[KATARIBE 31417] [HA06N] 小説『零課の一角にて』

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Date: Fri, 2 Nov 2007 00:25:13 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31417] [HA06N] 小説『零課の一角にて』
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2007年11月02日:00時25分12秒
Sub:[HA06N]小説『零課の一角にて』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
ちょいっと書いてみました。
これまでチャットで書いてた分を、そのまま文章にしたよーなもんです。

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小説『零課の一角にて』
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本文
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「八月。香庭愛他二名の殺害事件についての示唆」
 読み上げるとも、暗記した事実を述べるともつかない口調が、そんな一文を
紡ぐ。
「九月上旬。取り壊し前の校舎に、小学生二人と入るも無事。その後同じ校舎
に入った小学生四人は、全員幽霊を見た、との重篤な心理的外傷を受ける。そ
の後、彼女一人が校舎に行くが、これもまた無事に戻る」
 プリントされた紙を持って、読み上げるのは恐らく四十代後半の女性、美人
ではないが、頬骨の高い、くっきりとした顔立ちが印象的である。
「そして九月下旬。葉島貞男の事件について、重要な示唆を与える……か」
 プリントの端を、唇に当てるようにして、女はくすり、と笑った。

 部屋には作業用のデスク、そして四人程度がかけられる少し小さめの応接セッ
ト。部屋の壁の一面は上半分が硝子、下半分が本棚。残る三面のうち二面がや
はり作りつけの本棚で、ぎっしりと本が並んでいる。

「で?」
「ちょっとスカウトしてみようかと」
 穏やかな男の声に、女はにこっと笑って応じた。
「調べは?」
「ああそれは一応ざっとね。思想的にも問題は無い。ついでに準公務員として
働いている時期もあったようで、薄給で働くってことの意味をある程度判って
くれているようだわ」
 読み上げなかった紙の、下半分をつつきながら女は頷いた。
「B国への技術援助を行った際、それらの技術を得た公務員が民間に引き抜か
れる事例が多発。丁度その時に対処したのが彼女の元上司。その時に『公務員
とは、薄給で、しかし金にならない重要な部分を担う』と認識した模様」
「おいおい」
 呆れたような声を、女は完全に無視して続ける。
「もともと理系の基礎学問系に学んでるしね。あそこは研究が金になったら莫
迦にされる分野だ」
「そんなもんかね」
「そうだったわよ」
「ふん」
 しばらくの沈黙。そして男の声が、少し非難するような響きを帯びた。
「……それに付け込むか」
「人聞きの悪い」
 女はちょっと肩をすくめた。
 しかし、しっかりとした男の声はするのに、この部屋には男の姿は無い。そ
して女も少しもそれを異常とは思っていないようである。
「こちらはこちらで、ちゃんと彼女が納得するような条件をつける積りですよ。
それに、彼女を嘱託として雇う場合、金額は少ないけど、働く時間については
彼女の自由に出来るようにするもの」
 紺のかっちりとしたスーツが、ごく普通に着こなされている。きっちりとひっ
つめた髪の毛の、こめかみの辺りをボールペンでこつこつと叩きながら、女は
うっすらと笑った。
「何より、彼女はうちで働く理由がある」
「……彼女の旦那か?」
「そう、相羽巡査。彼女の情報は彼の捜査に役立つ」
「……そりゃあ嘘じゃないかもだが」
 かさかさ、と、静かな音がする。男の声と、その音は綺麗に重なる。
「その情報のせいで、相羽巡査の仕事が増えるってことは大いに有り得るだろ
うに」
「そりゃあ有り得ますとも。……現に今までそうなんだし」

