[KATARIBE 31347] [HA21N] 小説『偶然の悪夢・7』

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Date: Mon, 17 Sep 2007 01:50:21 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31347] [HA21N] 小説『偶然の悪夢・7』
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2007年09月17日:01時50分21秒
Sub:[HA21N]小説『偶然の悪夢・7』:
From:いー・あーる


というわけで、いー・あーるです。
とりあえず、進めます。

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小説『偶然の悪夢・7』
=====================
登場人物
--------
 薬袋隆(みない・たかし)
   :過去を操る異能持ち。薬袋の一族の、本家現当主。

本文
----

 ゆっくりと、しかし確実に、熱帯夜の日々は増えている、と、隆は思う。
 世界は急激には変わらない。いや、変わることもあるかもしれないが、あま
りに大きな慣性の為に、変化と共に周囲の人間達を潰してしまうかもしれない。
 世界はゆっくりゆっくりと、その反動で急激に人を潰さないように変わって
ゆくように思われる。
 変わってゆく……それでも結局は、人が滅びてゆく方向に。
 まさか千年前、自分達の祖先がそんな未来を予測していたとは思わない。だ
から彼等の仕掛けたからくりを、莫迦げているの一言で却下しようとは思わな
い。
 それでも。
 異能や異形。そして『水』。そんなものが無くても、この世界はゆっくりゆっ
くりと滅びへの道を進んでいるというのに。
 たった一つ。昔の昔、彼の祖が打ち込んだ滅びを留める為の楔。
 
 そんなものに。

(どんな、意味がある?)
 ほんのり、と隆は笑う。

            **

 繁華街のどぎついネオンの灯りが照らしている路地の片隅に、少女は立って
いた。
 恐らく中学生、高校生としたらせいぜい一年だろう。地味な顔立ち、染めの
気配さえ無い、艶やかな黒い髪。肩の上に丁度乗るくらいの長さの髪は、さら
さらと丁寧に解かれている。小首を傾げてネオンの文字を読む仕草が、どこか
しらあどけなくも見える。
 この場所にははっきり言って、全く似合っていない。余程酔いで良心だの何
だのをぶっとばしていない限り、大概の連中が『おい危ないよ。こんなところ
に居ちゃ駄目だよ』と声をかけるだろう。彼女の落ち着き振りを見て、尚、こ
の子は迷っているだけだ、という印象を棄てられない。それくらいは彼女はこ
の場所に不適格なのだ。

 道の向こう側をよろよろと通ってゆく、夏背広の男が、それでも少女を見や
り、ほんの少し酔いを醒ましたようにも見えた。

「…………」
 ふと。
 あどけない驚きを素直にのせたまま、少女はふと道の向こうを見やった。こ
の夏の夜、黒のシャツに黒のズボン、半袖ではあるものの黒尽くめの男は、真っ
直ぐに少女の目の前へと向かい、そしてそこで足を止めた。

 抜けるほど色の白い顔である。華奢とは流石に見えないものの、痩せ型で、
背は中くらい。顎の少し尖った印象のある顔立ちは、黒目勝ちの目のせいもあっ
てか、どこか中性的に見えた。
 青年は足を止め、少し腰を落とすようにして少女と視線を合わせ……そして
微笑った。

「あなたは、さみしい?」 
「ああ、やっぱり君だね」 
 噛み合わないように聞こえる会話だが、青年はやはりにっこりと笑っている。
反対に少女のほうは、少し眉根に皺を寄せた。
「さみしい……?」
「君では、僕の寂しさは絶対に満ちないんだ」
 ある意味……そこまで言うかな、的な言葉を吐きながら、けれども青年の笑
みは変わらない。今度は流石にはっきりと、少女は首を傾げた。
「…………?」
「さみしくないように、なりたいかい?」 
 やさしい声に、少女はこくんと頷いた。それに、やはりにこりと笑うと、青
年はゆっくりと言葉を継いだ。
「そしたら……もっといい方法がある」 
 ふわり、と、少女が目を見開く。そのあどけない目を覗き込みながら、彼は
まるで杭を打ち込むようにはっきりと、その方法を告げた。

「君の中の水に……君の目の前の相手の、一番大事な人を映し出してごらん」 

 とてもとてもやさしい表情と声を、その白い顔にのせて、青年は言う。
「できないかな?」 
「…………」 
 少女はすこし首を傾げて、その顔を見た。やはりどこかあどけない顔の、輪
郭がふっと揺らぐ。
 そしてその瞬間、雪崩を打つように、彼女の姿は変化した。青年に良く似た、
どこか妖精じみた繊細な顔立ちの、髪の長い女の姿に。

