいただいてもよろしいですか?」
保重が何をするのか分からず少し疑問の表情を浮かべたまま屋敷の主は頷い
た。
保重は大きめの真っ赤な葉を3枚ほど取り、広げた両手の上にのせて二言三
言小さく何か呟いてから、紅葉に息を吹きかけた。
葉がひらひらと舞い上がり、次第にその姿を変えていく。
「おぉ……」
見ていた貴族達から感嘆の声が漏れた。
やがて葉は燃えるような真っ赤な羽根を持つ蝶へと変化した。
三匹の蝶は、はじめ保重の周りを飛んでいたが、左大臣の周りを回っている
黒い蝶の元へ向かうと、今度はその蝶の周りを囲むように羽ばたく。結果とし
て、左大臣の周りには4匹の蝶が舞うことになった。
黒い蝶が行く先を変えるとそれに従って三匹の蝶が舞う。
「これは見事」
一人の貴族が言った。
「やるな保重」
他の貴族が言った。
ありがとうございます、と保重は軽く会釈をした。
四匹の蝶はしばらく左大臣の周りを舞っていたが、やがて赤い蝶は黒い蝶を
導くように空高く上がっていく。
貴族達はそれをじっと見つめていた。
蝶が空に吸い込まれるように見えなくなると、彼らの一人が溜息をついた。
「面白い余興であった」
左大臣が言い、他の者が頷いた。
次の日、保重が陰陽寮に現れると検非違使の烏守望次が姿を見せていた。彼
は陰陽師の秦時貞と話をしていたが、保重の姿に気が付くと会話を切り上げ、
保重の方に近づくと会釈をした。
「何か用か?」
「ええ」
検非違使が陰陽寮に現れることはそんなにはないが、望次は友人に陰陽師が
いるのと自身が鬼を見ることのできる能力の持ち主ということで、他の検非違
使に比べて頻繁に陰陽寮に訪れていた。
「今朝、老人があばら屋で死んでいるのが見つかりました」
「ほう」
「その状況がちょっと奇妙だったものですから、陰陽師に見てもらいたいと」
「奇妙ねえ…… どんな風に奇妙なのだ?」
保重が尋ねると、望次は少し困ったような表情を浮かべた。
「どうした?」
「いえ、奇妙だと思っているのはほとんど私だけなので……」
「だが、他の人はそう思ってなくても、お前はおかしいと思ったのだろう?
なら話してみるといい」
それでは、と望次は話し始めた。
ぼろい家で老人が死んでいるのが見つかったというのである。
老人に刀傷や殴られたような後はなかったのだが、非常に苦しんだような表
情をしていた。その家の周囲に住んでいる者に老人の素性を尋ねてみたとこ
ろ、数日前にその家に勝手に住み着きだしたということ以外は何も分からな
かったということである。
そこまでの話を聞いた保重はふむ、と一つ頷いた。
「確かにあまり奇妙という感じはしないな。単に持病か何かを持っていてそれ
が原因となって死んだと考えるのが普通だろうな」
「はい。ただ、老人の側に紅葉の葉が三枚ほどあったんですが、それが引っか
かりまして」
「紅葉、か」
そう言って保重は少し口元をゆがめた。
「だが、それでもまだ奇妙という感じではないぞ」
「普通だったらそうなのですが。ただ、その家の周りには紅葉の樹なんてない
のです。しかも、その三枚の他には紅葉はおろか、他の落ち葉すら無かったの
です」
「ただ老人が持っていただけかもしれないではないか」
「そう言われるとそうなのですが……」
望次はそれでも納得のいかない様子だった。
「お前が気になっているのはその紅葉なのか?」
「はい。実はここに持ってきてまして」
彼は懐から三枚の紅葉を取り出した。それを見て、保重は「ああ」と呟い
た。
「何か?」
「いや。確かにこれはお前が気になるというのも頷けるな、と思ってな」
「分かるのですか?」
「まあ、見ておけ」
保重は望次から紅葉を受け取ると、片方の手のひらに重ねて置き、もう片方
の手を上から打ち下ろした。
パン、という音がする。
合わせた手を開くと、彼の手から三匹の赤い羽根を持つ蝶が現れた。
「なんと……」
望次が息をのんだ。
蝶はしばらく彼らの周りを舞っていたが、やがてその羽ばたきが弱くなり地
面へと落ちた。
落ちた蝶は再び紅葉へと姿を変える。
「これは一体?」
「何者かが放った式神だろうな」
「式神…… では、あの老人はこの式神に殺されたということですか?」
「そう考えるのが妥当だろう」
話している二人の間を風が吹き抜けた。落ちていた紅葉がそれに乗って遠く
へと運ばれる。
「しまったっ」
慌てて追いかけようとする望次を保重が止める。
「実は先ほど紅葉を式神にする時に式神返しの術をかけてみたのだ」
「式神返し?」
「ああ。簡単に言うとその式神を作った者の元へと戻らせる術だ。だが、先ほ
どの光景を見ただろう?」
望次は頷いた。
「蝶はどこにも行かずその場に落ちた」
「そうだ。もうその式神には戻る力はなかったのだ」
「ということは式神を放った者を辿ることはできない」
「残念ながら、な」
それを聞いた望次は悔しげな表情を浮かべた。
「一応、気に留めておく。もし何者か分かったら知らせてやる」
「よろしくお願いします」
望次は頭を下げると、陰陽寮を後にした。
一人になった保重は少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「あいつには悪いが、これはこれでおしまいだな」
先ほど望次に「式神返しをした」と言ったが、実は昨日黒い蝶に対して放っ
た赤い蝶こそが式神返しだったのである。
黒い蝶を見て一目で左大臣を狙った式神と見抜いた保重はその場にいた他の
貴族に気づかれぬようにしてそれを払っていた。
返しの術を施された式神は術を放った主であった老人の元へと戻る。式神に
かけられていた「左大臣を殺す」という呪いはそのまま老人に向かい、自分の
式神にやられる結果になったのである。
そして、保重はふと眉をひそめた。
「しかし、あの蝶からなかなかの使い手かと思っていたが…… まさか、あっ
さりやられてしまうとはな。拍子抜けもいいとこだ」
そう呟いて彼は寮の奥へと消えていった。
解説
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ちょっと黒い御頭。
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