[KATARIBE 31358] [HA21N] 小説『蛟〜嵐の夜に・其の六』

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Date: Mon, 24 Sep 2007 23:21:45 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31358] [HA21N] 小説『蛟〜嵐の夜に・其の六』
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2007年09月24日:23時21分44秒
Sub:[HA21N]小説『蛟〜嵐の夜に・其の六』:
From:いー・あーる


というわけで、蛟のこの話です。
一応、なんとか、終わりです。
……いやこの部分だけは(滅)

**************************
小説『蛟〜嵐の夜に・其の六』
============================
登場人物
--------
  薬袋光郎(みない・みつろう)
   :薬袋の一族、分家筋に当たる一名。他者の心の声を聴く異能者。
  今宮タカ(いまみや・たか)
   :流れを見て操る少女。多少不思議系。
  片桐壮平(かたぎり・そうへい)
   :吹利県警巡査、魂の無い不死身の男。
  平塚英一(ひらつか・えいいち)
   :鬼海の家在住。花澄の兄。異能以上に常識面で鬼海の家に寄与(恐らく)。
  軽部片帆(かるべ・かたほ) 
   :壊れてしまった者。竜に心を移す異能が顕現。
  平塚花澄(ひらつか・かすみ)
   :鬼海の家在住。四大に護られる血筋の持ち主。

本文
----

 すう、と小さな手が伸びる。
 伸びた手は細い糸を柔らかく辿るように、片帆から白い蛟へと動く。同時に
唇が開いて、小さな呟きを紡いだ。
 なに、なに、なに、と、その呟きは聞こえた。
「…………」
 こくり、と、光郎が頷く。やはりこくり、と、虚ろなまま頷くと、タカは今
度は、蛟から片帆へとやはりするりと撫でるように指を移した。
「だれ、だれ、だれ、だれ……」
 ふうん、と、小さく英一が呟いた。

 雨と風は衰えることがない。
 ざふざふと絶え間ない音の中、その声は細く強靭な糸のように、それらの音
をかいくぐってゆくようにも思えた。

 ふと、タカが首を傾げた。
「……おねえちゃんは、意味がわかっていないのかしら」 
 つるりとした硝子のような目には、表情が無い。しかしそのまま少女は、こ
くりと首を傾げる。あどけない仕草が、どこか異様なものとも見えた。
「おへんじしないと。黒ヤギさんになっちゃうよ」 
 言葉を発すると同時に、ふわり、とその体が動く。先程ぶつかった透明な壁
を、やはり気にも留めていない状態でそのまま越え……
 ……そして、今度は、引き止められることなく前進した。

 離した手をそのままに、片桐はタカを見守っている。
 小さな身体は、この暴風雨の中、しかし小揺るぎもしない。そのままするす
ると蛟達のほうに顔を向ける。今まで守られていた透明の障壁の外、ぶつかる
ような風の中で、タカはすう、と、手をあげた。
 丁度吹きつけた風を、その手は丁度遮るように動いた。三つに分かれる、そ
れぞれ奇妙な動き。
「……よし」
 知らず知らず、といったように光郎が呟く。と同時に、視線の先で、片帆が
すう、と動いた。
 初めて気がついたように、タカのほうを見やる。
 虚ろだった目は、どこか深い穴のように見える。感情が無いのではなく、そ
の感情を表すすべを知らないかのように。
 タカの手が、まためまぐるしく動いた。

「……なんと言ったんです、タカちゃんは」 
「かたほ、と、呼びかけたんです」 
 英一の静かな声に、やはり光郎の静かな声が答える。
「そして……そう、翻訳するなら、『私は、タカ』と」 
 背を向けたタカの表情はわからない。けれども対峙する片帆の目は、やはり
どこか得体の知れない……しかし深く沈むような色を浮かべていた。
「…………タカ」 
 薄い唇が、動いた。
 意味も何も判らない、ただ音だけを追うような声が、そう呟いた。

