[KATARIBE 31374] [OM04N] 小説『保重と興太』

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Date: Sun, 30 Sep 2007 22:22:23 +0900
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小説『保重と興太』
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本編
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 今宵の月はやけに紅く見える。
 陰陽寮の頭、賀茂保重は夜空を見上げてそう思った。
 冷たい風が吹いて袖を軽く揺する。
 彼は三条大路の辻に立っていた。
 夜とはいえ、いつもならば通りを抜けていく牛車の一つも見かけるのだが、
今日は全く姿を見せないでいる。
 遠くで大きな物音がして、保重はそちらの方に顔を向けた。
 複数の足音が聞こえてくる。その音は次第に大きくなり、やがてみすぼらし
い格好をした数名の男が保重の前を駆けていった。
「こんな夜更けに…… 夜盗か?」
 保重は彼らの行く先を見て眉をひそめた。
 しばらくして、男たちが消えていった方から複数の悲鳴が聞こえた。恐ら
く、先ほど通り過ぎていった男たちのものだろう。
 保重はそちらに向かおうとしたが、後ろから小さな足音が聞こえてきたの
で、立ち止まった。
 振り向くと、少年が駆けてきた。その子の格好も先ほどの男たちのものと同
じくかなり粗末なものであった。。
「あっ」
 少年が保重の前でこけた。しかし、すぐに立ち上がって再び走り出そうとす
る。
 保重はその少年の手を掴み自分の方へ引き寄せた。少年を後ろから抱いてい
る形になる。
「何すんだっ……」
 叫ぼうとした少年の口を押さえた。
「静かに」
 その口調は穏やかなものであったが有無を言わせぬ迫力があった。少年は保
重の腕の中で動きを止めた。
 保重は再び悲鳴が聞こえた方に目をやった。
 つられて少年もそちらの方に顔を向ける。そして、見えた光景に目を見開い
た。
 遠くからほんのりと青白い明かりが見えてくる。一緒にカラカラと車輪の
音。
 立派な牛車であった。
 牛車の前に二人、左右にそれぞれ一人、後ろに一人。全員が真っ白な狩衣を
纏っている。
 先頭にいる二人の持つ松明が青白く燃えている。
 その光に照らされている男たちの顔は白く、仮面を付けているかのように無
表情であった。
 牛の姿はよく見えない。
 一行はゆっくりと近づいてくる。
 少年はじっと見つめていた。ただ、体の震えは止まりそうもなく、彼を押さ
えている保重の腕をぎゅっと握っていた。
 やっと牛の姿がはっきりと見えるようになったとき、少年は息をのんだ。
 牛の頭がないのである。
 切り口はてらてらと赤く滑っている。
 しかし、牛の足取りはしっかりとしている。
 牛車が通り過ぎていく。車輪の音が小さくなり、やがて風の音にかき消され
るようになってから、保重は少年の口から手をどけた。
「あれは……」
 少年はまだ震えている。
「あれか。あれは鬼だ」
 しばらく惚けたように立っていたが、やがて少年は思い出したように言っ
た。
「行かなきゃ」
 そして、少年は走っていった。
 保重は彼の後ろ姿を見ていたが、角を曲がって見えなくなったところで、振
り返った。
 その瞬間、少年の悲鳴が聞こえた。
「そういえば、男どものことを忘れていたな」
 保重は苦笑いを浮かべて、その悲鳴の元へ向かっていった。
 つん、と生臭い空気が保重の鼻に届いた。近づくにつれて、それは濃くなっ
ていく。
 角を曲がると、少年が通りの真ん中で立ちすくんでいた。
 少年の前には四人の男が倒れていた。そのどれもが首なしである。切り離さ
れた首はその側に転がっていた。
「やはり、な」
 保重は呟いた。
 恐らく先ほどの牛車の一行の邪魔をしたのだろう。
 遠くから足音が聞こえてきて、保重はその方を向いた。
 今度は普通の赤い炎が見える。
 先ほどの悲鳴に気がついた見回りの者たちであった。
 到着したのは二人だった。
 彼らは明かりを死体に向け、その惨状に眉をひそめた。一人は死体に近づき
検分している。もう一人が保重に気がつき、彼に明かりを向ける。
「あなたは?」
「賀茂保重だ」
「賀茂…… 陰陽頭の?」
「ああ」
 保重は頷いた。
「これは一体どういう…… まさか保重様が……」
 疑わしげな表情でこちらの方を見る男に保重は苦笑した。
「おい。いくら何でも武器もなしに首が切れるわけがなかろう」
「では何者が……」
「夜盗かもしれんな」
 死体を検分していた男が立ち上がって言った。
「殺したのが、か?」
「いや、殺されたのが、だ。ほら、あれを」
 そう言って彼は血だまりの中に転がっている物を指さした。
 それはきれいな装飾が施されている黒い文箱であった。一見して、この男た
ちには不釣り合いの物だと分かる。
「ふむ。盗みに入って逃げようとしていたところをやられたというわけか」
「だが、結局誰がやったのかというのは分からない。ただ、こいつらが抵抗し
たような跡がないところを見ると、かなり手練れの仕業だろう」
「鬼だ」
 そう言った保重に二人の視線が集まる。
「鬼、ですか」
 うむと保重は頷き、先ほど見た光景を説明した。
「そうですか。まあ、夜盗を捕らえる手間が省けたと考えればいいのでしょう
が……」
 だが、この始末は少々面倒です、と男は言った。そして、死体の側に立って
いる少年に目を向けた。
「ところで、あの子は?」
「ああ」
 と、保重も少年に目をやった。放心状態なのか、彼はまだ死体の前で立ちす
くんでいる。
「俺の屋敷の者だ」
 保重は嘘をついた。
「さすがにこの光景は子供にはきつすぎるでしょう。もうお帰りになった方が
いいのでは」
「そうだな。何か用があったら屋敷まで来てくれ」
 頷く二人を残して、保重は少年の手を引いてその場を離れた。彼は大人しく
彼についていく。
 角を曲がったところで立ち止まると、保重は少年を見た。
「さて、どうする?」
 言われた少年は保重を見上げた。
「あの男たちはお前の知り合いなのだろう?」
 少年が頷く。
「ああなってしまったのは残念だろうが、まあ仕方あるまい。それよりもお前
は戻るところはあるのか?」
「戻るところ……」
「ああ。あの男たち以外に知り合いはいるのか?」
 少年は横に首を振った。
「親は?」
 いない、と答える。
「そうか……」
 どうしたものか、と保重は腕を組んだ。
「俺のところに来るか?」
 その誘いに少年は呆気にとられたような表情を浮かべた。
「嫌だったら嫌と言っていいんだぞ」
 保重のその言葉に少年は首を横に振った。
「そうか。じゃあ、ついて来るといい」
 そう言って保重は歩き出し、しかし、三歩ほど進んだところで再び足を止め
た。
「そういえば名前を聞いてなかったな」
「……興太」
「興太、か」
 ふふん、と保重は少し笑みを浮かべた。

解説
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微妙に少し前の話。
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