「ふむ……」
 青年は苦笑して、その姿を見やった。一歩下がり、背を伸ばして、完成した
目の前の『変化』を見やる。
「うん。そのほうが効き目がある。きっともっと確実に、望んだ相手と一緒に
居られるよ」 
「……あなたは?」 
 先程までの少女とは全く異なる顔に、しかし同じようなあどけない表情を残
して問いかける相手に、青年は少しだけ口元を緩めた。
「僕は、ね」 
 丁寧な、どこかしら生真面目な声で言葉を紡ぐ。
「君が今映している……その人がとてもとても好きだから、君とは一緒に行け
ない」 
 わかるかな、と青年は問い、こくり、と、彼女は頷く。頷いてふと、彼女は
顔を上げた。
「……その人と一つになりたいの?」 
「……いつか、必ず」
 一瞬、鋭い色が目に登る。それをことさらに隠すように、青年はにこっと笑っ
て相手を見た。 
「なりたいじゃなくて、なるんだよ」 
 断言すると、彼はふわり、と上体を起こした。

「そういえば、君がずっと追いかけていた女の子が居るだろう?」 
 するする、と、彼女の姿は変わり、元の少女の姿に戻る。やはりあどけない
表情を浮かべたまま、少女はこくんと頷いた。
「……あなたに似た子」 
 うんそれそれ、と、青年は笑った。
「あの子の近くに居るおじさんを知ってる?君を追いかけている……ああ」
 びく、と、肩を震わせた少女が怯えたような顔になったのに、青年は笑って
言葉を足した。
「いやその人じゃない。そうか、まだ君の噂を追いかけているだけなのかな」 
 言われて、少女はすぐにまた穏やかな顔に戻った。が、そのまま不思議そう
に青年を見上げた。
「うん……そうだね、髪の毛に癖があって、僕より背も高くて体格もがっしり
してて」
 同時に、身振り手振りで示す。暫くは少女も首を傾げたままだったが、不意
に、ふと思い当たったように表情を変えた。
「……うん」
「そうそう、その人」
 黒目勝ちの目が何を見たのか、青年は確信ありげに頷いた。
「あの人は、どうだろう?」 
「……?」 
「あの人は……一緒に居てくれるよ。親切な人だから」 
「……そう」 
「うん。とっても……ね」 
 
 にこ、と笑った青年の顔を、一瞬禍々しいような笑みが彩った。

「そう……なんだ」 
「そう」
 
 じっとりと水分を含んだ大気が、微かにだが動く。風の吹きつける大気もま
たねっとりとした風でしかない。どこかざらざらとした風の中、青年はやはり
にこにこと笑っていた。

「その人の、とても大事な人を……映してごらん」 
「うん」
「優しい人だから、きっと一緒に居てくれるよ」 
 こくん、と、少女は頷く。その顔を、彼はふっと微笑みながら見やった。涙
の零れるような優しい笑みと同時に、すっと手を伸ばす。
「……君の孤独が、満たされますように」 

 伸ばした手は少女の頭の上にかざされる。決して触れない距離で少女の頭を
撫でる仕草をして……そして青年はふっと身を離した。
 
「……さよなら」 
「さようなら」 
 ぺこん、と、頭を下げて見送る少女に、最後にもう一度笑ってみせると、彼
はまた、明かりの無い道を歩き出した。



 ゆっくりと、ゆっくりと、世界は壊れてゆく。
 ゆっくりと、ゆっくりと、それは別に誰かの異能や何かのせいではなく、強
いて言うなら現在の人類の私欲の総意によって。
(ならば)
 横を通る酔いどれが、ちょっと目を見開いて彼を見る。白い顔に、鮮やかな
笑みを浮かべて、彼は軽い足取りで歩いてゆく。

(我等の血は、この世界を少しだけでも助けようとして紡がれた)
(しかしこの世界が、今滅びようとしているなら)

「……構わない、だろう」

 吐く息に沿うように、ふっと、声がこぼれた。自分のその声に、彼……隆は、
笑みをより深くその表情に刻んだ。

 構わない。
 この世界が少しばかり早く滅びても。
 いや、世界ではない。もし自分が少しばかり早く滅びても。

 それでも。


 明かりの無い道は続く。
 青年は、静かに歩いてゆく。

 窓を開けてもどうにもならない、熱帯夜の出来事である。


時系列
------
 2007年7月終わりから8月にかけて

解説
----
 そして手を汚さぬ悪党暗躍。ある意味では理屈を構築しながら進む。
*****************************************

 
てなもんで。
 であであ。

 
 


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