 それはこの2ヶ月ほどの間に、初めて片帆が自発的に発した声……歌を除け
ば……であり、もしかしたらそのまま、彼女との会話は、ゆっくりではあるも
ののもう少し可能であったかもしれない。
 しかし。
「…………っ」
 小さく英一が息を呑んだ。
 蛟の体。細長く、丁度半分に断ち割られたようなその身体を、奇妙な蠕動が
包んでいる。
 片帆の後ろに控えていた髪の長い女が、ひゅ、と動いた。そのまま片帆を引っ
張り、片帆の足にへばりついている小さな竜ごと後ろに下がる。小さく呟いた
声は、まずい、と、聞こえた。
「……ああ全く、まずいなこれは」
 呼応するように英一が呟いた途端、蛟の動きは大きくなった。
 まるで盥の中の水をゆっくりと揺らしている時のように、最初は小さかった
揺れがどんどん大きくなる。細かく不規則だった揺れが重なり統合され、つい
には蛟の身体自体が引き裂けるかと思われるほどに、ぐらぐらと大きな波を描
き出した。
 よろ、と、タカの身体が揺れた。
「な、なに、どうしてっ」
「タカ!」
 叫んだ片桐の声に少女は振り返る。硝子の薄い板を被っていたような表情が、
今はすっかりいつものものに戻っていた。
「……おじちゃあんっ」 
 ぐらぐらと揺れる蛟から離れて、片帆と小さな竜、そして花澄がこちらに駆
け戻ってくる。ぐらり、と、大きく蛟が揺らいだ途端、光郎が耳を押さえてそ
の場に崩れるように膝を突いた。
「わかんないよ、タカわかんないよっ!」 
「タカ、どうした」 
 真っ青な顔で言い募るタカの手を、片桐は掴んだ。透明な障壁は、全く抵抗
無く彼の手を……そしてタカを通した。
「怒ってるの、すごく怒ってるのっ」 
 しがみついた少女をそっと少しだけ離れさせて、その肩に手を置く。
「タカ」
 かたかたと、手の下で震えるのが判る。その震えを止め、落ち着かせるよう
に、片桐はことさらゆっくりと静かに声を出した。
「タカ、ゆっくり息をすってみい」 
 うん、と、頷いて、少女は大きく息を吸った。そのまま何度か深呼吸を繰り
返す。かたかたと小さな震えが、ゆっくりとほどけるように消えた。
「……大丈夫か?」 
「……うん」 
 そのまま手を伸ばして、片桐にしがみついてくる。濡れそぼった背中を、片
桐はそっと撫でた。
「……『タカか、タカか、嘘だ、嘘だ』……だね」 
 ゆっくりと……それでもまだ耳を押さえながら、光郎が立ち上がる。質問と
いうよりも確認の言葉に、少女はこくりと頷いた。
「……うん」 

 彼らは透明な障壁に囲まれている。その障壁のこちらに、何時の間にか戻っ
てきていた髪の長い女性が、すい、と、掴んでいた片帆の手を英一に渡した。
「……兄さん、片帆ちゃんを」
「うん」 
 頷いて、英一が片帆の手をとる。と同時に、ふわん、と、女の身体が宙に浮
いた。くるくると宙を舞う女の手から、細い、きらきらとしたものが幾筋も流
れ出る。それは風に乗って、蛟の長い長い身体を包むように伸びてゆく。
「……ああ、当主の技だね」
 説明の積りか……実のところ、片桐にはさっぱり判らなかったのだが……光
郎が呟く。ええ、と英一が頷く、その視線の先で、女はくるり、とまた向きを
変えた。細くきらきらとしたものは手から離れ、そのまま蛟の身体に落ちる。
蜘蛛の糸を思わせるその華奢な何かは、それでもがっちりと蛟を押さえつけた。
「……やれやれ」
 当の本人は、そのままするり、と、また元の位置に戻ってくる。この雨の中、
髪の毛の一筋たりとも濡れた様子はない。
『面白い……いやあ本当に面白い』 
 一体何の声なのか、彼等の鼓膜というよりも身体を揺らすような重低音の声
が聞こえた。
 笑いをこらえるような声に、きっと女が顔を上げた。
「……面白い、じゃないでしょう……ちゃんと抑えて頂戴よ!」 
『御意、我等が総統閣下』 
「…………そこまで言うかなあ」 
 憮然として、女が呟く。それでも彼女の向こうで、蛟はゆっくりとその動き
を止めてゆくのが判った。


