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Date: Mon, 10 Sep 2007 00:14:58 +0900 (JST)
From: Subject: [KATARIBE 31336] [HA21N] 小説『偶然の悪夢・5』
To: kataribe-ml@trpg.net
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2007年09月10日:00時14分58秒
Sub:[HA21N]小説『偶然の悪夢・5』:
From:いー・あーる
ども、いー・あーるです。
宿題一つおわったどーーーっ(ぐおー)
……というわけで、流します。
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小説『偶然の悪夢・5』
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登場人物
--------
今宮タカ(いまみや・たか)
:流れを見て操る少女。多少不思議系。
片桐壮平(かたぎり・そうへい)
:吹利県警巡査。通称・世話焼きギリちゃん。捜査零課専任。
本文
----
だんだんと外が暗くなる。
だんだんと心細くなる。
(さみしい)
女の子の影が、こっそりと窓際からこちらに入ってくるような。
そして何時の間にか、後ろに居るような……
「…………」
肩の上のみやまは、こういうときにはぴくりとも動かない。淡蒲萄にプレゼ
ントしてもらったシャチのぬいぐるみの『まいむ』を抱えて、タカはじっと座
り込んでいる。
(さみしい)
(さみしい、から)
「……っ」
無論灯りはつけているものの、部屋の中はしいんとしている。
「……おじちゃん……」
半泣きになったタカのすぐ横で、電話が鳴った。
「!」
待ち構えていた電話の音に、タカは飛び上がるようにして受話器を掴んだ。
「も、もしもしっ」
『おう、タカか』
いつもの……ほんとうにいつもの声に、タカは泣きそうになった。
「お、おじちゃああんっ」
『どうした?なんぞあったか?』
「……こわ、怖かったようっ」
『どうした、言うてみい』
受話器越しに聞こえる片桐の声は、ゆっくりと落ち着いている。
つられるように、タカの声も、少しだがゆっくりとなった。
「あのねあのね、おさかなのね、お腹から、蛙の足が……生えてて」
『魚から、蛙の足が?』
「この前みたいで……でも、この前は蛙さんと蛙さんだから、まだ気持ち悪い
けど、怖かったけどでもこっちのほうが怖いっ」
思いっきり判り難い電話を、それでもうんうん、と、聞いていた電話の向こ
うの気配が、少々怪訝そうなものになった。
『……この前?』
「あ」
そういえば、と、タカも思い出す。
考えてみれば……まだ何にも話してないのである。
「……ええとあのね、台風のね、次の日」
『台風の、次の……ああ』
合点したように、頷く気配。
「蛙がね、蛙の背中とくっついて泳いでたんだよっ」
高くなる声を抑えるように、やはりゆっくりとした声が聞こえる。
『……タカ、それはどこで見た?』
「ええっとえっと……」
『ゆっくり思い出してみい』
「うんあのね、今日と同じとこ……ええっと、大通りから二本入って……あの、
なんか灰色と白のタイルのおうちの近く」
『……高い木のある』
「うん……あ、うん、そのもひとつ先の角の、下水の、蓋が壊れてるとこ」
ああ、成程、と頷く気配。そして。
『わかった……安心せえ、うちは安全じゃ、ちょっと今日は帰れんが、タカは
うちで大人しくしとってくれ、また電話するわい』
「……うんっ」
頷いたが……考えてみたら今日は帰らない、と言うのである。
「で、電話、まってるねっ」
『いや、待たんでも……先にちゃんと寝とれ』
「…………うぅ」
うん、と頷くと嘘になりそうで、でもうんと頷かないとそれこそ心配されそ
うで。
もそもそ、とタカが頷いた声に、じゃあまたな、と言い置いて、電話は切れ
た。
「…………」
寝とれ、と言われても。
(怖いんだもん、おじちゃんのばかあっ)
というか、怖い内容のうち、蛙と魚の合体の話しかしていないのはタカであ
り、一番怖い夢の部分を話し忘れているのもタカであり、普通そういうのは自
業自得とか言うわけだが……まあ、そこらの意識はタカには無い。
時計はもう、夜の九時を回っている。
寝とれといわれたので、一応寝巻きには着替えたが、やはり部屋で一人で寝
るのは怖い。ずるずると、特大のシャチのぬいぐるみを引きずりながら、タカ
は居間へと出てきた。
一応テレビはあるから、それをつけて、出来るだけ怖くない音のところに合
わせて……とにかくしぃんとなる沈黙を、かき消そうとして。
(……おじちゃんから電話くるまで待つんだもん)
今来たばかりの電話が、そうそう掛かってくる筈もないし、流石にタカもそ
れくらいは判っている……のだが。
(帰ってくるまで、待つんだもんっ)
片桐が聞いた日には、頭を抱えるような決意と一緒に、タカはぬいぐるみの
まいむを抱き締めた。
怖いのである。
あの、寂しそうな声の持ち主が、やってくるのが怖いのである。
さみしい、さみしいと繰り返す声が背中からのしかかり、何時の間にか自分
と一つになろうとするのが……怖いのである。
蛙と蛙が合体すること。
そういうことがもしかしたら自分にも起こること。
(おじちゃん待ってるんだもんっ!)