 化けモノ屋敷については、これは流石に相羽の捜査の範疇には入らないもの
の、他の二つについては、彼女の異能の故に、その犯罪が発掘されたようなも
のである。

「でも、彼女がその情報を持ったとして……で、例えば民間で、どういう仕事
ができる?賞金稼ぎってのは基本、一匹狼で動くわ。彼女は確かに、彼女の気
がついていない情報網を持っている。しかしそれを気がつかせ、認識させる為
には、何らかの訓練もしくは経験を積む必要がある」
 決して勢いだけで言うのではない。しかしきっちりと冷静に、相手を論破し
てゆく口調で彼女は言う。
「そういう意味では、うちは、彼女の異能をちゃんと活用できる。彼女を保護
するだけの人員と組ませることも出来る。そういう意味では、あの心配性の旦
那も、他の機関で仕事させるより、余程安心の筈よ」
「……まあそうかもしれないな」
「日当2万円。それで情報が上手く得られたら、賞金の三割か四割は削減でき
るというものよ」
「……香庭愛の件など、か?」
「ええ。あれで水に関する事件に振り分ける調査員が2人不必要になりました
からね」
 かさかさ、と、やはり音がする。
「これだけの異能者、それも裏切りは無い、とほぼ言い切れる人間なら、予算
削減の理由付けで、充分雇えます。……多少書類に手直しは要るかもしれない
けど」
「……まあ……それならそれでいいさ」
 
 かさり、と、気のせいにするには大きすぎる音がして、女が凭れていたデス
クの上に、奇妙なものが出てきた。
 一見するとそれは、亀に似ていた。黒い、艶やかな甲羅の亀。丁度女の両手
の上に乗っかるくらいの大きさの亀。
「それにしては、不満そうだこと」
「……そう見えたら正解だ」
 その亀の姿が、ゆらゆらと揺らいだ。
 ゆらゆら、と、揺らぐ中心に居る亀の姿、それ自体はあまり変わらない。し
かし、冷ややかな陽炎に似た揺らぎの中、その足は少しく伸び、そして同時に
その尾が伸びた。その尾の先がぱくり、と二つに裂けたかに見えた時には、そ
れは既に、小さな蛇の顔に変じていた。
 黒い亀に、黒い蛇が絡み付いているように見える、その奇怪な生物は、小さ
く息を吐くと女のほうにその不自然に長い首を振り向けた。
「正直、私も噂は聞いているんだが?」
「というと?」
「その、相羽巡査さ。ちょっと並でない愛妻家だって言うだろう?」
「ああ、それね」
 プリントで口元を隠して、女はくすくすと笑った。
「それはもう……こちらまで話は聞こえてくるわ」
 くすくす、くすくす、と笑う女が肩を揺らす姿が……その時ゆらゆらと奇妙
に歪んだ。
 ひっつめた、こめかみから白髪の混じった髪が黒々としたものに変わる。結
い上げていた筈の髪が緩やかに背中に落ち、流れる。額の真ん中から分けた髪
がさらり、と落ちた時には、着ていたスーツは黒の和服に置き換わっていた。
黒の、恐らく羽二重の着物の上から、やはり黒の帯を締めている。帯締めだけ
がぬめるような朱の色なのが、異様に目についた。
「それはそれでいいではないの。上手くいけば、夫婦での連携もそのうちには
期待できるかもしれない」
「……それは、幾らなんでも栄……」
「おや、無理だと言うの?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、女、否、既に少女としか言いようの無い姿
に変じた女は問い返す。
「そうではなく」
「では何」
「それは幾らなんでも、日当3万の仕事だぞ」
 一瞬、流石に少女はきょとんとし……そしてぷっと噴き出した。
「そ、それはそうかもね」
 くく、と、少女はひとしきり笑ったが、
「……まあ、とりあえず、本人に打診してみるわ」
 言い終わると同時に、また彼女の姿は揺らいだ。同時にデスクの上の奇怪な
生物の姿も揺らぐ。長く伸びた尾が縮み、中型の亀としか見えなくなった時に
は、少女だった姿も元の女の姿に変じていた。
「無論、無理強いはしない。けれども実際に」
 それまで笑みを絶やすことの無かった女の顔が、きゅっと引き締まった。
「彼女みたいな異能者は、出来るだけこちらにひきつけておきたいのよ。今回
の澤田真理子みたいな相手に、彼女がそのまま出会ったら」
「今回は澤田達が飛んで逃げたようだが?」
「凶器を持ってたら、ああいう輩は何をするか判らないわよ?」
「…………」
 流石に亀らしきモノは沈黙した。
「保護も兼ねた協力員。その程度の名目で」
 女は、また口元に笑みをひらめかせた。
「ちょっと……声をかけてみますかね」


時系列
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 2007年9月末〜10月はじめ

解説
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 零課に真帆を呼び寄せようとする零課職員(?)銀鏡栄(しろめ・さかえ)と、
その相棒の会話。
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てなわけです。
 であであ。

 
 


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