[KATARIBE 31411] [HA06N] 小説『夏の木造校舎の怪・最終話』

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Date: Mon, 29 Oct 2007 22:19:07 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31411] [HA06N] 小説『夏の木造校舎の怪・最終話』
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2007年10月29日:22時19分06秒
Sub:[HA06N]小説『夏の木造校舎の怪・最終話』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
書きましたー(なんだそれ)
とりあえず、この話は最終です。

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小説『夏の木造校舎の怪・最終話』
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登場人物
--------
 相羽真帆(あいば・まほ)
   :自称小市民。多少毒舌。幽霊実体化の異能を持つが、霊感は無い。
 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ)
   :幽霊が見えすぎる葬儀屋。口は悪いが人は結構いい。


本文
----

 生きているもの死んでいるもの。
 その差異はとてもはっきりしているのだが、しかし時にその境目を、少しだ
け跨ぐモノが居る。
 ……良いのか悪いのか、そんなことも判らぬまま。

 数日の、後。



「はい、相羽ですけれども」
 電話を取った真帆は、おや、と目を見開いた。
「ゆっきーさん?」
『おう』
 電話の向こうの声は……まあ、もともとあまり愛想の良いものではないが、
しかし今回、えらく機嫌の悪い調子を帯びている。
 真帆は首を傾げた。
「何か……ありました?」
『あんた、一昨日くらいにバケモノ屋敷に入らなかったか?』
「ええっと……化物が出るって言われている校舎になら」
『…………』
 沈黙だけでも機嫌の悪さを示すことが出来るものなのだな、と、真帆は妙な
ところで感心した。
『そこで誰かに会ったな?』
「ええ……警備員さんとか、生徒さんとか」
『……あのな』
 数秒の沈黙。そして呆れ半分の声。
『あそこの校舎。あそこに居る連中……猫も含めて全員、幽霊だよ』
「え?!」

 仁藻と保鷹が出てきた後、四人の小学生はその校舎に入ったのだという。そ
してそのまま、その夜は帰ってこなかった……と。
「え、それで、その子達は」
『無事だったがよ』
 辟易したような声が、まずそのことを告げる。
『助けた時は大変だったぜ。わんわん泣いてる奴、震えてる奴。ありゃこれか
ら当分、暗いところでは眠れないな』
「…………かも」
 真帆は、幽霊に出会ったことが無い。というか、彼女の近くでは、幽霊は全
て実体化するのだ。どれだけの幽霊が居ても、彼女の周りでは人と化すのだか
ら。
「でも……本気で脅したって感じでは無さそうだよね?」
『まあな』
 もし彼等が全員幽霊であったとして、それが本気を出したとしたら、多分彼
の言葉はもっと厳しいものになっているだろう。その程度には、真帆も相手を
知っている。
 そういう相手には、幸久は容赦をしない。反対に言えば、とりあえず『機嫌
が悪い』程度で収まっているところをみると、彼らはさほどにひどいことをし
なかった、と考えていい。
「……あ、でも、ゆっきーさん」
『何だよ』
「もしかして……その、幽霊達全員……その」
『祓ってはねえよ』
 躊躇いがちな言葉を、幸久はあっさりと読み取り、否定する。
『ガキ共は助けた。そんだけだ。祓えとも言われたけど、金払えって言ったら
それじゃあいい、とさ』
 真帆はほっ息を吐いた。
『へたに好意とか市民のなんちゃらとかで祓ってくださいとかゆーやついるん
だけどさ』 
「うん」 
『そんな労力はらわねえ』 
「……そうだろうね」 
 真帆は頷いた。
『祓ってほしけりゃ出すもんだせっつの』
 やってらんねえ、と言わんばかりの響きが、その声にある。
 