テレビからは乾いたような笑い声。様々な色合い。
ぎゅう、と、タカはぬいぐるみを抱き締めた。
**
うつらうつらと眠る。
うつらうつらと夢を見る。
(さみしいよ)
夢の中で誰かに向かって、その声の主は手を伸ばしている。小さな手が親指
の関節の飛び出た、ごつい手を握っている。
(さみしい……)
握った手が、すう、と相手の掌へと吸い込まれてゆく。ぎゃあ、と、叫ぶ声
がまるで壊れた目覚まし時計の音のように不快に長く続く。
引き離そうとするもう片方の手。しかしその手もまた、引き込まれるように
そして溶け込むように、小さな手と融合してしまう。いやだ、たすけてくれ、
ぎゃあぎゃあ、と、だんだんと言葉が崩壊してゆく中。
(一人は、いやだよ)
溶けてゆく。
握った手の境が溶ける。小さな手はそのまま、相手の輪郭がどんどんとぼや
け、溶けてゆく。
(いっしょに、いようよ)
機械的にすら聞こえる悲鳴の声が、しかしだんだんとその響きを変える。恐
怖に尖っていた声が、その力を喪い、そして……
……そして。
『うふ、ふ、ふふ』
それは、女の子の声ではない。
『ふふふ、うふ、ふふふふ』
男の、比較的低い声。ごつっとした手の主としては妥当な……しかしその笑
い方には、あまりにも不適当な声の主。
(はなれないよ)
『はなれない、ねえ』
(いっしょだよ)
『ずっといっしょだ、ねえ』
すう、と、視点が上がる。
声の主の顔が、タカの目にも映る。
顔中から力が抜け、恐怖や怒り、否欲望すら抜けてしまって、ただにへらに
へらと笑うだけの……
顔。
『ずっと、いっしょだ……ねえ』
ずい、と、その顔が間近に迫り…………
「いやあああっ!」
そして、自分の声で目が覚めた。
テレビはいつのまにか、音楽のプロモーションビデオを流している。音楽自
体も不気味だったが、そのプロモーションビデオも派手派でしく色合いが変わ
るばかりのもので、カーテンを閉め忘れたガラス窓に、そのめまぐるしく変わ
る色が反射している。
「…………あ」
髪の毛の付け根が汗に濡れている。一人だから、と、締めた窓の中は相当暑
くなってはいたが……その為だけの汗ではあるまい。
「……」
慌てて冷房をつける。ひやり、とした風が吹き付けてきて、寝汗をかいた身
体をぞくりと撫でてゆく。
時計はもうすぐ夜中の二時になろうとしている。
煌々と灯りのついた部屋の中、テレビの音だけが耳障りに響いている。
(……いいもん。夜中でも、テレビあるからいいもんっ)
かちゃかちゃとチャンネルを変える。地味なニュース番組のチャンネルで手
を止める。淡々と、ニュースキャスターがニュースの項目を読み上げてゆく。
そこでようやく……タカは、はぁ、と息を吐いた。
怖いと思った。
思い出してみれば夢の中、近づいてきた顔は普通の男の顔で、別にそんなに
特別怖いわけでも……無かった、けれども。
でも。
(怖かった)
ぎゃあぎゃあと、悲鳴の声は、それでもそんなに怖いとは思わなかった。む
しろその後、笑う声こそが怖かった。
小さな手の中に、どんどん溶け込む手。
それが何より……心地よいかのように笑う、声。
『いっしょに、いようねえ……』
どこか、噛みあわないような……どこか奇妙な、ぞっと震えるような、声。
「……みやまぁ」
とん、と頭の上に軽く何かが乗っかる感触が、答えといえば答えだった。
その小さな感触に……じわり、と、タカの目から涙が湧いた。
夢に現れるその風景は、怖くて怖くて。
起きていても、窓の外の闇から、彼女がやってくるような気がして。
