[KATARIBE 31413] [HA06N] 小説『死神ですら嘆くような・3』

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Tue, 30 Oct 2007 01:00:30 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31413] [HA06N] 小説『死神ですら嘆くような・3』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200710291600.BAA25232@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 31413

Web:	http://kataribe.com/HA/06/N/
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31400/31413.html

2007年10月30日:01時00分29秒
Sub:[HA06N]小説『死神ですら嘆くような・3』:
From:いー・あーる


てなわけで、いー・あーるです。
宿題もひとつ、投げときます。

************************************
小説『死神ですら嘆くような・3』
===============================
登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。幽霊を実体化する異能あり。
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。


本文
----

 その晩、尚吾さんはまた、予告より一時間ほど遅く帰って来た。


「今日、ね」
 本宮の兄弟二人に会った後、史久さんはまた県警に戻る、と言っていた。そ
の時まだこの人は県警に居た筈だから、聴いてはいる、と思ったけど。
 それでも。
「ん?」
 新聞から身を起こした尚吾さんはこちらを見る。
 ふと、思う。
 いつもいつも……あたしは邪魔をしているのかもしれない。
「……本宮さんには、伝えたんだ、けど」

 必死の顔をして、お父さんを追っていた、あの少年。
 良く似た顔の男。そしてその横に居た女。
 空気、と言っていいのだろうか。まっとうに職を持ち、まっとうに稼いで、
普通に生きている人とは異なる……奇妙な雰囲気。
 思い出せるだけのことを話しながら……それでもあたしは、どこかに引っか
かっているものがあることを感じていた。
 何か、忘れていることがある。史久さんにも話していない、けれども……
 ……何だろう。

 話したこと。見たこと。
 でも、話しながら判った。やっぱり史久さんから、この人は話を聞いている
のだな、と。
「男と、女、ね」
「うん」
 そして史久さんからの質問の数々。
「……どういう意図かってのは、本宮さんは、何も言わなかったけど」 
 思い出しながら話す。その間に……何だか何時の間にか、あたしはこの人の
手を握り締めていた。
 一瞬だけの、その風景。
 だけどそこから、噴き出すような……邪悪。

「…………五歳くらいの男の子か」 
 ふわり、と、背中を撫でる手が暖かい。その手に押されるように、言葉がこ
ぼれてゆく。
「……多分、事件にはなってないんだと思う」 
 そういう……何ていうか『明らかに後ろめたいこと』があるなら、あの人達
はあんなに平然と道を歩いていなかった。そんな気がする。
「…………だけど、多分、あの男の人、が」 
 どこかしら気弱そうな顔。
 決して悪党には見えなかった顔。
 だけど。
 
 尚吾さんは黙っている。
 その沈黙が……何だか立ち入れない壁のようで、思わず唇を噛んだ。
 
 ことさらこの人が、その壁を作っているわけじゃない。だけど、あたしに、
その壁を越える力が無い。

「……真帆」 
 背中を何度も、ゆっくりと撫でる手。
 あんまり優しくて、暖かくて。
 ……涙が、出た。

 どうにもならないことが、多すぎると思う。

「……愛ちゃんのこともそうだし」 
「……ああ」 
 この夏からこちら。
 いや、恐らくもっと前から……ずっと。
「何にも出来ないのに……見えるだけで」 
 後は何も出来ない。
 後の大変な、危険な部分は皆、この人や史久さんや、豆柴君や幸久さんに任
すばかりで。
 
「俺なんか見えもしないから、さ」 
 そっと頭を撫でる手。
「真帆がそうやって見てくれるおかげで、あの愛ちゃんって子も、救われた」 
 優しい優しい声が、そう告げる。
「だから、その男の子も……俺らがしっかりと事実を明らかにする」 

 隠れていた邪悪を暴き出す。
 見えなかった無念を晴らす。
 そのどちらも、必要だと思う。どんな理屈があっても、あんな小さな子供に、
あんな顔してお父さんを追わせたら駄目だと思う。
 だから、そのことを不満には思わない。いや、もう一度やれといわれたら、
多分あたしは手伝うと思う。
 だけど。

「……近づくなって言われた」 
「それは俺らがやんなきゃいけないことだから」 
「そう、だけど」 
 だけどまた、この人に負わせるのか……と、口にしかけた、時に。

「それにね、たぶん……ヤバイ手合いだ」 
「……え」 
 その声は、どこか鋭い刃のように鋭く。
 思わず見上げた目は、少し伏せられたまま、やはり鋭い色を帯びていた。
「やばい、って……?」 
 答えは、無い。

 でも、やばい、ってことは。
 でも。

「え、え、でも、その子、お姉さんが危ないって言ってたけど、でも」 
「これ以上は、関わらせられない。そういう相手」 
 ぴしり、と、まるでそこで断ち切るような声。
 それはつまり。

「……まだ、前に……殺してる、って、こと?」 
 返事は、無い。
 そのことが、何よりも明らかな返答になっている。

 普通の男の人に見えた。
 少し派手な女の人に見えた。
 ……それ、が。

「……おいで」 
 伸びた手の中に、くるりと巻き込まれるように護られる。
 情けないと思いながら……でもあたしは本当にほっとしている。
 悪意。邪悪。
 埋み火のような、その悪意から引き離してくれる手。
 護り続けてくれる、手。
 