 祓う、と、よく人は言う。
 しかし、実際のところ……真帆にはその意味が判らない。
「……ねえ、祓うってどういうことなんだろう」 
 急に変わった話題に、ふむ、と、一度幸久は頷いた。
『あるべき場所に還す、まあ、この場合あの世に送るって奴だな』 
 あるべき場所。
 それは彼等の居た……正にその学校ではあるまいか、と、真帆は思う。
「彼らはあそこにずっと居たんだと思う。別にあたし達には何もしなかった」 
 無論、身体を得たから、幽霊としての能力を一時的に喪い、それ以上のこと
が出来なかったのだ、とも言える。しかし。
「何か心残りがあるなら、それが晴れてないから……あの人達は消えなかった
んだと思う」 
 これまで幾度か、そうやって実体化した幽霊達を、真帆は見ている。
 結婚前の娘を案じる父親。寂しくて寂しくて、親を探してやってきた赤子。
飢えの辛さ、心残りだったおもちゃ。そういう何か、心残りが無くなった者た
ちは、次々と『消えて』いった。
 あの場所の……彼等は、最後まで消えることは無かった。ならばやはり、彼
らの心残りは消えた、とはいえないのではないだろうか。

 何か、悪さをしようというわけではなかった。
 それなのに、それを引き剥がす。そのことが正しいのかどうか。

 それら全て、口に出したわけではない。しかし、幸久が次の言葉を口に出す
前に、数瞬の間があった。
『学校、って場だろうな』
「……ふぅん」
『色んな念が溜まって、そういう安定した場になってた』
 深い念。深い思い。それがあって残る……というのは無論だろうが、しかし
それもまた、彼らを包む『場』の力の強弱に拠るのだろう……と、真帆は何と
か理解した。
『だから、本来あの世にいくかこの世で悪霊化するはずだった奴らが安定して
あの場にいて』
 幽霊に……と言いかけて、ふっと笑う気配が続く。
『……まあ、悪がき共を脅かしておっぱらう程度だがね』

 懐中電灯を持って、照らしてくれた手元を覚えている。
 そりゃあいじめじゃないか、と、本気で憤慨していたのを憶えている。

「それなら、それを祓うってのは……どうなんだろう」 
『生憎、この世は生きてる奴が強者なんだ』 
 その言葉は、あっさりと……ひどく乾いて聞こえた。
「うん。そうだけどね」 
 この世は生きた者の場所。そのことは理解できる。けれども。
「あの古い校舎が壊れていかないのは、多分竹下さん達があそこに居るからだ
と思うよ」 
 理屈では、彼等が人間でない……幽霊であることは判る。
 しかし実際に、手に触れ、声をかける……その感覚自体が、それを裏切る。
 感覚から構成された、記憶自体が、その認識を裏切るのだ。

 さてな、と、やっぱり幸久の声はドライなままである。
『生きてて、その地をどうこうできる奴が、邪魔と判断して俺みたいな奴に金
を積んだなら……そしたら、まあ、祓われるんだろうな』 
 一瞬、息を呑んだ真帆の様子を読んだのかどうだか、次の言葉はやっぱりあっ
さりとしたものだった。
『そんな手間、ごめんだがね』
 俺はやんねーよ、と……言葉こそ違え、断言した様子に、真帆はほっと息を
吐いた。
 今のところ、真帆が知っている一番有能な『対幽霊能力者』は幸久である。
そういう意味では……多少ほっとする、ものだ。
「……祓う、かあ」 
 ほっとした途端、言葉が転がり出た。
「……生きてる人にしか、あたしには見えないのになあ」 
『そら、あんたが特別だからだ』
 ばっさりと、断言する言葉に、真帆は少し肩をすくめる。
「うん、特別かもしれないけど……あたしにはそのようにしか見えないから」 

 生者と死者と。
 今まで出会ってきた者達それぞれ、誰がどちらであったのか……今となって
は真帆にはわからない。もしかしたら死者に道を尋ねたことがあったかもしれ
ず、モノを買ったこともあったかもしれない。
 その区別を、つけたいとは思わない。

