[KATARIBE 31398] [HA06N] 小説『浴衣』

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Date: Tue, 9 Oct 2007 00:05:48 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31398] [HA06N] 小説『浴衣』
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2007年10月09日:00時05分47秒
Sub:[HA06N]小説『浴衣』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
季節外れネタ、ぼんぼんと単発もしくは連発で参ります。
(つか、夏祭りの風景は、あと1回くらいはやる)

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小説『浴衣』
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 相羽真帆(あいば・まほ)
     :自称小市民。多少毒舌。旦那には無条件降伏
 相羽尚吾(あいば・しょうご)
     :吹利県警刑事課巡査。真帆にはめっさ甘い。


本文
----

 今年の夏は、本当に長かった。

 暑い夜って、もしかしたら本当に人の脳が煮えるのかなと思いたくなるくら
いに、今年の夏は、尚吾さん達は忙しいようだった。ただでさえいつも背広着
用、どうしてこれで熱中症で倒れないんだろうってくらいの格好して走り回っ
てるってのに。
「……ごめん、仕事だ」
 唐突に入る電話と、それで断ち切られる休日。そりゃ確かに『休日』じゃな
くて『待機』なんだから仕方ないのかもしれない。
 けどそれにしたって……と、思った。何度も思った。


「じゃあさ、浴衣、真帆が縫ってくれない?」
「え?」
 今年の夏は忙しくなりそうだよ、と、確かに夏になる前に尚吾さんは言って
いた。だから本式に夏になる前に、と、それはあたしの浴衣を買いに行った時
のことだったと思う。
「駄目?」
「駄目じゃないけど……え、でも」
 正直縫ったことが無い。
「絶対着るから」
「……わ、わかった」 
「楽しみにしてるから」 
「……はい」 
 そう言われたら……それはやっぱり縫うしかないじゃないですか。

 それから何回か、袖を通してもらったりサイズを測ったり……そしてその結
果二度ほど縫い目を解いて……それでも何とか浴衣は縫えて。
 着て貰った限りでは、サイズもちゃんと間に合って。

 で。

          **

「……尚吾さん」 
「ん?」 
 声をかけると、読んでいた新聞から目をあげる。邪魔したかな、それも答え
の見えてる質問で……と、今更ながら思うあたりが自分でも情けない。
「……今……忙しい、よね」 
 自分でも判る。言いながら、それって全然疑問文になってない。
「ん、ああ……夏祭りとか色々あるしね、普段の仕事ももちろんあるし」 
「…………」
 ……やっぱり。
 
 夏祭りというのは無論知っていた。縹やベタ達も知ってて、絶対行こうね、
一緒に綿菓子食べようね、と、約束してたのだけど。
 自分でも我侭って判ってる。だけど。
 
 ふい、と、頭に手が乗っかった。
 何だか、我侭を言っていい……みたいな、そんな暖かい手。
「…………あの、あの……ほんっともしもだけど」 
 だから、ついつい口に出してしまう。
「あのね、仕事に無理が無い場合だけどね、もしも、時間があったら……」 
 怒られたら……いや、それは無理って言われたら、そこで黙ろうと思ってた。
だけどやっぱり尚吾さんは、少し笑んだままこちらを見ているから。
「……お祭、一緒に行きたいなって……」 
 
 無茶だと、判ってる。
 我侭だと、ほんとそれは思い知ってる。
 だから出来ない、の一言でいいと思ってる。
 ……のに。

「……ちょっとだけでも時間とれたら、行こうか」 
 即答、では流石になかったけど、でもやっぱり笑っていたから。
「うんっ」 
 そうやって言ってくれただけでも、嬉しくて嬉しくて……だけど。
「……あのでも、無理はしないでね?」 
 絶対この人、休みを取ろうとする。時間を空けようとする。それは凄く嬉し
いけど。ほんとうに嬉しいけど。でも。
「…………なんか今言うとうそ臭いけど、でもほんとにっ」 
「わかってる」 
 ふわっと、招きよせるように手が伸びて。
 こめかみに唇の触れる、感覚。
「……っ」
 ばくっと心臓が動くのが判る。耳がきゅっと熱くなる。気がつくとこうやっ
て過ごすようになって、もう2年近いのに……まだ慣れない。
「……無理、言って……ごめんね」 
「謝らなくていいよ」 
 笑う気配と一緒に、また。
 ……え、ええと、ええと……話題というかなんというか、変えるには……
「……浴衣……どうしよう」 
「着るよね」 
 間髪入れずに念押しが来たあたり、うん、話題は変わった、わけだけど。
「え、と」
「着るよね?」
 なんかもっと食いつきのいい話題にしてしまった気が……
「あの、ええとあの…っ……尚吾さんのはっ?!」 
 うーん、と、一つ唸って、尚吾さんはちょっと考え込み……そしてすぐに、
頷いた。
「じゃあさ、真帆……持ってきてよ、着替えられるように」 
「え……ってあの、警備してるとこに?」 
 言いつつ、あ、莫迦言ってると自覚。尚吾さんも笑って違う違う、と言った。
「交代で県警もどってからだから」
「あ……そしたら県警に?」
「県警もってきてくれたら更衣室で着替えるから」 
「……うんっ」 
 それなら、一時間くらいは行けるかもしれない。一緒に。
(……うわあ)
 言ってみたら本当に瓢箪から駒が出た。なんかそれくらい嬉しい。