「……光郎おじちゃん」
 不意に、タカが声をあげた。
「……うん?」 
「……あの、蛟って……タカのこと、知ってるの?」 
 片桐にしがみついたまま、タカは不安げな顔を上げた。
「うそつきって……タカ嘘ついてないよ?」 
 ああ、と、光郎が一つ頷く。タカは唇を噛んだ。
「初めて会ったのに、うそつきって……」 
 背中を撫でる手の下で、小さな体がかたかたと震えている。

「……タカのせいじゃないよ」
 そう言った光郎は、とても疲れているように見えた。それでも確かに少し笑っ
て、彼は言葉を続けた。 
「偶然なんだよ」 
 不安げに、そしてその言葉を測るように、タカがじっと光郎を見上げる。一
つ頷くようにして、光郎は言葉を続けた。
「詳しく話すととても長いことになるけど、本当のことだ。偶然だったから誤
解したんだ。あの蛟は」 
 ね、と、小さく念を押す。その声にタカはこくんと頷いた。
 何かわかったというよりも、光郎への信頼だけで頷いている……そんな頷き
方だった。


「きうぅるんっ」 
 小さな竜が、声をあげた。
 今まで片帆の足元にくっついて、ぬいぐるみのように座り込んでいたのが、
タカのほうにてこてこと歩いてきて、挨拶のように一つ頭をこくりと下げた。
 何の気無しに片帆を見ると、こちらもまたすっかり元の通りに、虚ろな目の
まま黙っている。タカは大きく息を吐いた。
「こんにちは」
「きゅるぅ」
 元気良く両手を挙げて挨拶する様子に、光郎達は苦笑した。

「……今日は、ここまでですかな、花澄さん」 
「……そのよう……ですね」 
 ふう、と、大きく息を吐いて……そして女……花澄はようやっとタカに目を
向けた。タカと、その後ろでタカを支えている片桐へと。
「……タカちゃんにはいつもお世話になってます」
 笑った顔には、見覚えがあった。何度か片帆の元に居るタカを迎えにいった
時に、やはり片帆を迎えに来た顔だ。
「いや、ワシが引き取るっちゅー約束やし」 
「ええ」
 花澄が苦笑するのに、片桐は少しためらってから言葉を発した。 
「……タカは」 
 またこうやって引っ張り出されるんかのう、と尋ねようとしたその機先を制
するように。 
「まだまだ、これは手始めだからね」 
 にこっと笑って答えたのは、光郎のほうだった。穏やかな笑みをそのまま、
彼は花澄のほうを見やった。
「……そこらをこの人に説明したいんだが、良いだろうか、鬼海当主殿」 
「……またそんな、名前だけの役職を」
 束ねていた髪がほどけたらしく、結いなおしていた女は苦笑した。
「宜しいですよ。この方なら」 
「はい……じゃ、片桐さん」
「……よろしくお願いします」
 緊張がほどけたのか、そのままずるずる、と座り込んでしまったタカを抱き
上げながら、片桐はぺこりと頭を下げた。

「……つかれたー」 
「そうか、ようやった」 
 くったりと、中身が半分空になった麻袋のような格好で、タカは片桐に抱き
あげられている。背中を撫でてやると、身体から尚更に力が抜けてゆくのが判
る。
「おかしいなあ、タカなにもしてないのにぃ」 
 語尾までくったりと疲れ切った声に、光郎が苦笑した。
「……無理もない。蛟と会話するのは疲れるからね」 
 ふにゃあ、と、子猫のような声を、タカはあげた。

「さて……戻りましょう。蛟も今日は収まったようだ」 
 落ち着いた声に振り返ると、確かに蛟はもう動いては居なかった。
 ふっと英一が腕を動かす。と同時に、風が吹き付けてくる。ぼそっと立った
ままの片帆が、少し驚いたように何度か瞬きした。

「この丘を降りて……そこで車を用意してあります」
 否応も無く日常に立ちかえらされる内容であり、声である。そう言った女は
そこでぺこり、と、頭を下げた。
「有難うございました。片桐さん、タカちゃん」 
 無言のまま、片桐は頭を下げる。
 抱えあげたタカは、もうすっかり寝息をたてていた。

時系列
------
 2007年7月初旬。風台風の日。

解説
----
 嵐の夜。蛟との遭遇、第一回目、終了。
********************************

 てなもんです。
 ああ、肩がぎりぎり痛いです。

 であであ。 
 



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