[KATARIBE 31430] [HA06N] 小説『死神ですら嘆くような・6』

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Date: Thu, 22 Nov 2007 00:46:59 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31430] [HA06N] 小説『死神ですら嘆くような・6』
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2007年11月22日:00時46分58秒
Sub:[HA06N]小説『死神ですら嘆くような・6』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
とりあえずこの話は、ここまで。
ねむいねむいお医者さんの話……じゃなくて、とりあえずねむねむな頭で書いておりますが、
反省は……いまんとこしてないっ<あとですると思います(えう)

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小説『死神ですら嘆くような・6』
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登場人物
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 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。

本文
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 ぼくをころしたのはこのひとだ、と言った。
 お父さん、とは、もう呼ばなかった。

 
 
 あふ、あふ、と、完全に腰が抜けた格好の男は、しりもちをついたまま口を
動かしている。かちかちとぶつかる歯の合間から、声なのか悲鳴なのか、よく
判らないものが漏れてくる。

「あなたは、自分が悪いなんて思ってないんだね」
 小さな少年は、その外見の年齢に余りにも不自然な表情のまま、じっとその
男を見ている。薄い唇を食いしばった、その間から押し出すように、少年は言
葉を接いだ。
「自分は被害者だ、自分は不運だ、だから皆自分を助けなくっちゃいけない。
子供を殺すなんて言ってない、でもお金が要るんだって……多分、またそれで、
おねえちゃんたちを狙うんだよね」
 ひぃ、と、男は声をあげた。
「た、たつ、たつ」
「……そうだね、あなたはとても弱い人だからね」
 ふっと少年は笑った。五歳の時に亡くなった筈の少年の表情は、既にそれか
ら二十年くらいは平気で過ぎたくらいに、大人びたものだった。
「一人で誘惑に勝つなんてこと、出来ないんだよね」
 男は……かくかくと震えながら、けれどもかろうじて頷く。目の中に……そ
う、この期に及んでまだ媚びる色が見える。この少年に阿り、許されようとす
る……
 否。

(許されるなんてものじゃない。自分が悪いなんてまだ思ってない)
(ただ、目の前の恐怖が去ればいいと思っている)

 正直……あれほど相手の顔を踏みにじってやりたいと思ったことは無い。所
謂女王様なる種族は、このように感じているのだろうか、と一瞬思って、我な
がら自分に突っ込みを入れたくなった、時に。

「そうだね、可哀想にね」

 やさしい、声だった。
 恐ろしい、声だった。

 にへら、と、男が笑って、醜いほどの媚び諂いをその表情に浮かべて少年を
見やる。にこ、と、澄明な笑みを浮かべた少年は、男に向かって一つ頷き。
 そして。
 三日月の口元と、三日月の目元。
 これほどに恐ろしい表情はない、と言いたくなるほどの笑みを浮かべて、少
年は男の顔を覗き込んだ。

「だから、ぼくがずうっと一緒にいてあげるね」

 
 血の引く音、というけれども、いや嘘じゃないなあ、と、呑気に思った。
 それくらい、男の顔は……白く、血の気を喪っていた。

「うれしいでしょう?ぼくがずうっと一緒にいてあげるよ?」
 にんまりと、笑った少年が顔をずいと男に近づける。
 一拍おいて……男は引き裂くような悲鳴を上げた。
 何度も、何度も、身をよじるようにしてあげた。

 ……そこまでしても、哀れとは微塵も思えなかった。
 つまり彼は、まだ自分が悪いなどと思っていないのだ、と。
 被害者としか思っていないのだと……思えた。

 ふっと少年がこちらを見て、少し首を傾げてみせた。
 その意味が判ったから。

「……ちょっと、ごめん」
 斜め後ろにいた本宮さんをちょっと押すようにして部屋の外に出る。そのま
ま数歩、後ずさって、少年から距離をとる。
 三歩、四歩。
 そしてあと一歩、と思ったときに。