テレビの声は淡々と……確かに沈黙よりはましだが、だからといってその声
が自分を助けてくれないことも歴然としていて。
「…………おじちゃん」
思わず呟いた途端……我慢していたものがぷつり、と切れた。
タカはぽろぽろと泣き出した。
泣けばねむくなる。
でも、眠れば怖い。
うとうと、と眠りに引き込まれれば、目蓋の裏に現れるのは、あの小さな手
と、先程とは違う男の手。ずるり、とやはり小さな手に、飲み込まれてゆく手。
「……っ!」
怖くて起き上がれば、明るいけれどもしんとした部屋の中、ただテレビの音
だけが続いてゆく。まるでそこだけ懐中電灯で照らされて、そのせいで周りの
闇が濃くなるように、テレビの音の故に部屋の外、この家の中の沈黙がより深
くなるような気が、タカにはした。
「…………」
ぎゅっと、ぬいぐるみを抱き締める。
誰も戻ってこない。
誰も帰ってこない。
「…………やだよ」
口から声がこぼれる。と同時に、周囲からのしかかる沈黙や無人の感覚が、
先にも増して強くなる。
くたくたに疲れているけれども、同時に身体の芯がぴりぴりと緊張していて、
それ以上眠ることも出来ない。
(おじちゃん)
みやまは相変わらず声も立てない。
頭の上に載ったまま、ぴくりとも動かない。
「……やだよ」
泣きそうな声でタカは呟き……その声で、尚更に泣き声になった。
「……もうやだようっ!」
うわあん、と、堰を切ったように、タカは泣き出した。
わんわんと泣く声がどれほど続いたかはタカも判らない。ただ、玄関の扉が
がちゃり、と鳴ったのは、流石のタカが泣き疲れて、ぺったりと横になってい
た時だった。
がちゃん、と、音。一瞬息を詰めたタカの耳に。
「帰ったぞー」
「!」
聞き慣れた……一番聞きたかった声に、タカは跳ね起きた。
「おじちゃあああんっ」
部屋から飛び出て、玄関へと真っ直ぐに。
そして靴を脱ぐ前の片桐へと、飛びつくように。
「おじちゃん、おじちゃんっ!」
驚いたような顔のまま、片桐が手を伸ばす。その腕の中に、ぽん、と、タカ
は飛び込んだ。
「どうした、タカ」
「こわ……」
怖かった、の声は途中で泣き声に飲み込まれた。
わんわん、と泣くタカを抱え上げるようにして、片桐は家の中に入る。
「大丈夫じゃ」
宥めるように、安心するように、ぎゅっと抱き上げて、背中を撫でる。首の
周りにまわされた手が、尚更にしっかりとしがみつくのが判った。
「こわ、こわかったもんーー」
「大丈夫じゃ……すまんの、一人にして」
泣きながら……それでもタカは、首を横に振る。
「お、じちゃん、しご……しごとだた、から」
仕方ない、という前に、またぽろぽろと泣き出す。泣きじゃくったせいか、
小さな身体は熱っぽかった。
「……怖い夢でも見たか?」
「…………う」
わしわし、と、頭を撫でてやる。さらさらと頼りないほど細い髪の毛が、汗
に塗れて指に絡んだ。
「……こわかった、けど」
しゃくりあげる声の間に、ようやく少しずつ、言葉が聞き取れる。
「怖いだけじゃなくて……かわいそうで」
でも、と、言葉を継いで。
「……でもっ……」
言いながら、タカも思い当たっている。何故あの笑った顔があれほど怖かっ
たのか。
悲鳴ならば理解できる。逃げることも判る。
でも……笑っていることは、理解できない。
理解出来ないことは……恐怖へと繋がる。
「ゆっくり、話してみい」
タカを抱き上げたまま冷蔵庫の扉を開けて、中からウーロン茶を出す。水切