「絶対にね、俺らが明らかにして、解決する。だから、真帆は近づかないよう
……待ってて。ズルいこと言ってるのわかるけど」 
「………ぅ……」
 確かにそんな相手に、あたしが何を出来るわけではない。下手に手を出せば、
かえってこの人達は迷惑をする。
 それが判らないほど、あたしは自分を知らないわけじゃない。

 けれど。
「……あたし、また……危ない仕事を、掘り起こしてる?」 
 冗談めかして言おうとした。だけど。
「…………また……」 
「いや、このまま見つからなかったほうが、もっと」 
 
(おねえちゃんが あぶない)

 その言葉の意味は、確かに……確かに。
 まだ防げるものがある、と。

「……だから、感謝してる」 
 だけれども。
「……ありがとう」 
 やっぱりあたしは……貴方に幾つもの荷を、負わせているだけかもしれない。
「役に立たなくて、ごめんなさいっ」 
「役に立ってるよ」 
 間髪入れない声が……尚更に、辛かった。

          **

 あしたもまた、帰るのは今日くらいになるかな、と、言われた。だから早く
寝よう、と。
 いつものように腕を枕に横になった、時に。

(あ)

 ずっと頭の片隅にしこりのように残っていた記憶。

(あの子)

 父親を追っていこうとした子と、その父親。遺伝子の妙を示すような二つの
顔が、もう一つの顔と重なった。
 たった一度……妹からの電話に息を切らせてやってきた、少年の。

「……どうした?」
「ニモちゃんだ」
「え?」
「ニモちゃんのお兄さん……御羽君、あの子が!」
 怪しい人に追われていた、と怯えていた少女の顔。
 まさかあの時追っていたのは。
 追っていた、その理由は。

「……真帆」
 ぽふっと頭に、手が置かれる。 
「……はい」 
「これ以上のことは、俺の口からは言えない、それはわかって」 
「っ」 
 守秘義務、と言う。
 確かに、それは守られるべきことなのだと思う。
 だけど。
「……ニモちゃん達は」 
 大丈夫なんですか、とは言えなかった。大丈夫にする為に働いているこの人
に、今更そんなことを。
 だけど。
「でも、絶対に……ニモちゃんて女の子も、そのお兄さんも……俺らが護る」 
 尚吾さんは、まるでこちらの内心を読んだように言葉を続けた。
「そして、女の子も」 

 ニモちゃんは、お兄さんのことは話した。でも、弟が居るとは聴いていない。
それに、お父さんは居ない、と言っていた。
 つまり、あの男の子の言っていた『おねえちゃん』は……ニモちゃんではな
い。恐らくあの子達はお互い……滅多に会わない間柄か何か、で。

 ……胃の腑の中から、湧き上がるような……苛立たしさと怒り。
 一体。何人の子供が巻き込まれている。
 
「………………はい」 
「だから、暫くこの話は俺からできない」 
 判る。それが正しいことは。
 だけど。
「でも、全て片がついたら、ちゃんと話せることお前に教える」 
「…………はい」 
「だから……この一件には、もう関わっちゃいけない」 
 拳を握り締めた。
 唇を噛んだ。
 
 この人達が守ろうとしてくれているのに、あたしが邪魔になっちゃいけない。
下手な手出しは、それこそ邪魔にしかならない。
 それは知っている。
 知っている、けど。

 普通の顔をして歩いていた。
 すこし、気弱なくらいの顔だった。
 ……なのに。

「……真帆」 
「…………はい」 
 頭の上の手がふわり、と背中に廻る。そのまま引き寄せられて。

「真帆のおかげで、追い詰められそうなとこまできてる、これは断言できる」 
「……っ」 
「だから、あとは俺らに任せて」

 何も出来ないのはわかっている。
 黙ってここに居ることが一番だってこともわかっている。
 本当に、本当に、ちゃんとそのことは判っている。それが揺らぐことはない。
 だけど。

 泣きそうだった顔。
 一緒に校舎の階段を上がった時の、ちょっと怯えたような、でも好奇心一杯
の顔。

 息せき切って駆けてきた顔。飛びついていった妹を、抱き寄せてほっと息を
吐いた顔。

 一心に追いかけていた顔。
 (おねえちゃんが あぶない)
 そう言った……顔。

 泣くことしか出来ないけれども。
 泣くことすら……この人の前では申し訳なくて。

「………………はい」 
  
 背中に廻った手に力が込められるのが判った。
 何度も何度も、大きな手が頭を撫でる。
 
 畜生、と。
 本当に、その文字通りの意味で思う。

 畜生、畜生、と。
 早く全てが……終わってしまうように……と。
 


時系列
------
 2007年9月後半

解説
----
 ニモっちのこと、少年のこと。二つの別々だった事件が、真帆の中で一つになる。
*****************************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 


 ---------------------------------------------------------------------
http://kataribe.com/ 語り部総本部(メインサイト)
http://kataribe.com/ML/ メーリングリストの案内
http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/ 自動過去ログ
Log:	http://www.trpg.net/ML/kataribe-ml/31400/31413.html

    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage