[KATARIBE 31425] [HA06N] 小説『死神ですら嘆くような・5』

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Date: Thu, 8 Nov 2007 01:36:20 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31425] [HA06N] 小説『死神ですら嘆くような・5』
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2007年11月08日:01時36分16秒
Sub:[HA06N]小説『死神ですら嘆くような・5』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
……なんつか……最後の最後だけが、終わらなかった(えう)

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小説『死神ですら嘆くような・5』
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登場人物
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 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 本宮史久(もとみや・ふみひさ)
     :本宮家長男、人間戦車な刑事さん。兼任零課でもある。 

本文
----

 階段を登って、そしてしばらく。
 どう歩いたか意識をすることも面倒だと思った。

 広いけれども灰色の廊下を、本宮さんの後をついて歩く。
 微かな声。内容はわからないけれども、どこか悲鳴に似た響きが、薄く削い
だ木の削り屑のように淡く聞こえてくる。
 そして。

「…………え」
「あ」

 そして…………そう、はっきりと見える。
 すう、と、浮き上がるように現れる姿。壁に背中を持たせかけて膝を折って
座った子供。両耳をぎっちりと手で抑えて、目をぎゅっと閉じて。

「……そこに、居たのね」
 声をかけると、男の子はそろっと顔を上げた。
「あ……」
「どうしたの、大丈夫?」
「…………」
 ふるふる、と、頭を振る。その様子が余りに哀れな気がして。

「……お父さん?」
「ぼく、聞きたくない」
 思わず……顔を上げて、本宮さんと目を合わせる。
「……そういうこと?」
「そう……ですね」

 ぎり、と、嫌な音がした。
 気がついたら……奥歯をぎりぎりと噛み締めてた。
 一緒に口の内壁も噛んだらしく、厭な味が口の中に満ちた。

「……ねえ」
 声をかけて……気がつく。あたしはこの子の名前すら知らない。
 それでも……あたしはこの子のことで、これだけ悔しいと思うのに。
「お父さんに……話したいことってある?」
 こんな簡単な言葉で……って、自分でも語彙の少なさに嫌気がさしたけど。
「……!」
 こくん、と、大きく頭を前に振って……そして男の子は困ったように眉を下
げた。
「……でもぼく」
「手伝ってあげる」
 一目見て、あの男は悲鳴を上げた。
 この子は……恐らく、一番怖い相手だろう。

「いい?おばさんから5m離れたら、あなたはまた元に戻る。だから、その間
にお父さんの近くにまで近寄って。その後、あたしがお父さんに近寄ったら」
「……今のぼくみたいになる?」
「そう」

 見たところは5歳くらいか。でも、その瞳の示す知性は、恐らくその倍には
なっていそうな気がした。

「お父さんに、言いたいことを言えるように」
「…………」
「そして……お父さんがその言葉を聞けるように」

 黒い目は、本当に透き通ってこちらを見ている。
 子供特有の、少し青味を帯びた白目の部分がとても綺麗で。

「……いや、かな?」
「ううんっ!」
 ぶんぶん、と、えらい勢いで男の子は首を振る。
「うん、ぼく今から、おとうさんとこに行く」
 軽い足音が、後ろから聞こえる。多分先刻の女の人だろうな、と、あたしは
どこかでしらっとしたまま思っている。
「おばちゃん、手伝ってね?」
「無論!」

 笑って言った積りだったけど……正直自分があの時、どんな顔で応じたか、
あたしはよく憶えていない。

             **

「ちょっと待ってくれ。事実の時間関係をもう一度確認する」
 男の子が走ってゆくのを、あたし達は見送った。5分したらそっちに行くね、
と言うと、男の子はにっこり笑った。
「……横領の後、なのか、澤田に会ったのは」
「いや……会ったのは、前だけど」
「付き合った時には、もう借金はあったんだな?」
「いや、借金は……あったけれども最初は何も言ってなかったのを、あいつが
金が無いと付き合わないって言うから」
 穏やかそうな声が、それでも畳み掛けるように問いを重ねる。それに応じる
声は……いや、正直、廊下の角一つこちらから聞いているだけでも苛々するく
らいにぐだぐだと言い訳満載なものだったのだけど。

「じゃあ、付き合わなければ良かったろう。そもそも奥さんも子供もいるのに」
「あいつが目をつけるから……」

 いやほんとに、奥さん達(複数)に聞きたい。なんでこういう男と結婚する
気になるんだ。

「澤田がこの話を持ち掛けなくても、あんたは同じことをしたんじゃないのか?」
「そんな!俺はそんな……!」
「じゃあ、どうやって返済する積りだった?」
「…………」