りの中に伏せてあったグラスを取り、そこにウーロン茶を入れて、片桐はタカ
に手渡した。
「ほれ、まず飲んで」
「……うん」
両手でコップを受け取ったタカを抱き上げたまま、電気を煌々とつけた部屋
へと戻る。テーブルの前、自分の横にタカを下ろしてやると、タカは一気にグ
ラスを空にした。
「喉、乾いとったんじゃな」
「……うん」
「どうした」
「…………あのね」
とつとつ、と、タカの説明は、時間軸を行ったりきたりしつつ、それでも少
しずつ詳細を片桐に告げた。
この数日、タカが見たもの。夢の中に繰り返し見える風景。寂しそうな声と
悲鳴、そして不気味な笑い声。
怖かったこと。
もしかしたら、あの声の主が、部屋に来て、一つになろうというのかと。
あの夢の中のように、自分も飲み込まれるのか、と……
「……タカ」
べそをかきだしたタカをひょい、と、抱き上げて、ぎゅっと抱き締める。
「もう、大丈夫じゃ」
「………………うん」
ほおっと、大きく息を吐く気配。そして背中から、肩から、ふっと力が抜け
たのが判った。
「大丈夫やぞ」
怖くない。もう何も怖くない。
頭を撫でる手のリズムに合わせるように、タカは息を吐いた。
「……おじちゃん」
「何じゃ?」
「…………あの、子……」
夢の中でだけ、会った子。実際に居るかどうかは不明の筈の彼女を、しかし
タカは確かに実在していると確信していた。
実在し、誰かを呑み込み、さみしいさみしいと呟いている……のだと。
「……どうなるの、かなあ」
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
繰り返される声と、何度も頭を撫でる手。今日、ようやく心底安心して……
そして同時に、ふわりと眠くなったタカは、その眠気のままそう呟いた。
答は、数瞬の間を置いて戻ってきた。
「…………少し寝ておけ、な?」
「……うん……」
こしこし、と、タカが頭をこすりつけるようにする。肩口の辺り、まるでそ
こに本当に片桐が居ることを確認するように。
ゆっくりゆっくりと、呼吸の音が間遠になる。熱発したかと思うくらいに熱
かった身体から、ゆっくりと熱が引いてゆく。
首の周りに巻きついて、ぎゅっとしがみついていた手から、力が抜けた。
「……タカ?」
寝息が、返事の代わりになった。
それでも暫く、片桐はじっとしていた。
(あの子、どうなるのかな)
わんわん泣いていた子供が、それでも最後に心配していたことは自分のこと
ではなく。
(どうなるの、かな)
ぐっすりと寝入ったことを確認して、そっと部屋に運ぶ。そっと手をほどい
て、布団の上に寝かせる。夏がけだけをかけてやると、タカはころころと何度
かベッドの上を転がって、そして安心しきった顔のまま動きを止めた。
「……すまんの」
彼女はどうなるのか。
無論正確なことは片桐にもわからない。けれども。
「…………すまん」
最後に一度撫でた手の下で、タカはすうすうと寝息を立てていた。
時系列
------
2007年7月終わりから8月にかけて
解説
----
重なる夢と現在。そして偶然の悪夢に囚われた『彼女』のこと。
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てなもんで。
一応、ログを元にはしていますが、問題等ありましたら、がんがん書き換え御願いします>ひさしゃ。
であであ。
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