 少年は、ふっと消えた。

           **

 一体これは、と、言いかけた部屋の中の尋問官(というのかな)の説得兼説
明役に、本宮さんを勝手に任命して(というかぶっちゃけ、彼を置き去りにし
てあたしだけ少し離れただけなのだ)。
 明るいのに、何故か監獄を連想させる廊下を暫く進んだところで、後ろにぱ
たぱた、と、小さな足音を聞いた。
 振り返った先に、少年は立ち止まり……そしてぽてん、と座り込んだ。


 本気なんだよ、と少年は言った。
「ぼくずっと、あのひとのところに居る積りなんだ」
「……でも、それって……」
 成仏、ということ。これは無論仏教用語だが、どんな宗教でも、つまり『現
世』から離れ『彼岸』に行くことを示す言葉はある、と思う。言葉はともかく、
この少年には、この世に留まる理由は……それこそ父親に対する憎しみしかな
い。だとするならば。
「……お父さんにがーっと仕返しして、そのまんま、あちらに行ったほうが良
くない?」 
 提案すると、少年はあはは、と笑った。
「うん、そっちのほーがぼく楽だけど」
「あたしもそう思うけど、駄目なの?」
「だって……」
 ふっと、その時少年は唇をとがらせた。それは確かに5歳相応の表情で……
それだけに何だか、涙が出た。

「おねえちゃんが、居るから」


 男は、現行の法律では、決して極刑には定められない。
 実行犯はあの女性。無論他人と本当の父親の差はある。けれどもこの場合、
確かに彼は、何年か後には娑婆に出てくることになる。
「多分ね、あのひと、またおねえちゃんを狙うと思う」
「……だけど、それって」
「だって、おねえちゃんに、まだ保険ってかかってるもの」


 ふと、思う。
 この少年が亡くなったのは、2年前、という。
 死んでこちら、2年間。彼は一体何を見ていたのだろう……と。

 どれほどの醜い世界を、みていたのだろう、と。


「ぼくもうひとりのおねえちゃんも見たよ。おにいちゃんも見たよ」
 それでもその口調はどこかしら舌ったらずで、愛らしくて。
「いいひとたちだなって、ぼくがいっしょだったらいいなって思ったよ」
 にこにこと愛らしい笑みをこぼした少年は、その口調のまま、言い切った。
「だからぼくが、あの人を監視する」


 どう言えばいいのだろう、と思った。
 ひょい、と抱き上げたほうが早いような小さなほそっこい少年は、愛くるし
い笑みのまま、そう言い切る。
 監視する。
 ……けれど一体何時まで。

「ね」
 思わず……だから、口走っていた。
「良く判らないけど、もしそうやってあの人にくっついてるの辛くなったら」
 あの歪み切った自己正当化。微塵も自分が悪いとは思わない独善性。
「そしたら……うちにおいで?」
「え」
「ジュースとケーキくらいは、いつもあるから」

 悪霊と化してでも、呪いたいほど憎い相手かもしれない。もし自分がこの少
年の立場なら、もっと激烈な仕返しをするような気もする。
 でも。

「だー、もうやだーって思ったら……いつでもおいで」

 悪霊なんてものになるには、この少年があまりに勿体無い。
 そんな風に……この短い一生を無惨に刈り取られたこの少年が、死後までも
あんな糞のような男に潰される必要はない。

 頭を撫でると、さらり、と細い髪の毛が指の間を流れた。死んでもう2年と
言うのに、指が撫でた頭は、少し汗ばむほどに暖かくて、だから余計にこの少
年の今居るところが……判らなくなった。

「……いやかな?」
「…………ううん」

 ふわん、と、上を……こちらを、少年は見上げていた。
 あどけない、笑い顔だった。

「うん、ぼく、おばちゃんとこにいくね」
「うん、いつでもおいで」
 にこっと笑うと、少年は立ち上がった。

「ぼくね、たつお」
「おばちゃんはね、真帆」
「うん」
 にこにこと笑うと、少年はまた、廊下を戻り始めた。
 戻る……あの、男の下に。

「またね、真帆おばちゃん」
「……またね」
「ありがとね」
 にこっと笑った少年は、また二歩、三歩と歩を進め。
 そして……ふっと消えた。

         **

 その晩、帰ってきた尚吾さんに、その日のことを話した。

 そう、とだけ、尚吾さんは言った。

「……怒ってる?」 
 こういう時、この人の表情は読み難い。無表情、とまでは言わないけど、と
にかく表情が動かない。思わず尋ねると、尚吾さんは少し笑ってかぶりを振っ
た。
「ううん」
 少し目を細めた、笑みを含んだ表情のまま。
「そういうケアはさ、俺らにはできないから」
 確かにそれは、警察の仕事ではない……とは思う。 
「……それに」 
 ふっと尚吾さんは言いよどんだ。
 眉根を寄せて……眉間に深く縦皺を刻んで。
「あの男はそれだけのこと、やってる」 

 俺は悪くない俺はわるくないおれはわるくないおれはおれはおれは。
 ……まるで壊れたオルゴールのように、繰り返す声は廊下の先にまで届いて
いたっけ。
 もし、彼の最大の罪を挙げろ、と言われたら、あたしは多分、あのとことん
呆れるまでの『責任転嫁』にするかもしれない。それくらいに彼はわあわあと
『俺は悪くない』を繰り返していたものだ。
 ……自分の子供を、金の為に殺しておいて。

「……だから、俺は何も言わない」 
 ほんの少し目を細めて。
 やっぱり少しだけ、笑った顔で。

 本当は、抱きつきたいくらいほっとした。
 だけど……何だか、なって……

「…でも、きっと……その男の子の為には、よかったんだと思う」 
 だから、片腕にしがみついて、肩口に額を押し付けた。
 少し笑う気配と一緒に、しがみついた手の上に、ふわり、と手が被せられた。
「…………そうだと、いいな」 

 本当は、自分でも判らない。
 いや、あの子が自分の父親に復讐する、というなら……これはもう、おおい
に賛成である。賛成しなかったらこんなことはしてない。
 でも。
 あたしのこの能力はイレギュラーなものであることも事実。
 この異能を利用して……さて、こういうことをやるべきだったか。
 やらなければ……あの少年は、意趣を晴らすことが出来なかったかもしれな
いけど、ああやって父親を監視することを買って出ることも無かったのではな
いか。
 そう、考えると。
 何だか。


「俺には、聞こえないから」 
 手を握っていた手は、何時の間にか動いて頭を撫でてくれている。
「……あの女の子や、家に残った痕跡から、察するしかない……でも」 
 でも、と、その言葉を強調するように、軽く頭の上で手を弾ませる。
「……きっと、辛かったんだろう、て。ことぐらいは、分かる」 
 
 廊下の片隅で、座り込んでいた姿。
 もう、これ以上聴きたくない、と、耳を押さえていた姿。

「だからね、きっと真帆が聞いてくれて願いを叶えてくれたことは……いいこ
とだと思うよ」 
「…………そうだと、いいな」 
 上手く、言えない。
 だけれども。
(またね)
 そう言ってまた消えてしまった少年が、少しでも喜んでくれたなら。 
「ほんとうにそうだったら……」 
 涙がこぼれて、しかたがなかった。
 やりきれない……ほんとうに辛いほどやりきれないことがあるのだ、と。

  

 その夜、夢を見た。
 黒い服、黒いマント、そして長くぎらりと光る鎌。
 鴉の濡羽色の髪を、やっぱりくしゃくしゃにしたまま、少女はこちらを見て
にっと……笑った。
「……ありがとね」

 あざやかな笑み。あざやかな声。
 
 その笑みを最後に……あとの記憶は、無い。


 

時系列
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 2007年9月後半

解説
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 そして、最後。
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 てなもんです。
 であであ。
 
 


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