『普通見えないし、俺には霊としか見えない、だからだろ』 
 けれども、同じ比重で……幸久がそう言う意味も、判るのだ。
 自分には見える。他人には見えない。
 どちらが正しい、正しくないではない。
 そういう……違い。

「…………どちらにしろ、判りました。有難う」 
『おう』 
 電話の向こうの声も、そう、かろく頷く。
『まあ、片はついた』 
「うん」
 なんだかんだ言って、しかしその後始末がこの人のところに行ったのか、と、
一瞬真帆は苦笑した。 
「……有難うございます」 
『ああ、ガキ共にはだまっとけよ』
「あ、うんうん。そうする」
 確かに、あの夜出会った人達が幽霊だと判ったら、仁藻はさぞかし怖がるだ
ろう(保鷹が怖がるかどうかについては……真帆にはかなり微妙だったりする)。
そんなことを、今更言わなくてもいい。少なくとも彼らは、小学生二人にとっ
て、親切だったり助けてあげたりした、普通の人々でしかなかったのだから。
「ありがとう」
 おう、と、また応じる声。
 そして、電話は切れた。

            **

 商店街から通りを一本入り、そしてしばらく。
 その夕方、真帆はまた、その校舎に向かった。
 晩夏から初秋の夕刻の長い影が、元は校庭であった場所をだんだらに染めて
いる。

「……おや」
「この前は、どうも」
 校舎の玄関のところに立っている男に、真帆はぺこりと頭を下げた。
「……ご無事、だったんですね」
「ああ……今回はね」
 濃い青の制服に身を包んだ男は、ちょっと笑った。少し硬い笑いだった。
「何だか……すみません」
「いや、あんた達だけなら問題は無かったろうよ。後から来た連中をちょっと
ばっかり……ね」
 竹下は、苦笑した。
「いや、止めたんだけどねえ……あとの生徒達、それなりにここで苛められた
りしてた子が多くてね。水の恩、キャラメルの恩があるだろうってんで何とか
……まああの程度にね」
「……すみません」
 真帆としてもそれ以外、言いようが無い。

 ゆっくりと日は暮れてゆく。
 空の色が鮮やかな茜の色から、柔らかな紫を帯びてゆく。
「……相羽さん、だっけか」
「はい」
「この校舎はね、もうすぐ取り壊されるんだよ」
「……え」
 思わず真帆は竹下の顔を見た。
 竹下の表情は存外穏やかだった。

「仕事のことが気になってね、何だか残ってしまって……それにあの子達も、
もう……恨みを晴らす奴は晴らしているし、何となく薄らいだままになった
者も居る。だからまあ……頃合だったのかと、思うがね」

 そこから去る、ということはどういうことだろうと真帆は思う。
 最初は恨み、心残りであったろう。けれどもそれらがこうやってだんだん
とほどけた時に……しかしはっきりとした区切りが無い時に。
 自ら消えてゆく、もしくは場を移す、ということは、案外難しいことでは
ないだろうか。

 竹下は黙って、空を見ている。
 だから真帆も何となく黙って……空を見ている。
 校庭の上、静かに広がる空を。

「……しかし、何だね……」
 ふっと、静かな声が聞こえる。
「こうやって夕日を見るのは……どれだけ振りかね」

 微かに鼻にかかったような声に、真帆は振り返った。
 男はほろほろと涙をこぼしていた。

「きれいだねえ」
「…………はい」

 茜の空はゆるやかに青味を強くし、そして段々と、灰がかった紫、紫紺、と
その色を変えてゆく。
 まだ明るい色の空に、まるで目の加減かのように、白い点がぽつり、と浮か
ぶまで。

 男は黙って空を見ている。
 真帆も黙って空を見ている。


 晩夏から初秋にかけての、ある夕方のことである。

時系列
------
 2007年9月上旬

本文
----
 お化け校舎の話の終わり。
*************************************

 てなもんです。
 であであ。
 
 
 


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