「……ていうか、さ」 
「はい?」 
 一人で喜んでたら、不意にちょっと困ったような声がした。
 一体また何だろうと思ったら。
「着付け、教えて」 
「……あれ?」 
 知らなかったっけ……というか、あれ、温泉の浴衣と大体同じと思ったんだ
けど……柄とか真っ直ぐとか考えると難しい、かな。
「んじゃ、着てみよう!」  
 用意はもうとっくにしてあった浴衣と帯を引っ張り出す。
「多分そんなに難しくないから」 
「うん」
 

 肩から浴衣を着せ掛けて、衿の中心を合わせる。
「なんかね、衿は、首に沿わせて着るんだって」
「……こうかね」
「多分……」
 後ろに廻って確認する。
「浴衣自体はほら、ちゃんと真ん中が真ん中にきたらいいから」 
 少し背中の部分を引っ張って、左右をあわせて。
「あとは……帯」
 あわせたところを手で持ってもらって、そのまま帯を締める。 
「……こう」 
「うん……きつくない?」 
「うん、大丈夫」 
「そしたらこれでいーよ」 
 ふむ、と、頷くと、尚吾さんはそのまま腕組みをしてみせた。
「どう?」 
「似合うー」
 拍手したら、横で縹も一緒に、小さな手でぱちぱちと拍手してた。赤と青の
ベタ達も、やっぱり嬉しそうにぷくばたしてる。そうかね、と、尚吾さんは言
いながら、少し袖を引っ張ってみたりしてる。
(ああでも、似合うなあ)
 ちゃんと寸法も合ってるし(ほんと良かった)。
 着てて、ああいなせだなって感じがするし。
 作ってよかったなあ……

「どした?」 
「え」 
 気がついたらぽん、と、顔が目の前にあった。
「いえあの、ええとええとっ」 
 あの……そこで笑わないでほしいというか、いや笑われることなんだけど。
「………………みとれてましたごめんなさい」 
 何と言うか、流石に情けなくて一気に言ったら……やっぱりくすっと笑う気
配に続いて。
「いいよ、嬉しいから」 
 ふわん、と、撫でる手。

「あのええと……着替え、出来そう?」 
「んー今度は一人でやってみるから」 
「うん」

 しゅるしゅると帯を解いて、一度脱いで。
「ええと……衿を」
「うん」
 なんかこう……あれだけ銃とか器用に撃つ人なのに、こういう時は、妙に手
つきが危ないというかなんというか。
 前をあわせて、帯を……ちょっと拾うには大変だったようなので手渡すと、
よいせよいせ、と、帯を廻して、きゅっと締めて。
「こんな感じ?」 
「うん……うん、だいじょぶ!」 
 少しだけ帯が曲がってるくらいで、後は全く問題ない。
「大丈夫」 
「うん、そんなに難しくないし」 
 なんとかなるなる、と付け加えるのが、何だかとっても嬉しくて。
「うん」
 
 浴衣縫って本当に良かった、とか。
 似合ってるから嬉しいな、とか。
 自分でもちょっと莫迦じゃないかって思うくらいに嬉しくて嬉しくて。

「……どした?」
「ううん」

 愛ちゃんの事件から、そろそろ二十日ほど経つ。
 嬉しい嬉しいって、そのことを後ろめたくは思わない。多分もしここに愛ちゃ
んが居たら、一緒にわあ似合うって笑ってそうな気がするから。
 だから。

 笑っていることが後ろめたいんじゃなくて。
 彼女の居ない今、ここで笑っていることが罪悪だと思うわけじゃなくて。

 彼女がここで、一緒に笑ってないことが……

「……なんでもない」
 少しだけ目をこする。
 夏の祭は、もうすぐ。


時系列
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 2007年8月の最後の週末あたり。

解説
----
 夏祭りの風景。ちょい手前。
***************************

 てなもんで。
 であであ。
 
 




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