[KATARIBE 31390] [HA21N] 小説『偶然の悪夢・9』

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Date: Fri, 5 Oct 2007 00:20:53 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31390] [HA21N] 小説『偶然の悪夢・9』
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2007年10月05日:00時20分53秒
Sub:[HA21N]小説『偶然の悪夢・9』:
From:いー・あーる


ども、いー・あーるです。
なんかえらい苦労して書いてました。
……こう、地の文が……これでええんかいなあ(滅)

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小説『偶然の悪夢・9』
=====================
登場人物
--------
 今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
 ウヤダ
   :腕利きのハンター。霞ヶ池の汚染を追っている。

本文
----

 透明の顔は、わずかに揺れる水の、そのかぎろう中にその存在を淡く現して
いる。
(さみしい)
 その顔は、無論笑いもせず、怒ることもなく、かといって泣くこともないま
ま、ただタカのほうを見ている。
(さみしい)

 どうして、と、タカは思う。
 どうして今までみたいに、泣いてないんだろう、と。
 泣いて自分を引き込もうとしていないんだろう、と。

(さみしい)
 さらり、と、透明な水が、少しだけその粘度を変える。と同時にどことも知
らぬ遥か高みから降り注いだ柔らかな光が、その水の中を照らした。

「…………!!」

 一瞬見えたのは、透明な人々の群れ。
 否、人々、と言っていいのかどうか、彼らは幾重にも重なり合い、まるで煉
瓦か何かのように無造作に積み上げられている。

(……それでもさみしい)

 それはとても恐ろしい光景の筈なのに。
 黙って積み重なった人々は、多分そのまま溶けて消えてゆくしかなくなって
いるのだから、本当にその女の子はひどいことをしている筈なのに。

(それでも……さみしい)

 そう言ってうつむく女の子は。
 その後ろで黙って積み上げられている透明な人々のオブジェクトは。
 ……そのひとびとは。


             **



 会話というのは基本、相手に通じようとする意識がなければ通じない。
 相手がどう取ろうが自分の意見を言うというのは、それは会話とはいえない。
また、相手が何をどう言おうが構わないなら、これもまた会話が成り立ってい
るとはいえない。
 

 ……というわけで。
 もし、この会話(と言えるのかどうか微妙だが)の場に片桐が居たら、途中
で脱力して座り込むだろう。
 そう思えるくらい、この二人の会話は……変というか妙というか、互いの意
見を互いにきいちゃないというか、という類のものだったのである。

「おじさん!」
「何だ」
「片桐のおじちゃんの足を刺したでしょう!」
「ああ」
 無茶苦茶に唐突な発言の筈なのだが、一見平凡な顔立ちのこの男はタカの言
葉を水を飲むよりあっさりと肯定した。頷いてから、首を傾げる。
「……ああ、知り合いだったのか」
「…………タカはおじちゃんとこに住んでるんだよっ!」 
「あ、そう」
 文字通り『右から左に聞き流し』ながら、男はまた水に紙を浸す。その紙の
色合いが変じることのほうが、タカの言葉より遥かに重大である、とでも言わ
んばかりの表情で。
「おじちゃんはね、怪我治るけど痛いのはすっごく痛いんだからねっ!」 
 ただ、一般に、このように無視されれば相手は引き下がるなり、諦めるなり、
その場では「ちゃんと聞いてよ」と怒るものなのだが……そこらはタカは見事
に放棄した。つまり、「ちゃんと聞け」という代わりに、『聞くべき』内容を
だんだんと畳み込むように言い募ったのである。

「捕まるわけにいかないからやっただけだが」
 はいはい、そーですか、と、言外に満ち溢れている言葉に対して、タカはふ
ん、と、鼻を鳴らして腕を組んだ。
「ちゃんと、最初に、捕まるわけにはいかないって言えばいーでしょーっ」 
 同年代の子供と比べても、確実に『クラスの列の一番前』にくるくらいに小
さくて細い子供が、それはもうえらそげにものを言う。
「ちゃんと話したら、おじちゃんわかるひとなんだよ!」 
「そうかもしれんな、しかし警察はそうもいかない場合が多いから、即座に行
動した」
 その理由で足をぶっ刺された日には、刺され損という気が非常にするのだが。
 はあ、と、溜息をついて、タカは肩をすくめた。
「……タカも言葉足りないって、光郎おじちゃんが言ってたけど、おじちゃん
も足りてない……」 
 自覚があるあたり結構というべきか、その割に全然その自覚が反映されてい
ないと嘆くべきかは不明である。