 なんでそこで沈黙するんだ。

「踏み倒す積りだったのか」
「そ、そんなっ」
「じゃ、どうする積りだったんだ」
「…………」
「考えてなかったのか?」

 流石に尋問(でいいのかな?)をしている人の声が、あきれ返ったものにな
る。

「……火矢子が悪いんだ」
「は?」
 唐突に知らない名前が出てきて、思わずあたしは本宮さんを見る。
「……今の奥さんです」
 小声で本宮さんは返す。
「何で火矢子さんが悪いんだ?」
「あいつが……あいつが贅沢だから!だから金が必要だったんだ!」
「…………」
 えーと。
 何かこう……人間呆れると、ぱかっと口が開くものなのですね。
「子供が生まれるとか、それも二人も生んで……それで金が要るって言われて」
「で、自分の子供を殺すことにした、と?」
「俺は悪くない!」
 絶叫するかな、そこで。
「金は無いって言ったんだ。それなのに二人目を生むって火矢子は言うし、生
んだらあれに金が要るここに金を使うって……それに殺すって言ったのは真理
子だ!俺じゃない!!」
「反対したのか?!」
「……だって金が無いから!!」
「止めることくらい考えなかったのか!」
「真理子が言うから!……俺のせいじゃない!あいつが全部考えて」

 限界だ。


 かつかつ、と、ことさらに足音を立てて歩いた。ぎゃんぎゃんと騒ぐ男の声
を、少しでも消したい、と思った。
 だから……少しだけ、気がつくのが遅れたのかもしれない。


 一瞬の沈黙。
 そして。

「う、うぁわあああああああっ!!」
 魂切るばかりの悲鳴があがった。


「た、た、たつ……辰男!!」
「……君は」
 がたん、と、椅子の倒れるような音。そしてやっぱり驚いたような……質問
をしていた方の男性の声。
 薄い扉のドアノブに手をかけ……ようとしてちょっと手を止める。ここを開
けて良いのだろうか、と、躊躇って振り返ると、先刻の女性(やっぱり彼女だっ
た)がにこっと笑った。
 それを、肯定もしくは許可、と、あたしは判断してそのまま扉を開けた。


 あわ、あわ、と口をあけたまま、声も出ないままの男。恐らく座っていた椅
子ごと後ろに転んだのだろう、倒れた椅子の上に潰れたように座り込んでいる。
その前に、立っている小さな少年。

「君どこから……」
 その向かいで、困ったように少年と男を見ていた男性が、ふっとこちらを見
た。
「……本宮さん!」
 その声が、まるでたがを外したようだった。

 おれじゃないおれはわるくないぜんぶまりこがやったんだかやこがかってだっ
たんだおれはわるくないあいつがやるっていうからおれはりようされたんだ、
そうだおれは利用されたんだ!!

 涙でぐちゃぐちゃの顔が、少年のほうを見上げる。

「お父さんは悪くない!あの女がお前を殺したんだ、あいつがやったんだ、あ
いつがやったんだ、あいつが」
「……お父さんがやったんだよ」
 細い、子供の声が、すぱん、と男の声を切った。

「お父さんがぼくを殺したんだ」

 
 しんとした部屋の中、小さな少年はすうっと指を伸ばして、男の眉間を指差
した。
「おばさんがこうやったらいいって言った時に、お父さんは言わなかったね。
ひどいとも、俺の息子だぞ、とも……ううん、それはちょっとひどいとも言わ
なかったね」
 ふと、思った。
 5歳で亡くなって、この子は一体今まで……一体何を見てきたのだろう、と。
 どこまで裏切られ、どこまで絶望したのだろう、と。
「幾らになるんだって、最初に言ったね。一番高い保険ったって、かけてすぐ
死んだら怪しまれるぞって」
 あう、あう、と、男は口を動かす。
「ぼくを殺したのは、おばさんかもしれない。でもお父さんは一度も助けてく
れなかった」

 ふうっと少年は、哂った。
 白い白い顔だった。
 白い手が真っ直ぐに……もう一度真っ直ぐに男を指差した。

「ぼくを殺したのはこのひとだ」

 ぶんぶん、と、男は首を横に振る。違うんだ、違うんだ、と、かちかち鳴る
唇が言葉をこぼす。

「ち、ちがう、んだ辰男……お、おとうさんはね……おとう、さんは」
「違わない」

 弱弱しい声を、その細い声はすっぱりと斬る。

「この人がぼくを殺した。殺してお金を自分のものにした。それでもお金が足
りなくて、ぼくのおねえちゃんまで殺そうとした」

 透き通るような黒い目が、今は憤怒でぎらぎらと光っている。
 その目から……血のような涙がこぼれた。

「ぼくを殺したのは……この……」

 ぎり、と、唇を噛んで、少年は言い放った。

「この男が、ぼくを殺した本当の犯人だ」

 数瞬の沈黙。
 そして。

「うわあああああああああっ!!」

 男の悲鳴が、部屋を埋めた。



時系列
------
 2007年9月後半

解説
----
 死の淵から蘇った子供の、告発。
*****************************************

 てなもんで。

 ラスト、また、先輩をお借りすると思います。
 
 


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