「干渉はしないならばこちらもそう動く」 
 タカの言葉をどのように理解したのか、試験紙のようなものを仕舞い込んで、
男はタカのほうを見もせずに言葉を続けた。
「最終的にあれをしとめればそれでいい」 
「え」 
 月曜日のゴミの日にゴミを棄てましょう、程度の軽い口調に、タカはびくり、
と震えた。
「あれ、じゃなくて女の子で、しとめるって……そういうのって!」 
「言葉のままだ」 
「そーゆーんじゃなくてっ!」 
 男の言葉もも足りないが、タカの言葉も負けずに足りない。それでも流石に
ちたぱたしながら、タカは説明の言葉を継ぎ足した。
「助けてあげるのが先だって、タカは思うんですっ」 

 確かにあの女の子は現在、色々な不幸を撒き散らしているのかもしれない。
さみしいさみしい人たちを、呑み込み続けているのかもしれない。
 けれども、それでも、仕留めるだの何だの言う前に、助けてあげることを考
えてもいいのではないか。
 つまるところそういいたかったタカの言葉を、しかし男は一刀両断にしての
けた。それもたった3つの音で。
「無理だ」 
「……うぅーーっ!!」

 言いたいことはあるのである。
 無理だ、と、そう言い切る、それは確かに事実かもしれないけれども、多分
貴方はそもそも『助ける』ことなぞ微塵も考えてないんじゃないか、とか。
 助けられなくとも、彼女の心を少しは守ることは出来ないか、とか。
 ……そういうことをすらすら言えるようなら、そもそもそれはタカではない。
 うーうーと唸っている少女に、男は剛球のような言葉をそのまま投げてくる。
「もう助からない、早く仕留めてやるのが正しい」 
 ことさらに厳しくも構えても居ない、しかし唐竹割りに額を打ち割るような
言葉に、タカはそれでもじたばたと抵抗した。
「で、で、でもっ……でもでもっ!!」 
「なんだ」 
「あの女の子、そんな、しとめるとか、そんな悪い子じゃないよっ!」
「いい悪いじゃない、水はそういうものだ」 
「…………っ」 

 だってひどいじゃないか、と、タカは思う。
 いい悪いじゃなくて、でも今起こっていることが悪いことなら。
 悪いことは一体どこから来たのか。
 彼女だけの責任なのか。

 ああやって透明に積み上がった人々の、その全ての責が彼女にあるとは思え
ないのだ。

 そしてやはり、それらの言葉はタカの語彙では決して上手く組みあがらず、
ただ、その悔しさと地団太を踏みたいようなもどかしさは、目からこぼれる涙
に取って代われた。

「あの男にも伝えておけ、あれは似たものを引きずり込み続ける」 
「…………だって!」 
 無論ながら男のほうは、タカが泣こうが怒ろうが一切意に介していない。た
だ、足止めをした男がこの子供の知り合いならば利用しよう、程度の言葉に、
それでもタカは噛み付いた。
「タカにもさみしいって言うけど、タカ引きずり込まれてないもんっ」 
「そうか、意志が強いんだろうな」 
 ふーん、と……本当にそれ以上でもなくそれ以下でもない対応である。
「ちがうもん!やだってはっきり言ったら、あの子……」

 言いかけて、タカはう、と、言葉に詰まる。
(さみしい)
 そう呟いていた彼女は……本当に自分に手を出してこないだろうか。
 それに自分は、徹頭徹尾、対抗できるだろうか。

「じゃ、靴に穴を開けたことは悪かったと伝えておいてくれ」
「……うう」
「いずれにしろ、変わりはない。靴代は出そう」 
 ほい、と、適当にポケットから引き出された札を、うーうー唸りながらも、
タカは手を伸ばして受け取った。
(……いいもん、おじちゃんいつもお金で苦労してるもんっ)
 少女の経済観念(?)、恐るべし……というべきか。

 がさり、と、残りの金をポケットに突っ込みなおして、そのまま男は踵を返
して去ってゆく。
「…………もうっ!」
 だん、と、最後に一度、足を踏み鳴らして……そしてタカはそのままアスファ
ルトの道路を蹴りつけて走り出した。

(さみしい)
(さみしい)
(……それでも、さみしい)

 透明な顔の、表情は目には見えない。
 けれども。

(だけど)
(……だけど!)


 焼きつくように照り返すアスファルトの熱に晒されながら、それでも何度も
タカは繰り返す。だけど、だけど、と。

 だけど、だけど。
 まるで……益体も無い呪文のように。

時系列 
------ 
 2007年7月終わりから8月にかけて 

解説 
---- 
 会話の成り立たない二人。多分、互いに理解しようという部分の無い二人の会話。
***************************************** 

 てなもんで。
 であであ。
 
 


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